パレードそして誕生祭
翌日、俺達はパレードに参加する準備をしていた。
うちのお姫様たちも各々がお気に入りの服を取り出し、おめかし中だ。
お気に入りと言っても余り贅沢はさせてあげられないので数枚程度のものだが。
その中から選んでくるのは俺がプレゼントした服になるのも、いつもの事だ。そろそろもう一着くらい用意してあげよう。
服に合わせてアクセサリーも新調して……迷宮に潜らないとな。
◇
街はパレードを待つ人々で溢れかえっていた。
王都トリスティアは、王城を中心として円を描くように通りが作られている。それが幾重にもなる様子は頭上から見ればバームクーヘンだな。
その通りのいくつかはメインストリートになっている。今はその一つ、道幅が五〇メートルほどある通りにいた。
通りには衛兵が立ち並び、人々が通りの中央に出ないように警戒している。これだけの人を押さえるのはなかなか骨の折れる仕事にみえた。一人でも通そうものなら、我先にと続く者が出て来て収拾が付かなくなるだろう。
お姫様は俺が思っているよりもずっと国民に愛されているらしい。
「お兄様、人が凄いです!」
「この様子だと、王都中の人が集まっているようだね」
リデルの袖を掴んでいるレティは、街の様子が見られてとても嬉しそうだ。王都に住んでいながら余り外出をした事の無いレティにとって、パレードは一大イベントだろう。
しばらくして、通りの奥から一際高い歓声が沸き起こる。
どうやらお姫様が近づいてきたらしい。
通りの両脇に建つ建物の二階や、屋根に昇った人達が花びらを撒き始め、それがそよ風に吹かれて通りに花の雨を降らす。
レティに倣ってか、ルイーゼが左の袖を、マリオンが右の袖を掴んでくる。なんとなく頼られているようで良い物だ。
モモはもちろん肩車中だ。一人では人波に埋もれてしまうからな。
◇
パレードが進み、先頭の楽器隊が見えてきた。
楽器隊は、みんな一様に赤い礼服を着て白いズボンを履き、様々な楽器を手に荘厳な音楽を奏でている。
楽器隊に続いて見えてきたのは着飾った白馬に跨がる王国騎士だ。二列体勢で二〇人が続いている。
ゆっくりと歩を進める先頭の王国騎士には見覚えがあった。港町ウェントスでお姫様の護衛をしていた。名前は聞いていなかったな。俺は余り良い印象を持たれていなかったはずだ。
白馬の後には豪奢な馬車が進んできた。
屋根の無い馬車には金髪碧眼の美少女が立っており、街道に集まった人々に手を振っている。お姫様だ。少し子供っぽい意地悪をするお姫様も、今は王女としての威厳を持ち、落ち着いた笑顔を見せていた。
目が合った。
これだけ人がいるのに、偶然なのか、それともお姫様がみんなと目を合わせるようにしていたのか。それはそれで凄く大変そうではあるが、その効果は大きく俺の周りでも目が合ったとか見つめられたとか大騒ぎだ。
かくいう俺は、港町ウェントスでの夜会の場でお姫様が言った言葉が現実となり、あの時お姫様にちょっと意地悪をした事を後悔した。
お姫様が言った言葉とは「王都で会いましょう」だ。
お姫様を乗せた豪奢な馬車が通り過ぎ、その後には衛兵が続く。衛兵の後にはパレードを追い掛けるように市民が続き行列を作っていた。
パレードはこのまま王城まで続き、そこでお姫様の挨拶で締める事になる。
むろん俺達もそのパレードに続いて王城に向かう。
◇
王城前広間はどこから集まったかと思うほどの人で埋め尽くされ、沸き立つ歓声と熱気がすごい。類い希なアーティストにファンが殺到し、興奮冷めやらぬと言うのならわかる。だけれどこれは俺にはちょっと分からない世界だった。元の世界にいた時は祝日になるくらいのイメージしか無い。
普段は大人しいルイーゼや、余り他人の事に興味を示さ無いマリオンも、今日はちょっと興奮してか肌も上気している。
そして一層の歓喜が沸き起こり、みんなが持った花びらを天に向けて放ち始める。
内のお姫様達もレティも倣って花びらを投げ、それらを良い具合に吹く風が天高く舞い上がらせていた。
お姫様が金髪の男性に手を引かれ、王城エルドラドの正門上に登場だ。
凄い熱狂の中、流石にこれでは何を話しても聞こえないなと思ったが、お姫様が片手を上げると、それまでの歓声が嘘だったかのように静まる。
今度はこれだけの人間がいるのに物音がしない事が不気味な位だ。
「私はこの一年間、愛するエルドリアの街を巡り、そこに住む人々の声を聞き、民の気持ちを理解する事に努めてきました――」
これは魔法だろうか。
いくら歓声が収まり静かになったとは言っても、この広間は二〇〇メートル四方程ある。その端にいる俺達にここまで肉声で聞こえる物だろうか。
