薔薇乙女騎士団
ちょっと視点が変わります。
ミッテゲルト王国は今から二百年以上の月日の繁栄を築いた、複数の国が生まれては消えているここ周辺諸国では珍しく長い歴史を誇る王国である。
周辺にある脅威となりえる大国が別の小国をはさむという条件
北に海、南に極限地帯の大森林と巨大山脈地帯という立地条件
更には土地が痩せておりそれほど有用な土地ではなかったことが幸いした。ここは長らく戦乱からも遠い国である。
主な収入源は貿易であり、南の港一つだけの収益のみでも容易に国家を運営が出来るとまで言われている。
王都も港からわずかに内陸にあるヴァルヌスにあり、現国王メッシェンヴィーレ王は・・・まあ優秀とは言い難いのかもしれないものの特に国を乱すことも無く国家を運営していた。その王都もまた多くの商人達でにぎわっている町で、その防壁は「鉄壁」の異名を持つ巨壁であり、造られて150年の歳月をなお破られていないというしろものだ。まあ最後に使われたと記録されているのは120年前以来ということで、既に観光の対象のような物ではあるのだが・・・。
そのヴァルヌスから更に南に下りた所にエンデロイエという国の中ほどにある町がある。
更に南に下りると大森林地帯の境界に隣接する地帯となり、森林に潜む魔物や国今日を守るための部隊が多く在籍する町や村があるのだが、ここエンデロイエにはそういった舞台は存在しない。唯一存在する騎士団も戦うことを目的・・・というには思えない部隊が就いていた。
部隊の構成員は殆どが有力貴族の子息たちで、その中にあって戦闘経験の無い・・・というよりは騎士として・・・戦う者として不向きであったり気概がなかったりまあその・・・いわゆる「使えない」と言われる者達で構成されていた。
まあ・・・早い話隔離部隊・・・であった。
団員騎士12名 従士34名 民兵30名の小さな騎士団である。
彼らは決まった時間町を巡回し、問題ごとの解決に当たる。主な活動内容は主に隣人との諍いの仲裁や法に照らし合わせての犯罪者の摘発。・・・なのだがそれも少ないこの町では、壊れた柵の補修・怪我人が出た際の運搬・町内の清掃奉仕活動に町の景観のための花や草木・町の並木の手入れとまあほとんど町の雑用が殆どといった所だ。
それすら数えるほどしかないため、ここの騎士団は結局日がな一日をお茶をしたり、読書をしたり、おしゃべりをしたりと実にまったり過ごしている。
おおよそ騎士とは言い難い彼らは蔑みを込めてこう呼ばれる。
・・・戦闘訓練?・・・残念ながらこの部隊の練習場は7年ほど前から団員のたっての希望から薔薇園へと形を変えていた。
――――――――――薔薇乙女騎士団――――――――――
しかしその騎士団はそう呼ばれることを恥と感じる者は少なかった。むしろここにいれば争い事から遠い所にいられると喜んでいる者さえいる。
戦う・・・という意識が全く感じられない。騎士としてこれからの将来を全く嘱望されない者達・・・ここはそういった者たちを押し付ける役職のみ騎士ばかりが送り込まれてくる。
それがいっそう騎士団をだめなものにしてしまい、周囲からも一層の顰蹙を買っているのだが・・・
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「お姉様!」
「お姉様じゃないでしょ!ここでは隊長でしょ!」
慌てて駆け込む団員に副団長のクリスが一括する。
クリスはこの団の中にあっては珍しく騎士であろうと勤める者の一人であり、規律をもってこの団を立て直していきたいと考えている人物だった。
「まあクリス様ったら・・・そんなに怒らなくてもよろしいんじゃなくて?」
「いいえ!お姉様!ここは騎士団なのです!他の所ではいざ知らずここではけじめとしてここは譲れはしませんわ!」
そんな思いとは裏腹にこの団の団長たるミリアはその気が全く無い人物だった。団員に対し怒るでもなく嘆くでもなく、優雅に微笑みながら今も自慢の黄金色の髪の手入れに余念が無い。
クリスとてこの人の良さは好ましいとは思っているが、団長としては言いたい事だらけの人物である。
・・・まあ、今の発言の中でもクリスははっきりと「お姉様」と言ってしまっているし、そもそも団長室でティーカップを片手に言っているのだからこの団の状況は根が深い。
「ミ・・・ミリア様あ・・・あの娘の意識が回復したって・・・目が覚めたみたいだって・・・今・・・」
「・・・本当ですの?」
クリスの言葉を気にも止めず報告をした団員がコクリと頷くと、ミリアは一気に相好を崩してそのことを喜んだ。
昨日薔薇乙女騎士団は魔物が出没したという森に入り、一人の少女を保護した。
その少女こそ魔物の正体であったのだが、このような事態になれて居なかった団員が保護しようとした際に不覚にもその少女を怪我させてしまったのだ。
「これで一安心ですわね・・・
はあ・・・危うくわが騎士団に年端も行かぬ幼子を殺めたなどという不名誉を受けるところでしたわ!」
