ルミナスの歌姫
旅も最終日。
ミーティアが考えていたように、あれから襲撃はなかった。
ミーティアは一見すると綺麗が過ぎて冷徹に見えるが、意外にも性格が合うのはモモだった。
動かなければまるで美麗な彫刻がそこにあるかのような雰囲気を持ち、歌えば聞く人を魅了してやまない声色を持つ。そのミーティアがホコリまみれでモモと遊んでいるとは誰が思うだろうか。精神年齢も退化していないか。
モモの顔の埃を拭き取ると、隣に顔を並べるミーティアとか誰が想像するだろうか。遊び疲れるとモモと一緒に荷台で昼寝をし、起きるとモモと一緒に野菜を噛じっている。
「慣れたけれど、それでもちょっと複雑だわ」
「そうだな」
マリオンの感想に同意する。
俺達より長くミーティアと一緒だった筈の傭兵長も困惑している。やはり珍しいのだろう。
二人を見ているのも悪くないが、今日が最後なので、出来るだけミーティアには魔法のことを聞いておきたかった。
ミーティアは魔法こそ使えないものの、知識としては十分に持っており、俺にはその知識が必要だった。リゼットに会えば分かるかもしれないが、同じ情報を持っているとも限らない。
前回のオークメイジ戦で全く魔法戦の準備をしていなかった俺は、文字通り手も足も出なかった。後ろに回り込んだマリオンが決死の覚悟で仕留めてくれなければ、どうなっていたか分からない。
次も同じように手も足も出ないという訳にはいかなかった。
「魔法は魔力が具現化して力となる事は知ってのとおりです。ここでは精霊魔法に区切って説明しますが、他の魔法があることは忘れないで下さい。
一般的に言われる精霊魔法は、精霊の使う魔法を擬似的に再現しているだけです。擬似的とは言っても精霊に干渉して発動していることは確かなので、精霊魔法と呼んでも間違いではありません。
ですが、本来の意味でいう精霊の使う魔法は、人が精霊魔法と呼んでいるものと比べて規模も威力も格段に大きいものだということは知っておいてください」
ミーティアが一度言葉を区切り、ここまでの内容が理解できているか確認する。
ここまでは俺も大丈夫だ。
「ここでアキトの、精霊魔法にどう対処すれば良いかという質問に対する答えですが、精霊への干渉を断つというのが一番確実です。
その方法は、より強い干渉力をもって精霊を支配する。相対する精霊の力を借りて打ち消す。精霊がいない状況を作る。この辺りになると思います」
より強い干渉力をもってと言うのは、魔力が具現化する前に精霊を自分の味方に引き込んでしまえということか。
打ち消すというのは火に水をぶつけるみたいなイメージだろう。でも魔法が使えないと無理だな。使えても相手がなんの魔法を使うのかわからないと対応は難しそうだ。
最後の精霊がいない状況ってなんだ。確かにいなければ力も発揮出来ないだろうけれど。
とりあえず、一つずつ確認することにした。
「精霊を支配するとは、具体的にどうすればいい?」
「精霊と契約をする必要があります。ただし、相手が契約する精霊と同等以上の精霊と契約をする必要があります」
力の弱い精霊と契約しても、力の強い精霊には逆らえないということか。
「契約そのものはどうすれば?」
「アキトがそれを聞きますか。仲良くなって名前をつけ、受け入れてもらいます」
あ、モモのことか。名前を付けるってそういう意味合いがあったのか。
「それじゃ、精霊に会えないと話が進まないな」
「そうなりますね」
俺はモモ以外の精霊には会ったことがない。この方法に頼るのは難しいだろう。
「精霊魔法を打ち消すというのは、精霊魔法自体に相性のようなものがあると考えていいのか?」
「はい、その通りです」
やはりそうか。でもこの方法はさっき思ったように、魔法を使えなければそもそも出来ないので、今は無理だ。
「最後の精霊がいない状況を作るというのは?」
