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異世界は思ったよりも俺に優しい?  作者: 大川雅臣
第一部 第一章 冒険者編
35/225

あれから三日

 意識が覚醒していく。まだ体の方は重く、動かす事が出来ない。

 特に右半身には何かがのし掛かっているような圧迫感があった。不快ではない。やわらかく、温かみがあり、鼓動を感じる……鼓動?


 しばらくして瞼を開けると、窓を塞ぐカーテンの隙間から強い日差しが差し込んでいるのが目に入る。久しぶりの明かりに再び瞼を細めたが、徐々に慣れてきた。


 部屋には見覚えが無かった。どうやらいつも泊まっている宿ではないようだ。普段部屋というよりは医務室のような清潔な感じを受ける。


 そうか、毒大蛇と戦った後、俺は倒れたんだな。

 ここは病院か救護室とかそういった所か。


 直ぐ側で小さな寝息が聞こえた。右半身の圧迫感はルイーゼが伏せていた為だった。

 ルイーゼには良く心配をかける。何せ怪我をしてばかりだからな。そして毎回死に掛けている。俺でも心配するだろう。


 俺は動く左手でルイーゼの顔にかかった髪を除けて、その顔を覗き込む。

 いつの間にか会った頃の様なあどけなさは抜けていた。とても美人になってきたと思う。目尻には涙の乾いた後が残り、少し隈が出来ている。


 髪を除けた手で、そのままルイーゼの頭を撫でる。アバラの辺りに痛みが走るけれど、その痛みで生きている事を実感した。


「ア、キト……様」

「おはよう、ルイーゼ。心配掛けたな」

「アキト様!」


 ルイーゼが体を起こし、立ち上がってはオロオロしている。

 もう少しあのまま心地よく過ごしていても良かったかもしれない。


「ルイーゼ、落ち着いて。のどが渇いたんだ、水をもらえるか」

「はい、すぐに」


 ルイーゼはベッド横のテーブルに置かれた水差しからコップに水を注ぐ。

 その後、俺が体を起こすのを手伝い、水を飲ませてくれた。


 体を起こして気が付いたけれど、足元にはモモがいて大の字で寝転がっていた。

 俺は水を飲み、一息ついたところで状況を確認する。


「あれから何日たった?」

「三日です」

「リデルとアデレさんは無事か」

「リデル様は打撲をしていましたが、骨を折ったような事はありませんでした。

 荷物置いたまま宿も空けておけませんので、夜は宿に戻っています。

 そろそろ顔を出される頃かと思います。

 アデレさんは特に怪我も無く、ショックは受けておりましたがそれも落ち着いたようです」

「それは良かった。

 俺は……打撲とアバラが折れているのかな」


 ルイーゼは少し悲しそうな表情を見せるが、頷く。

 そこで扉を開けてリデルが入ってきた。


「アキト、気が付いたね。良かった」

「心配掛けたな」

「命に係わる感じはなかったから僕はそれほど心配もしていなかったのだけれどね。

 ルイーゼが取り乱してしまって、抑えるのに苦労したよ」


 リデルが爽やかな笑顔でルイーゼの痴態を晒す。

 ルイーゼは顔を赤くして俯いてしまった。


「それは……その……申し訳ありませんでした」

「心配してくれたんだから、謝る事はないさ」

「今にも回復魔法を使いそうだったけれど、止めさせてもらったよ」

「あぁ、命に別状が無いなら問題ないさ。バレた方がいろいろ大変だろうし」

「私は知られてもかまいません。アキト様が苦しむ事に比べたら些細なことです!」


 ルイーゼが顔を上げ、言いたいことを言っては再び顔を赤くして俯いた。


「俺だって、ルイーゼが苦しむのは嫌だよ」

「はい……」


 さて、状況は確認できた。

 体の方は打撲の痛みがあるけど手足の欠損も無く、動くにはアバラの骨折が辛いくらいか。