全くもって無様な!・・・などと憎まれ口を叩くクリスであったが、その表情も安堵の色が浮かぶ。
細面で度の強いメガネをつけているため、きつめの印象のあるクリスであったが、かといって幼い少女の傷つくのを良しとする程悪人というわけではない。当人は隠しているつもりであったろが、今ここで踊りだしたいほどの歓喜に包まれていた。
このことが知れるにつれ、事件から数日続いていた暗く沈んでいた他の団員達にも伝播し、笑顔が広がっていった。
――――――――――はずれの森にゴブリンかコボルドらしい魔物が住み着いた。――――――――――
騎士団の詰め所にそう報告が入ったのはほんの10日ばかり前のことであった。
その一報に団員は大いに困惑した。ここは魔物が蠢く地域からは遥か北の地にある。
森・・・などといったところで名すら持たないような小さなところの話だ。範囲はたかがしれた所にそんなものが湧いたなどとにわかには信じられない話だった。
ミリアとてこの話を信じられないし、ありえない話だと思った。
とはいえ放置するには危険と判断せざるを得ず、少々性急とは思ったがその日の内に行動を開始した。
コボルド ゴブリンといえば魔物の中でも最弱と呼ばれるほどの小物である。だがヤツらの出す被害はその能力としては甚大になることが多い。
一匹の能力はせいぜいが子供と競り合うほどの能力しかない。だが問題は行動と数である。
行動は粗暴の一言。知能も高いとはいえないが弱い者を嗅覚で嗅ぎ分け、出没しては近隣に迷惑ばかりかける。人型はしてはいるが相互理解、住み分けや共存などといったことが不可能なことは周知の事実であった。
奴らは雑食で人の食べ物を好んで食べる。そのため食料を散々に荒らすのだ。基本的に商業が主の国であっても何も作っていないわけではない。この地にも畑は作られているしそれを覗いても食糧倉庫などもある。それを襲われては一大事だ。
更に彼らは人を好んで襲う。特に女性は繁殖に使われることもあり、そこで起こる悲劇は多い。成長も早く半年もあればすぐ成人になってしまう。一度に5~8人づつ生まれることもあり繁殖能力が異常に早く、気がつくとあっという間に数が増えるたちの悪さを持っている。
ある意味では女性にとって最悪の魔物とも言えた。
結局の所コイツらの対応としては大きくなる前に根絶しかありえないのだ。
「嫌だわ・・・怖い・・・」
「どうしましょう・・・剣を持つ手が震えますわ・・・」
「私・・・昨日は眠れませんでしたの・・・」
「私達、襲われてしまったらどうしましょう・・・」
「皆様!怯えていては魔物に付け込まれましてよ!」
「気をしっかり持って!私達は騎士ですのよ!」
ミリアは震える団員達を励ましながら、彼女は森の探索を行った。珍しく引っ張り出してきた甲冑を纏ったことによりおおよそゴブリンなどに遅れなどとるはずは無いのだが、その甲冑越しでも竦む姿が丸分かりだ。
無理もないのだろう・・・。皆戦いなど経験したことなど無い者が殆どだ。幸いにもミリアには少しばかりの経験があった。クリスも同期で同じ経験をしている。後は・・・確かもう二人いただろうか・・・。その程度だ。
剣を振るうことすら最近は他の業務が忙しいというお題目の元行わなくなって久しい。連携の取れない部隊の悲惨さを考えると最早害悪以外何ものでもない。
―――こんなことならクリス様の言葉にもっと耳を傾けるべきでしたわ・・・―――
後悔先に立たず。奇しくもこの国にもこの言葉は存在した。
探索場所が狭いにもかかわらず捜査は難航した。
まずもって襲われた・・・という証言を聞くと数はいまだ一匹と断定された。
本来ならば喜ぶべきなのだが、探す方からは厄介なことになっていた。
まず相手が一匹なのですっかり用心深くなってるらしくまるで姿を見ない。
更に一匹なので痕跡が残りにくいらしく、手がかりが少ない。
頭が悪いらしく奪った食べ物も少し離れたところで食べてしまっており、持ち帰ったり貯めたりしていないことも災いした。てんででたらめに歩く魔物一匹を森の中から探し出す・・・というのは実に難しいことである。
―――いっそ何もいませんでしたってことで切り上げられるといいんだけど・・・―――
実害の出てしまった今ではそれも出来無い。それ以前にそんなことがまかり通る事態でもないのだが・・・
「オトリを使いましょう」
クリスから提案があったのは探索2日目のことだった。
いつもなら口やかましく団の展開に口を出してくるのに珍しいと思っていたら腹案があったらしい。
「正直魔物が何なのか分からない今、ここで戦力の分散はありえないわ。さりとてこんなことを延々続けていても無駄。はっきりいえるのは魔物はあまり賢くないということ、もう一つは今魔物はきっと飢えているということよ」
