閑話:マリオン・2
何も出来なかった。
ルイーゼが刺されるのを見て足が竦んでいた。
わたしには覚悟があると思っていた。
だから前にアキトが聞いてきた時、わたしは言った。必要なら斬ると。
なんて馬鹿なのだろう。斬るどころか、その場に向かうことすら出来なかった。
それでも気持ちは前に向けていた。そう思っているのに、足は動かなかった。
なんで思ったとおりに体が動かないの。
不意に、顔に飛沫が掛かった。拭った袖が赤くなっている。リデルが斬られていた。
そんなに長く一緒にいたわけじゃないけれど、リデルが怪我をするのを初めてみた。
朝の鍛錬でも、あの器用なアキトの攻撃を完全に防いでいたし、魔物や動物の攻撃なんって一度も受けてない。
そのリデルでさえ負けそうだ。
リデルが倒れたらわたしなんて直ぐに殺されるだろう。
足がすくみ逃げることも出来ない。
わたしの覚悟なんって、どれだけちっぽけだったというの。
アキトがリデルを救うために茶髪男を吹き飛ばした。
どうやったのか分からないけれど、多分魔法なのだろう。
わたしにも魔法が使えたら、臆病にならずに戦えただろうか。
無理ね、魔法が使えることと臆病なことは別のことだから。魔法が使えてもわたしはきっと動けない。
アキトが茶髪男の攻撃を、身を捻るようにして避けている。
茶髪男の繰り出した突きは、わたしにはとても躱せない早さだ。
アキトは目にも止まらないその突きを躱しただけでなく、そのまま回転した勢いで剣を振り、茶髪男の脇腹を裂いた。
攻防一体の流れるような攻撃だった。
わたしと同じような歳の子があれだけの技術をどうやって手に入れたの?
アキトは止まらない、いつの間にか構えた弓が既に放たれている。
もう魔法でも見ているのかと思うくらいあっという間の事だった。
一矢目ははずれたけれど、続けざまに放った矢が逃げる中背男の肩に刺さる。
アキトの攻撃は多彩で、魔法、剣、槍、弓それに私は見ていないけれど格闘もするらしい。
必要に応じて使い分けながら戦う。
わたしにも出来るだろうか。
アキトは必要なことは全部教えると言ってくれた。わたしに必要なのは戦う勇気だ、教えてくれるだろうか。
アキトが吐いた。そして震え、呻いて、吠えた。
わたしはアキトの何を見ていたのだろう。アキトもあんなに苦しんでいるじゃない。
わたしはただ怖いという理由に甘えて何も出来なかった。
アキトはリデルに戦えないだろと言われ、戦えないと言っていた。
それでも必要なら戦った。戦えない人なのに戦った。
わたしは今一度周りを見渡す。
小さな戦場、わたしも吐きそうになった。でもわたしは何もしてない、何もしていないのにそんなことは許されない。何も出来なくても、ここで吐くことだけは自分で許したくない。
わたしは震える足で歩き出す。愚かね、わたしは。震えていても歩けるじゃない。
結局さっき歩きだせなかったのは怖かっただけだ。
もし死ぬのが怖いなら、なおのこと仲間を助けなければ一人じゃ生き残れない。
わたしは二度と恐怖に震えて仲間を見捨てたりしない。