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異世界は思ったよりも俺に優しい?  作者: 大川雅臣
第一部 第一章 冒険者編
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オークの襲撃・前

 ゆったりと過ごしたミモラの街を出て五日後。乗合馬車は穀倉地帯を抜け、今は牧草地帯が広がる平原を東に向かって進んでいる。

 放牧された牛や羊、それを追う牛飼いや羊飼い、この世界でも飼いならされた犬がその手助けをするようだ。そう言えば犬を見かけるのは初めてだな。猫も見ていない。


 街道は東にまっすぐ抜け、北は草原が地平線まで続き、南は遠くで山脈にぶつかっていた。浅い川がいくつも陵丘をぬけ、時に支流を増やしながら地平線に消えていく。

 天気は良好でとても旅日和だ。

 ベルナードを抜けてからは高かった気温も落ち着き今は二七度くらいだろう。まさに快適といえる。


 俺はこれまで二回馬車に乗り、二回ともトラブルに出会っている。

 この世界では馬車に乗るとトラブルに出会うのかと思ったが、もちろんそんな事はないらしい。元の世界の電車が止まる程度には起こり得るようだが、毎度というほどでもない。

 つまりこれは俺の不運な歴史にまた書き連ねることになるのだろう。いや、今回は別に俺が不運だった訳じゃ無いな。良かった、大丈夫だ。


 ゆるやかな丘を乗り越えたところで、前方に停車する馬車とその馬車を取り囲む傭兵らしき人が一〇人。更にその傭兵を取り囲む身長一・七メートルほどで赤みがかった肌をし二本足で立つ……豚? のような生き物が一五匹ほどいた。

「魔人のオーク族です。コブリン族より強く、ホブゴブリン族程度と言われています。それほど素早い動きを得意とはしませんが、力があり耐久性も高いそうです」

 ルイーゼが素早く情報を提供する。


 魔人の強さは知能の高さもあるが、その数だ。魔物は多くても数匹で、牙狼(がろう)のように特別群れを作る魔物でも一〇匹以下ということが多い。でも魔人は別だ。数十匹ということも珍しくなく、場合によっては数百、数千という群れになることもあるそうだ。

 そして魔巣を中心としたエリアに住むのは魔物と同じだが、魔物と違って魔巣から出て活動することも多い。この世界では魔物の脅威は殆ど無く、脅威といえば魔人のことだ。


 御者が誰の了承も取ることなく馬車を引き返させる。取るまでもないのだろう、誰一人それを止める人はいない。

 この馬車には御者以外に一〇人乗っているが、俺達以外は旅人か商人だけだ。好んで戦いの場に進もうとするものはいないだろう。

 俺だってオークが五〇匹も一〇〇匹もいるというなら話は別だが、一五匹くらいという微妙な数が判断を悩ませた。

 とは言ってもリデルは行くだろう。俺達は馬車が回頭する為に速度の落ちたところで飛び降りた。商人が止めておきなさいと言っているが、いざとなったら逃げるからと言っておく。


 俺達が加われば数ではほぼ同等。だが、その前に戦闘状況に突入していた。

 オークの中には一匹だけ体格の違う手練れがいるように見える。


「ハイオークもいるようです。ハイオークはランクDに当たる魔人です。アキト様ご注意を」

「わかった」


 ハイオークは他のオークより二回りほど大きく、身長は二メートルくらいある。巨大なハンマーを振り回しそれを盾で受けた傭兵は体ごとふっ飛んでいった。

 まさに吹っ飛ぶという感じで傭兵は一〇メートルほど飛んで地面の上を転がっていく。首や手足が変な方向に曲がり、即死としか思えなかった。


 悪いことにそれを見た傭兵の足並みが崩れていく。

 徐々にオークに間合いを詰められ、傭兵たちは馬車を背に狭い範囲で戦っている状態だ。今の状況だと、俺達が辿り着く頃には誰も生き残っていないという可能性もあった。


 でも、そうはならなかった。

 馬車から一人のフードを被った――おそらく少女と思われる――人物が現れると崩れかけた傭兵の陣形が保たれる。一人装備の良い傭兵がしきりに声を掛け再びオークを馬車から引き離すことに成功していた。


 しかし、それでもハイオークは別格だ。

 ハンマーが振るわれる度に傭兵が吹っ飛び、数を減らしていく。倒れた傭兵は四人、倒れたオークは二匹。元々数が少ない上にその差が広まっている。

 俺達が駆けつけた時にはさらに二人の傭兵が倒れ、四人しか残っていなかった。六人がハイオーク一匹に殺されていた。


「加勢します!」


 リデルの宣言に答える余裕は無さそうだ。ハイオーク一匹でも手に余るのにオークはまだ一二匹残っていた。


 幸いな事にオークは囲っている傭兵に夢中なようで、こちらを気にしていない。

 リデルは駆けつけ様に剣を振るい、一振りでオークの太い首を切り飛ばす。血を吹きながら倒れるオークは無視し、こちらに注意が来る前に二匹目を同じように倒した。


 やはりリデルの剣はかなりの威力を持っているように見える。今までさんざん苦労してきた甲冑系の魔物もこれからは楽になるだろう。

 リザナン東部都市に魔巣はないと考えると、そんな機会も無いかもしれないが。


 リデルに続き、俺も二匹を、ルイーゼとマリオンが一匹ずつを仕留め、一気にオークの半数を殲滅した。むしろ一気に殲滅しない限り、この後がヤバかったので、簡単そうに見えても内容は必死だ。


