今後の予定
「リデル、王都学園にはいつから通う?」
リデルが王国騎士を目指しているのは知っているし、その邪魔をするつもりも無い。ただ、リデルは俺達のパーティーのリーダーでもある。その解散時期も含めて、考えておかなければいけない事は多かった。
「王都学園は二期制を取っていて、中途編入試験が九月。受かれば一〇月から始まる二期から通うつもりだね」
思ったよりも早かった。
二期制で一〇月という事は、期の始まりは四月か。俺も通う予定だが、中途編入試験に受かるだろうか。場合によっては遅れて来年の四月からだな。
「俺は魔法科に入る予定だけれど、正直、今のところ筆記も実技も受かりそうに無い」
「実技も筆記もアキトが何処まで情報を開示するかだね。おそらくその一部を開示するだけでも特待生として迎え入れて貰えると思うね」
俺の事で余り公にしていない事と言えば、身体強化、自己治癒、魔力付与、魔力吸収。後は、それなりに長けている魔力制御能力と、魔力感知能力か。
魔弾を初めとした無属性の特殊な魔法は結構人前で使っているから今更とも言える。
「僕の考えでは無属性魔法を勧めるね」
「その心は?」
「無属性魔法は余り研究されていない。有用性で言えば精霊魔法に劣るからね。
でも、アキトは無属性魔法を使って魔物を倒している。王都学園としては新たな利用法について興味が湧くと思うよ」
そういう意味で言うなら身体強化でも良いはずだ。
「身体強化は隠しておいた方が良い。何かあった時の切り札になるからね」
「公開してみんなが使えるようになれば、魔物や魔人それに盗賊とかに殺される人が減るんじゃ無いか」
「誰もがその力を良い事に使うのであればそうだけれどね。
最大の理由は魔封印の呪いが掛かっていても使用出来る魔法という点だ」
そうか、犯罪者や場合によっては魔人も使えるようになってしまうのか。
そして、魔封印の呪いが掛かっていても使用出来るというのはインパクトが大きそうだな。マリオンの反応も凄かったし、どうしても魔法が必要な人はこぞって覚えようとするだろう。
「それに、仮に良い事だけに使ったとしても、それで狩りの効率が上がると市場の供給バランスが崩れて経済的な混乱も起こるだろうね。
身体強化を使える人と使えない人の格差バランスも広がる。それは多くの敵を作る事にもなりかねない。
もし教え伝えるとしても、それはゆっくりと行うべきだね」
「それじゃ無属性魔法も一緒じゃ無いか」
「アキト。僕はアキト以外にあれほど魔力を制御出来る人を知らないよ。バランスが崩れるほどには使える人がいない。
それに、クロイドさんが言っていたように、それほどの魔力制御が出来るのであればみんな精霊魔法を覚えるよ」
なるほど。
学園という研究機関だからこそ興味は持つけれど、一般的には広まらないだろうという事か。
「まぁ、色々言ったけれど、実はそれほど心配はしていないんだ。
アキトが使える魔法の多くは、おそらくアキトにしか教えられないよ。逆に言うとアキトにだけ教える事が出来るから、目立ちたくないなら黙っている事だね」
俺には信頼の置けるこの仲間にさえ言っていない秘密が一つある。
それは俺が異世界人だという事だ。
何を切っ掛けとして気付かれるか分からない以上、事は慎重に運びたい。極論で言えば魔法に関する事が全てバレても、異世界人である事がバレなければ良い。バレないのであれば目立つ事に問題は無い。
何せ俺はおだてられて育つタイプだからな。ちやほやされると嬉しい!
