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異世界は思ったよりも俺に優しい?  作者: 大川雅臣
第一部 第二章 王都編
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黒い髪の少女

 その少女は光を吸い込むほど黒く綺麗な髪をしていた。

 腰まであるストレートの髪が風になびき、それを抑える白い肌との対比が久しく忘れていた元の世界を思い出させる。


 マリオンの髪は日の当たらない場所では黒く見えるが、実際には深紅の髪で、陽の下に出た時は燃えるように赤く見える綺麗な髪だった。

 以前ベルナードの町で出会ったリーレンさんは黒髪だと思ったが、やはり陽の下では色の濃い茶色だった。


 陽の下でさえ黒い髪の人に出会ったのはこの世界にきて初めてだ。

 俺は自分の髪の色を直接見るわけじゃないから余り感じなかったけれど、やはりこの世界において黒髪は存在するだけで異質に感じる。

 いつの間にか俺も鈍感になっていたかもしれない。人の目を引いていても、気にしないようになっていた。

 だが、確かに黒い髪は目立つという事を改めて思い知った。もっとも俺にはとても懐かしく思えたが。


「ただいま、レティ。みんなに挨拶を」

「レティシア・ブラウディです。よろしくお願い致します」


 リデルを兄と呼んだ少女は、息を整えるとドレスを手で摘み、軽く広げるようにお辞儀をした。


「アキトです。こちらはモモ、話すことが出来ないので失礼をお許し下さい」

「ルイーゼと申します」

「マリオンです」


「あらためてよろしくお願いします。

 皆さんのことは兄からの手紙で存じております。

 アキトさん、本当に黒髪なのですね。自分以外に黒髪の人に合うのは初めてです」


「よろしくレティシアさん。俺も初めてだったから驚いたよ」

「レティと呼んでください。みなさんも遠慮なくそのように」


「レティ、僕は父上に挨拶をしてくるから、みんなを客室に案内してもらえるかい」

「はい、もちろんですお兄様」

「アキト、後でまた」

「あぁ、わかった」

「ではみなさんは私がご案内いたします。どうぞこちらへ」


 レティはとても明るい子だった。

 リゼットは髪が黒いことで思い悩み、髪が黒いことで家族とうまく行かず、髪が黒いことで命まで狙われていた。

 でもレティはそういった影が見当たらない気がする。

 リデルが俺の髪を見て全く気にかけなかったのもこれで理由が分かった。そりゃ可愛い妹が黒髪なら他人の髪の色なんか気にも掛けなくなるだろう。


 ◇


「アキトさん、モモさん、ルイーゼさん、マリオンさん。

 遠慮無くこちらで寛いでください」


 案内された部屋は来客との会談に使われるだろう部屋で、一五メートル四方ほどの空間に、調度品、表彰、勲章といったものから、牙大虎の頭の剥製や何かの角などが飾られていた。

 雑多な印象はなく上手く配置され、寛げるように配慮がされている。

 入り口の対面に用意されたガラス窓からは、噴水が見えた。

 ガラスは高級品らしく、すべての部屋に用意されているわけではないが、来客の間などの見栄えが必要な所には使われているようだ。


「アキトさん」


 俺達は一〇人が同時に座れそうなほど大きなソファーに座り、テーブルを挟んで対面にレティが座っていた。

 そのレティが少し身を乗り出し気味に、声を掛けてきた。


「なんだい?」

「お二人の内どちらがお兄様の彼女ですか? モモさんってことはないですよね」


 妹というのはどの世界でも同じ反応をするのか。

 何故か兄の恋愛事情が気になってしかたがないらしい。


「俺が知っている限りでは、そういう話は聞かないな」

「そうですか」


 レティは安心が半分、残念が半分といった感じだ。


「それじゃ、アキトさんの彼女さんはルイーゼさんですか? マリオンさんですか?」


 なぜ二択なのだろう。

 いないとか、他の子だとか、モモだとかも選択肢もきちんと入れて欲しい。

 そして、固まっているルイーゼとマリオンにもそこまでのことなのか。

 もちろん二人共好きだが、それが恋愛かといえばまた違った感情だ。


「残念ながらいないよ。レティがなってくれるなら光栄だね」


 ガタッ!