「精霊は魔力が無い、あるいは薄いといった所には存在できません。ですから、そのような場所あるいはそのような状況を作る事で魔法を具現化させないことが出来ます」
「魔力がないところなんてあるのか」
俺の魔力感知は魔力が何処にでも存在している事を示している。
「あります。この辺ですとメビナ砂漠の中央辺りとかでしょうか。
魔巣から離れるほど魔力濃度が下がり、いずれは完全になくなります。メビナ砂漠の中央に立ち入ると人も生きてはいられませんので、完全にないという場所で戦うというのは現実味がありませんね」
やはり魔力がないところだと人は死ぬのか。
「あれ、海とかはどうなるんだ。あんな広いところなら砂漠以上に魔力の存在しないところがあるんじゃ無いか」
「もちろん海にもあるそうです。ただ、アキトが想像するよりは少ないでしょう。
海には水中にある為に見えないだけで魔断層もあります。魔断層から流れ出る魔力が及ばない領域には注意した方が良いでしょう」
「あれ、魔断層って伝説とか神話とかそんな世界の話じゃ無いのか」
確かエルドリア王国を作った人達は魔断層からこの地にやって来たはずだ。
「魔断層はあります。魔巣と呼ばれる場所には魔断層もあります」
あるのか。それじゃ魔断層を越えて他の魔断層に出ると言う事も本当に出来るのか。
「いずれにしても場所限定では難しいな。そういう場所ではそもそも魔法を使おうとしないだろうし」
「そうですね。ただ、魔力の薄い場所を作ることは可能です。
一つ目は空間魔法を用いる方法。二つ目は暗黒魔法を用いる方法、三つ目は魔力操作で付近の魔力を吸収または移動する方法」
俺は失敗しているがやっぱり魔力は空気中から吸収できるのか。
「三つ目は失敗した」
「アキトは昔失敗したことを、今も未来も失敗すると思っているのですか」
そう言えば、なんで出来ないと思っていたんだろう。今までだって、練習してきたじゃないか。
「失言だった」
「でもアキトにはもう少し直接的な方法もありますね」
そのまま言葉通り、魔術師に直接攻撃だろう。
でも魔法障壁を何とかしないとな。あれはマリオンがやったように一点集中で強力な技を出せばいい。銃やミサイルとは言わないが、強力な弓を用意するか。身体強化で何とか引けるくらいの弓なら魔法障壁を抜けるかもしれない。後でリデルと実験だな。
現時点で空間魔法は使えない。暗黒魔法はそもそも魔人の種族能力だ。
「結局、魔術師相手には魔法を使わせないという初めの結論に戻るわけだ」
魔術師に直接触れれば魔石から魔力を吸い上げるように、魔術師から吸い上げられるのは分かっている。でも、問題は魔法を掻い潜って、魔法障壁を越える必要があることだな。
「アキトには素晴らしい仲間がいるじゃないですか。
オークメイジを倒した方法は意図してか分かりませんが、効果的だと思います。
リデルさんが使われた魔法障壁も効果があると思います」
「うーん、たまたま殺傷力の低い魔法だったから囮にもなれたけれど、火や土だったら無事では済まなかったと思う」
「土に関しては心配ないでしょう」
「ん、なぜ?」
「なぜでしょう?」
ミーティアが口元を隠して微笑む。なぜだ? 理由は分からないが、魔法に詳しいミーティアが心配ないと言うんだ大丈夫なのだろう。
あ、そう言えばオークメイジが一度だけ魔法を失敗したな。あの時はマリオンの攻撃の影響かと思っていたけれど、あれは魔力の残滓が茶色だった。俺には土系統の精霊魔法が効かないとか言う凄い事があるのか。
いや待て、冷静になろう。今のところ俺に出来る事は、得意不得意はあれ他の人にも出来る事だ。自分が特別だと思って何度ガッカリしたか忘れるな。
「とりあえず、今後の鍛錬には魔法戦も備えて、俺が魔術師代わりだな」
「今までと変わらないね」
「変わらないですね」
「変わらないわ」
「むしろ詠唱がある分、慣れればオークメイジのほうが楽かもしれないね」
