いち。
青い空は水をたたえて揺れていた。
上という方向に広がるそれは、何処までも広大でクジラが何頭も泳いでいた。クジラは日によって白色だったり、濃いねずみ色だったりする。濃いねずみ色だったときは、泡が降る。上という方向は、立つときに足とは真逆の頭の方。頭から地面に向かっての方向に、泡が降って来るのだ。
空の中には、無数の魚たちが飛んでいる。小さな魚は群れを成して。それを時折、大きな魚が襲っている。
それを空と呼んでいいのかは分らない。
でもそれは、彼らにとっては紛れもない空なのだ。
「あ、見て。食べられたよ」
継ぎ目のある腕をした少女が、空で泳いでいる大きめの魚を指さした。
頭の部分にこぶがある、青緑色の体色をした大きな魚。目はくりくりとしていて、可愛らしいが、その魚は先ほど小さな魚を食べたのだ。光沢のある水色をした群れを成す魚。執拗に追いかけて、逃げ遅れた数匹を大きく開けた口の中へと吸い込んだ。
「じゃあ、あの魚たちは死んだんだね」
「また、そういうのか」
腕に継ぎ目のある少女が、隣に同じ格好で空を見上げて横たわる長袖の少年に呼びかける。少年は呆れがちに返答した。
「あの魚たちは死んだ! じゃあ、それまでは生きていたんだっ!」
腕に継ぎ目のある少女が、立ち上がって、きゃっきゃと飛び跳ねて喜ぶ。
彼女の脚元でもわもわと砂煙が舞った。ゆらゆらと揺らめく、たおやかな艶のある緑色の髪。肘や、膝の位置にある継ぎ目も相まって、非現実的な色合いだ。
それでも姿は、十五くらいの歳の少女そのもので、控えめで柔らかな膨らみを感じさせる胸元を可愛らしいフリルのあしらわれたワンピースが包んでいた。
「Φ、それのどこが嬉しいんだっ?」
「トーヤには分からないよーだっ」
長袖の少年の名はトーヤという名前。腕に継ぎ目のある少女は、Φという、どこか無機質な響き。
魚が食べられて死んだことの、何が嬉しいというのか。トーヤは顔をしかめる。
「トーヤは、あたしとは違うもん」
「――同じだよ。俺もΦと同じさ」
遠くの方で、青々としたツタの絡み付いた朽ちたコンクリートビルの群れたちが揺らめいている。
空を覆う海の温度が上がっていた。もうとっくに夏だ。
トーヤは、じっとりとした汗をかきながらも、長袖に手袋まで嵌めて。下も脚を全て覆うジーンズを履いていた。
継ぎ目のある肘と膝を露出させたΦの格好とは対照的だ。
「俺は、Φと同じだよ」
立ち上がって、Φの金色に輝く瞳を見つめて、もう一度トーヤは繰り返す。その言葉が、彼女の中で本物になるようにと。
彼女はくすりと笑って、トーヤの方に背伸びをして抱き付いた。
「トーヤは優しいんだねっ」
それに答えるようにしてトーヤは、Φの細い腰に手を回す。
その様子を、上空から無数の魚の群れが見下ろしていた。魚は泳ぐ。水をたたえた蒼い空の中。
ここは、海に沈んだ、人間と機械の暮らす街。