そう言えばそう
次の日の朝。
タケルが教室に入ってくると、教室中の会話が一斉に止まり、教室が静まり返った。
先日あった体育館裏での出来事が、恐らく皆に伝わっているのであろう、皆の視線が全てタケルに集中する。
(さて……昨日はわざとあんな感じで、"多少強くなった程度"を演じてみたけど、皆はどう反応するかな?)
タケルは、そんな事を思いながら自分の席に着席した。それと同時に始まる、教室中から聞こえてくる、ヒソヒソと話す声。
(ふうん……)
タケルは、その様子をじっと座って見ていた。
と言っても、彼は周りを見渡したりしていた訳ではない。タケルにとっては既に、様子を知るために"見る"という動作は必要ではなくなっていた。
じっと静かに前を向きながら、最前列の窓側にある自分の席に座り、タケルは後ろでこっちを見ているはずのクラスメート達の感情、心の様子を探る。
(なるほどね……警戒心、敵意、多少の恐怖……昨日こっそり謝ってきてくれた連中は、いじめっ子達への恐怖と、僕への心配……か。ふふっ、面白いね)
朝礼までは、まだ多少の時間の余裕があった。まだいじめっ子の主犯格の生徒達の殆どは、教室には来ていない。
そのうち、一人の男子生徒が、様子をうかがうかのようにして、タケルの席へとやって来た。
「お、おい……おはよう、タケル」
そう言って、まるで初めて会った人物にでも声をかけるかのように、その生徒は話しかけてきた。
「ああ、おはようケンジ君。どうしたの? いつもは僕の事、無視してるじゃない?」
「あ、いや……あのさ……ちょっと聞きたいことがあって」
そのケンジと呼ばれた男子生徒は、決まりが悪そうに短く揃えた頭髪を掻きながらではあるが、話を続けた。
「なあ、さっき絵里から聞いたんだけど、昨日お前、ヒロユキにケンカで勝ったってのは、本当か?」
教室の中は、奇妙に静まり返っている。まるで、タケルの次の言葉を、クラスの皆が聞こうとしているかの様であった。
聞いてきたケンジに、タケルは笑って答えた。
「なんだ、そんな事か。うん、そうだよ。まあケンカっていうか、ちょっと遊んだっていう程度だよ。別にお互い、本気で殴り合ったりしたわけじゃないからね」
その言葉を聞いて、周りからざわめきの声があがる。
「えっ、マジかよ……」
「絵里の話、本当だったのか……」
「何で……? タケル、あんなに弱っちかったのに……」
そんな周りを気にすることもなく、タケルは話しを続けようとした、その時。
ちょうど教室に入って来たもう一人の生徒のおかげで、その会話は途中で途切れてしまった。
一斉に向かう視線に合わせて、タケルも教室の入り口、今開けられた教室の扉に目をやる。そこには、もう一人の話題の中心人物、ヒロユキが居た。
ヒロユキは、いつもなら仲間のクラスメート達と一緒に教室に入ってくる筈なのだが、今日は何故か、一人で登校して来たようだ。
教室に入って来たヒロユキは、自分の席に着く事もせず、鋭い視線をタケルへと向けた。タケルとヒロユキの目が合う。
タケルが先程に教室に入っきたときと同じく、静まり返った教室であったが、その静けさを打ち破ったのは、タケルの、場違いにのんびりとした声であった。
タケルはヒロユキを一瞥しただけで、目の前にいるケンジにまた話しかけたのである。ケンジは、もうヒロユキが居るのでそれどころでは無いのだが、タケルは気にしていない。
「まあ、また今度ヒロユキ君とじゃれ合う事になったら、その時もまた楽しく一緒に遊ぼうとは思ってるよ。次はヒロユキ君が勝つかも知れないし……」
「おい! タケル!」
話の途中だったが、タケルは、今入ってきたいじめっ子のヒロユキの怒鳴り声で、彼の方に仕方なく顔を向けた。
「はあ……いきなりうるさいなあ、ヒロユキ君。何の用?」
そうやってのんびり、席に座ったまま、タケルはヒロユキを優しく見つめた。
「たまたま俺が転んでる間に逃げただけのくせに、、ケンカに勝ったみてえにベラベラ喋ってんじゃねえ!」
対するヒロユキの方は、鼻息も荒く、両腕の拳を握りしめて、かなり興奮しているようだ。足取りも荒々しく、ヒロユキはタケルの席の前までやって来て、立ったまま睨みつけた。
「まあ、そう言えばそうだね……。で、何?」
タケルは、そんな様子のヒロユキを見て、とても面白そうにしている。まるで、からかって楽しんでいるようだ。
「舐めやがって……! タケル! てめぇ今日はタイマンだ! 放課後に例の場所に来い! 付け焼き刃のボクシングの技術なんざ、俺には通じねえって事を思い知らせてやる!」
「ああ、そう。良いよ。じゃあまた放課後にね」
タケルは、優しくヒロユキに返事をしてあげたのであった。