ルイーゼと重板金鎧
リデルが父親と共にやってきたのは、祝賀会が終わってからだ。
「アキトくん。此度の件については感謝しきれない思いだ。
リデルの為に尽力してくれた事をありがたく思う。
それに、滅多に人に懐かないレティもまた、君に色々と助けられているようだ。重ねて礼を言おう」
「俺だけが力を貸していた訳ではありません、俺もまたリデルやレティに助けられています。それだけです」
「ありがたい言葉だな。
しかし、意図してかどうか、リデルの評価に対して君の評価があまりにも低い。
なぜ国王陛下に爵位を望まなかった。おそらく名誉士爵にはなれただろう」
何故か。答えは単純だな。一言で言えば興味が無い。貴族同士の付き合いも堅苦しくて合わないし、忌み嫌われている黒髪の貴族なんて考えるだけでもゾッとする。
「目的の為には必要がなかったからです」
「王都学園に入るのが目的だと?」
「正確にはそこで魔法を習うことですね。ある魔法を覚える事が目的なので」
この世界では転移魔法については触れないでおいた方が良いだろう。
とは言っても、迷宮都市ルミナスにあったように、転移魔法自体は存在するようだから大丈夫かもしれないが、異世界転移となればまた話も変わってくると思う。
「確かに貴族社会は君やレティにとって住みにくい世界だろう。
ここまで極端なのはエルドリア王国の生い立ちが関係するためだ。
優秀な人材の流出という意味では惜しいが、他国で宮使えの道もあるだろう。優秀な君のことだ、不可能な選択肢でもあるまい」
まぁ、どこでも面倒が増えるのは困る。なにせ自分のことで精一杯なのだからな。
「それは別として、ささやかだが私からのプレゼントを受け取ってほしい。
実はリデルに用意したものだったが、リデルには君達『蒼き盾』からのプレゼントが有ったようだからな。
だからこのプレゼントはパーティー『蒼き盾』に贈ろう。優秀な仲間がいると聞く、この装備は力になるだろう」
俺からのプレゼントってなんだ。色々あるような特にないような。
「アキト、装備一式だよ」
なるほど、装備か。確かにリデルに贈った物になるか。
ならば遠慮無く『蒼き盾』として使わせてもらおう。
「僕用に調整された物だけれど、再調整すれば装備出来ると思う。
ただ、ちょっとアキトの戦闘スタイルと合わないタイプの装備だから、ルイーゼやマリオン向きかもしれないね」
それでも、装備は助かる。
リデルが抜けるとなると、その分を装備で補わないといけないからな。
「ありがとうございます、使わせていただきます」
◇
「さすがに、ぶかぶかだな」
俺はリデルの父親にもらった装備一式の内、防具となる重板金鎧をルイーゼに装備してもらった。
まぁ、リデルとルイーゼでは身長差が二五センチほどある。調整も無しでは無理と思っていたが、調整しても無理かもしれない。
「申し訳ございません、アキト様」
「ルイーゼのせいではないさ、使えれば助かると思った程度だ」
剣は良かった。そちらはバスタードソードなので、マリオンに調度良かった。折れたバスタードソードを打ち直した物とは違い、刀身が長かったけれど、今のマリオンになら使いこなせるだろう。
素材も良い物だった。魔力の通り具合からして、リデルのもつ剣には及ばないが、ミスリル鋼の割合が高いようだ。今までの剣がナマクラと思えるほどの切れ味だと思う。
「まぁ、調整してくれるという話だし、見てもらおう。それで駄目だった時は別の機会まで取っておけばいい」
「はい」
◇
「凄いものだな」
「はははっ、俺はこれだけで食べてきているからな」
重板金鎧がルイーゼの体格に上手く収まっている。装備の性能上、見た目の背丈も増えて俺よりちょっと背が高いくらいだ。
元々鎧自体が板金を外して詰めることが出来る様になっていたようだ。それもそうか、一品物でもあるまいしな。
とは言え、見た目のイメージは縦に縮んだ為、非常にごっついイメージになった。
「ただなぁ、お嬢ちゃんには動くことも出来ないだろう。これ二五キロ位あるぞ」
「大丈夫です」
ルイーゼが重板金鎧を着たまま、何とか歩きまわる。
だが問題は他にもある。
「ルイーゼ盾とメイスを持ってみろ」
盾は重厚な物を用意してしまった。重さが五キロ近くあったはずだ。メイスも二キロはある。フル装備で三五キロ弱になるな……動けるのか。
「……」
メイスと盾を手にとったルイーゼだが、さすがに動けないようだ。と言うか、持っただけでも凄い。重板金鎧が軋み音を上げるが震えるだけで動けそうにはなかった。
なかったはずだが、魔力感知が身体強化の反応を掴み取る。
ガシャッ!
