気が付けば成長していた
マリオンが低い姿勢で迫ってくる。普段からは想像出来ない瞬発力だ。
「うおっ!」
思わず声の出る俺の目の前をマリオンの体が突き抜ける。
躱すのもギリギリだった。
突き抜けたところで立ち止まり、振り返ったマリオンの顔がひくひくしている。
「ねぇ、今の、上手く出来たの?」
「顔がニヤけているぞ」
「うそっ!」
マリオンは両手で自分の顔を揉みしだいてニヤけ顔を誤魔化す。
「上手く出来たみたいだな。
後はルイーゼにも言っている事だけれど、普段から魔力の制御を意識して、空気を吸うのと同じくらい自然に出来るように練習だ。
一度コツを掴むと早いはずだ」
「わかったわ! あぁ、もう最高!」
とても嬉しそうだ。
マリオンは剣技を身に付けるのに拘っていた。女性というだけで不利なこともあるだろう。その差を埋めるためにも身体強化魔法は絶対に必要だった。
魔力感知が使えるようになって分かったことだが、この世界では男性より女性の方が、魔力総量が多いようだ。
もっとも、鍛錬していない女性よりは鍛錬している男性の方が多いので、一人一人を比べていても分からないが、総じて女性の魔力が多いという結論だ。
たまたま見掛けてきた人達がそうなのか、この世界の理なのかは分からないが。
こうして魔力量がボンヤリとでも分かるようになると、自分の魔力量は決して少なく無いということが分かった。
むしろひたすら鍛錬しているせいか、大分多い。大分多いのに、いざ魔法を使うとなるとリデルやルイーゼより燃費が悪い感じだ。
いや、燃費とは違うのか。魔力を出力する為に多くの力を必要とする感じだ。
やっぱりこの魔力が詰まっている感じは俺の思い違いじゃないのか。
魔力は体を通っているが、実はチューブのような物の中を通っていて、俺はそのチューブが狭いのかもしれない。広ければ楽に大量の魔力をやりとりする事が出来る気がする。
これも鍛錬でどうにかなるのだろうか。
身長の伸びをコントロール出来ないように自分で鍛錬により拡張出来ないとなると、いつまでも魔力に頼って戦うのは限度があるな。
ちょっと残念だが仕方がない。現状でも食べていくくらいの狩りには不足しないので、出来る範囲でやりくりしよう。
なんにせよ、細いチューブの中を無駄なく上限一杯に魔力を流せるように制御する技術だけは磨いていくつもりだ。
今のところ魔力制御能力だけが身内で抜きん出ている感じだし、ここを伸ばしていくのが良いだろう。
幸いにして魔力量自体は増えているようなので、出力を増やせなくても持久力は増やせそうだ。
「よし、マリオン実践で使うぞ」
「もちろんよ!」
ルイーゼもだけれど、マリオンは基本的に真面目だ。普段は多少戯けたところもあるけれど、鍛錬と狩りに関しては淡々と取り組んでいる。
そろそろマリオンにも、ある程度自由に戦わせてみるのが良いだろう。
◇
今日の獲物は……ワラビーだな。
見た目はワラビーで間違いないが、俺の知っているワラビーは一メートルもない。ワラビーはカンガルーを小さくしてネズミっぽくした感じだ。
「ワラビーはランクEの魔物です。
蹴り足がとても強く、ジャンプすると高さ五メートルくらいまで飛び上がるそうです。
攻撃は振り向いての蹴り足のみですが、まともに食らうと大の大人でも数メートルは飛ばされるそうです」
あの体で五メートルも飛び上がるのか、確かにその脚力で蹴られるのは想像したくない。
「ルイーゼ、マリオン初めて戦う魔物だ、蹴り足には十分注意するのはもちろん、それ以外の攻撃もないとは限らないから注意しろ」
「はい」
「わかったわ」
「リデル、頼む」
「了解。ルイーゼは僕の左手、マリオンは右に。アキトはいつもの通り周りの警戒と遊撃を頼む」
リデルが間合いを詰め、敵愾向上を使う。
その直後、ワラビーは物凄いスピードでリデルに飛びかかった。まるで飛び道具だ。
ルイーゼとマリオンは反応出来ない。
しかしそこはリデルだ、しっかりとワラビーの突撃を盾で受け止めていた。
身体強化のおかげか、わずかに押されるに留まる。そして――
ズバッ!
