新しい仲間
時刻は一六時を過ぎたくらいか。
リデルを救い出した後の俺達は、アデレさんに紹介された奴隷商人の館に来ていた。
表通りから少し路地を入ったところにある奴隷商人の館は、表から一見するとなんの店だか分からなかった。
雰囲気としては職業斡旋所のような感じだ。
冒険者ギルドとは雰囲気が違うけれど、何時もの冒険者ギルドを知らなければ、ここを冒険者ギルドと聞いても疑わなかったかもしれない。
マンガや映画にあるような、檻に入れられた奴隷が柵を掴んで恨めしそうにこちらを見ていると言った事はなかった。
というか、誰が奴隷か分からない。
奴隷というと忌避感があった。
元の世界の日常には奴隷がいなかった。
比喩としての奴隷はいたし、歴史的にも存在した。今でも世界の何処かにはいると思っている。
それでも俺の日常の中にはいなかった。
しかし、ここにいると自分の考えがこの世界では異質と分かる。
この世界では経済を支える仕組みの一部として奴隷制度が成り立っている。
奴隷には一般奴隷・上級奴隷・犯罪奴隷・戦闘奴隷がいる事は聞いていたが、細かく分けるともっといろ区別があるようだ。
◇
「お客様、よろしければご案内させて頂きますが」
奴隷商人の一人がリデルに声を掛けてきた。
年下であっても侮る事無く礼儀のある対応をしてくる。まるで銀行員のようだ。
「ええ、お願いします。
話は隣のアキトがまとめますので、その様に対応を」
「畏まりました。
アキト様、よろしくお願いいたします」
丁寧すぎてむしろ対応しにくい。
「差し支えなければ、どのような用途の奴隷をお求めか教え頂けますでしょうか」
用途か、細かく指定した方が良いのだろうか。
「大前提として、魔物狩りに参加出来る事。それから歳が余り離れていない事。適性があるなら魔物討伐の経験は無くても良い」
後はあれだな、仲間なのだから――
「後は人付き合いでトラブルが無さそうな人で」
「実戦経験が無くてもよろしいのでしたら価格の方は大分押さえる事が出来ます。
運び屋として考えておられるのでしたら男の奴隷をお勧め致しますが」
性別か。そうだよな……俺はリデルの意見を伺う。
「アキトの奴隷だからね。任せるよ」
うーん。
魔物と戦うなら普通に考えて男だろうな。でもアデレさんくらい動けるように成長してくれるならルイーゼの友達として一人欲しいところだ。
いい加減、宿の部屋を分けたいと思っていたところだし、女の子が増えるなら狭いからとか理由を付けて分けられるか。
「性別に関しては取り敢えず保留で、いい感じの人がいればその人にするよ」
「分かりました。
それでは何人か条件に合う者をご用意致しますので、面接室までご案内致します」
◇
案内された面接室には五番と書かれていた。
七番まで有り、いくつかの部屋の扉は閉められている。おそらく使われているのだろう。
面接室には質素に飾り付けられ、テーブルと片側にだけソファーが有った。
元の世界なら対面にはテレビでもあるところだが、この世界にテレビは無い。ただの壁があるだけだ。
入ってきた入り口とは別に、奥にも扉があった。
「では連れて参りますので、こちらにお掛けになってお待ちください」
奴隷商人は奥の扉から出て行く。
俺とリデル、それにモモはソファーに座り、ルイーゼはその横に立っている。
これはリデルに指摘された事だが、ルイーゼの事は対外的な場ではきちんと奴隷として扱うようにと言われている。
横柄な奴隷だと思われても可哀想なので、慣れなくても相応の対応を取るように心掛けていた。
しばらくして奴隷商人が六人の俺達と歳の似通った男の子を連れてきた。
なるほど。だからホールの方では奴隷という感じの人が全くいなかったのか。
これもイメージ戦略の一つなのだろうか。
連れてこられた男の子は一人を除きみんな痩せているようだが、不健康と言うほどでも無かった。何故か一人は肥えている。
「アキト様、条件に合う者を連れて参りました。
皆、魔物との戦いも辞さない覚悟でおります。
何かお聞きになりたい事がございましたら、直接ご確認頂いて結構です」
脅したと言う事は無さそうだけれど、それでも進んで魔物狩りに出たいという雰囲気の男はいないように見えるが……。
「俺は魔物狩りで三回死に掛けた。四回目が無いように仲間を増やそうと思っている。
もちろん囮にするという意味じゃ無い」
違うと言ったのに、囮という言葉に激しく反応された。言い方を間違っただろうか。
なんか、どう言って良いのか分からなくて、事務的に必要事項だけを言ってしまった。
「欲しいのは一緒に戦う仲間であって、囮じゃ無い。
でも、残念ながら安全は保証出来ない。出来ないけど、最大限の努力はする。
それでも、是非やりたいという人がいれば名乗り出て欲しい」
……あれ、いないの。