「不便だから、骨折だけ直してみる」

「それでは私が」

「いや、自分で試してみるよ。

 女神アルテア様に掛かったら打撲まで綺麗に直ってしまうからな。さすがにそれじゃ隠した意味が無い」

「回復魔法を使えるようになったのかい」

「いや、まだこれから実験するところだな」

「自分の体で実験するのは、アキトらしいね」


 リデルの中で俺がどんな人物なのか、一度詳しく聞く必要があるようだ。

 それはさて置き、まずはアバラの骨折を直してみる。


 骨折の痛みに集中し、部位を限定する。二……三……四。左側四箇所だろうか。ここが直れば何とか動けるくらいの痛みに収まるだろう。


 ルイーゼの回復魔法。それに答えて女神アルテア様が起こした奇跡を思い出す。

 体を流れる魔力が細胞を活性化させ自己治癒能力の効果を飛躍的に向上させるのは分かっていた。


 俺もそれを再現する。

 体内の魔力を感知し、骨折部分に誘導する。そこで細胞に働きかけ活性化させる。エネルギーが生まれ骨折したところに熱が帯びてくるのが分かった。そのエネルギーが治癒能力に使われるように女神アルテア様の奇跡を倣う。


 徐々に痛みが引いてくるのが分かった。奇跡ほど早くはないがゆっくりと、それでも確実に痛みが引いていく。

 あまり綺麗に直ってしまうのも今は問題があるかもしれない。ほどほどで次の骨折場所の治療に移る。


 時間にして大体三十分ほどだろうか。

 その間、リデルとルイーゼは一言も発せず俺を見守っていた。見た目で何か変化があるか後で聞いてみよう。


「よし。時間は掛かるけれど、上手くいった」

「素晴らしいね。後で僕もご教示いただくとしよう」

「あぁ、その為に一度怪我をする必要があるけどな」

「それは難問だね」


 リデルが言うと、確かに難問に聞こえるのが不思議だ。

 俺と違ってリデルが大怪我をした事はない。せいぜい打ち身とか掠り傷程度だ。


「まぁ、理論だけは教えられるから、実際に使うのは後回しだな」

「それで頼むよ」

「アキト様、もうよろしいので?」

「完治とは言わないけれど、動くには支障が無いよ。むしろ完治しないほうがいいと思ってね」

「そうだね、全治二週間なのだから、それくらいで無いと演技も軽くなるしね」

「それで俺が治療中、見た目で何か変わった事はあった?」

「見た目は変わってないと思うけれど、何か感じるものはあったね。アキトの胸の辺りに力が集まっていくようなそんな感じを受けたな」

「女神アルテア様の奇跡が起きている感じがしました」


 あくまでも感じであって、見た目で変わる事はないか。それならその方が都合いい。


 トサッ!


 足元で寝ていたモモが起きて、俺の胸に飛び込んできた。

 治療をしていなかったら悲鳴を上げていただろう。


「モモさん?!

 アキト様はまだお怪我が」


 ルイーゼがモモをやんわりと俺から引き離そうとするが、モモは頭を俺の胸に押し付けて離れない。

 モモにもだいぶ心配を掛けていたようだ。

 俺はその頭を撫でながら、魔力をお裾分けする。


 そういえばここ三日は寝込んでいたからモモもずいぶんお腹が? 空いていただろう。

 不安そうだったモモの表情も安堵の笑みに変わる。


「みんなには色々心配を掛けたな。でもみんな無事で何よりだ」


 俺が無事でないとは誰も突っ込まないが、少しだけそんな空気を感じた。


 ◇


 さらに翌日。

 運悪くランクDの魔物に遭遇した俺達四人とアデレさんを含む五人は、トリテアの冒険者ギルドマスターと謁見していた。


 ギルドマスターは筋肉隆々の偉丈夫だった。日焼けした肌には多くの傷が残り、多くの修羅場をくぐってきた雰囲気を纏っている。波打つ髪は真っ赤に燃える炎のようで、激しい性格を現しているようだ……ったが、意外と温厚で話しやすかった。

