ドタバタとした一週間
リデルが名誉男爵の爵位を授爵してから、その周りでは忙しない一週間となっていた。
近親者だけの祝賀会の後には、一週間の準備期間を掛けた賓客を迎えての祝賀会となる。今度は参加者も多く、別邸まで使っての総出で行われるようだ。
俺達は別邸に部屋を借りていたが、今はそこを出て街の宿を借りている。
当初は王都に家を借りるつもりだったが、国王陛下の予想外の一言で、生活費については問題がなくなっていた。どのような形になるのか分からないが、多分寮に入るのだろう。
いっそのこと全部自己負担の方が気楽で良かった。どうやら俺は再び要望の選択を間違ったらしい。
お姫様には笑われっぱなしだったしな。
「アキト様。そろそろお出掛けになられた方が……」
「門まで、私がついていくわ」
貴族の集まりに平民の俺がなぜとも思うが、リデルとレティのお願いを断るのも難しい。特にレティは一人だと心細いだろう。
「マリオンありがとう、でも一人で行ってくるさ」
「魔物と戦うより腰が重そうだわ」
マリオン知らないのか、貴族は魔物より怖いんだぞ。なにせ倒せばいいというわけじゃないからな。
まぁ、余りジタバタしていても本当にマリオンがついてきそうだ。意を決して向かおうじゃないかアルディス家に。
◇
「アキトさん、こちらです」
アルディス家到着早々に迎えてくれたのはレティだった。
男爵家御令嬢様が何をしているのか……、まぁ、心細かったのだろう。その顔を見たら、もう少し早く来ればよかったと後悔もした。
「レティ、あまり顔色が良くないな」
「すみません、ちょっと色々ありまして」
色々か、色々あるんだろうな。あのリデルが珍しく愚痴をこぼしていたしな。
俺とレティは取り敢えず祝賀会の会場に移動した。
どうやら立食という形をとっているらしい。疲れた人は壁際に用意されたソファーを使うのだろう。
遅れたかと思ったが大丈夫なようだ。マナーとしては格下の者から先に来て待つようなので、出遅れたと言っても早めに着いているはずだ。
俺とレティは壁際で目立たないようにリデルの登場を待つ事にする。
ここなら直ぐにベランダにも出られて、人目を避けるのも簡単だろう。
続々と入ってくる貴族も、意識してかどうか遅れてくる人ほど着飾った豪奢な衣装を身にまとっているように見える。
一見するとご令嬢を連れた貴族の姿が多い感じだった。
でも衣装で言えば今日のレティは誰よりも、それは身贔屓かもしれないが、そう思うくらい綺麗だった。
室内なので、贈り物のケープを着る事が出来なくて残念がっていたが、白いドレスに黒くしっとりとした髪のコントラストが歳以上に落ち着いた様子を見せ、その佇まいはまさに御令嬢と言えた。
周りにいる騒がしく化粧の濃い御令嬢にも見習って欲しいくらいだ。
◇
最終的に会場はほぼいっぱいという感じになり、各々に飲み物が配られたところでアルディス家当主と、新たに分家となるヴァルディス家の当主となったリデルの登場だ。
アルディス家当主の挨拶としては来賓してくれた貴族への感謝と、リデルの紹介。
ヴァルディス家新当主の挨拶としては、最初に感謝の言葉を、次に謙遜し、最後にご指導ご鞭撻のほどで締められた。リデルらしく堅実な内容だと思う。
挨拶が終わると、アルディス家当主の乾杯の声と共に音楽がなり始め会食が始まる。
リデルは父親と一緒に来賓した貴族への挨拶回りだな。それが終われば婚約の押し売りを受けて、最後にダンスで締める。ダンスが始まっても主賓がゆっくりと見ていられるわけもない、最後まで踊りっぱなしだろう。
そんなリデルの姿を複雑な表情で見送る三人の姿が壁際にあった。
「リデルは兄弟と上手く行っていないのか」
「はい……一番上の兄はアルディスの爵位を継ぐことが出来ますけれど、一番上の兄に男子が産まれた事で、下の兄には爵位継承の望みがなくなりました。
自分たちを差し置いて、名誉爵とはいえ正式な貴族になったリデルお兄様を快く思っていないようです。
そ、その……」
レティが言葉を詰まらせる理由は分かっていた。
リデルの昇進に大きく関わった俺もまたお気に召さないのだろう。何度となくこちらを忌々しげに見てくので目が合うこともしばしばだ。
「俺は慣れているから大丈夫だ」
気休めでも、そういうことにしておく。
◇
賓客を迎えての祝賀会はさすがに豪奢なものだった。
貴族社会において分家が誕生するというのはずいぶんと歓迎されるものだな。なんとなくライバルが増えるから余り歓迎されない気もしたが。
「お兄様は若くして名誉男爵位を授かりましたから、将来性を買ってのことでしょう。
騎士団への入団も決まりまして、いずれは名誉爵が取れると考えられています。その為の時間も豊富にありますから。
今のうちから婚約関係を結んで置くことで、有力な人材を引きこもうと考えているのです。
今は権利だけの爵位ですが、名誉爵が外れれば国からの給金が入りますので、財政に余裕が無い貴族からはすでに多くの申し込みが入っています。
仮に名誉爵が外れなくても騎士団としての給金が入りますからね」
俺からすれば恋愛結婚も出来ないリデルに同情するが、もともと恋愛結婚という考え方がない貴族の世界では普通の事なのだろう。
「俺としては好きな人とも一緒になれないリデルに同情するけれどな」
「出来ないわけではありませんよ。正妻でなければ問題ありません。むしろ、それが普通です」
なんだと?!
