まあ、赦してあげよう
その日の昼休み、タケルは昼食の弁当をを"一人で静かに"教室で食べていた。
こんな事は、滅多にない。いつもならば、クラスメートから買い出しに行かされたり、弁当を取り上げられたりして、からかわれているのが普通だからである。
しかしこの日ばかりは、何故か、誰もタケルにちょっかいを出す者はいなかった。
それが偶然なのか、それとも何かの力によるものなのか? それは、当の本人に聞かなければ分からないであろう。
そんな中、一人の女子生徒がタケルの席の前に立った。弁当箱から視線を移したタケルと、その女子生徒の目が合う。
その女子生徒は、困惑した様子でタケルに話しかけた。
「なんか……あんたさ、今日変だよ? そんな態度だったらさ、あとから余計に皆からやられるよ?」
この女子生徒の名は、絵里。タケルをよくいじめているメンバーの一人であり、タケルが廃神社に置き去りにされた時にも、その場にいた人物のうちの一人である。
しかし、彼女は特にタケルをからかったり悪口を言ったりする事は無く、後ろで静かに見ているタイプのクラスメートだった。
「……そうだね、あとからやられるかも知れないね」
そう言いながら、ニッコリと微笑むタケルに、絵里は困惑の表情を浮かべた。
「……良いわけ? それで別に良いって事? なんかもうやけくそになってるの? 死ぬ気? 朝あんたが言ってた事、何? 伝えに来てくれたら許すとか、あんな事言ったから、ヒロユキ怒ってたじゃん!」
「……あいつが怒ろうが関係ないよ。それより……」
タケルは、弁当のご飯を一口食べると、絵里に尋ねた。
「君は、謝る気はあるかい? 僕に今までしてきたイジメについて」
そう言われて、その絵里という生徒は、言葉に詰まる。
「う……私は、あんたには別に何も酷いことしてないよね? 私、見てただけだし」
「そうだね……見てたね。そして何も言わなかったね。せめてもう止めようとか、皆に言って欲しかったんだけどね」
「……心の中では、少しは心配はしてたよ? だから……」
そう言うと、絵里は立ち去り際、タケルにそっと耳打ちする。
「この事は他の皆には言わないで……私がいじめられちゃうからさ……ゴメン、タケル。悪いとは思っているんだ」
そしてそのまま、絵里はポニーテールの髪を揺らしながら、タケルの席から立ち去って行った。
「そうか……分かったよ、絵里さん」
タケルは、ポツリと誰にも聞こえない小さな声で呟いた。
「一応、謝ってもらえたし、君は直接何かをしてきた訳じゃなかった……まあ、赦してあげよう……君は今気付いてないだろうけど、地獄に落ちる一歩手前で、自分の人生を拾うことが出来たんだよ……良かったね」
そしてタケルは、何事も無かったかのようにまた食事を始めた。
その後、放課後までの間、数人の生徒がそっとやって来てタケルに謝ったり、書き置きのメモを置いて、謝罪のメッセージを残したりしていった。皆、イジメの主犯格の人間には見られないように、そうっと。
(……案外、謝ってくる人が多くて意外だったな)
タケルは、心の中でそう思っていた。
(でも、クラスの人数は僕を入れて32人、僕以外の31人のうち、謝ってきたのは全部で6人だった……残りの25人は……)
タケルは、そこでまた一人、ボソリと呟いた。
「もう、今から謝ってきても遅い……。タイムリミットだ」