 ギルドマスターになるくらいだから、ぶっきらぼうでとっつきにくいようでは駄目なのだろう。


「俺はここの冒険者ギルドマスターをやっているカーハイトだ。

 リデル。今回は休日とはいえ内の者が案内した先で危険に巻き込んだことを陳謝しよう。すまなかった」


 ギルドマスターはまだひよっこの冒険者に過ぎないだろう俺達に、素直に謝罪をした。

 許さない理由もないし、そもそも謝罪を受ける事でもなかった。


「そして、アデレを守ってくれたことに感謝する。これは少ないが謝礼だ」


 そう言って差し出してきたのは金貨だった。一枚だが、はじめて見る金貨はなかなか感動的なものだった。


「僕達はむしろアデレさんに助けられました。彼女がいなければ生きてこの場にはいなかったと思います。

 お礼を受け取るような事は出来ていませんでした」


 あの毒大蛇が毒持ちだと教えてくれたのはアデレさんだ。結果的に毒を受ける事はなかったが、それと知識を得る事は別の話だ。尻尾による攻撃を注意すべきだとも教えてくれた。途中で襲撃してきた灰色大猿もルイーゼ一人では荷が重かっただろう。あそこで戦況を崩されていたら今頃はここにいられなかった可能性も高い。


「謙遜はいい。

 言い訳になるが、あの毒大蛇は本来あの辺りに生息する魔物ではない。

 本来であればもう少し東、沼地から派生した湿地の辺りに生息しているはずだった。

 どういう経緯かあの場所まで移動していたのは魔巣間の移動だったのかも知れぬ。

 あのままランクEやランクFといった冒険者の狩場を横断するようなことになれば被害は甚大だったろう」


 補佐らしき人物が何かをギルドマスターに告げる。この人は多分人間じゃない。人間にしてはどこか違和感があった。顔の作り、佇まい、雰囲気。どれをとっても人間としては違和感がある。具体的になんだとは分からないが。


「すまぬな。俺は誤解をしていたようだ。いや、誤解をする方がおかしいのか。あの場にいたのだからな、ランクが高いはずはないのか。

 しかしランクEだったとはな。今までにランクDの大毒蛇と遭遇して全滅もせずに戻ってくるなどランクEやランクFの冒険者には不可能だった。

 ましてや討伐するなど俺も聞いたことが無い」


 ん、討伐?


「聞いてはいないか。

 うちの兵が討伐に向かった時には、すでに毒大蛇は絶命していたらしいからな。

 止めはおそらく槍による攻撃を頭部に受けた事によるものと報告を受けている」


 あれが結果的に致命傷になっていたのか。だから逃げられたのかもしれないな。


「あれを成したのは誰か」

「隣にいるアキトです。

 しかしあの毒大蛇は手負いで、おそらく逃げている所でした。僕達は止めを刺したに過ぎません」

「逃げていたか。何処かの冒険者が取り逃がしたか、あるいは……一応調査しておく必要があるな。セルウェイ、手配を頼む」


 セルウェイと呼ばれた男はギルドマスターの言葉に頷くと部下に何か指示を始めた。おそらく調査に向かう段取りを付けているのだろう。


「良い仲間だ。風評に負けぬよう励んでいるようだな」


 風評というのは俺の黒髪のことだろう。冒険者ギルドへ通う中でも随分と陰口を言われている。まぁ、口だけで済むなら無視するだけだ。


「しかしすでに動けるようになっているとは、若いといっても無茶が過ぎる。もうしばらく休むがいい。

 リデルとアキト、お前たちは毒大蛇討伐でランクDになっているな。傷が治り次第、昇級試験を受けるがいい」


 ランクD?