いや確かにそうか、俺の世界でも王族とかはそんな歴史だったな。
中にはハーレムを持っている王様だって多かっただろう。
「それはけしからんな、リデルにはそんなことが無いように忠告しておこう」
「ルイーゼさんやマリオンさんをお側においているアキトさんがですか?」
「二人は仲間だ。もちろん好きだし、家族だと思っているから、一緒にいて当然だろ」
「えっ、それは、どういう好きですか?」
どういうって、一緒にいたいと思うし、困っていれば助けてあげたいと思うし、何かあれば悲しい。
でもそれが――
「恋愛感情かどうかは分からない。近い感情で言えば家族愛だな」
「……そこに、私は含まれているでしょうか」
言ってしまって後悔しているのか自分の口を両手で抑えて顔を振っている。
「レティが望むならいつでも力になるという気持ちは一緒だ」
俺はそんなに情に脆い方ではないと思うが、レティは良い子だ。リデルも含めれば四人目の弟子とも言える。まぁ、リデルには教えられることも多いから師匠でもあるけど。
レティが助けを求めるなら、今更他人事のようには対応できない。出来る出来ないは別として、全力で協力しようと思うくらいには仲間だと思っている。
「私もアキトさんと一緒に旅がしたいです。
家族はみな優しいですが、いつまでも家にはいられません」
レティは家族が優しいというが、二番目から四番目の兄には疎まれているだろう。
リデルから聞いた話では、自分たちの婿入り先が決まらないのはレティがいるからと思っている節がある。
貴族でありながら魔族に通じる髪の色を持つ少女。
普通の家に生まれたのであればそこまで忌み嫌われることでもなかっただろうが、リデルの兄達三人はそれを汚点と思っているようだ。
「俺の一存で決められる事ではないけれど、親の了承があればいいんじゃないか。
ただ、綺麗事だけでは済まないと思う。レティが俺をどう見ているかわからないが、俺はそれなりに許されないこともしてきた」
「お兄様に話して頂いたことが全てでは無いとわかっています。
それでも、アキトさんが後悔を抱えながらも、ご自分の力で生きてきたことはわかります。
私も同じ思いを耐えられるとはお約束出来ません。
その時は家に帰ります」
懸命に堪えてはいるが、その目からは涙が溢れそうだな。
家に帰るというのは再び外に出る事なく、ひっそりと生きていくという事だろう。
リゼットもそうだった。貴族には関わらず、一人で生きていくという選択肢はないようだ。
「それじゃ、両親とリデルを説得してくるんだな」
「はい」
かわいい笑顔に、溜めていた涙がこぼれ落ちる。
笑顔と涙のダブルコンボにやられた訳ではないと思うが、俺の中で確実に仲間としての地位を固めているな。ルイーゼやマリオンと同じように大切に想う。
◇
「アキトには少し困っているよ」
祝賀会の挨拶で、ダンスの始まる少し前の時間。
なんとか時間を作ったリデルが俺の元に来ていた。
主賓が壁の花をしていていいのかと思うが、多少は気を抜くのも必要だろう。
「俺は、両親とリデルの了解がなければ駄目だと言った」
「レティは僕が面倒を見るつもりだったんだけれどね」
「いつまでも子供じゃないからな。本人の意志に任せてもいいんじゃないか」
「同じことをレティに言われたよ」
レティの行動が早いな。
「それで、どう答えたんだ」
「アキトでなければ僕も断りやすかったんだけれどね。一番信頼出来る名前を出されたら、断る理由もなくなったよ」
「男爵様に信頼されるとは光栄だな」
「おかげで困ったことも多いよ。
兄弟の事は別にしても、色々と人を雇わなくてはいけないしね」
そうだろうな、分家を作るんだから。
家を買い、執務を熟す人を雇い、使用人も探す必要があ……。
「リデル、ルイーゼに仕事を与えられないか」