ルイーゼがオープンスタンスをとる。
ブォン! ブン!
数秒後、そこには元気に鉄のメイスと鉄の盾を振り回す、重板金鎧を着た元気な少女の姿があった。
「そんな馬鹿な事があるか……」
装備屋の調整師も顎が外れんばかりに開いた状態だ。
からくりを知っている俺だって思わず口が開きそうになったくらいだ。
「……取り敢えず、動けることは分かった。
調整も良さそうだし、一度宿に戻るか」
「はい」
そんな素敵な笑顔を見せられても、反応に困るな。
◇
俺は街中を、重板金鎧を着た少女と歩いていた。もっとも、周りからは重板金鎧を着ているのが少女とは思わないだろうけれど。
しかし、正直かなり目立っている。トリテアの街やミモラの街というなら分かる。すぐ近くに魔巣があるからな。迷宮都市ルミナスでも良いだろう。でも、そういった物がない王都ではフル装備で歩いている人はほとんどいない。
「やっぱり脱がないか」
「いえ、少しでも早く慣れる為ですから」
慣れると言っても、常時身体強化でいられる訳じゃないだろう。いくら魔力量が豊富とは言っても、とても実践的とは思えないが。
それにそんな事をすると明日の朝が大変だぞ。
とは言え、ルイーゼは意外と頑固なところもあるからな。俺が強く命令すれば従うだろうけれど、そこまでの事でもないだろう。
要は俺が人々の奇異の目を我慢すればいいだけだ。
◇
俺とルイーゼが宿に戻ると、留守番をしていたマリオンとモモが一様に驚く。モモなんかルイーゼと分かっていると思うが部屋の反対側まで走って行き、小枝を構え出した。
「ただいま……」
「なんと言えばいいのか、凄いわね」
「はい、アキト様からのプレゼントですから」
そう言う事じゃないと思うが、諦めよう。
次はマリオンの番だな。
「あの、この剣はわたしが?」
「あぁ、俺はそんな長い剣を振り回せないからな。持っていても宝の持ち腐れだ。
遠慮する必要はない、適材適所に振り分けているだけだ。俺が持っても戦力が落ちるなら意味が無い。
その分マリオンには期待するさ」
「わかったわ、任せて」
実際に俺が持つよりパーティーの戦力としては上がるはずだ。それに、マリオンが旅立つ時に必要な力となってくれるだろう。それまでにしっかりと使い慣れておけばいい。
◇
この宿は、宿と言っても一軒家になっている。いわゆる来賓用に用意された高級ホテルのようなものだ。
水回り一式があり、お風呂まである素晴らしい作りだ。
リデルの別邸では祝賀会の準備があり、部屋を開ける代わりに用意された宿で、正直俺達には上級すぎるが、これも経験。
「それでは食事を用意しますね」
「いや、そこはさすがに脱ごうか」
「これも鍛錬ですから」
さすがに兜は外しているとは言え、重板金鎧の少女が台所に立つ姿を見るのは男の夢じゃないんだが。譲ってエプロン姿、出来ればメイド服を希望する。
出てきた料理は驚くことに繊細なものだった。あの重板金鎧を着てずいぶんと器用なものだ。しかも使っているナイフは例の魔銀のナイフだ。まな板に触れる寸前で止めないと、まな板を使い物にならなくしてしまうアレだ。
「ルイーゼ、身体強化を常用してどれくらい持つ?」
「そうですね……今ですと半日くらいでしょうか。でも戦闘でなければもっと持つかと思います」
はぁ?
おかしいだろ、俺は常用では一〇分位しか持たないぞ。
「マリオンはどうだ?」
「どんなに頑張っても二時間くらいだと思うわ」
はぁ?
俺はてっきり数分だと思っていたんだが。
というか、今のところまだマリオンには魔力量で抜かれていないぞ。やっぱり俺の魔力使用効率が物凄く悪いとしか思えない。
才能? 素質? それとも別に何かあるのか。
この世界の人の魔力量についてはリゼットもレティも少し曖昧だった。二人共ボッチな引き篭もりだから他人と比べたことがないのだろう。
そう言えば、男性より女性の方が、魔力量が多いと聞いたな。マリオンもいずれは俺より多くなるのか。それにしても圧倒的な差を感じるが。
俺の知識だけじゃ考えても答えが出そうにないな。学園に通うようになったら調べるか。
ガシャ! ガシャ!
「ルイーゼ、さすがに食事中は脱ぐように」
「はい……」
重板金鎧を着たまま食事を取ろうとしたルイーゼを窘める。普段のルイーゼなら絶対にしない不作法だが、今日はどことなく浮かれている感じだった。そんなに重板金鎧が気に入ったのだろうか。
2015.08.24
リデルの父よりプレゼントを受け取る際、アキト宛だった物をパーティー宛に変更しました。