盾で受け止めたワラビーが着地する前にリデルの剣が一閃、ワラビーは真っ二つになって地面に落ちた。
「「「「……」」」」
あまりの事に、みんなで声を失った。
「……まぁ、何だ、いい切れ味だなってことで。次はちょっと手抜き気味で頼む」
「了解」
リデル自身も驚いていたようだが、魔剣というのは想像以上に凄い物だったようだ。
この切れ味ならランクEクラスの魔物までなら全部一撃じゃないだろうか。ちょっと性能がオーバースペックな気がしてきた。
そして、次のワラビーも瞬殺だった。
今度はリデルが受け止めたところにルイーゼのメイスによる一撃だ。
頭が陥没したままワラビーが吹っ飛んでいく。
「「「「……」」」」
なんか、身体強化しているとはいえ、攻撃力だけ妙に高くないか。いや、リデルもルイーゼも防御力だって高いか。
ワラビーはランクEというのが間違いなのだろうか。
でも昨日の一角猪では結構苦労したよな……あれは魔法を封印した上に二匹いたからか。
魔法を使って良いと言ったら、ルイーゼは速攻で倒していたな。
俺やリデルはともかく、ルイーゼもランクE程度の魔物なら全く問題ない気がしてきた。
ランクEまでなら毒や粘着物といった罠っぽい攻撃もないしな。
「まぁ、次行ってみよう」
そして瞬殺……マリオンが上段から振り下ろした剣がワラビーの首を切り落とした。
「「「「……」」」」
いきなり身体強化を使っての一撃かよ。朝初めて使えるようになったのに才能なのか?
「わかった。今日は乱獲しよう。能力の全部を使って狩りまくるぞ」
「了解」
「はい」
「わかったわ」
◇
結局倒したワラビーの数は三二匹。途中混ざった一角猪が七匹。途中でマリオンの魔力が尽きかけて調子を崩した以外は全く危なげなく狩りを終えた。
なんか改めて成果を見ると、凄まじい物があるな。
俺とマリオンは、リデルとルイーゼが受け止めて動きの止まったワラビーを切り倒すだけで終わってしまった。
途中、ワラビーの群れに遭遇したが、それも全く危なげなく討伐している。
今まで弱めの敵の時はルイーゼとマリオンの練習をしていたから気付かなかったが、四人で本気の狩りをしたらランクEの魔物はもう敵じゃ無かった。
そして、今日の狩りでめでたくルイーゼがランクDに、マリオンがランクEに上がった。
ミモラの森は全体的にグリモアの町やトリテアの町より魔物が弱い気がする。
俺達が強くなっただけなら素直に喜ぶところなんだが。
「僕達は確実に強くなっているよ。
ルイーゼやマリオンにしたっていつも格上と戦っていたからね、同格相手なら十分に戦えるよ」
やっぱり強いのか。うちのお姫様達はいつの間にか立派な冒険者じゃ無いか。
マリオンの喜びようは一際大きかった。目的に必要な力が付いていることに実感が湧いたのだろう。
「わたし、戦えるわ。でも、まだまだね」
「あぁ、まだまだだから、鍛錬は続けるよ」
「必要なことなんでしょ、もちろんよ!」
――ん、魔力感知になにか引っかかるな。
そちらを見ると……駝鳥だ。あの美味しい鳥がいる!