 いつの間にランクDになった。そういえば認識プレートとか確認していないな。

 結局のところ倒せる敵を倒しているだけだから、ランクとか気にする必要が無かった。でも、ランクDから討伐依頼が受けられるんだよな。この差は大きいかもしれない。


 ◇


 金貨一枚を受け取り宿に戻ってきた俺達は、着替えた後――主に俺の――生還を祝うことにした。

 残念ながらアデレさんはいないが、ホブゴブリンの一件以来、大事の後にはきちんと生還したことを楽しもうと決めていたからだ。

 幸いにして犠牲者を出すことも無かった、しんみりするようなことも無い。美味しい物を食べて、楽しめば良い。


 食事は美味しかった。

 トリテアにきて初めて入った食事処で、多少値が張るけれど臨時収入もあったことだし、存分に味わうことにした。


 食事をしているとトリテアへの道中で出会った商隊の人達を見掛けた。

 お互い無事に生き延びていることを喜び合う。

 もちろん護衛の男――名前はゴルディンさん――も一緒だ。

 俺達が甲冑芋虫を倒したことに驚き、毒大蛇に殺されかけて逃げてきた事にはさらに驚いていた。


 町の外では少しきな臭い話が出ているようで、近々戦争があるかもしれないという噂が流れているとゴルディンが言う。

 商隊も念の為に東へ向かうそうだ。俺達も直に東に向かうし、冒険者である俺達が係わることもないだろう。

 せいぜい巻き込まれないように遠くへ移動するだけだ。


 その後はゴルディンさんを迎えに来た奥さんに会った。綺麗な人でビックリした。

 何でもハーフエルフらしい。この感じ、ギルドマスターの隣にいた人と似ている。あの人もハーフエルフだったのかも知れない。


 それより重要なことがある。ハーフとはいえ、初めてドワーフ以外の人族に出会った。

 リゼットに聞いていた感じではもう少し見かけるくらいは人口が多かったはずなんだけれど。


 奥さんの話によると、ここエルドリア大陸はもともと人間族や亜人族、それに獣人族といった種族が住んでいない土地だったらしい。

 その上、亜人族や獣人族は種族意識が強く自分の集落から大きく離れる者はほとんどいないため、エルドリアでは極端に見かけることが少ないとか。


 それでも、ここトリテアで注意深く観察していればそれなりにいるらしい。

 基本的に町にいる時間は宿にいるので、出会うタイミングが少なかっただけだろう。


 ここトリテアは森に囲まれた町で、エルフにとっては都合の良い町のようだ。

 ただ、エルフはここに住んでいない。カシュオンの森の中に独自の集落を作り、魔物を排除しながら暮らしているようだ。

 この町がエルフにとって都合が良いとされているのは、生活用品の物々交換において遠くの町まで出なくても済むからだ。

 エルフは基本的に森を離れることを好まないようだ。


 ◇


 ゴルディンさんと奥さん、そして商隊の人達と別れてからアデレさんが現れた。


 生還祝いをするからと冒険者ギルドに伝言を残しておいたのだ。

 アデレさんの活躍あっての事もあるので、一緒に祝いたかった。


 アデレさんは気合の入ったおめかし状態で、いつものパンツルックではなくスカートを履いていた。髪を結い上げて、大人しめのリボンで飾っている。


 その姿を見ていたルイーゼの目が少し羨ましそうに見えた。

 よく考えたらルイーゼも女の子だからお洒落に興味はあるよな。ルイーゼが必要な物を買うのに(やぶさ)かではないけれど、実用的な物ばかり買っていた気がする。

 それ以外は本人が遠慮しているのもあるのだろうけれど、そういうところは俺が気付いてあげないといけないな。

 モモも、前に買ってあげた服をとても大切にしてくれているじゃないか。

 しばらくは狩りには出られないから一緒に買い物にでも出よう。


 アデレさんには助けてもらったお礼と、心配を掛けた謝罪をする。

