早速、雲行きが怪しくなってきた
俺は町外れに向かいつつ、何軒かの店を回って生活費を計算していた。
冒険者ギルドで数字の一覧と通貨の種類を示す用紙をもらう事が出来たので、それと店頭の価格表を見比べている所だ。
安い宿で一泊が銅貨十枚。食事は銅貨二枚。保存食は銅貨一枚。一日三食食べるとして最低銅貨十三枚は稼ぐ必要がある。宿のランクを普通程度に上げるとルイーゼに教えられた通り銅貨二五枚くらいだ。
Fランクの依頼はほとんど無かった。出ても取り合いなのだろう。本気で取りたかったら張り込むしか無いがそんな時間はもったいない。
そうなると今出来るのは適当に狩って素材を売るくらいになる。魔物を狩ればランクも上げられるが予備知識無しで魔物はいささか不用心すぎるな。
元の世界的に分かりやすく書くなら、
銅貨1枚(日本円で約100円)
銅貨100枚で銀貨1枚(銅貨100枚 日本円で約1万円)
銀貨100枚で金貨1枚(銅貨10、000枚 日本円で約100万円)
金貨100枚で白金貨1枚(銅貨1、000、000枚 日本円で約1億円)
一般的に使われる主な単位が銅貨・銀貨・金貨くらいらしい。100円~100万円だな。
リザナン東部都市までは銀貨二〇枚。銅貨なら二,〇〇〇枚。日本円で二〇万円だ。
この辺で俺に狩れそうなのは大足兎で、その皮と肉が一匹あたり合わせて銅貨十枚。大足兎は過去の経験上、一日掛ければ十匹は狩れると思う。魔力量頼りになるから、オーバーキルさせない程度に節約しないといけない。
十匹狩れば銅貨一〇〇枚。乗合馬車には食事代や宿代が含まれていないから、銅貨二,五〇〇枚程度は稼がないといけないのか。一日に宿代を引いた銅貨七十五枚を貯めたとして一ヶ月ちょっと掛かる計算だ。
徒歩で四週間だから、道中狩りながら進んだ方が良いのか?
でも土地勘もないし、道中に俺が狩れるような小動物はいない可能性もある。やはり貯めた方が確実か。
◇
冒険者の死体から回収したお金は遺品として冒険者ギルドに提出したので、俺は早速文無しになった。だから今は取り急ぎ宿代を稼ぐべく大足兎を狩っていた。
初めはなかなか魔弾を当てられなかった大足兎だが、だんだんと動きの癖が分かるようになった。
基本的に逃げ足の一歩目は体の向いている方向だ。気付かれるかどうかのギリギリで様子を見るより、むしろわざと気付かせ自分のタイミングで魔弾を撃つ方が、命中率が高かった。
結局、冒険者初日の成果は大足兎の皮五枚と肉が五塊で銅貨三十五枚になった。予定より少ないのはナイフが無く、血抜きが出来なくて品質が下がった分買い叩かれた。
宿代の銅貨二五枚を引くと銅貨一〇枚が今日の稼ぎになる。残り銅貨二、四九〇枚だ。大足兎を狩っていたのではどうにもならないと言う事だ。
リッツガルドで獲物を買い取ってもらった時、朝に見かけた熊髭がいたので戦利品を見せつけてドヤ顔してやったら、夕飯をご馳走になった。熊髭は良い奴だった。
◇
夜、パンを食べながらベッドに横になって明日の予定を考えていた時、不意に誰かの視線を感じた。
「だれだ?!」
部屋を見渡すが視線の主は見つからない。しかし、未だに見られている気がする。
「お化けとか言うなよな……」
ホラーな展開は勘弁して欲しい。俺は臆病なのだから。
俺はパンをテーブルに戻して部屋の中をゆっくりと見渡す。
朝出る時と特に変わった所は無い。
クローゼットに誰かが忍び込んでいる訳でもないようだ。だけれど、未だに誰かの視線を感じる。
コトッ。
背後に何かいる!
俺はゾッとする感覚とともに反射的に振り返った。
「嘘だろ……」
振り返るとその視界に入ってきたのは空を飛ぶように動く食べかけのパンだった。
さすが魔法の世界だ、パンですら空を飛ぶのか。自分の常識で考えていると思わぬ落とし穴にはまるな。
「だがそれは俺の腹に入る物だ、逃がさん!」
俺は素早くパンを掴んで齧り付く。味は美味しくないし堅いが普通のパンだ。
だが、パンに齧り付いた瞬間に俺は見てしまった。そのパンを必死に取り返そうと頑張る幼女の姿を。
いつの間に入ってきた?
その幼女は俺のパンが欲しいのか涙混じりになりながら両手でポカポカと俺の胸を叩いてくる。
試しにパンを手の届くギリギリに差し出すと、ピョンピョンと跳ねながらパンを取ろうと両手をバタバタとさせている。
面白い。
さすがに良心が痛んだのでパンを幼女にあげると、満面の笑みでパンに齧り付いた。
「いつの間に入ってきたんだ……というか、ベッドの下にでも隠れていたのか?」
幼女は答えない、食べるのに忙しいようだ。
身長八十センチくらい、緑色の髪はセミロングで頭のてっぺんに何故か葉っぱが生えている。大きめのぱっちりとした目は金色でどことなく猫っぽい。八歳くらいだろうか、かわいらしい幼女だ。
緑色の髪はなかなかインパクトがあるな。その内に赤や青、紫にピンクまで出会う事が出来るかもしれない。
幼女はどちらかというとボロ布といった感じのワンピースを着ていて、肌が汚れていた。
「ちょっと待っていろ」
確かクローゼットにタオルがあったはずだ。
「ほら顔を拭いてや……」
どこへ行った?
幼女がいなかった。
ベッドの下にもカーテンの裏にもテーブルの下にも、およそ隠れられそうな所のどこにもいなかった。ドアは内側から鍵が掛かったままだ。
本当にお化けか? お化けってパンを食べるのかよ……。
結局その日は余りよく眠れなかった。いくら幼女の姿をしていてもお化けはやっぱり怖い。
布団に包まって、朝方になってようやく短い睡眠を取る事が出来た。