初めての報酬
周りに警戒しつつも、俺達は逃げてきたパーティーの元に向かう。
「怪我をした人はいるのかい?」
羽刃蝙蝠の大群を連れてきたパーティーで、一人立って仲間を励ましている男にリデルが話し掛ける。他の四人は座り込んだままだ。
「迷惑を掛けてすまない。おかげさまで、かすり傷程度で済んだよ」
どうやらパーティーのリーダーらしい。
気落ちした仲間を励ましながら、何とか気を奮い立たせている。
何とか座り込んでいた四人が立ち上がると、各々が謝罪と礼を言ってくる。
この逃げてきたパーティーは男が二人に女が三人のパーティーだった。
歳はみんな似たような感じで上は一七歳くらいから下は一五歳だろうか。よく見れば良い服に良い装備を付けていた。みんな軽装備だが仕立てが良く体にきちんと合った装備のおかげで怪我も殆ど無いようだ。
「一度外に出るつもりですが、ご一緒しますか」
「あぁ、情けない話だが一緒してくれると助かる」
「そんな事はありません。念の為、急ぎましょう」
話が決まる頃にはルイーゼとモモが羽刃蝙蝠を全て回収してくれていた。
俺は二人を労い、モモには魔力のお裾分けをしておく。
◇
そんな奥まで入って行った訳ではないので、一〇分も歩けば転移門にたどり着いた。
逆に言うと一〇分程度の移動であれだけの魔物に遭遇する事が異常にも思えた。魔物の住む森に囲まれたトリテアでさえこんな事は一度も無かった。
「改めて礼を言うよ、ありがとう……すまない、まだ名乗ってもいなかった。
俺はライナス・ロードゼル、それに妹のリニア」
「リニア・ロードゼルです」
「ルーファス・エドガーだ」
「ニーナ・シルヴァです。助けてくれた事に感謝します」
「助けてくれてありがとう、マニス・エルドラです」
「リデル・ヴァルディスです。
貴方たちを助けたのがアキトで、こちらがレティシアにルイーゼにマリオン、そしてモモです。
入って直ぐにあれだけの魔物に襲われるとは思っていませんでしたが、なんにせよ皆さん無事で良かった」
「もしかしてアルディス男爵家のリデル様ですか?」
えーと、誰だったかな。いきなり五人の名前と顔を一致させるのは大変だ。
確か薄桃色の髪を胸まで伸ばした子がリニアだったな。優男風なのがルーファスで、銀髪セミロングに青い眼の子がニーナ、緑髪ロングで眼鏡を掛けた子がマニスだな。
「はい、今はヴァルディス士爵と名乗らせて頂いています」
「お噂は聞いております。お若くして幾多もの救助活動をなさり、実力で爵位を授爵したと」
「私だけの力ではありません、仲間の助けがあってこそです」
「レティシア様はともかく、他の方は奴隷ではありませんか。リデル様のご活躍に違いはありません」
ちょっと引っかかる言い方だが、他人から見ればそんな物なのかもしれない。
別に行動の自由さえ阻害されなければ呼び方なんってどうでも良い。
あれ、自分では自由さえと言っておきながら、ルイーゼとマリオンの事は束縛しているな……。そもそも奴隷に自由がある訳無かった。あったら既に奴隷じゃ無いか。
「リニアさん、奴隷ではありません。僕の仲間です」
「え、でも――」
「リニアいい加減にしなさい。
ヴァルディス士爵申し訳ない、君たちにも妹の発言について謝罪する。すまなかった」
リニアは納得していないようだが、続ける話でも無いので気にしない事にした。
「リニア、ライナスの言う通り奴隷かどうかは関係が無い話よ。
それに、貴方はまだお礼を言っていないでしょう。
私達を助けてくれたのはヴァルディス士爵様だけれど、直接助けてくれたアキトさんにもお礼を言いなさい」
「え……でも、私は貴族よ、奴隷にお礼だなんて。
それにあの人髪が黒いわ、なんだか気味が悪い」
俺はともかく、レティには聞かせたくない台詞だな。まぁ、隣にいるのだから、嫌でも聞こえてしまうと思うが。小さな手がぎゅっと握りしめたのが見えた。
俺はレティの頭に手を置き、慰めるように撫でる。