「良いのかいアキト。ルイーゼが手伝ってくれるならそれは歓迎するよ。
でも僕は本人が望まないなら雇うつもりはないよ」
もちろん俺もルイーゼが望まないならそのつもりはない。ただ、ルイーゼにも俺抜きで生活の基盤を作ってもらいたいのも事実だ。
俺はこの世界が気に入っているから、このままこの世界で生きていくのも良いと思っている。
でも、永遠にそれが可能かどうかわからないのが不安だ。
あくまでも俺はこの世界で異分子だからな。
「アキトの心配が何処から来るのかはわからないけれど、アキトに何かがあったとしても、それからルイーゼに力を貸すことだって出来るよ」
リデルが言うんだ、ルイーゼのために動いてくれることは間違いないだろう。
「何かがあったら頼む」
「もちろん。僕にとってもルイーゼは仲間だからね」
◇
部屋を出てバルコニーで涼んでいるところにレティが小走りで現れた。
レディとしては些かはしたないと思うが、そんなところも可愛かったりする。俺は駄目な男らしい。
「アキトさん、許可が取れました」
笑顔いっぱいで報告してくるレティはやはり可愛らしかった。
「俺は、レティはもう少し慎重に行動するタイプだと思っていたけれど、早かったな」
「そ、それは……もぉ」
レティは何かを言おうとして、その言葉を心に押し止める。
丁度ダンスの時間だ。
華やかだった曲が終わり、スローで優雅な音楽が流れ始め、各々が想い人の手を取り踊り始める。
リデルは当然多くの女性に囲まれていた。
リデルが誰を選ぶのかは少し気になる。俺の勘では大人しめで従順そうな子がリデルの好みだと思う。ルイーゼみたいなタイプだな。二人が一緒にいると絵になりすぎて近付くのを躊躇するくらいだ。
「誰を選ぶと思う?」
「そうですね……お兄様の好みでしたらレイナ・デナート様、マリーア・トーリス様でしょうか」
レティの教えてくれた二人は、どちらかと言うとマリオンに似た快活そうな二人だった。
「俺はてっきりリデルの好みはルイーゼやレティみたいな娘だと思っていたが、外したか」
「そうですね。お兄様は少し気の強い女性に弱いですね。それに意外と押しに弱いんですよ」
そう言って微笑むレティの言う通り、押しの強い娘に引っ張られるようにして踊りを始めた。
リデルを引っ張っていったのはリニアだ。迷宮都市ルミナスで魔物に襲われていたところを助けてから、リニアのアプローチは続いているようだ。
「押しの強い子に捕まったようだな」
「そのようですね」
リデルは一度だけこっちを見たが、俺に助けることは出来ない、諦めるんだな。
「アキトさん、あの、わたし達も、その――」
「踊り方を教えてもらえるか。俺、そういうのはサッパリなんだ」
「はい、もちろんです」
それはぎこちない踊りだったと思う。俺だけじゃない。社交界に出ることもなく過ごしてきたレティもまた慣れてはいない。
二人でぎこちない踊りを踊って、二人で笑って、なんだ楽しいじゃないか踊りも。
◇
「アキトさん、それではまた明日」
「明後日の準備も忘れないでくれ、置いていくからな」
「大丈夫です。荷物はほとんどありませんから」
明後日の午後には再び迷宮都市ルミナスに向かう。
王都学園に通うための費用に心配がなくなったとは言え、お金が必要なくなったわけではない。色々と物入りだし、マリオンを送り出すのに合わせてもう少し装備も揃えてあげたい。何よりマリオンがまだ強さを求めている。
色々と手続きも残っているけれど、一ヶ月くらいは自由な時間が取れるので、その間にリデルも含めて最後の狩りだ。
リデルは俺達の入園を待って騎士団に入団する。騎士学校なら自由もきいたが、騎士団となってはもう一緒に魔物狩りとも言えないだろう。
パーティー『蒼き盾』最後の魔物狩りはきっちり締めていこう。