「トータルで考えるとリデルの言う通り無属性魔法が無難そうだな」
残る問題は俺が王都学園に行っている間、ルイーゼとマリオンの処遇をどうするかだな。
「あの、アキト様。私も特待生の試験を受けてもよろしいでしょうか」
あれ、ルイーゼも興味があったか。そりゃあるか。友達だって欲しいだろうしな。
「特待生が無理でしたら、天恵を授かっていることを伝えたいと思います。
聞いた話では天恵持ちであれば無条件で入園できると」
もともとルイーゼが天恵持ちであることを隠しているのは、身寄りのないルイーゼが利権とも言える天恵持ちであることが知られると、様々な思惑に巻き込まれると考えたからだ。
だから少なくとも、ルイーゼの意志でそれらの思惑に立ち向かえるようになるまでは隠し通すつもりだった。
「あまりお勧めは出来ないけれど、確実な方法ではあるね」
リデルも、あまりお勧めではないか。
せめてルイーゼに強力な後ろ盾があれば多少の思惑くらいどうにでもなりそうだが。
「天恵を授かっている人って、どれくらい珍しいんだ?」
「一万人に一人くらいと言われているね。エルドリアで三〇〇人位はいると思う。
もっとも天恵と言っても回復魔法の天恵を授かっている人はさらに一〇人に一人位らしい」
つまり、ルイーゼと同じ天恵を持っている人は三〇人位いるわけか。多いのか少ないのか。
「天恵を持っていると知られると一番に絡んでくるのが聖エリンハイム教会の関係者だろうね。
協会では聖人か聖女の存在が格式に繋がるから、それこそ取り合いになる」
「天恵持ちはみんなそんな苦労を?」
「残念ながら避けられる人は少ないね。もっともいないわけじゃない。王族や有力な貴族が囲い込むこともあるからね。どちらにしても自由という訳にはいかない」
「ルイーゼ、今は時期じゃないと思う」
「……はい」
ルイーゼは肩を落として俯いてしまった。
俺が駄目といえばルイーゼは食い下がらないだろう。
でも、これじゃ俺がルイーゼを押さえつけているだけなのか。ルイーゼの気持ちは何処へ行ってしまうのだろうか。
「でも、決めるのはルイーゼに任せる。その結果起こることに対しては二人で何とかしていこう」
「アキト様……。いいえ、アキト様の言葉に従います」
今度は気落ちしたという感じではない。強い意志を持って決めたという感じだ。ルイーゼの気持ちが何かを切っけに変わったか。この何かが掴めれば落ち込ませたりしないで済むのだが。
「アキト、王都学園に入る方法は別に特待生だけではないよ。
一般生徒として学園に入るのであれば授業料が必要というだけだから。確か月に銀貨二〇枚だっと思う」
「銀貨二〇枚か、意外と安いな」
「アキト、銀貨二〇枚は安くはないよ」
銀貨二〇枚、銅貨で二,〇〇〇枚。
俺がこの世界にきて、リゼットに会うための旅費として最初に目標とした金額だ。日本円で約二十万。
その日の稼ぎが銅貨一〇枚の頃、銅貨二,〇〇〇枚を稼ぐ必要があった。今はルイーゼと二人だとしても四日と掛からないだろう。鍛錬をしなければ二日でも可能だ。
「少し金銭感覚もズレていたな。とは言え、ルイーゼと二人でも何とかなる範――」
「わたしを忘れているわ」
マリオンも通いたいのか。
俺には断る理由も特にないな。
「それじゃ三人で銀貨四〇枚と、後は生活費だ。
王都で家を借りて、普通に暮らそうとしたらどれくらい掛かる?」
「食費はそれほど高くない。二人で月に銀貨六枚もあれば足りる。家を借りるのは安めで、それでも治安がある程度確保できるところとなると、月に銀貨二〇枚位だろうね」
ルイーゼとマリオンの学費で銀貨四〇枚、家と食事その他で銀貨三〇枚。合わせて銀貨七〇枚を安定的に稼ぐ必要があるわけか。
狩りに使えるのが月に四日として、一回あたり銀貨二〇枚、羽刃蝙蝠換算で行けば一四匹くらいか。魔物がいれば問題ないな。十分に余裕の取れる数だ。
「なんとかなりそうだな」
「もちろん、困ったときは相談してくれていい。僕に出来る範囲で協力するよ」
「その時は頼むよ。他に知り合いもいないしな。
こうなれば俺も一般生徒で行くか。無属性魔法だってわざわざ言う事でも無いしな」
それほど重要視されるものでなければ、お金の問題が解決した以上は拘るものでもないだろう。最悪、学校に通えないだけで命が取られるわけでもない。
「ただ、その時は奴隷から解放することを忘れないでね」
その言葉にルイーゼとマリオンが困った様子を見せていたが、ちょうどいい、俺も二人を形だけとはいえ奴隷として置くのにも抵抗があった。この際に解放してしまおう。
「あの、お兄様。私も王都学園に通ってはいけませんでしょうか」
しばらく黙りこんでいたレティだ。
レティは王都学園に通えるだけの家に生まれている。ただ、髪が黒いという特殊性から忌み嫌われる事が多く、今までは通っていなかった。
俺からすれば黒く艶のある綺麗な髪だ。白い肌と相まって人外的な美の雰囲気を持っていると思う。エルフの歌姫ミーティアとは違って、肉感的な美しさも持ち合わせていた。
それでもこの世界では魔人を連想させるということで、特に貴族を中心に忌み嫌われている。
「レティ、よく考えた結果なら僕は反対しないよ」
「一人なら無理だったと思います。
ですが、アキトさんがいる今ならなんと言われても耐えられると思うのです」
これは俺が傷ついた様子を見せる訳にはいかないな。
その場では平気なつもりでいても、いつの間にか耐え難いほど積もり積もっていたことがある。あの時は仲間に助けられた。
レティが必要だというなら、俺も支えになろう。
「もちろん、俺は問題ない。あまり期待が大きいと困るけれどな。俺はこれでも結構泣き虫なんだ」
「アキト様はお優しいだけです」
「泣いたからって人が変わるわけじゃないわ」
ほら見ろ、涙が出そうじゃないか。
とりあえず、直近の予定は決まった。
リデルは来月の特待生試験を受ける。俺とルイーゼとマリオンは一般で入る。レティも特待生試験を受けるようだ。金銭的な問題ではなく、特待生という肩書を得るためだ。
いずれにしてもみんなで十月からは王都学園に通うことになるだろう。
それに向けて少し蓄えも増やしておこう。