レティは彼らの連れてきた羽刃蝙蝠を倒すのに大活躍だった。魔力を使いすぎて倒れるほど頑張った。お礼が欲しくて頑張った訳じゃ無いが、感謝の気持ちくらいは欲しいだろう。
「リニア。助けてくれた皆さんにお礼が言えないの? 夏の課題は自分で済ませなさい」
「えっ、駄目よマニス、私一人じゃ無理だわ。
わかったわ。お礼を言うからそんなにみんなで攻めないでよ。
助けてくれてありがとう」
顔はこっちを向いていないし、言葉に誠意が籠もっているとは言えないが、リニアにとって最大の妥協点なのだろう。
「ごめんなさい、アキトさん。
あれでも、あの子なりに謝っているつもりなのよ。両親が甘やかすから謝る事に慣れていないの。私から改めて謝るわ。ごめんなさい」
「私からも謝罪します。親友の無礼をお許し下さい」
「気にしなくて良いさ」
ニーナとマニスはとても礼儀のある良い子だった。この子達がリニアの側にいるなら、救われる人も多いだろう。
◇
五人とは転移門で別れ、俺達は詰め所で羽刃蝙蝠の大群と遭遇した事を伝える。
詰め所ではその数に驚き、調査隊を派遣すると決まった。
もともと入る前に魔物が増えているという警告は受けていたが、浅瀬であれほどの数がいるというのは想定を越えていた。ランクFの魔物で助かったとも言える。
「みんな気分の悪い事になって悪かったね」
「リデルのせいじゃないさ」
「はい、お兄様の責任ではありません」
「わたしは別に気にしてないわ」
「私も構いません。見ず知らずの他人の言葉など、どうでも良い事です」
いつになくルイーゼが辛口だ。言葉とは裏腹に、ちょっと怒っている感じも伺える。
「ルイーゼ?」
「あ、申し訳ありません。ついアキト様への無礼に気が立ってしまいました」
シュンとしてしまった。
「まぁ、しばらくは無かったけれど、トリテアの町でもああいったことは多かったじゃ無いか。いちいち気にしていたら、貴族の多い王都には滞在出来ないさ」
「はい……」
「でも、気にしてくれてありがとう」
「はい」
ルイーゼに笑顔が戻った。どうせならそのまま笑顔でいて欲しい。
「レティは大丈夫か」
「私は構いません。本当の事ですから」
「本当なのは髪が黒い事だけだ。他は何も変わらない」
「……そうですね」
レティにとっては自分が言われる事より、そう言われる事でリデルや家族に迷惑が掛かる事を恐れているのだろう。レティは自分が家族に愛されていると分かっている。だからこそ逆に自分が許せなくなる可能性がある。この辺は俺も気付いたらフォローしていこう。
「まぁ、今日は激戦だったしな。
美味しい物でも食べて、ゆっくり休もう」
◇
俺達は宿での食堂で食事を終え、寛いでいるところだ。
予定では後四日ほどこの街に滞在し、迷宮に潜る予定になっている。
レティの初陣は結果だけを見れば十分な結果と言えた。課題も見えたし、稼ぎも十分だ。
羽刃蝙蝠は一匹当たり銅貨一七〇枚になるので、合計で銅貨八,八四〇枚。五二匹分だ。モモを除く五人で割った分をレティに渡す。銀貨で一八枚になる。
「私、はじめて自分でお金を稼ぎました。
このハンカチは街で見掛けて、気に入った物をお父様に買って頂きました。銀貨一〇枚だそうです。同じ様な物が何枚かあります。
私は今日一日、怖い思いをして銀貨一八枚を稼ぐ事が出来ました。私は随分と贅沢をさせて頂いたのですね」
レティが銀貨を両手で握りしめる。
「レティ、感謝を忘れないように」
「はい、お兄様」
貴族なのだから俺とお金の価値観が違う事は仕方の無い事なのだろう。
与えられる事を当たり前と思わず、銀貨一枚の価値に気づけたなら、レティは大丈夫だと思う。
◇
宿は二部屋取ってあったが、流れでリデルとレティ、俺とルイーゼとマリオンそしてモモが一緒だ。
丁度良いタイミングなので、二人と少し話をする事にした。
「ルイーゼとマリオンに話があるんだ」
「はい」
「?」
俺は二人をテーブルの向かいに座らせて話を続ける。
「ルイーゼは前に、奴隷でいたいと言っていたけれど、それは変わらないか」
「変わりません!」