「カ、カールです。何でもやります」
一人だけ肥えていた男の子が名乗りでる。
俺はその一人を保留にして、次に女の子を呼んでもらった。
連れてこられたのは四人の女の子だ。
先ほどはいきなり怖がらせてしまったので、今度はリラックスさせる為に別の方法をとる。
「一人ずつ名前と特技を教えてもらいたい」
「マリーです。文字が読めます。あと、洗濯と料理がいくつか出来ます」
「リリアです。文字が読めるのと、簡単な計算が出来ます」
「ベ、ベルデで、す」
……特技は無いのかな。
「マリオンよ。
ランクFの魔物なら何度か倒した事があるわ。使える武器は剣だけ。
狩りに出るなら私が一番使えるわよ」
確かに男女合わせて実戦経験があるのはこの子だけだ。
ただ、顔や腕に痣があり、トラブルの香りがする。
俺が商人の方に目をやると、俺の意図を汲んで直ぐに答える。
「彼女は過去を話しはしませんが、教養も高く品もあり、以前はそれなりの待遇を受けていたと思われます。
高ランクの冒険者と討伐依頼に出ましたが失敗し、違約金が払えずに奴隷になりました。
容姿も良く生娘ですので今回ご紹介した中では一番お値段が高くなっております。
ただ訳ありでして、今回はお安く提供出来ると思います」
今、凄くプライベートな事をさらっと言ったな。
「訳ありの内容を聞いても」
「はい、もちろんです。
彼女は少々気性が荒く、以前のお客様にも手が付けられないと戻されてきたばかりでして」
「奴隷紋があるんじゃ」
「奴隷紋は必ず記すようにしておりますが、逆らえば死に至るだけで、逆らえない訳では無いのです」
なるほど。逆らえば死ぬから従うだけで、死ぬ気なら逆らえると言う事か。
ちょっと勘違いしていたかもしれない。
でも、死ぬ気で逆らう理由もそうそう無いと思うが。
「変な事をしなければ逆らわないわ」
彼女が口を挟む。
しかし、それ以上は勝手に話さないように奴隷商人が目で示唆する。
変な事の内容は気になるが、俺は変な事をする気は無い、大丈夫だろう。
「それで、いくらになる?」
「本来であれば銀貨八〇枚が相場のところですが、今回は銀貨七〇枚で提供させて頂きたいと思います」
銀貨七〇枚。日本円なら七〇万円くらいの感覚だ。
人一人の値段と思えば安い気もするけれど、買って終わりじゃ無いからな。食費や宿代、その他必要な物を揃えるといった維持費が出続ける。
一応トリテアの町へ来てからの稼ぎで、銀貨換算ならば二三〇枚ほどがパーティー金庫に収まっている。
彼女の装備や身の回りの物を揃えると銀貨三〇枚ほど掛かるだろうが、路銀としては十分に残る。
「彼女用の装備を調えるとそれなりにお金が掛かる。銀貨七〇枚は出せない」
実際には出せるが、一度だけ引いてみる。
彼女は心底ガッカリしていたが、先ほど止められたばかりなので口を挟む事は無かった。
奴隷商人は思案している。
「銀貨六〇枚なら出せる」
奴隷商人はなおも思案していたが、俺の提示した金額で折れた。
彼女――マリオンは、小さなガッツポーズを取っていた。
なんとなく失敗したような気がするのは何故だろう。
「分かりました。
これからも良いお付き合いをさせて頂く為に、ここは勉強させて頂きます。
銀貨六〇枚にてマリオンをお譲り致しましょう。直ぐに手続きをなさいますか」
「頼みます」
後でリデルに教えられた事だが、マリオンの相場ならば銀貨四〇枚程度、トリテアは相場が高めだとしても銀貨五〇枚くらいだろうと言う事だった。
何が勉強させて頂きますだ、ぼっているじゃないか。
上手く値引き交渉出来たと思ったのに、手のひらで踊らされていたとは。無知がいけないんだ。無知は罪だ。
◇
マリオンは初め黒髪かと思ったが、黒に近い深紅の髪の色をした女の子だ。少しだけ癖がある髪は胸の辺りまで伸びている。
歳は一六歳。
背は俺と同じくらいで一六〇センチ程度。ルイーゼより背は高いがルイーゼより胸は小さい。それでも普通に魅力的な大きさだ。
かわいい系か美人系かで言えばルイーゼと同じく美人系だろう。
すらりとした目は髪と同じ深紅で、すっと引かれた眉と合わせて歳よりは上に見られるんじゃ無いだろうか。
少し日に焼けた肌はルイーゼほど白くはないが、健康的な印象だ。
ルイーゼの時と同じく、手続きはさほど時間が掛からずに終了した。今回の雇い主は俺になっている。
やはり荷物は少なく、一つの鞄だけのようだ。直ぐにでも身の回りの物が必要になるか。
今回はルイーゼがいるから良くしてくれるだろう。
何はともあれまずは自己紹介だな。
俺達は手短な所で、テラスのある飲食店に入った。
もうすぐ日が暮れるので街は狩りから戻った冒険者で活気が出て来た。
これからが一日で一番の喧噪になる。
注文を取りに来た小間使いの少女にいくつかの料理と飲み物を頼む。
