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この野郎……

 タケルを乗せたワンボックスの車は、向きを変えると、市街地へ向けて移動を始めた。そのワンボックスの車のあとに続いて、何も知らずに後ろから付いてくる普通車を後ろを向いて確認しながら、タケルは二列目の座席に、リラックスした様子で座っていた。


「さて……と。ヒロユキ君、君も事務所に一緒に来てもらうよ」


 後ろを向いていたタケルは、顔の向きをゆっくりとヒロユキの方に向けると、穏やかな口調で言った。


「わ、分かった……」


 そう答えながらも、ヒロユキはこれから一体タケルはどうするつもりなのか……それを考えていた。


「な、なあ……タケル。事務所なんかに行って、どうするつもりなんだ? あんな所に行ったって、何も無いぞ……?」


「いや、暴力団の組事務所なんて、見たことないもんだから、見ておきたいなと思って」


 笑いながらそう言ったタケルは、その後に少し声のトーンを落とし、おどける様に言葉を続ける。


「それに……この車にも、後ろの車にも、組長はどうやらいないみたいだから、ちゃんと会っておかないとね。今後の事もあるから」


「こ、今後の事だぁ……?」


 タケルの言葉を運転席から聞いていたヒロユキの兄から、困惑の言葉が漏れた。


「ふふっ……。そう、これからの話……」


 タケルは、今度はヒロユキの兄の方を向き、そう答えたのであった。


(この野郎……一体組事務所で何をする気だ……)


 二台の車は、そんなヒロユキの兄の心理状態を反映してか、少しゆっくりと事務所に向かっていた。


――


 車は、ゆっくりとは言え確実に事務所に向かい、タケルから指示を受けてから15分程で、とある雑居ビルの前に到着した。


「着いたぞ……ここの二階がうちの事務所だ」


「そうなんだ。じゃあ降りようか」


 まるで、ここが本当に事務所である事を最初から知っていたかのように、タケルは疑うことも無く車を降りた。


 地面に足を付けて軽く伸びをすると、タケルは後ろを振り向き、ヒロユキやその兄達にも車を降りるよう、指を動かして指示を出した。


 いつの間にか、ヒロユキの兄達の首に突き付けられていたナイフは消えてなくなっていた。


 ナイフが消えて恐怖感が薄れたのか、ヒロユキの兄はタケルの指示に従って車を降りると、そのままタケルに近づいて行った。


「おい……。お前、何のつもりでここに来た?」


 後続の普通車もワンボックスのすぐ後ろに停車し、そこからも若い男が5人ほど降りて、タケルの方にやって来た。


「おいおい、山かどっかに行くんじゃなかったのか……って、なんでそいつ起きてんだ?」


 普通車から出てきた男のうちの一人がそう言いながらタケルに近付いて来たその時、いきなりの衝撃がその男を襲った。


「ぶぐっ?!」


 その男は、まるで目に見えない何かに殴られたかのような衝撃を顔に受けて、たまらず片膝を地に付けた。


「ぐうっ?!」


「あううっ!」


 何者からかのいきなりの襲撃は、その男にだけでは無かった。ヒロユキの兄も、残りの男達も同様に、いきなり見えない何かに殴られ、ある者は鼻や口から、ある者は頭や目の上から血を流して倒れ込んだ。


 ただ一人、何もされずに済んだヒロユキと、タケルの二人だけがたたずむ中、その他の男達、総勢八人がいきなり殴られ、立てずにいた。


(今度はタケルの番か……。やっぱり、まともにぶつかったらだめか……?)


 ヒロユキがそう思い、もうどうしようも無いのかと思い始める中、タケルは周りの男たちを見渡し、静かに口を開いた。


「さあ、お兄さん達、妙な気は起こさないようにね? 僕は、"何でもあり"だから、お兄さん達をこうやって痛めつける事も簡単なんだよ……ね? こんな感じで」


 そう言ってタケルがまた男たちを見ると、再び見えない攻撃が彼らを襲った。


「ぐはッ!」


「ウッ……オエエッ……」


 彼らは再び何かに顔や腹を殴られ、彼らはたまらず、痛みでうめき声や、叫び声をあげた。


「ね? 分かった? 分からなかったんならまたやるけど?」


 タケルのその言葉に、ヒロユキの兄は慌てて叫んだ。


「わ、わかった! もう分かった! だからもうやめてくれ!」


 地面に座り込んだまま、何とか顔を上げて叫んだヒロユキの兄をタケルは見ると、ゆっくりとうなずき、そして小さな子に教える様に話しかけた。


「よーし。物分りが良くっていいね……。じゃあ、皆で事務所に行こうか。案内して」


「くっ……わ、分かった……」


 そう言って先に立って歩き出したヒロユキの兄に続き、まるで無警戒にタケルはその後ろを付いていった。


 ふと、ビルの入り口でタケルは振り返ると、その場にいるヒロユキや、その他の男達にも言った。


「何してんの? 早く行こう、付いてきて」


 まるで、友達の家に呼ばれたかのような言い方でタケルはそう言うと、楽しそうにビルの中に入って行ったのであった。

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