美少年登場
さて、俺は冒険者生活二日目にして計画の変更を余儀なくされている。
この辺にいる大足兎を刈り尽くしてもお金が貯まりそうに無い。そもそも買う方だってそんなにいらないだろう。
冒険者は自分のランクまでの依頼しか受ける事が出来ない。
俺が受けられるのはFの下が無い為、事実上Fランクの依頼のみとなる。
これは無理に難しい依頼を受けて失敗する事を予防する為だ。
世界が変わろうと人間は見栄のある生き物で、その為自分の実力を過大評価してしまうのだろう。
Fランクの依頼というのは殆ど町のお使いレベルだ。そんな内容で日々の食費くらいならまだしも大金を稼ごうと考えるのが間違っている。
つまりFランクの仕事をしていても目的は達成出来ない。
しかしランクを上げる為にはFランクの仕事をこなさなくてはいけない。
ただし高ランクのパーティーと一緒に高ランクの依頼を受ける事は出来る。
まぁ、出来るだけで高ランクのパーティーが低ランクのパーティーを誘うメリットが少ない為、実際に一緒に依頼をこなす事は殆ど無い。
思考が煮詰まった。
こういう時はまず状況整理からだな。まず、俺に出来る事は何か。
実際の所、大足兎十匹を狩る事も出来ない可能性がある。なぜならば武器すら持っていないから。
武器も罠も無く限りある魔力を使ってどれだけ狩れるか。
よくよく考えてみたら、ギルドのルールでは上のランクの依頼を受けられないとあるだけで、強い敵を倒してはいけないとは書いていない。
依頼料が出ないだけで素材を売る分には問題ないはずだ。
当然と言えば当然か。
冒険者ギルドに入らずに狩人として狩りをしている人がいるのだろうから。
町で商品を売買するには冒険者ギルドを通すか商業ギルドを通す必要がある。
どちらも十パーセントの税金を納めるのは同じだ。狩人は商業ギルド経由で獲物を売買しているのだろう。
ちなみにギルドに納める税金の十パーセント以外に活動地域の国に納める税金が有り、それも多少の前後はあれ十パーセントだ。
この辺はギルドを通して素材を売るなら自動的に引かれる仕組みだ。
ギルドに入らないと買い取りが出来ないから、物々交換でもしない限り税金は払う事になる。
今いるグリモアの町は人口一五,〇〇〇人程で町としては大きい方だ。
それでも町の中心から一〇分もあるけば町の外に出る。
外と言っても塀や柵がある訳でも無く、なんとなく民家が無くなったら町の外って感じだ。
町の南にはカシュオンの森があり、その奥には魔巣がある為に魔物の徘徊する森となっていた。
ただ魔物は基本的に魔巣の周辺から離れる事は無く独自の生態系を保っている為、グリモアの町に魔物が出る事は無い。
例外的に魔巣から魔巣に移動する魔物がいて、魔巣を結ぶ線上には重要施設を作らないように決まっている。
後は魔巣で魔物に襲われて逃げてきた冒険者を追って出てくる事があるらしい。基本的に禁止されている行動だが他人に危害を与えない範囲においては黙認されていた。
国やギルドにとっても冒険者の損出は出来るだけ押さえたいのが現状だ。それだけ冒険者が魔物を討伐して持ち帰る素材の需要が高い事を示している。
以上が中年冒険者の熊髭から食事をしながら聞いた話だ。
◇
リザナン東部都市までの旅費として残り銅貨二,四九〇枚。昨日と同じように大足兎を狩っていたのではまず無理だ。
そうするともっと稼ぎの良い動物を狩るか、さらに稼ぎの良い魔物を相手にするか……というか昨日狩りを始めたばかりなのに魔物を狩れるのか。そんなに簡単に狩れるならみんな魔物を狩るだろう。
念の為、リッツガルドの依頼掲示板を覗いているけれど、やっぱり数字しか読めない。
昨日少しは勉強しようと思ったんだけどお化け騒動があったからなぁ。
「良かったら読み上げようか?」
声を掛けてきたのは同じ歳くらいの金髪碧眼イケメンの少年だった。元の世界の俺も比較的顔は良かった方だが、この少年はまぶしすぎる。どこの王子様だよ。
「一日で銅貨一〇〇枚ほど稼げそうな依頼が無いかな、ただしランクFで!」
絶対無理そうな要件にも、嫌な顔を一瞬も見せず「わかった」と言って掲示板の内容を追ってくれる。凄いな、行動まで自然にイケメンかよ。
「ちょっと条件に合う物はないみたいだね」
「そんないい話は無いよなぁ」
困った。
「お勧めは出来ないけど、魔物中心に狩りをすれば魔石も取れるから稼ぎは格段に良くなるよ」
「魔石?」
「魔物が体内に持っている魔石だね。魔法具の発動や魔法の武具の製造で使われるから需要があるんだ」
色々と大切な事を教えてくれるな。イケメンの上に優しいとかモテそうだ。
「なるほど。俺に倒せる程度の魔物がいれば良いわけだ」
「魔法が使えるのかな?」
武器も持たずに魔物を狩ると言うのだから魔法でも使えないと無理だと思ったのだろう。しかし俺の魔法は魔物に通用するだろうか。
「うーん……使えると言うには恥ずかしいレベルかな」
実際、試してみないと分からない。凄く弱ければ、なんとかなるかもって位だ。
「実は僕、今日が初めての実戦なのだけれど、一人では不安なんだ。良かったら一緒に狩りに行かないか?」
なにこれ、こんなに親切な人が存在して良いのか。その内、悪い奴に騙されて壺とか絵でも買わされるんじゃ無いか。
「それは助かるけれど……裏が読めなくて怖いな」
イケメンは鉄製の片手剣を装備し、革製の鎧に小型の盾を持ち、背中には麻の袋を背負っている。
初めての実戦とか言いながら、どう見ても体に馴染んだ装備とそれらの装備を着こなしている佇まいが初心者では無いと物語っているんだが。
「裏?」
俺の言った意味が分からなくて首を傾げている。疑っている俺の方が悪い気がしてきた。
「いや、何でも無い。余り役に立たないかもしれないけれど、一緒に行ってくれるなら助かる」
取り敢えず、様子を見よう。様子を見て強敵だったら他の手段を考えよう。
「もちろん、こちらこそ……すまない、申し遅れた。僕はリデル・ヴァルディス。リデルで良いよ、よろしく」
「俺はアキト、よろしく」
「アキトは何か目的があって銅貨一〇〇枚が必要なのかい?」
「知り合いに会う為、リザナン東部都市に行きたいんだ。その旅費が銀貨二〇枚なんだ。生活費と併せて一ヶ月くらいで貯めたいと思って」
「それで一日銅貨一〇〇枚か。無理という事は無いね」
「えっ、そうなの?」
「何も知らない人が一人じゃ難しいけれど、僕はある程度知識もあるし、魔物を倒せれば稼ぎも良いからね」
藁にも縋る気持ちだったが、今は浮き輪を掴んだ気がしてきた。