祝賀会
そして祝賀会だ。
俺達はかなり奮発してそれなりに評判も格式も高い店に来ていた。
女の子組もみんな街着よりはドレスっぽい服を着て、ベルナードの町でリーレンさんに頂いたアクセサリーを付けている。
ようやくアクセサリーに似合う服を買うことが出来たところだ。
個人的な懐はかなりダメージを受けているが、喜んでくれいるし、何より俺も眼福だ。
店は高級店らしい雰囲気の落ち着いたところで、それぞれの席には一人の召使が常に控えており、お客の要望を即座にこなしている。
俺達の席にも成人したくらいの男性が割り当てられ、椅子に座る手助けをしてくれる。
慣れないので勢い自分で座ってしまいそうだが、マナー違反だ。
料理はコースになっており、前菜から始まりメインディッシュまで贅沢に時間を使いながらその味を堪能することが出来た。
この世界の料理は味が濃く脂っぽいものが多いし、味付け自体も雑だ。同じ物を食べているのに日によって味が変わるとかよくある話で、同じ物がないということも多い。
でもこの店は違った。毎日頼んでも同じ味で提供され、計算された味付けと食べ合わせで飽きることなく食べられるに違いない。
食事は十分に満足のいくもので、お値段一人銅貨で驚きの二〇〇枚。五人で一〇〇〇枚だ。
今日の稼ぎが全部吹っ飛んでも足りないくらいだったが、リデルの貴族授爵祝いとしては細やかな物かもしれない。
本格的なお祝いはきっとアルディス家でやってくれるだろう。俺達には俺達に出来る形でお祝いをすればいい。
高級店では当たり前のようだけれど、食事が済んだからといって直ぐに追い出されるようなことはない。飲み物も自由で、耳障りにならない程度の生演奏を聞きながら身内だけで団欒を楽しめる。
たまに生演奏だけでなく歌も入るようで、その歌を聞くために食事を取りに来る人もいるらしい。
今日はその歌い手の中でもちょうど人気のある人が歌うらしく、その登場を待ちわびる人々で店は静かに賑わっていた。
「いい日に来たみたいだね」
「リデルは歌を聞く事があるのか」
「進んで聞きに行くような事はなかったけれど、聴けばいいものだと思っているよ」
俺は人気の歌い手について召使に知っていることを聞く。
「ミーティア様はルミナスの歌姫と呼ばれる方で、本日は特別ミモラの町にお招きしております。
サプライズ企画ですので、今日この場にいらっしゃる方は本当に幸運でいらっしゃいます」
ルミナスってどこだったか。
「迷宮都市ルミナスは王都の東に半日ほどのところにあります。
エルドリアでも二番目に古い街と言われています」
ルイーゼが答える。
迷宮都市はもうひとつあったが、おそらく王都には行くだろうから、機会があるならルミナスの方に行くことになるかな。
そんな事を考えていたところで店の照明が落とされ、変わって黄色い蛍の光の様な物が部屋に漂い初めた。女の子組がため息を漏らす。確かに神秘的な光景だった。これも魔法なのだろうか。
音楽が流れ始め、奥の入口から伸びるように絨毯が発光し、その上を一人の少女が歩いてくる。
深く青い真っ直ぐな髪を腰まで伸ばし、白い薄手のドレスを髪と同じ青いアクセサリーで着飾った少女だ。ずいぶんと若く見えるのに、大人の女性の雰囲気も持っている。
……この感覚、人間じゃないのか。
トリテアで出会ったハーフエルフより、さらに強い魔力を持っている。
「もしかしてエルフ族?」
「はい、ミーティア様はエルフ族の方ですね。
生まれの森を離れ、エルドリア大陸に渡って来られたお方で、普段は迷宮都市ルミナスに住まわれています」
ついにエルフを発見した?!