それを待つ間、自己紹介をする事にした。
「それじゃ俺達から先に自己紹介をするよ」
マリオンは初め席には座らず立っていたが、話も出来ないので座ってもらった。
どことなくよそよそしいが、その内に慣れるだろう。
片側二人掛けのテーブルで、俺とリデルが同じサイドに、リデルの向かいにルイーゼ、俺の向かいがマリオンだ。そして俺の右、お誕生日席にモモが座る。
「俺の隣がリデル。ランクDだ。
パーティー『蒼き盾』のリーダーで、魔物との戦いでは先頭で敵の注意を引きつけてくれる盾役だ」
「これからよろしくね、マリオン」
マリオンがキョトンとしている。そう言えば交渉は俺がしていたからな。俺がリーダーだと思われていたのかもしれない。
「マリオンの隣がルイーゼ。ランクはE。
えーっと、マリオンと同じく奴隷になる。魔物との戦いではリデルや俺のサポートがメインだ」
「よろしくお願いします」
ルイーゼが奴隷である事を隠す必要も無いだろう。
「そしてこの小さい子がモモ。
小さいけれど、俺達には欠かせない仲間だ。冒険者登録はしていないのでランクも無い」
モモはちょっと誇らしそうだ。
「最後に俺で、名前はアキト。ランクはD。
使う武器は剣と弓。パーティーでは遊撃をしている。以上だ」
「よ、よろしくお願いします」
マリオンが席を立って挨拶をする。
俺はマリオンを座らせて、話を続ける。
「俺達はリザナン東部都市まで行く予定なんだ。
マリオンには道中俺達と一緒に鍛錬をし、魔物狩りに付き合ってもらう事になる」
道中の路銀としては今の手持ちだけでギリギリ足りると思うが、グリモアの町を出る時に立てていた皮算用は既に成り立たないと思っていた。
本当に移動するだけであれば足りない事も無いが、リザナン東部都市の周りには魔巣が無い為、着いてからでは稼ぐ手段が無かった。
場合によってはリゼットを連れ出す事もあり得るので、もう少し稼いでおきたいところだ。
それに、今回の昇級試験で分かったが、俺達は装備にお金を掛けているようで、全然足りていないようだ。
命を繋ぐ物なのだから本来最優先かつ全力で投資すべき所なのかもしれないが、目的もあって後回しになっている感も否めない。
安全に行くのであれば慣れて来たトリテアの町で狩りを続けるのが良いけれども、もうすぐ俺がこの世界に来てから二ヶ月だ。
少しはリゼットに近づいておきたい。
今のところマリオンは借りてきた猫のように大人しい。
「俺達はマリオンを銀貨六〇枚で買った。
だから相応の働きをしてくれたら、その時点でマリオンが望むなら奴隷を解放しても良いと思っている。
マリオンには月に銀貨五枚を支払う。それを貯めれば一年で自由になる道も選べる」
マリオンは再びキョトンとした表情だ。
どの部分に引っかかったのか。奴隷解放か、銀貨五枚が少ないとか?
「アキトはマリオンをただの奴隷として必要としている訳じゃ無いんだよ。ゆくゆくは同じ冒険者としての仲間が欲しいんだ。
だからアキトはマリオンを奴隷として手に入れたけれども、奴隷として扱う事は無いよ。それはルイーゼも同じだ」
「そんな夢みたいな話――」
「直ぐに分かるよ」
人から言われるとなんとなく自分の考えが恥ずかしいのは何故だろう。やっぱり夢見がちな思考なのだろうか。
「まぁ、実際の手続きは明日になるけれど、今日はマリオンの歓迎会だ、好きな物を好きなだけ食べてくれ。
食事代は経費で落とすから気にしなくて良い」
経費という言葉がぴんとこなくて、ルイーゼに説明を受ける。
初めて聞く資金管理の仕方に驚いているようだ。
普通のパーティーは稼ぎを山分け。その管理は個人で行うのが当たり前だ。
俺は遠慮がちな仲間に装備を買い与える為、苦肉の策として導入した。
◇
マリオンの歓迎会を終えた俺達は宿に戻ってきた。
しかし、俺の思惑が早速外れる。部屋が空いていないのだ。
流石に他の宿に別れて泊まるのも不用心なので今回は仕方なく同室とした。
ベッドまでは用意出来なかったのでルイーゼとマリオンは同じベッドを使う事になるが、二人とも全然気にしていないようだ。
マリオンは柔らかい布団の上で眠れるだけで満足だと言っている。
トリテアの町に来て立てた課題は順調にこなしている。
全部その途中と言った感じではあるが、直ぐに出来る事でもないのでそれは仕方が無い。
重要なのは解決に向かって進み始めたって事だ。一つ解決すれば一つ問題が増えるという気もするが、堪るよりはマシだ。しっかりと積み重ねていこう。
明日は鍛錬に旅の準備、マリオンの装備と身の回り品を買い、夜はアデレさんとお別れ会。
トリテアを出る前にやる事が一杯あるな。
元の世界にいた頃は暇つぶしとか言いながらゲームをしていた気がするけれど、この世界に来てから全く暇が無い。
明日は久しぶりに狩りの事を忘れてのんびりと過ごそう。