 どたばたしてまだ謝罪が出来ていなかった。


「いえ、私こそあんなことに巻き込んでしまって本当に申し訳なく――」

「あれはギルドマスターも言っていたように、想定外のことだし仕方ないよ。

 それに、アデレさんがいてくれたことで助かった事は多いからね。気にしないで欲しい」


 リデルがフォローする。その通りだと思う。


「それにしてもあの毒大蛇を倒してしまうのは凄いです」

「でもあの毒大蛇、俺達が見た時には結構ダメージを受けていたよな」

「そうですね……他の冒険者から逃げてきたのでしょうか。気が立っているところで私達と出くわしたとか」


 アデレさんの意見は正しいものの一つと思えた。

 でも、もう一つ気になることがあった。


「俺は撤退していた時に、少し離れた大樹の影で人影を見たんだ。

 表情をチラッと見た感じだけれど、良い感じを受けなかったな」

「アキトはその人影が毒大蛇にて傷を負わせた人物だと思っている?」

「可能性としてはそれもあると考えている。わざとこちらに仕向けたというのは考えすぎだと思うけど」

「逃げた毒大蛇を追ってきのですかね」

「私はあの人に邪な雰囲気を感じました」


 ルイーゼも気付いていたらしい。俺がそっちを向いたからな。

 それにしてもルイーゼが感情を込めて非難めいた言葉を口にするのは珍しい。


「あの毒大蛇が仕掛けられたものだとしても、今は警戒するだけで動きようが無いね」


 実際、推測でしかなくそれ以上は考えても無駄だった。

 俺は別の話題に切り替える。


「そういえば、ランクDの昇級試験というのははじめて聞いたんだ。

 そもそもランクが変わる時に昇級試験が必要な事さえ知らなかったよ」

「昇級試験が必要なのはランクDからになっています。

 試験は特殊魔晶石が青に変化した後であればいつでも受けられます。

 ただし、試験はパーティーで受ける必要があります。これはランクDの魔物からはソロでの討伐が極端に難しくなるからです。いわば実戦的なレベルがランクDからですね。

 もちろん討伐依頼を受けないのでしたら昇級試験を受ける必要はありません。

 狩り専門で行くという人も大勢いらっしゃいますよ」 


 討伐依頼というのは前に熊髭達と行った巨大熊討伐といった冒険者ギルドから報酬の出る依頼だ。

 普通の狩りは日々獲物をお金に換金しているが、討伐依頼は数日単位での行動になるので、その間の保証金として報酬が出るようになっている。

 獲物の狩れない日もある狩り専門に対して日当が保証されている討伐依頼は人気があった。


「でも、俺達は旅の途中だから討伐依頼を受ける機会はないな」

「昇級試験は受けておいても損はありませんよ。

 場合によりましては事後討伐でも報酬が発生することがあります」


 そういえば巨大熊がその例だったな。受けておいてもいいか。


「リデルはどう思う」

「討伐依頼には冒険者ギルド以外にも国からの依頼が発生することがある。その流れの中では顔繋ぎもできるので、僕は受けておきたいところだね」


 リデルが受けたいのなら異論はまったく無い。


「よし、受けよう」

「失礼ですがリデルさんはもしかして貴族に連なる方でしたか」

「ええ。末席ですが。ただ私は継承権を放棄しましたので、今は一私人ですからお気遣いは無用です」


 アデレさんはホッとしたのか胸を撫で下ろしていた。貴族ともなればやはり気を使うのだろう。


「アデレさん、昇級試験はいつ受けられる?」

「定期的に行われているのは月曜の午後ですね。場所は冒険者ギルドで受け付けて、その裏庭で行われます。

 最低参加人数は二人ですが、試験官四人を相手にする事になります。最低四人パーティーが推奨されていますから」

「さすがに二対四はきついかな」

「昇級試験自体はランクDからとなりますが、パーティーメンバーにはランクD以下の方がいても問題はありません。