「マリオン、仕事だ」
俺はマリオンに駝鳥の方向を示す。モモから弓と矢を受け取り、マリオンに預ける。
「マリオン、絶対に外すな、俺はあれを食べたい!」
なんとなく、わざとプレッシャーを掛けてみた。
マリオンの反応はない。集中しているようだ。
距離はおよそ八〇メートル。男鹿を狙った時と同じだ。距離的には問題ない。
ただ、駝鳥は男鹿と違って頭が小さい、頭は狙えないか。
綺麗な立ち姿だ。弓を引いて微動だにしないのは十分に体幹が仕上がっているのだろうか。
森をざわつかせていた風が止まる。
打つと思ったタイミングでマリオンが矢を放つ。残心まで見事だ。
マリオンは二射目を用意しなかった。
一射目が駝鳥の頭部を貫いていたからだ。
ちょっと待て、なぜ当たる。おかしいだろ。
「分かるのよ。何処を狙えばいいのか。
でも、当たったのは偶然ね。
狙いが分かってもその通り矢を放つことが出来るのか、風はどうか、獲物は留まっているか。
いろいろな要素が絡み合って、実際に当たるのはまぐれよ。実戦では使えないわ」
「十分に使えると思うけど、なんにせよ良い腕だマリオン」
褒められるのはやはり嬉しいのか、ちょっと照れたようだ。
◇
夕食はミモナの町側の川辺で作ることにした。宿の調理場を借りるわけにも行かないので野営の時と同じように自分たちで何とかする。
道具自体はトリテアで用意しているので、問題はない。
適当に石を並べて、炭を置き、上に金網を乗せて終わりだ。
難しいことをやろうとしても失敗するので、シンプルに行く。
野菜とスープをルイーゼとマリオンに任せた後は俺とリデルで駝鳥を捌く。
味付けは塩と胡椒がメインだ。
これでも十分に美味しいけれど、何とかタレを手に入れることは出来ないだろうか。
タレを作るとしたらまずは醤油が必要か。この世界で醤油を見たことが無いからなぁ。醤油は作ろうとしても確か凄く難しかった気がする。たしか麹が必要になるんだけれど、麹の作り方とか全く分からないな。
焼けた肉から良い香りが立ちこめ、食欲を誘う。
ミモラの町を離れる前に駝鳥を何匹か狩りたいところだ。休暇と称して駝鳥狩りでもするか。
そして、塩胡椒で味付けした焼き鳥も美味しかった。ボールデン男爵の家で食べた駝鳥も美味しかったけれど負けていない。
モモも美味しそうに食べている。
今日はモモも一杯働いたからな好きなだけ食べてくれ、ついでに魔力もどうぞ。モモはもの凄いご機嫌だな。
「とても美味しいわ」
「はい、さっぱりとして美味しいですね」
女の子組はみんなご機嫌だな。幸せそうで何よりだ。
あ、そうだ。
「ルイーゼがランクDにマリオンもランクEになった事だし、何か希望があれば言ってごらん」
休みでもお小遣いでも出来る事なら叶えて上げよう。
二人は随分と長考に入ったようだ。
余り長く考えているとお肉が無くなるよっと、パクッ。
「それじゃ、私は一日、買い物や食事に付き合ってもらいたいわ」
「お安いご用だ。まるでデートみたいだけれどな」
「デ、デートじゃないわ。付き合ってもらうだけよ」
マリオンはそっぽを向いてしまったが、耳が真っ赤だ。
デートと付き合うの違いが分からないけれど、どちらでも良いか。
「分かった、付き合うよ。ルイーゼは何が良い?」
「わ、私もデ、ートで……」
ルイーゼは真っ赤になって沸騰しながらしぼんでしまった。随分と表現豊かだな。
「それじゃさんに――」
「「二人でお願い(します)」」
息がぴったりだな。
「それじゃ、明日はルイーゼ、明後日がマリオンで」
「「はい」」
珍しくマリオンもはいと言ったな。何時もなら「わかったわ」とか言うのに。
リデルは隣で楽しそうに様子を見ているが、分かっているのだろうか。俺がルイーゼやマリオンと二人になると言う事はリデルもそうなるんだが。