閑話:マリオン
見慣れた奴隷商人からの呼び出しは二週間ぶりだった。
一度買われた先で命令に抵抗し死に掛けた後、ここに戻されてからは初めての呼び出しだ。
買い手が付かなければ、どんどん価値を下げられる。
価値が下がれば品の悪い買い手に捕まる。
一度出戻りしている私には碌な買い手がつかない可能性も高かった。
買い手の要求は魔物狩りに参加出来る歳の近い男女という話だ。危険な買い手だと思った。
奴隷を魔物狩りに連れて行くというのは囮にされる可能性がある。歳が近いというのもこの場合は安心材料にならない。
奴隷が買える程度にはお金があるにしても、この若さでは実力の程はたかが知れているから。見栄を張って無理な魔物に挑み、殺される未来が濃厚だった。
でも、もし主人だけが魔物に殺されたなら、私は奴隷から開放される。リスクもあるけれど、チャンスでもあった。
私以外にも同じように考えたのか三人の奴隷が名乗りを上げていた。
自分で言うのも何だけれど、とても魔物狩りが出来るとは思えない子達ばかりだ。
別室の男がどうかはわからないけれど、この中から選ばれるとしたら私である可能性が高いと思った。
◇
連れて来られた面接室には一人の男と一人の男の子、それに二人の女の子がいた。
想像していた以上に若い。
一人、金髪で顔の良い男はその佇まいからも貴族であると思えた。
貴族の道楽として魔物狩りをするのであれば命の危険はないかもしれない。
でも、交渉を始めたのは男の子の方だった。おそらく私よりも歳下だろう。
もしかして金髪の男は魔物狩りに出ないのだろうか。
だとしたら狩りに出れば私が率先して戦う事になるのだろうか。また、囮という言葉が思い浮かんだ。
もっとも自信がないならそんな無茶な魔物と戦おうとはしないかもしれない。
他に女の子もいるから変な事もされない可能性が高い。
人の良さそうなこの子ならそのうち上手く言って奴隷から開放されるのも簡単とも思えた。
私はこれがチャンスだと思うことにした。
冒険者として魔物を討伐した事があると告げる。
これで少なくても他の三人を選ぶ理由はないだろう。
目の前の男の子は私の顔や体を見て顔を顰めた。
なによ、好みじゃないっていうの。貧相ななりで悪かったわね。
奴隷商人も私を売る気はあるのかしら。なにも前の主のところで暴れたことまで言わなくてもいいじゃない。だいたいあの男が悪いのよ、私に変な事をしようとするから。
「変なことをしなければ逆らわないわ」
私が口を挟むと、奴隷商人が冷たい目で窘めてきた。でも構うものですか、私は自分をこの男の子に売りたいのよ。
男の子は私の値段を聞いてくる、上手くいきそうね。
でも甘かった、銀貨七〇枚と聞いて出せないという。
銀貨七〇枚よ、この子に出せるわけないわ。金髪の貴族様はなんで見ているだけなのかしら。
それにしても前は銀貨五〇枚だったじゃない、よりにも寄ってなんでこの子に対して値段を上げるのよ。
あぁでも良かった。
奴隷商人が銀貨一〇枚安くしてくれたことで私を買ってもらえたわ。
◇
洒落たお店に入る男の子に続いて、入っていいのか悩んだけれど女の子の方が私に入店を進めてくれる。ちらりと首元に見えたのは奴隷紋だった。この子も奴隷だったのね。
だったら私も入っていいのかな。
それにしてもこの男の子は小さいのにもう奴隷を用意しているのね。
そうは見えないけれど貴族なのかしら。黒髪だし違うわよね。
まさかこの歳で好色家だったりするの?
テーブルに付いたけれど、さすがに席には座れない。
一応主である男の子の後ろに控えて立つ――つもりだったのに、同じテーブルに着かされた。
奴隷の扱いを少し勘違いしているみたいね。
驚いたわ。
この子のパーティーは想像以上にランクが高かった。
金髪の男と黒髪のこの子はランクDだって。ランクDって私より歳下の子がありえないわ。
それに一緒にいる女の子もランクEだとか。
さすがにもう一人の小さな子は違うわよね、冒険者登録すら出来ないと思うわ。
もしかしてこの子は将来有望なのかしら。
だとしたら頑張って稼げる冒険者になってもらった方が良いかもね。
この子の名前はアキトだった。ちょっと変わった名前だけれど、変ということもない。
アキトは私に鍛錬をし、共に魔物を倒して欲しいと言ってきた。
魔物を倒すのはいいわ、はじめからそのつもりだし。
でも鍛錬?
