ああ涙が止まらない
ちょっと過去を思い返してみました。ちょっとね?
―――――――――――――――――――――――――――――――――――終わった。―――――――――――――――――――――――――――――――――――
長い 長い 長い時間 だった。
あれ か ら どれだけ た った っけ? あ
暗いや よる かぁ
ま いいや どうでも
・・・ええと・・・なんで・・・こんなことに・・・なったんだっけ・・・?
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「伊賀の忍び、服部半蔵を滅ぼしてしまおうと思う」
「・・・ああ、そう・・・」
俺が修行を終えてすぐに呼び出された途端、突如としてそう語ったのは父上様が己の死期を悟ったがゆえんだったのだと思う。
実際父上様は今も相変わらず逞しくって威厳たっぷりの様相だったが、何故かが抜け落ちたような・・・そんな違和感をぬぐうことは出来ない・・・。
無理をしている・・・なんとなくだが確信があった。
俺がさぞや驚くことだと思ったのだろう・・・。
あまりに淡白な応えに冗談だととったのではないかとこちらの様子を窺う父上様に思わず苦笑した。
俺はなんとなくは察していた。既に服部家という名はそういう状況を作っていた。
服部家は徳川の隠密としてもはや知らぬ者はいない。忍びとしてははあまりにも名前が売れすぎている。これは異常だ。普通であれば隠すことがまるで隠されず、むしろ喧伝している節さえある。いまや徳川の動向を窺うために服部家の動向を窺われることが増え、こちらは活動が著しく制限を受けるようになっていた。あまり大きな声では言えないが、現在では伊賀の近くの里の柳生家が主に隠密行動の主となっている。いや、最早柳生家を隠すために服部家を残しているとしか考えられない。
それに伊賀の忍は元来戦闘集団としての動きの方が得手だ。戦場というものがもはやこの日の本から消えつつある。
恐らくはそんな真価を見せる舞台はもうじき完全に無くなるのだろう。
「・・・ちがうか?」
当たりだったのだろう。
何だつまらん・・・とつぶやいた父上が口を尖らせてゴロリと寝転がった。
・・・真面目だったのホントちょっとの間だったな・・・父上様も代わんねーな・・・
だが俺はそんな見知った父上様の姿に久しぶりに帰ってきたことを実感していた。
父上様としては仰天する俺を見たかったのだろう。
だが父上様・・・俺が本当に驚いたのは久しぶりに会った父上の顔色を見たときがてっぺんだったんだよ・・・。
世間一般では鬼の半蔵などと呼ばれている父上様・・・。いや、実際ぎょろりとした目、大きな口、逆立つ硬い質の髪と異相な父上様ではあったが、そっくりとか言われている俺がこれ以上そこを語るのは無しにして欲しいのだが、そんな俺が見ていた父上様はそんな鬼瓦みたいな顔でいつも笑いかけてくれる、不器用ながらも優しい父上様だった。
そりゃあ忍びなんてやってるから陰惨なことにも関わってはいるんだが、家に帰るとそんなことは微塵も見せたりしなかったし、口を開けば冗談や馬鹿話をして俺達を笑わせてばかりだった。
実際本来の父上は争いごとが大嫌いだったし、平和になって伊賀に戻って隠居することを心待ちにしていた。口癖は「ああ早く戦なんて終わらせて里の田んぼを耕したいぜ」だったっけ・・・
・・・うん・・・俺・・・父上様が大好きだった。
そんな父上様がコツコツと練り続けた計画なのだからまあ驚いて見せてもよかったんだが、あんまりにも分かり易いんだもの・・・。無茶を言わないでほしいって話だ。
だって俺は生まれてすぐぐらいからずっと修行修行の毎日だったっていうのに嫡男の正重は忍術のことなーんにも知らないんだもの
妙だと思わない方がおかしいだろう。
・・・・・・実際やったなぁ修行・・・俺の人生のほとんどが修行だったよ・・・
・・・ま、表向きは・・・なんだがね?だって俺いじめられたもん。よく言われたよもう飽きるほどにさ。
まあここで卑屈になったり泣いたりしてたらまた違った展開だったんだろうが、俺ってそれを力づくで解決していったんだよな。
悪口を言った奴を片っ端からぶっ飛ばし
殴ったやつには倍にして返してやった
姑息に裏で噂しているやつの秘密を暴いてみたり
闇討ちに来たやつを返り討ちにして木に吊るしたりりもしたっけ・・・
・・・あれ?これって噂が原因だったっけ?
