リデル救出作戦
ルイーゼ、マリオン、モモ、レティ。
両手に花どころか花束状態の俺は、相変わらず店の売り子に囲まれていたリデルの元に向かうが、何故かその数が増えて一〇人を超えているようだった。
何が起きた?
「お兄様、大丈夫でしょうか」
「大丈夫とは言いがたいが、助けると言ってもなぁ」
力づくという訳にはいかない。
なぜならみんな女性だったからだ。下は一二歳ほどから上は一八歳くらいだろうか。仕事の制服を着た人に街着の人、着飾った人と様々な女性に囲まれて、さすがのリデルもお困りの様子だ。
「どうしたのでしょうか?」
「さぁ」
ルイーゼとマリオンにも理由がわからないようだった。
そこに聞き覚えのある声が届く。
「ですから、リデル様は私とこれから食事に出る予定があると言っています。
お引き取りください」
昨日、迷宮で助けた五人パーティーの一人、桃色の髪をしたリニアの声だ。そのリニアを抑えるように銀髪のニーナと緑髪のマニスもいた。
リニアの兄と優男はこの場にいないようだ。
「えぇ、ずるいわ、後から割り込んできて」
「そうよ、それにリデルさんは予定がないと言っていたわ」
「ずるくはありません、私には昨日助けていただいたお礼をする義務があります」
「まぁ、そんな事が、素敵ですわ」
助けてもらったという部分が妙に誇らしげなのはなぜか。
そして、助けてもらったことがなぜ素敵なのか。
この気持を理解できない限り、俺がリデルのようにモテることはない気がする。
「アキト様、何とかなりませんでしょうか」
レティの水魔法でみんな弾き飛ばす――というのはさすがにやり過ぎか。
やっぱりここは話し合いでスマートに解決するのがかっこいい男のやることだろう。暴力に訴えるのは良くない。
◇
どうしてこうなった?
リデルを囲んでいた女性の半分は姿を消している。
残りの半分は俺の周りでおでこを抑えて蹲っていた。
そして目の前では今まさに顔が跳ね上がったリニアの姿がある。
リニアは後ろに倒れまいと二,三歩蹈鞴を踏んで耐え凌ぐ。その後はみんなと同じようにおでこを抑えて蹲る。
蹲っているのはマリオンのデコピンのような攻撃で撃退された女性たちだ。
◇
俺の思考が停止する少し前。
リデルを助けに入った俺は、リデルを取り囲む女性たちの激しい口撃にあっていた。
「まぁ、汚らしい髪!」
「二人もいるわ、黒い髪は悪魔の子供だって話ですわ!」
「なぜこんなところに? 近寄らないで頂けますか!」
そう口々にまくし立てるのは豪奢な衣装をまとった女性たちに多かった。中には町娘風の子もいたが、一人か二人だ。
ここには俺だけじゃなくレティもいる。
レティが自分たちの言い寄っているリデルの妹だとは、一部を除いて気がついていないのだろう。
そしてレティは男爵家令嬢だ。これは不敬に当たるんじゃないのか。
見ればレティは酷く落ち込んでいるようだ。普段家から出ることが少ないだけに、こうして世間の風聞に晒されることには慣れていないのだろう。握りしめた手に爪が食い込んで血が出そうになっている。
俺はその手を優しく解きほぐし、頭を撫でて慰める。レティは何も悪くない。ただ、そういう世界で生きているだけだ。
そしてマリオンの怒りが爆発した。
◇
中にはリニア以外にも貴族らしい女性がいたため、これは問題になるかと思ったが、そこは上手くリデルがフォローしてくれた。
リデルが介抱することで、これ幸いにと甘えることが出来てむしろ喜んでいるようにも見える。転んでもただでは起きないとはまさにこの事か。
一時的な痛みだけで、残るような怪我でもない。リデルに介抱され、皆一様に不問にすると言っていた。正直助かった。
マリオンは悪いことをしたとは思っていないが、迷惑をかけたとは思っているようだ。反省しているなら、俺とレティの名誉の為にしてくれたことだし、今回は俺も不問としよう。
「ヴァルディス士爵、度々リニアが迷惑をお掛けして申し訳ない」
「リニア、あなたからも謝罪を」
常識人のニーナとマニスだ。