 それで昇級試験に通ったとしてもランクD以外の方は昇級出来ませんが」


 それは問題ないな。


「後は、あまりお勧めは出来ませんが昇級試験の間だけ他のパーティーの方と協力するという方もおります。

 実際に討伐依頼を受ける時は四人いないと受けられませんが、昇級資格だけは先にとっておくという方は多いですね」

「それなら俺とリデル、それにルイーゼで形にはなるかな」


 リデルは任せるといった感じだ。ルイーゼは少し緊張したかな。モモは逆にやる気になって小枝を取り出した。でもモモの出番はないんだ、ごめんな。


「昇級試験は必ずしも勝つ必要はありませんので、ルイーゼさんも安心して頂いて大丈夫ですよ」


 勝つ必要まではないのか。

 テンプレ通りに行くなら試験官も驚きの圧勝で飛び級とかもあるかもしれないな。


「ちなみに昇級試験に一度落ちると半年は受けられませんので、それに関しては注意が必要です」


 俺は問題が無いけれど、リデルには足枷になるかも知れないから、やるなら受かるだけの努力をしよう。

 幸いにして次の月曜は五日後だ。その間に試験の対策を採ろう。


 ◇


 昇級試験への参加を決めた後、俺達はアデレさんと別れ宿に戻っていた。

 生還を祝った後は反省会だ。


「とはいっても、今回は格上を相手に最小の被害で事態を回避出来たと思う」

「格上の魔物との遭遇、戦闘中に新たな魔物の乱入、引き際の判断。

 すべてが練習どおりとは言えないけれど、練習の成果が出ていた事は確かだね」

「灰色大猿が乱入してきた時のルイーゼの反応は早かった。あれは助かった」

「いえ、あの魔物も私一人では倒せませんでした」

「灰色大猿もランクEの魔物だからな。ルイーゼは良く耐えてくれたし、十分だよ」


 ルイーゼもランクが上がってランクEになっていた。俺よりも早くなかっただろうか。

 毎日スパルタ的に戦っていたのもあるだろう。ちょっと無茶が過ぎたかな。


「アキトが毒大蛇との戦闘中にも灰色大猿の接近に気付いたのは大きいね。

 あれは見えたのかい?」

「なんだろうな。自分でも言い表せないけれど、直感みたいなもんだった」

「冒険者にとって勘は大切だからね。勘に頼るようでは駄目だけれど、勘が無いのも考え物だね」


 まったくその通りなのだろう。


「今回は逃げられたけれど、よく考えたら逃げる為の状況を作らないと逃げられないな」


 毒大蛇に遭遇した時の判断は即時撤退だった。

 しかし結果を見れば撤退が出来たのは攻防を繰り返した後、毒大蛇に与えたダメージがきっかけだ。


「それについては僕も考えている。

 今回はアキトの思い付きで何とかなったけれど、毎回同じには行かないだろうから」

「やっぱり何か一手足りないんだよな。話が戻るけれど、護衛なり傭兵か」

「それか仲間を増やすかだね」


 ここで言う仲間には奴隷も含まれるのだろう。

 一応この件に関しては俺が考えておくと言ったのだけれど、良い案は思いつかなかった。


「奴隷商人に会うだけ、会いに行ってみるか。どうするかはその後考えよう」


 護衛や傭兵は道中ならまだしも、狩りではやはり心配だった。

 今回の毒大蛇との戦いでアデレさんの代わりが傭兵だったとして、その傭兵がもし逃げ出したりしたら戦線が維持できなかった。それはそのままパーティーの壊滅に繋がる。

 そう考えると苦楽を共にする仲間が良い。

 ただ、仲間といってもすぐに出来るわけでもないし、残る手段としては奴隷になる。

 単純に消去法で選んだだけだが。


「ともあれ、今回は普段の練習が成果を見せたと思う。後は練度を上げて想定パターンを増やす方向で行こう」

「了解」

「わかりました」


 モモは話せない代わりに小枝をピシッと見えない敵に突きつけるポーズだ。


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