 ルイーゼとマリオンが立ち上がって俺の顔を覗きこんでくる。別に怒っているようではないみたいだが、そんな焦燥に駆られた表情をしないで欲しい。

 どうもこの世界は社交辞令が機能していないみたいだ。


「わ、わたしは。ダメです」


 レティお前もか。

 そして何故か小枝を取り出して戦闘態勢に入ったモモはどういう感情なのだろう。


 ◇


 ノック音がして、扉が開く。

 私服に着替えたリデルに続き、もう一人の紳士が入ってくる。五〇歳位だろうか、いまだ美丈夫で通る若々しさに、渋さも加わって無敵に見える。

 紹介を受けるまでもない、リデルの父親だろう。リデルの金髪碧眼は父親譲りらしい。


 俺達はソファーから立ち上がり、二人を迎える。


「父上、紹介します。

 ともに旅をしてきたアキトにモモ。それから、二人も紹介しておきます。ルイーゼとマリオンです。

 僕が無事に旅を出来たのも四人のお陰です」


 こういう場では紹介を省かれることもある奴隷も、リデルはきちんと紹介していた。


「アルディス男爵だ。

 君たちのことはリデルからの手紙で聞いている。

 リデルが名誉士爵を授爵するに至り、君たちの貢献が大きかったことに感謝しよう。

 さぁ座ってくれ。

 すこし旅の話を聞かせてくれないか」

「はい、もちろんです」


 俺は話せる範囲でグリモアの町でリデルに出会ってから今日までのことを話した。

 アルディス男爵は都度驚く様子を見せ、授爵においてはボールデン男爵の力添えがあったと聞くと、近いうちに挨拶に出向くと言っていた。


 レティの食いつきっぷりも良く、どうやらリゼットと同じ箱入り娘のレティには兄の冒険譚が英雄の伝記にでも聞こえているようだ。尽きることのない興味に青い瞳が輝きっぱなしだ。


「レティ、その辺にしておきなさい。

 皆さんも今日はまだ旅の疲れが残っているだろうから、ゆっくり食事をして休んでいただこう」

「こちらこそ、お言葉に甘える形になり恐縮です」

「気にしなくていい。滞在する間は我が家と思い、ゆっくりしていってくれ」

「ありがとうございます」


 ◇


 アルディス男爵との面談を終え、ようやく緊張が溶ける。


「気を使わせて悪かったね」

「いや、まぁ、緊張はしたけれど、いい人でよかったよ」

「お父様はとてもお優しい方です。

 私の事で貴族社会からはよく言われていないことも知っていますが、それでもお父様はただ私を愛してくれます」


 それは伝わってきた。

 俺を見て多少の驚きはあったみたいだけれど、なんら忌避感を持っているようには見えなかった。どちらかと言えば、応援されているように感じたくらいだ。


「それよりもお兄さま、覚えた魔法を見せていただけませんか」

「今日は日もくれるから明日の朝にしよう」

「約束ですね」

「あぁ、約束だ」


「それじゃアキト、別邸に案内するよ。

 アキト達以外には誰も居ないから、ゆっくり出来るよ」

「ありがとう、助かるよ」


 ◇


 別邸と言いながらもそこは広かった。

 豪華ということもないが、質実剛健で使い勝手に配慮されたいい屋敷だった。

 二階が寝室になっており、部屋は五室あるようだ。俺とモモ、ルイーゼとマリオンに分けて使わせてもらうことにした。

 全部使って構わないということだったが、貧乏性が出てしまう。


 別邸には水回りも用意され、お湯こそ出ないものの、水浴びも出来るようになっていた。早く火と水の魔法を覚えたいものだ。


 夕食は別邸に用意され、身内だけでゆっくりと食事を摂ることが出来た。

 ただ、リデルだけはいない。今頃は久しぶりの家族と団欒を楽しんでいることだろう。

 レティのはしゃぎようが目に浮かぶ。


 ◇


 コンコン。


「あの、失礼します。アキト様……」

「どうした?」


 食事を終え、モモと部屋に戻って寝る準備をしていた時、ルイーゼが訪ねてきた。どうやらマリオンもいるらしい。


「部屋を汚すのもどうかと思いましたので、よろしければご一緒させて頂ければと……」

「部屋が広すぎて寂しいわ、みんなで寝ましょ」


 マリオンは実にストレートだ。だが分かりやすくていい。

 部屋はマリオンが言うように十分に広い。一部屋にベッドが四個あり、一緒にと言っても普段の宿より広いくらいだ。

 着替えも済んでいるようだし、いつものことだ断る理由もない。


 結局、五部屋もあったが一部屋にみんなで寝ることになった。

 実際、人の気配があるというのは心が落ち着いた。これが他人じゃそうは行かないだろうけれど、共に命を繋ぎ合った仲間となれば安心感も別格だ。

 久しぶりの上等なベッドでゆっくりと休むことが出来た。


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