正直二人がリニアと一緒に行動している理由が分からないが、二人がいなかったらリニアの周りではより多くの騒動が起こっていただろう。
「僕は気にしていないよ。
リニア様、お手を拝借します」
リデルはそう言ってリニアの手を取り、立つのをサポートする。
リニアは黙っていればお姫様のように可憐だ。リデルに手を取られ立ち上がる様子はお伽話の王子様とお姫様を見ているようでもある。
悪いのはその行為におもいっきり当人であるリニアが酔ってしまったことだ。
これはもう俺にも分かる。リニアはリデルに惚れてしまったな。
リニアは確か父親が伯爵だと言っていた。リゼットの家も伯爵だけれど、リゼットの場合は辺境伯だから位としてはリゼットの方が高いのか。
とは言え、リデルの本家の爵位よりも高い。リニアがリデルに惚れたのであれば、リデルにとっては好機なのだろうか。
リデルの目的が王国騎士だというのであれば、十分な後ろ盾とも言える。
◇
結局、お昼はリニア、ニーナ、マニスの三人を加え、八人でとることになった。
リニアは俺やルイーゼにマリオンが同席することを好ましく思っていないようだったが、俺は気にしないことにした。
以前トリテアで出会ったアデレさんもリデルを好きになっていたけれど、彼女の気持ちは見ていても心地よいものだった。だから応援もしたし、リデルと二人になれる機会も作ってあげた。
でもなんかリニアにはいまいち協力したいという気持ちが持てなかった。リデルの邪魔をしたいわけではないので、リデルがその気なら同席を断るところだが、そのリデルもむしろ一緒にという感じだったのでよしとしよう。
◇
食事中は昨日のリデルの活躍に、噂で聞いたというリデルの冒険譚が中心だった。リニアの話の主人公はリデルだけだったが、そこは乙女フィルターが掛かっていると思えば不快でもなかった。
ルイーゼは物申したいという感じだし、マリオンはご立腹という感じだが、ここは抑えてもらう。
リニアがリデルに夢中になっている間は、レティが気落ちするような話にもならないだろう。今はそれだけで十分だ。
食事を終えた後は、リニアが一緒に迷宮へと誘ってきたが、それはリデルが断る。
今日は休むと決めていた。こういう予定を変えるのは冒険者の中ではあまり良いこととは思われていない。迷信といえばそれまでだが、迷信を信じやすいのもまた冒険者なのだ。
――だったはずなのだが。
「リニア様!」
駆け寄ってきたのは侍女と思しき容姿の女性だった。ずっとリニアを探して駆け回っていたのか、息を切らせている。
「どうしたのテオドラ?」
「ライナス様とルーファス様が迷宮に潜られてから、予定の時刻を過ぎても戻って来られなくて。
詰め所の方には探索を依頼したのですが、あいにく大量発生した魔物の討伐に出ているようでして。
私どうしたら良いのかとリニア様をお探ししておりましたところです」
「お兄様が?!
どういうことなのテオドラ! 今日は、お兄様は迷宮には行かないと!」
「落ち着きなさいリニア、テオドラを攻めるのはお門違いよ」
ニーナに窘められたリニアだが、顔面が蒼白だ。昨日のことを思い出し、兄の身が心配なのだろう。
「僕達が見に行ってくるよ」
「リデル様?!」
「必ず探しだすとは言えないよ。僕にも仲間を守る義務があるからね」
「私もご一緒しても?」
「リニア様は戦えるのですか?」
「それは……」
「残念ですが、守りながら戦っていては二人を探すどころではありません」
「……分かりました、兄をよろしくお願いします」
「もうお分かりと思いますが、僕一人で助けに行くわけではありません。仲間にも敬意を持って対応してください」
「わ、分かりました。
皆さん、兄をよろしくお願いします」
リニアが頭を下げ、思いを言葉にする。
昨日の謝罪とは違い、その行為には誠意を感じた。
「出来るだけのことはする」
必ず助けると約束は出来ないが、やれる事をやるのは良いだろう。
俺達は直ぐに迷宮に向かい転移門をくぐった。