閑話:ルイーゼ・2
毒大蛇との戦いから二日。
未だ目を覚まさないアキト様の傍に控え、リデル様より文字の読み書きを習っています。
一日は短く、やらなければならない課題が常に残っている状態では狩りに出ない日が貴重です。
それでも毎日の鍛錬だけは欠かせません。
鍛錬は厳しいものでしたが、身に付く事も多く、私は確かに強くなっていると実感しています。
最近ではアキト様より習った身体強化もだいぶ感覚が掴めて来ました。
発動が遅く、実戦では上手く使えませんが、日常生活の中では水の入った桶を運ぶ時など、自然と使うようにしています。
息を吸うように自然と使えるようになれ。
それがアキト様より頂いた課題ですから。
魔法が使えるようになると不思議なもので、今度は逆に使わないでいるのが難しくなります。
普段の行動が身体強化ありきになってしまうのです。
重い水瓶を持とうとして持てないことに疑問を持ってしまうのは愚かしいことです。
この頃になると、体付きに変化が現れました。
私は太ってこそいませんが、それなりに子供らしい肉付きをしていたと思います。
ですがここ最近は鍛錬の繰り返しもあってか、体が締まってきて身動きがとてもしやすく感じます。
アデレさんにお会いすると、自分は女性らしくないと思うこともあります。
アデレさんはとてもお痩せになっていて、それでいて女性らしい魅力も持ち合わせていました。
背も高くスラリとした姿に、長い髪がよくお似合いで、とても綺麗な女性でした。
それでいて、魔物狩りでも十分な活躍をされ、隙が見つかりません。
私も女性ですから、アデレさんの様に女性らしい魅力を望む気持ちもあります。
でも、今の私に必要な事は自分の身を守れる強さを手に入れることです。
そのためには女性らしさは後回しでも良いでしょう。
最初こそ五分と続けられなかったアキト様との模擬戦も、今であればどんなに激しくても五分は続けられるようになりました。
そのおかげか、先日の毒大蛇との戦いの最中に現れた灰色大猿の攻撃を凌ぐことが出来ました。
まだ私に灰色大猿を倒すほどの力はありませんが、アキト様の言われる通りに鍛錬を続けることで、きっと私にも倒せる日が来るでしょう。
せめて私のことで気を煩わせることが無い日が早く来るようにしたいと思います。
◇
三日目。
アキト様が目を覚ましました。
私の頭に手を当て、優しく撫でてくれました。
そして、心配を掛けてごめんと言いました。
心配――確かに心配はしました。
でも心配出来る事はそんな悪いことでもないかも知れませません。
心配すら出来なくなることの方がどれだけ恐ろしいか。
そしてアキト様はご自分で回復魔法を使用し、怪我を治療していきます。
私は目の前で使われる魔法に女神アルテア様の残滓を感じました。
以前、アキト様に回復魔法を使用した時ほどの効果速度はありませんでしたが、ある意味慣れ親しんだ魔力の流れを感じます。
これで私がアキト様にしてあげられることが一つ減った気がしてしまいました。
それを残念に思う私はいけない子でしょうか。
◇
アキト様が目を覚まされてから数日後。
私はアキト様に連れられてトリテアの町で一番と言われる大きなお店に来ていました。
珍しくリデル様とは別行動になります。
私は同じ替えのローブをもう一着持っているだけですが、それでも出来るだけ綺麗な方を選び、先日お贈り頂いたリボンをあしらった髪飾りを付けています。
少し照れた様子で似合っていると言ってくれたアキト様は、普段より少しだけ子供らしく見えました。
アキト様はお店の一角で足を止め、なにやら悩んでいる様子です。
ここは女性向けの服や飾りといった物が並んでいます。
アデレさんへのお礼でしょうか。
まるで魔物との戦いにでも挑むかのように真剣な表情でいくつかの服を手に取り悩んでいるようです。
アデレさんには少し子供っぽい物も手に取られていますので、声をお掛けすべきか悩むところです。
その内に考えが煮詰まりましたか、アキト様は私を傍に呼びまして、手に取った衣装を私に掲げて雰囲気を見始めました。
私はその真剣な様子を見てアデレさんに嫉妬をしてしまいました。
嫉妬は醜い心です。
慈愛の女神アルテア様と対を成す女神ドロテア様の御心です。
私は自分を戒めました。
最終的に二着まで絞り込んだところでアキト様は降参なされたようです。
結局、悩み抜いた二着を購入されました。
アキト様は仰りました。
「ルイーゼにはルイーゼの好みがあると思うけれど、最初は俺が選んだものをプレゼントしたかったんだ」
差し出された袋には先ほどの二着の服が入っているはずです。
嫉妬してしまったあの服が入った袋を受け取った私は、呆然とし、お礼を言うことも忘れていました。
ただジッとその袋を見つめて、そして抱きかかえて。
悲しくも無いのに涙を流していました。
◇
気が付けば手を引かれたまま宿に戻っていました。
どこをどう歩いて戻ったのか、自分で歩いて戻ったのかすら分かりませんでした。
宿に戻った私にアキト様は気に入った方をすぐに着て欲しいと言われました。
ですが、どちらも気に入った物です。
私には選べませんでした。
結局アキト様が選ばれた方に着替えました。
選んで頂いたのは、ぜんぜん冒険者らしくない洋服でした。
白を基調とした色合いで、目の覚めるような青い飾り布の付いたワンピース。
同じく白を基調としながらも、ワンピースに使われているよりは明るめの青いアクセントが入った上着。
合わせて付いていた青いリボンに付け替えた私は、自分でもビックリするくらいどこかのお嬢様です。
違う服を着ていると、馴染みの通りで馴染みの事をしていても気分がまるで違いました。
何度も食べているデザートの味が違います。
何時も飲んでいるお茶の味が違います。
見慣れた街すら少し違った印象を受けます。
楽しいのとは違う不思議な時間も日の暮れと共に終わりですが、私には新しい目標が出来ました。
願わくは今一度、今日のような日を過ごそうと。