見ているだけ
その日の昼休み、絵里は、人気のないグラウンドの隅に、タケルから呼び出された。
「やあ、絵里さん。来てくれてありがとう。他の人達も一緒だね。みんなもわざわざごめんね、こんな所に呼び出して」
ここでタケルの言っている他の人達、と言うのは、先日、密かにタケルに謝ってきた者達である。絵里を含め、6人がタケルに呼び出され、ここに来ていた。
絵里以外の5人は、タケルから依頼を受けた絵里が声を掛け、ここに呼び出したのである。
「……あんたの言うとおり、ご指名のあった5人を連れてきたわ……。で、一体何の用なの?」
絵里がタケルにそう言うと、呼び出されたクラスメートのうちの一人からも声が上がる。
「そ、そうだ。何の用で俺達を呼び出した? 俺、あの不良たちから目を付けられると困るんだ……タケルに関わってると、やばいんだけど……」
「そうだね……。 それは僕もよく分かっているよ。イジメられると大変だもんね、義雄くん」
タケルから義雄と呼ばれたその男子生徒は、タケルから言われて、少し焦り気味に言葉を返した。
「な、なら、何でこんな所に呼び出したりしたんだ? ひょっとしたら誰かに見られてるかもしれないじゃないか!」
タケルはと言うと、優しく静かに微笑んでいる。
「大丈夫。ここに皆が集まってるのは、誰も気付いてないよ。誰もこっちを見ないようにしてるから。必ず……見ないようにね。だから、今は安心してていいよ」
「ねえ……タケル、ちょっと良い? あんた昨日からおかしいよ? あの神社で、一体何があったの? 何で急に強くなったりしたの? あたし、訳が分かんないよ……」
困惑した顔でそう言ったのは、絵里だった。
タケルが何やら急に強くなった事は、絵里も分かっている。しかし、タケルはただ強くなっただけでは無い、と絵里は感じていた。
午前中の、ナツミとのノートのあの一件、二人のやり取りを、同じ教室にいた絵里も見ていた。
ナツミが女子トイレに捨てたと言っていたあのノートが、確かにタケルの机から出てきた時、絵里は……強烈な違和感と不安を感じたのである。
絵里は、タケルが何やら得体の知れない、恐ろしいものになってしまったような、そんな気がしていたのだ。
「それは、また別の機会にでも話すよ……それよりも、僕は今ここにいる皆に、先に伝えておきたい事がある」
タケルは、絵里の質問には敢えて答えず、皆に話し掛けた。
「君達はまだ気付いていないかもしれないけど、ここにいる6人は、昨日僕に謝ってきてくれた人達なんだ。だからね、謝ってきてくれた君達には、赦しを与えようと思う。」
「赦し……?」
義雄が聞き返すと、タケルはにっこり笑った。
「そう……。 赦しだよ。まあ仕方ないよね、君たちからすれば。あんなに恐ろしい、いじめっ子の人達に目を付けられたら、今度は自分がいじめられるかも知れないのだから。いじめられている生徒がいたとしても、助けてあげる事も出来ないしね。僕だって、君たちの誰かがいじめを受けていても、助ける事は出来なかったと思うよ……。」
そう言って、タケルは皆を見渡し、話を続ける。
「でもね……僕だったら、こっそり警察に訴え出たりする位の事はしてたと思うんだ。実際、僕がいじめを受けたときに訴えたしね。まあ、それでも全然解決するどころじゃなかったけど……」
話を続けるタケルの顔からは、いつの間にか笑顔は消えていた。
「だから、君達に伝えるよ。君達は、これから本格的に始まる復讐の対象からは外してあげる。赦してあげるよ……。だけどね、君達はただ見てるだけで、僕がいじめられてても何もしなかった。だから……言っておく。僕がこれからする事を見た時、僕を止めようとしてはならない。良いかい? もし止めようとしたら……赦さない」
その時のタケルは、無表情で、静かに彼等を見つめていた。
「そして、絵里さん……貴女はいつも近くで見ていた。何も出来ずにね……だから、絵里さんには昨日も言ったけど、改めて言っておくよ。絵里さんは、絶対に学校を休んではならない。僕のそばにいて、これから起こる事の一部始終を見届ける責任がある……分かったかい? 絵里さん」
「僕を止めるな……だって? 今から何か仕返しでもするつもりなのか?」
義雄は、意味がわからないといった表情だ。だが、タケルの事を恐れたりしている様子はまだ無い。
「えっ……? タ、タケル…… 今から一体、何が起こるって言うの? 一体何が……?」
その一方、絵里は、タケルに対し、言いようのない恐怖を感じ始めていた。
タケルは、何かおかしい。何がおかしいのか説明出来ないが、とにかく今までのタケルではない。そして、何かよく説明出来ないけど、とにかく恐ろしい。そして、これから何か恐ろしい事が……起こる。絵里には、そう思われた。
「さあ……何が起こるんだろうね」
そう言ったタケルの表情には、笑顔がいつの間にか戻っていた。
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