 仲間が倒された事でこちらを無視していたオークも対応せざるを得ない状況を作り出す。それは当然傭兵との挟み撃ちになり、劣勢だった傭兵もここぞとばかりに攻勢に出る。


「アキト、僕はハイオークを押さえる、背後のサポートと殲滅を頼む」

「わかった!」


 おれはリデルを追い掛けるオークに魔弾(マジック・アロー)を放ち、脳震盪を誘発する。


「ルイーゼ、マリオン二人で動け。

 ルイーゼは敵に集中、マリオンは周りを見るのを忘れるな!」

「はいっ!」

「わかったわ!」


 残りはハイオーク一匹、オーク五匹。


 ハイオークにはリデルと装備の良い傭兵が対応している。傭兵はさらに数を減らして三人になっていたが、数ではこちらが上回る事になった。


 全体の戦況を確認した時、戦闘時は離れているはずのモモが近寄り、一方を小枝で示す。

 何時もと違う様子に嫌な予感がする。


 モモの示す方角には何も見えない。何も見えないが、魔力感知(センス・マジック)が不自然な魔力の塊をとらえる。見えない何かがいるのは明白だった。その距離およそ二〇メートル。


「モモ、弓を!」


 俺の手に魔法陣が浮かび上がり、同時に弓と矢が現れる。

 すぐさまモモの指し示した方向に向けて構え、狙い、矢を……放つ!


 二〇メートル、流石に突風でも無ければ外す距離じゃ無い。

 矢は一見何も無い空間に突き刺さった。そして、光学迷彩が剥がれるような変化と共に、もう一匹のオークが現れた。


「新手だ!」

「オークメイジです。魔法を使われると危険です!」


 馬車から現れフードを被っていた人物が隠れていたオークの正体を明かす。やはり少女だったようだ。それも声に聞き覚えがあった。


 しかし今はそれを考えている場合じゃ無い。魔法は危険だ。何せ俺達は魔法を使う事があっても使われる事が無い。メイジと言うくらいだから俺の魔弾(マジック・アロー)みたいなまがい物ではなく精霊魔法である可能性が高い。


 魔人も詠唱が必要なのかどうか知らないが、俺は続けざまに矢を放つ事で、オークメイジに魔法を使う暇を与えない――つもりだったが、矢は見えない壁に阻まれるかのように弾かれてしまう。


 リデルの使う魔法障壁(マジック・シールド)と同じ物か。だとすれば強めの攻撃で破壊出来るはずだ。問題は近づかせてくれるかだが。

 オークの方は数を減らしている。直に殲滅も可能だろう。


「ルイーゼここを任せる。リデルの方にオークが流れないように注意してくれ」

「はいっ!」

「マリオンは俺と新手の相手だ。魔法を使われる可能性があるから常に背後に回り込め!」

「わかったわ!」


 リデルの方は一進一退と言った感じだ。流石にリデルもあのハンマーを受け止めるのは難しいと判断してか躱している。大ぶりで隙があるようにも見えるが、当たらないとみると持ち手を短くし、素早い攻撃を繰り出していた。やはり知能が高い。

 ハイオークの方はリデルに任せるしかない。


 問題はこっちか。

 俺が知っている精霊魔法はクロイドの使う火球(ファイア・ボール)だけだ。火球(ファイア・ボール)はバスケットボールくらいの大きさの火の玉が直線的に飛び、対象物にぶつかった瞬間炸裂し、その炎で焼き尽くす魔法だ。


 もし火球(ファイア・ボール)を撃たれた場合、直撃を躱したとしても炸裂する炎までは躱しきれない可能性がある。足下に撃たれるのが一番危険だ。その為には狙いを定めさせないように動き回るしか無い。


 オークメイジはハイオークと違って民族衣装のようなローブを着ていた。右手には背の丈ほどの禍々しい紋付きの杖、左手には何故か髑髏(どくろ)を束ねて持っている。

 この世界には魔封印の呪いがある。オークメイジも呪を使ってきたりするのだろうか。魔法ならまだしも呪いとか何も知識がない。


 普通に考えれば、魔法を使う相手に距離を取られるのはまずい。詠唱や集中が出来ないように近距離から手数で狙いたいところだが、初手を弓にしたのでまだ距離を詰め切れない。オークメイジまでは後一〇メートルある。


 魔力感知(センス・マジック)でオークメイジの魔力に動きがあるのが分かった。

 その魔力がフッと消え緑色の残滓を残す。同時に空気が渦となり周りの小石や草花を巻き込んでドリルの様な形を創りだした。次の瞬間――


 ゴウッオ!!