「私達の理念は未だ届かず、厳しい生活の中に身を置く方々の事を考えては悲痛なる思いです。
ですが、私の悲痛などはどうでも良い事です――」
広場に集まった人達が膝を突き、左手を胸に当て頭を下げる。
俺もそれに合わせておく。この世界に生まれたからじゃないせいか、みんなほど親身な気持ちになれなかった。
仮に同じ事をレティが言ったのであれば、俺は力を貸す事に戸惑いは無いだろう。これはやはりどれくらい身近に感じているかの差なんだろうな。この国のお姫様は、俺のお姫様では無いと言う事だ。
「私はこの旅で得た幾多の声に応える為、国王と国民にこの命を尽くします」
お姫様の挨拶は短い。それでも、彼女を王女とする国民にとっては生涯に何度と無い拝顔の瞬間だろう。
締めの言葉と共に広間は再び喝采に包まれた。
この後は誕生祭だ。誕生祭は一週間続き、その際の売買には税金が掛からない事になっている。
そんな事と思うかもしれないがこれは大きい。俺だってギルドを通して獲物を売買する時は冒険者税一〇パーセント、国民税一〇パーセントを払っている。それが無くなるのだから、今の内にと売買が増える。
店も税金が掛からないとなれば安く卸す事が出来る様になる、物流が一気に膨れ上がり、お金に流動性が生まれる事で市場が活気づく。そうなれば国民にも笑顔が出るという物だ。
◇
俺はこのタイミングでリデルの鎧を買うつもりだった。
剣と盾は既に用意した、残りは鎧だ。
俺が買えるような物はリデルの家であれば余裕で買えるだろう。でも、リデルはその辺を家に頼ろうとした事が無い。そこにどういった心情が働いているのかは分からない。
でも、これで俺達が冒険した証として装備のフルセットをリデルに贈る事が出来る。騎士学校へ通うのに格好は付くだろう。
「アキト、君はまた……」
「これが最後だ。もっとも仕上げにしばらく掛かるけれどな」
早速来たのは装備屋だ。
ウォーレンに紹介状をもらい、多少は融通してもらえる事になっていた。今回は買える物の中で最も良い物を用意するつもりだ。
「話は聞いています。ウォーレンさんの所の上客様ですね。
私はドリトスと申します。以後お見知りおきを」
紹介状を渡すと、差出人名を見ただけで俺達が何を目的で来たのか分かったようだ。手回しの良さは商人らしいと言ったところか。
「幾つか並べております。他にももちろんありますが、値段と質のバランスでは用意した物が一番良いでしょう」
俺には見た目以上の事は分からないが、その見た目は思ったよりも良い。
重装備では無いな。軽板金鎧と言った感じだ。色は王国騎士が着ていたような白銀と言った感じでは無く、そのまま鉄の色という感じだが、磨き上げられて綺麗だ。
幾つか用意された鎧の違いは見た目の感じと、素材の一部が魔物の殻や革になっている所だ。魔物の素材は軽く強度が有り、防具にはよく使われている。
「僕より、アキトの装備を見直すべきだと思うのだけれどね」
「永遠の別れという訳じゃ無いが、餞別だと思って受け取ってくれ」
装備に関しては俺が強引な事を知っている。ため息をつきつつも、品定めを始めた。
「どれも値段の割に良い物ですね」
「はい、正直伺っておりますご予算でお売りしましても、利益どころか赤字になります」
「赤字でも、利に繋がる事があるとお考えですか」
「そうですね。下心も無きにしもあらずといったところですが、ウォーレン商店には以前、厳しい時期を支えて頂いた恩があります」
「そういう事でしたら、遠慮するのも却って失礼でしょうね」
「ご配慮頂き、ありがとうございます」
リデルは最終的に一つの軽板金鎧を選んだ。関節部分に魔物の革を使用し、強度と動きやすさを両立した物だ。
これで剣・盾・鎧とリデルの装備を一新する事が出来た。ただ、ちょっと見た目が地味だな。俺の創作意欲が沸いてくるのだが――
「考えておくよ」
駄目らしい。
まぁ、しばらくは俺が預かって魔力を通し、ただの鉄を魔鉄にする必要がある。その間に気が変わってノリノリにしてくれと言ってくるかもしれないな。
ちなみに軽板金鎧のお値段は銀貨四五〇枚。日本円でなんと驚きの四五〇万円なり。これでも税金が掛かっていないし、ドリトスさんも赤字だという。元の売値はいったいいくらだったのか聞く気にもなれない。
これでリデルの装備は一通り換装し終わった。パーティー金庫は銀貨三〇枚まで一気に減ったが、当分は急ぎ必要な物も無いので大丈夫だろう。
来週にはまた迷宮都市ルミナスに籠もり、今度は授業料を稼ぐぞ。