成程・・・確かに今は飢えているだろう。食べ物が潤沢に持っているとは思えない行動をとっている。そこに二日こうして森では探索を行っていて食事どころではなかったろう。実際新しい食べ後は発見されていない。
飢えた魔物はその腹を満たすためには襲わなくてはならない・・・もしそこに「何も知らない村の娘」が通りかかったら・・・
「今こそ絶好の好機ですわ」
「クリス様・・・」
いたずらっ子のように首を傾げるクリスにミリアは笑顔で返した。
「これが・・・」
「ま・・・も・・・の・・・?」
信じられないその正体に一同は唖然とした。
なんということだろう・・・目の前にはその「魔物」がいる。「魔物」はオトリに使った団員に一撃を見舞い、持っていた食料を貪っている。団員に持たせていた笛の音を聞きつけいざ囲んでみれば、そこには想像とは似てもにつかぬ姿がそこにあった。
・・・なんと愛らしい・・・
ぼろぼろでもはや形を成していない衣服を纏ったそれは間違いなく人間だった。年の頃は4,5歳だろうか・・・やせ細り目だけをギラつかせた少女がいる。だがそんななりだというのに目を引き付けて離さない魅力が少女には会った。
浮浪児・・・なのだろう。
エンデロイエは小さな町だ。人口は500にも満たないこの町に浮浪児など噂以外には知られていない。何某かで孤児が出ても教会で引き取られたり周囲の者が助けて維持をしている。そんな町の人間にはこの娘が魔物の類だと思うのは無理からぬ事であろう。
・・・まるで迷い込んだ純白の雪豹の子供のようだった・・・
後にその時いた団員にそう表現されるほどの現実離れした風貌に息を呑む。
彼女を一言で例えるならば「白」であった。
纏う衣服は無地で肌は白く髪も白・・・これは恐らく娘は銀髪なのだろう。汚れている筈だというのに暗い森の中彼女の白だけが際立って目を引いた。
衣服についた汚れはまるで彼女の斑。
鋭く大きく、そして鋭い瞳は薄いブルーでじっとこちらを窺っている。
小さく弱々しい少女であることに変わりが無いはずなのだが怯える素振りも見せない
むしろ挑むかのような視線をこちらに向け、今も手にした食料を当然のように口にしていた。
「これは私のものだ」と視線だけで主張している。
そこにあるはずの悪意も罪悪もまるで無い。本当に感じてもいないのだろう。
美しい
その美しさは人の姿はしているが純粋無垢な野生の獣のよう名気高さを持っていた。
他の騎士達も同じなのだろう。正直なところ今飛び掛れば押さえ込めることは皆すぐに分かった。
だがそれがとても無粋に感じてしまう程に。
芸術品に素手で触るような・・・そんな感覚が拭い去れない。
さて・・・ どうしたものか・・・
コ・・・ッ
その沈黙が破られたのは実に軽い音だけが響いた瞬間だった。
そして続いたのが団員達の悲鳴 悲鳴 悲鳴
わずかにその娘の頭が揺れると、真っ白な点だったその少女の姿があっという間に赤へと変わっていったのだ。
―――血だ―――少女が血を流している―――
何が起こったかわからずに一同はパニック状態となった。
後にそれは団員の一人がこの状況を打開しようと脅かすつもりで石を投げたものだと分かったが、その団員の思いとは全く逆の事態を招くことになったのである。
頭に当たったと思われる石は思いのほか深い傷をつけたのか、その娘の前頭部上から大量に出血し、瞬く間に左半分を真っ赤に染めていく。
娘は何が起こっているかわからない・・・という風合いだった。ボトボトと流れる血に一度触ると、どこか遠い目をして何かをつぶやくとそのまま少女は動かなくなった。
大量の出血は彼女の衣服にまで染み渡り凄惨さを増していく・・・むしろその瞬間騎士団の方が大騒ぎである。そもそもまともに戦ったことも無い団員達は血に対して耐性が無い。卒倒するもの、気絶するもので大混乱となった。
最後は背後にいたクリスが飛び掛って取り押さえたのだが、その時にはもう少女の意識はなくなっていた。
「それで・・・どうすします?あの娘のこと・・・」
「・・・え?・・・あ・・・」
団員のこの問いに現実に引き戻されたミリアはまだ事態が完全に片付いたわけではないことを思い出した。
彼女は盗みを働き人を襲っているのだ。
そのことは犯罪を取り締まる騎士団としては処罰させるため監獄に送らねばならない。そしてその後はといえば現在のような少年を保護するような施設はここには無い。多くはどこかで強制労働に従事させるか、奴隷として扱われることになるのである。
少女に何があったのか・・・何故そんなところまで彼女は堕されていったのか・・・それはミリアたちには想像もできない話であった。がこれだけは言えた。
この娘はそんな所に居てはいけない・・・居させてはいけない・・・と・・・
とはいえ・・・
「・・・どうしましょう・・・クリス様・・・」
「お姉様・・・私に聞かれましても・・・」
二人は再び顔を曇らせるのであった。
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