まあいいやそういうことがあったって話だ。
辛かったかって?
う~~~ん・・・まあ最初はね?やり返すようになるとまあ大した問題じゃなくなったわな。俺、強かったし。親は権力持ってたし。
けどその一方で当然里の者からは鼻つまみ者・・・
友?いや、友だという人はいたはいたがどっちかというと手下って感じだったな・・・いつもヘコヘコしてくるやつばっかりで腹を割って話せるやつはいなかったな。
寂しいヤツ・・・ってうるせえよ分かってるよ。
まあそんなだったから評判はもう下がるばっかりで嫌われ恐れられることばかりだった。
さしずめ鬼の子は鬼子・・・というところか?
この段階でまともな結婚なぞ望むことなど出来ないと言われる状態だった。
よくある「こいつが男だったら」みたいなことも言われなかったな
・・・ホント嫌われてた・・・
思えばその頃からだろう。父上様たちの策が動いていたのは
最初に俺はその時その一年前に修行中事故死(?)した兄の名を与えられた。そしてそのまま「正就」として即刻兄と同年代の連中と修行の毎日に突入した。
まあ周囲からすれば更生のための修行にも見えたのだろう。俺もいじめられ続けるより遥かに楽だとおもったし、修行の毎日を受け入れていた。
・・・え?いじめられていない?そんなこと無いだろ?俺、傷ついてたよ?女の子だもん?
・・・でも良く考えるとあの修行内容はいじめ異常に無茶苦茶だったんだよな・・・。
体術は俺の倍の年の子と合同で行われてたしその中で一番になることを要求され続けた。
学問はまあ分かるがいきなり火薬調合とかも併用で覚えさせるとか頭おかしいだろう?
何で普通の料理を覚えるより先に秘薬の調合とか何なんだろう?
後で知ったが十歳で城に潜り込ませて密書を取ってくるとかいうのはあり得なかったらしい。
・・・これは元服時に行われる最終修練に合格した時に初めて知ったよ・・・。俺が当たり前でやれることが他の連中が出来ないんだもの・・・
更にその後も俺は父上の伝手で風間村のご隠居のところに修行に出され、変化術・幻術を教わった。
これもそれまでからするとありえないことだったらしく、これまた騒動になったそうだ。
何でもこのご隠居、・・・まあ師匠なんだが、父上様と長い間敵対していたそうで、最初は人質に差し出したとか思われていたらしい。
そこに何故か柘植の大叔父様まで尋ねてこられ、「幻術を学ぶのに俺を呼ばんとはどういうことか」ともめた挙句、二人から競うように技を叩き込まれていった。
まあ面白くなかった・・・とかいうと嘘になる。うっとおしいしがらみも無かったし、誰も見かけのことを何も言わなかったしな。
でもそれが不味かったんだよな・・・
・・・気がついたら俺、婚期をきっちり逃してたりするんだなぁ・・・
慶長元年霜月
父上様は逝った。
最後まで父上様は父上様らしい、そんな最後だった。
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父上様は 今の俺を見て 何て言うだろう 怒るかな 泣くかな 師匠は どうかな 大叔父様は どうかな
頬に伝う何かに気づきはしたがどうする気力も湧かなかった。
俺は今日苦し紛れとはいえ「ワンワンの真似」で乗り切りました。
犬の真似ではありません。そんな完成では断じてありません。
ワンワンの真似です。とにかくワンワンと叫び続けて誤魔化しました。
途中からもう恥ずかしくてやけくそでした。
神さんあなたが大嫌いです。もうこっち見ないでください。
史実の半蔵正就ってなんであんな嫌われることしたんだろ?・・・って所から始まりました。はい