旅の始まりとフラグ
俺達はその後、前日の喫茶で支払ったようにカードで宿泊料を支払い、宿屋を後にした。
今日も天気は晴天、清々しい朝日が辺りに降り注ぎ、町を明るく照らしている。
なんだかこうもいい天気だとラジオ体操でもしたくなってくるな。
まぁ、最初の背伸びの運動しか覚えてないけど。
俺はちらりと横に居る春李の顔を見た。
先程狼狽していた彼女だが今はそんなことなく、最初に出会ったような凛々しく、美しい。
その瞳は何か決意を秘めていて、その何かをしっかりと見据えている、そんな様子だ。
「朝から随分やる気だな。」
俺はそんな春李を横目で見ながら言った。
「ああ、こんないい天気なんだ。少しはやる気も出るさ。」
「ふーん、そういうもんか。」
なんだか、少し春李が羨ましい。
何かを目標にして頑張る……それは素晴らしい事だ。
例えば家に帰った後ののビールの為に仕事を頑張るだとか、そんな些細なことでもいい。
俺にはそんな目標はなく、昼夜もわからない薄暗い部屋で一人、ただ目の前の敵を倒すだけだった。
だから、春李の顔はこの日差しのように眩しかった。
「んで、こらからどうするんだ? 」
そんな春李に俺は尋ねた。
そもそも春李が何故山道を歩いていたとか、この町にやって来たとか、旅の目的だとかそんなことは一切聞いていなかったのだ。
「ああ、そういえば話していなかったな。……私は南にある『デゥエッロ』という町にいこうと思っていたんだ。なんでもそこには決闘場があってな。そこで覇拳使い同士がランクを上げたり、己を鍛える為に日夜戦いが繰り広げられているらしいんだ。」
「決闘場ね……。」
まぁ、格闘ゲームの世界なんだからそういうのもあるんだろうが。
「タモツはどうするんだ? 」
春李がそう言い返してきた。
さて、ここで俺はどうするべきか。
俺は格ゲーでは強くても実際の腕っ節はその辺の女子中学生よりも弱い自身がある。
そもそも覇拳なんて一切使えない俺がそんな所に行っても勝つことは出来ないだろう。
かといってここで春李と別れるのは名残惜しいし、この世界で彼女以外に話せる人は居ないし。
うーむ、困った。
眉間に皺を寄せて暫し考え込む。
すると、隣の春李が何か言いたげにこちらにチラチラと視線を送ってくる。
「何だよ。」
「いや、あの……。」
両人差し指の腹をつんつんとくっつかせてモジモジと恥ずかしげに肉付きの良い太ももをすり合わせる春李。
なんだ、トイレか? 全く、宿出る前に済ませとけよな。
と、ハーレム系物の鈍感難聴主人公ならそんなデリカシーのないことを言うのだろう。
俺は春李が恐らく何を言いたいのかは大体検討がついている。
なのでわざと考える振りをして彼女が自分から口にするのを待った。
彼女も意を決したようで、キリっと顔を作り俺の方を振り向いてから。
「あの、もしよければタモツもそこまで一緒に来ないか? もし良かったらでいいんだが……。」
春李はそう言った後、冬の大地の厳しい寒さで育ったリンゴのように顔を赤くした。
俺はそれが可笑しくて、なんだか愛おしくて、あれだけスケベな事された相手に言う台詞だとか色々な事が頭をよぎって、思わず笑みが零れた。
「なにか私はおかしな事をいったか? 」
俺の態度に少し怒ったのかムッと頬をお餅のように膨らました。
「いやいや、気にすんな、こっちの話だから。……それより、俺でいいのか? 」
「もうっ意地悪な質問をしないでくれ。……それともタモツは私とじゃあ嫌なのか? 」
春李が眉を潜め、口を尖らせてそんなことを言ってくる。
全く、このチョロインは。
まぁ、こんな顔されちゃあ断われないわな。
俺も案外チョロイのかも。
俺は春李の困り顔を暫し堪能してから、右手を差し出した。
「俺で良かったら、これからも宜しくな。」
差し出された手に大きな瞳を見開き、驚いた様子を浮かべるがそれも一瞬で、彼女の顔には可憐な一輪の花が咲いた。
「ああっ! これからも宜しく頼むっ! 」
春李は力強く、俺の手を握り返す。
格闘者なんてやっているが女の子、その可憐で俺より少し小さい手からは暖かい人の温もりが伝わってきた。
俺には夢も野望も目標も無い、現実世界に戻りたいかと聞かれればそれも微妙だ。
だから彼女と旅をしてこれからゆっくり、ゆっくりと考えるのも悪くはないだろう。
俺は春李の手を見つめながら柄にもなくそんなことを考えてしまった。
鳥達の賛歌もなんだか俺達の新しい旅路を祈っているように聞こえる。
そう、俺達の旅はまだ始まったばかりなのだっ!
突然だが、皆さんは『フラグ』という言葉をご存知だろうか。
例えば戦争物の話で、『俺、この戦争が終わったら結婚するんだ。』と言った奴は絶対死ぬし、バトル物でよくある『この技を破った者は誰一人いないっ! 』とかいってあっさり主人公に見抜かれて負けるみたいな奴。
お笑い芸人の『押すなよ、絶対に押すなよ。』みたいな所謂『振り』という奴に類似しているものだ。
俺は知らず知らずのうちにその『フラグ』という奴を踏んでしまった。
こういう旅をしていく物語というのは最初に必ずといっていいほどチュートリアル的な敵が出てくる。
この世界がゲームの世界だと仮定するならばそれは尚更だ。
それなら、この説が正しいとするのならば……。
「そこの二人、こっちを見なさい。」
俺と春李との見せ場のシーンを邪魔するように若い女の子の声が聞こえてきた。
俺は嫌々ながらもその声の主の方へ顔を向けた。
「貴方達、覇拳使いね。だったらこの私と勝負しなさいっ! 」
うへぇ……めんどくせぇ。