奴隷に鍛錬してどうするの。前の主人も、その前の主人も私に命令はしても何かを教えようとした事はなかったわ。
私が意味を考えていると、アキトは更に私を驚かせる。
銀貨六〇枚相応の働きをすれば私を奴隷から開放すると。それどころか毎月銀貨五枚を貯めて一年で自由になる道もあると。
私はアキトが無理な魔物と戦って死んだら自由になれると思っていた。
アキトは甘すぎる。奴隷にそんな条件を出してなんの得があるのだろう。命令すればいいだけなのに、死ぬまで働けと。本当に開放されると信じていいのだろうか。
そんな話を聞いてちょっとだけ放心してしまった私にアキトは続けて言った。
奴隷として扱うことはない、仲間になってほしいと。
「そんな夢みたいな話――」
思わず口にしていた。そんな話を信じて傷つきたくなかった。
酷い事を考えた私は、この男の子に優しくされたくなかった。むしろ恨みを持たれる方が楽だった。
そして私の歓迎会だと言って久しく食べた事がなかった料理がテーブルに並べられる。
どれも美味しいものだった。安くはないだろう。
このパーティーでは稼ぎを経費? とかいう形で使うみたいだった。
私には良く分からないけれど、パーティーで稼いだお金はパーティーの物という意味みたい。
なんか変わっているわ。
私がパーティーに入ったなら私が使ってもいいのかしら。奴隷に使われてしまったら終わりじゃない。
◇
食事も終わり連れて来られたのは宿だった。
同じ部屋で休ませてくれるみたい、何から何まで変わっているわ。ここまで奴隷にお金を使ってどうするの。
同じ部屋って事はやっぱり変な事されるのかしら。
翌日。
構えていたけれど、変な事はされなかった。
◇
このパーティーでは毎朝鍛錬を行うみたい。
私は驚いてばかりだけれど、今日も朝から驚いたわ。
アキトもリデルもルイーゼもみんな魔法が使えるですって。ありえないわ。
まだ魔術師というほどのレベルじゃないと言っているけれど、それでも魔法が使えるだけですごいことなのに、それが三人共……ありえないわ。
そして更にありえないことをアキトが言った。
「解呪しなくても使える魔法がある」
ひたすら望んでいた力だった。
私は解呪する為に、正確には魔法を手に入れるために生きながらえてきたのだから。
それが、解呪しなくても使える魔法があるなんって……。
でもそんなすごい事を奴隷である私に教えてくれるわけがないわ。
でも、きっとその方法を盗んでみせる。
馬鹿じゃないの。
なんで私にも教えてくれるのよ。
馬鹿じゃないの。馬鹿じゃないの?
◇
その後はルイーゼと戦う事になった。戦うと言っても刃を丸めた木製の剣を使ってだけれど。
アキトは頭以外なら本気で打ち込んで良いと言うけれど、本気でルイーゼに? 怪我させないかしら。
余計な心配だった。
ルイーゼは防御だけで攻撃してくるわけでもないのに、私はルイーゼに押されていた。
ルイーゼは私の攻撃を盾で打ち返してくる。
打ち込む度に私の方がバランスを崩して、攻撃をしているのかされているのか分からなくなる。
ランクEの冒険者ってそんなに強いの?
アキトはもっと強いの?
結局ルイーゼは軽く息を切らせたくらいで、私は腕を上げられなくなった。
本当に私は何も出来ないみたいだった。
どうしよう、これじゃ魔物と戦えない、また戻されてしまう。
◇
その後はアキトとリデルの模擬戦を見学した。
冒険者ランクDならすぐになれると思っていたけれど、そんな思いは簡単に砕けて消えたわ。
もう、何をしているのかも分からなかった。
動きが早いだけじゃなくて、おかしな動きが多くて目がついていけない。
フェイントという技らしいのだけれど、説明されてもさっぱりだったわ。
それに、たまにリデルの剣や盾が何もないのに弾かれたような動きをするのはなぜかしら。
たまに足まで滑らせているし、わざと隙を作っているの?
不思議そうな私にルイーゼが説明してくれた。
あれは、アキトが魔法を飛ばして剣や盾を弾いているのだと。
魔法と言っても、私にはそれらしい効果が見えない。
続けて説明を聞くと、アキトの魔法は目に見えないのが特徴だって。
昨日から私は驚くか呆れるかばかりね。
◇
鍛錬の終わった後、わたしはアキトに声を掛けられ、言われるままに椅子に座る。
アキトは少し顔に触るけれど、驚かないでという。
そんなこと、言われただけで驚くわよ。
私は自然とルイーゼに助けを求めていた。
でも、ルイーゼもにこやかに大丈夫ですからと言うだけだ。
何が大丈夫なのよ!
私は覚悟を決める。我慢出来なければまた暴れよう。
アキトの手が私の頬に触れる。
ぞっとする程ではないけど、いい感じもしない。
何をするのか分からないけれど早く終わって欲しい。
そう思った後、アキトの触れる頬のあたり、殴られて少し痣になっていたところが熱を帯びたような暖かさに満たされる。
悪い感じじゃなかった。どちらかと言えばジーンと来る温かみで、痣の痛みも癒やされ……え、これ魔法?
続けて私の腕を取り、やはり蹴られて痣になっていた所に手を当てる。先程と同じような心地よい熱っぽさを感じてしばらく、腕の痣は消えて痛みのなくなっていた。
信じられない、なんて事するのよ!
奴隷に回復魔法を使うなんって馬鹿じゃないの、それも放っておけば治るような怪我なのに。
そんな魔力の無駄遣いをするくらいなら、その辺の怪我人を捕まえてお金をふんだくってあげればいいのに、どんなお人好しよ。
銀貨六〇枚も払い自分達よりランクも下の奴隷を買って仲間として扱うと言ったり、いずれは自由にすると言ったり、月に報酬を払うと言ったり、もう訳がわからないわ。
誰よ、こんなお人好しが死んでしまえばいいと思ったのは。
最高のお人好しじゃない。
「治すのが遅れて悪かったな」
いつの間にか目から溢れ出た涙に、アキトは動揺していた。
ふふっ、いい気味だわ。