 来ると思った瞬間、俺は右にステップしていたが、風の渦は離れるほど拡大するようで半身が躱し切れそうにない。


 俺は魔壁(リフレクション・マジック)を使い、衝撃に備える。魔壁(リフレクション・マジック)は以前にも試していたが、槍や弓といった突属性の攻撃にまったく役に立たないことが分かり、実戦ではお蔵入りしていた魔法だ。

 でも、オークメイジの使って来た面の攻撃に対しては効果が期待できる……と思った。


 実際、魔法その物のダメージは殆どなかったように感じるが、まるで乱気流に巻き込まれた様にもみくちゃにされ地面を転がり回る事になった。意識はしっかりしていたが、三半規管を思いっきり揺さぶられて上手く立つことが出来ない。


 追撃に備える必要があった。回復魔法でどうにかなるのだろうか。

 どうもこうも、やるだけか。


 魔力が具現化すると、実態の威力だけでなく今のように副作用的な効果にも脅威が発生する。今の風魔法なら風による翻弄だし、火球なら燃え上がる火による燃焼だ。


 オークメイジはやって来なかったが、その特性を考えれば俺なら槍を巻き上げて放つ。それで俺は串刺しになっていただろう。余裕が無いのかそこまで考えが付かないのか分からないが、人間が使う時はそういう想定も必要ということになる。


 俺の三半規管が平衡感覚を取り戻すのを待っている間にも、オークメイジは追撃の魔法を唱えていた。

 追撃は当然だろう。無詠唱じゃないだけ助かった。幸いにして魔力は制御できるので、同じ魔法なら耐えられるかもしれない。


 でもその心配はなかった。


 オークメイジの背後に回り込んだマリオンが、オークメイジの背中に切りつけていた。

 しかし不可視の壁に阻まれ、オークメイジの体まで刃が届いていない。


「マリオン! 突攻撃だ!」


 マリオンが頷き、オークメイジから距離を取る。助走のためだろう。一撃狙いとは思いっきりがいい。


 オークメイジは自身の魔法障壁(マジック・シールド)に自信があるのか、マリオンの初撃を防いでからは背後に注意を払っていない。

 マリオンの攻撃がオークメイジを襲う前にもう一度魔法が来そうだ。既にオークメイジの魔力が集約している。


 でもその魔力は精霊魔法として具現化せずに茶色の残滓を残し霧散した。マリオンの攻撃で集中力が途切れたのだろうか。

 マリオンが初撃で稼いでくれた時間はわずかだ。でも、なんとか体が動くまで回復することは出来た。さっきは空中にいたから躱した際に暴風に巻き込まれたけれど、地面に伏せていればあそこまで吹き飛ばされないと思えた。


 再びオークメイジの詠唱が終わり集約した魔力が具現化して失われていく。今度は精霊魔法として具現化しそうだ。

 今のところ発動後に追尾するような魔法の存在は知らない。発動した瞬間に横に飛んで伏せれば直撃と暴風の両方を躱せるはずだ。


 魔力が水色の残滓となり消えた瞬間、俺は横に飛び地面に伏せる。だが、先程とは違い今度は水の魔法だった。

 なんで俺は同じ魔法だと思った?

 魔力が具現化する際に残滓として残る色で属性が分かるんだった。実際に三度目で思い出すとか、俺はどれだけ油断しているんだ。


 濁流のように押し寄せた水が伏せていた俺を押し流し、せっかく詰めた距離を大きく広げてしまった。水はそれほど長く続かなかったが、結構水を飲んでしまい激しく咽る。

 幸いにしてダメージは大したことがない。もともとダメージを期待した魔法ではないのだろう。敵の足止めや距離を取る魔法といったところか。なら直ぐに次の魔法が来るな。


 俺が立ち上がり次の魔法に備えるのと、オークメイジの胸から剣が突き出るのは同じタイミングだった。マリオン渾身の一撃が魔法障壁(マジック・シールド)を突き破りオークの背中に剣を突き立てていた。

 ただ、マリオンもその一撃で魔力を枯渇させたのか膝をついている。


 そのマリオンにオークメイジが右手の杖を振り上げる。


 胸を貫かれて生きているのかよ!


 俺は全力で魔弾(マジック・アロー)を打ち出す――しかしオークメイジとの距離は開いていた。俺の魔弾(マジック・アロー)では二〇メートル離れては威力が減衰してほとんど効果が無い。


「マリオン!躱せ!」


 叫ぶしか出来なかった。

 俺の声にマリオンが反応し、オークメイジを見上げる。でもマリオンに動く気配はない。

 オークメイジの杖が振り下ろされ、俺はその結果を想像して拒絶する。


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