ルイーゼがテーブルに両手を突き勢いよく立ち上がる。その反動で椅子が後に倒れるのをマリオンが支えた。
「ルイーゼ、拘る理由を聞いても?」
「それは……もう一人では無いという約束が欲しいか、ら……です」
ルイーゼは両親を亡くしてからずっと一人で暮らしていた。ルイーゼなりに両親との思い出が詰まった家で一人頑張ったと思う。
その家も税金の返済の為に取り上げられ、思い出の場所すら失った。その後、ルイーゼは奴隷として買われ酷い扱いを受けていた。
ある時、巨大熊の囮にさせられたところを俺とリデルで助け出し、その後は俺の奴隷になっている。
あの後直ぐにルイーゼを奴隷から開放しようとしたが、それは本人の願いとリデルの判断で保留する事にしている。
それからはルイーゼが自分の力で生きていけるようになるまでは、この件に触れるつもりは無かった。だが、ルイーゼは十分に生活出来るくらいには狩りの腕も上がっている。いつまでも今のままでは先に進めないだろう。
「それじゃ、一人では無いという約束があれば別に奴隷じゃ無くても構わないか?」
「私には思いつきませんが……」
「たとえは結婚とか――」
ガタン!
≪ガタン!≫
今度はマリオンが急に立ち上がり、椅子が後ろに倒れる。
倒れた椅子はモモが起こしてくれた。
なんとなく倒れた椅子は一つなのに、音は二つだったような気もするが、気のせいだろうか。
「養子とか、何かこう約束の書類を交わすとか、ルイーゼが納得出来る何かを考えておいて欲しい。
それにルイーゼがどれほど心配しているのかは分からないけれど、俺がルイーゼを一人にさせる事は無いよ」
ルイーゼとマリオンは気が抜けたように椅子に座り、上体をテーブルに突っ伏している。
「それから今度はマリオンだけれど、一応王都には着いた訳だが、どうするか決めたか」
マリオンは何も話していないが、目的があって行動しているのは間違いない。
目的の一つは剣の使い方を学ぶ事で、もう一つは魔法を学ぶ事だろう。だが、その二つをなんの為に必要としているのかは分からない。
「わたしは、もうしばらく一緒にいるわ」
「それは目的に必要な事なのか?」
「……もっと力が必要よ」
「わかった。それじゃ力が必要になったら言ってくれ」
「えっ?」
「力が必要なんだろ。頼りないかもしれないが、出来るだけ優先的に協力させてもらうよ」
「いいの? 凄く危険よ?」
「マリオンだって俺に付き合って危険な事ばかりだっただろう。マリオンはそれについて一言も文句を言う事は無かった。マリオンに協力したいと思う程度には恩も感じているんだぜ」
「それは、私は奴隷だし」
「奴隷は止めておくか?」
「……考えておくわ」
結局二人とも現状維持になるか。
あ、一つだけ代えておくか。
「ルイーゼは形式上リデルの奴隷となっているけれど、俺の奴隷として名義変更をして構わないか」
「はい、もちろんです。ありがとうございます」
リデルはこれから騎士になる為に騎士学校に通う。そこは多くが貴族かそれに連なる人達になるだろう。
その中からリデルは自分に最も力を与えてくれる婚約者を選ぶはずだ。はじめから恋愛結婚など存在しない。
その時、リデルの側に仲間とは言え女性の奴隷がいるのは良くないだろう。これまではルイーゼの為に貴族に仕えてきたという実績と、平民の子供である俺が奴隷を連れているという世間体の悪さから、リデルの名前を借りる形になっていた。
それもマリオンを仲間にしてからは形骸化していた。この際だから、二人とも俺の責任の下に保護する形にしておこう。
「それじゃルイーゼには約束を、マリオンには力を。二人とも忘れないでくれ」
「はい」
「わかったわ」
◇
部屋にはセミダブルベッドが二つだ。
俺はモモと、ルイーゼはマリオンと一緒のベッドを使う。マリオンが片方のベッドを押しつけてきた為、ダブルのセミダブルベッドになったがまぁ、それは良いとしよう。
ただ、真ん中に押しやられた俺は丁度ベッドの間になり、実に寝心地が悪かった。