エルフと言ったら想像するまさにそのままだ。透き通るほど真っ白な肌に切れ長の耳、美術品と見まごうばかりに整った顔立ち、少し冷たさを感じる切れ長の目に青い瞳は俺の中で完成した美しさに見えた。
正直一目惚れしたかもしれない。
ただ、肉感的な雰囲気が希薄で一目惚れと言っても恋とはまた違った物だと認識できたが。
歌は元の世界で言えばオペラのような歌だった。ただ、オペラでも喜劇や悲劇ではなく神話を語るように歌っている。
その歌声は人気があると言われるだけあり、すうっと意識に吸い込まれていくような感覚。体の魔力が歌に合わせて活性化するような、まるでルイーゼの奇跡を受けた感じだ。
ん? あれ、これ天恵とか固有の能力なのか。
俺がふとミーティアに視線を向けると、ちょうどミーティアも俺の方を向いたので視線が合った。
ミーティアは人差し指を立てて口に当てた。まるで秘密とでも言うかのように。
知的で精巧な彫刻のようでも、ちょっとは人間らしい仕草をするようだ。思わず目が釘付けになる
「アキト様」
何度か名前を呼ばれたのだろうか。ちょっと刺のある感じでルイーゼの声が耳に入ってきた。
不安、苛立ち、焦り、なんだろうか。ルイーゼの感情がちょっと掴めなかった。
「何かあった?」
分からないことは聞くしか無い。
「す、すいません。特に何かということでもないのですが、気が付いたらお声を掛けてしまいまして」
ルイーゼが肩を落としてシュンとしている。
別に怒ることでもなんでもないので構わないよと声を掛ける。
そういえば、ルイーゼの声も綺麗だよな。狩りを始めてから幼さが抜けてきて美人度が増したルイーゼも、数年経てばミーティアと変わらぬ魅力を持つようになるんじゃないか。
歌が終わり、ミーティアが退場していく。下品にならない程度の拍手があがり、俺もそれに参加する。リデルの祝賀会に華を添えてくれたことにも感謝だ。
◇
楽しい時間を過ごした店を出て帰路につく。
「ありがとう、とても楽しい夜だったよ」
リデルも満足してくれたようだ。
実際のところ俺が何かしたわけではないが、喜んでくれて良かった。
「おっと、一つ忘れていた」
俺はリデルから預かり魔力を通し続けてきた剣を返す。
俺の魔力感知ではこれ以上変化がないように感じられたので、おそらく変異もこの辺が限界なのだろう。ミスリル鉱の純度が高ければもっと変わるのかもしれない。
「ずいぶんと雰囲気が変わったね。初めの頃よりだいぶ軽いのに強度は上がっているとか不思議だよ。
ありがたく使わせてもらうよ」
リデルの剣は盗賊との戦いのおり、中背男の攻撃を受け止め続けた為にガタが来ていた。
今は俺の剣を使っているが、新しい旅立ちに借り物とういのもなんだろう。ちょうど良い具合に魔剣の方も出来上がっていたので良かった。
「綺麗な剣ね……」
マリオンの感想だ。
実は、街で買い物をしているとき、ちょっと立ち寄った鍛冶屋で柄の部分を改装しておいた。
刃は変える事が出来なかったけれど、ガードや握り、柄といった部分は変えられるものがある。
この盗賊から奪った剣も変えられるタイプだったので、イメージを払拭するのも合わせて変えておいたのだ。
無骨さが消えて、洗練されたイメージに変わっている。
「切れ味もずいぶん良くなっている。強度があるから刃を薄く出来る分、切れ味もだいぶ違うようだ。
今ならもっと鋭く出来るのかもしれないな。
削るとさらに軽くなるから、その辺は使ってみて調整だな」
「必要な時は身体強化で対処出来るとはいえ、軽いのに慣れてしまうのも問題があるかもしれないね」
そうなのだ。二度と重い物を使わないというならともかく、そんな事はありえないので、極端な武器に慣れるのは良くない。
リデルの満足そうな表情を見て、俺も満足だ。
無事に祝賀会も終え、プレゼントも渡せた。明日からはまた頑張ろう。