あれ、そうか。魔法戦に慣れていないのはむしろ俺だけなのか。さすがに精霊魔法とはいえないが、発動スピードだけなら圧倒的だしな。それに俺は精霊魔法を使えないのだから練習と言っても結局はみんなが言うように今までと一緒か。
「早々に魔術師が仲間に欲しいな」
リゼットは一緒に旅をすると言うだろうか。ボッチな箱入りお嬢様だからな、難しいかもしれない。
夕方、俺達はついにリザナン東部都市に辿り着いた。
遠目でも分かる完全なる城塞都市だ。一定間隔毎に立つ塔を結ぶように高さ五メートルの石壁があり、それが連なって都市全体を覆っている。石壁の手前には深く幅のある堀があり、水で満たされていた。
都市の中心には幾万とも思える岩を積み上げた城があり、街はその城を中心に広がっている。城と言ってもお伽話に出てくるような城ではなく、もっと実戦的で角ばったイメージの城だ。元の世界で言えば小アジア系だな
「リザナン東部都市はエルドリア王国の東を守る最重要都市で、人口はおよそ五十万人。構成は貴族が一、平民が八、その他が一。治めているのはバイセン辺境伯様になります。
常備軍は約一万。非常時には近辺の衛星都市と合わせて約二〇万の兵力を動員できます」
二〇万人がぶつかる戦争とか全く見たくないな。世界は平和がいい。
程なくして俺達はリザナン東部都市の西門にたどり着いた。五メートルほどの高さとはいえ、重々しい石の壁が延々と続いている様は、まさに圧巻だ。
夕刻ということもあり、門には長い行列ができている。日が落ちるとともに門は閉まるようで、入れなかった人はそのまま大雑把に並んだ状態で夜を明かすらしい。
俺達もこのまま行くと馬車で一晩明かすことになりそうだ。
「折角だから、特権を使わせていただこう」
リデルの言葉に反応が遅れる。すっかり忘れていたぞ貴族特権。あまりにも日常に差がなさすぎて、本当に忘れていた。
俺は操車する傭兵の一人に、列を逸れて前に進めるようにお願いする。
門についたところでリデルが馬車を降り、俺も続く。俺は臣下ではないが、付き添いの一人もいないのではリデルが気の毒なので、それらしく一歩引いた位置に立つ。
ミーティアも次いで隣に立つ。
ほどなくして貴族用の門番らしい男が二人寄ってくる。平民の方を相手する門番に比べると文官というイメージの門番だった。
「ヴァルディス士爵と申します。私用にてしばらく滞在する予定です」
「ヴァルディス士爵様。恐れ入りますが、お連れの方のお顔を拝見させて頂いてもよろしいでしょうか」
「もちろんです。アキト」
俺はルイーゼ、マリオン、モモを呼ぶ。ミーティアも傭兵の二人を呼んだ。
「もしや、ルミナスの歌姫様で在られますか」
「はい、訳あってご一緒させて頂いています」
「これはこれは。こちらでは舞台にお立ちになられるのですか」
「何日かはそのように考えております」
ミーティアはモモとゴロゴロしていた少女ではなく、初めてあった時の彫刻のような麗美さをもって門番と接している。
もう一人の門番がミーティアに話し掛けていた門番に何かを囁く。おそらく注意しているのだろう。
「あ、いやこれは失礼。ヴァルディス士爵様、お通りください」
「ありがとうございます」
ミーティアのインパクトが強かったのかほとんどフリーパスで許可が降りた。それでいいのだろうか。
ミーティアの人気は俺が思っていた以上だった。
平民用の門に並んでいた商人が目ざとくミーティアを見つけ、声を上げる。それに釣られてこっちを見た人々から歓声が沸き起こった。
ミーティアはそれらの人に小さく手を振って答え、トドメの笑顔で並んでいた人達は腑抜けになる。恐ろしい攻撃力だ。
なにはともあれ、俺達は無事にリザナン東部都市へと足を進めた。
グリモアを発ってから約一ヶ月半。正直もっと早くつけると思っていたが、いろいろ力足らずで予定の倍以上掛かってしまった。リゼットもきっと待ち疲れているだろう。
さすがに今日は遅いので無理だが、明日はリゼットに対面だ。
いまさらだが滅茶苦茶緊張してきた。