装備改装
翌日。朝の鍛錬と魔物狩りを問題なく終えた俺達は、鍛冶屋に来ていた。
今日は俺の剣の手入れとリデルの防具の調整が終わる予定だ。
「おう、出来ておるぞ」
ギルムは愛想がよくない。厳しい顔で愛想が良いというのもどうかと思うが。ギルムというよりドワーフ族の特徴なのだろうか。
「良いですね」
リデルが、受け取った鎧を早速試着し体を動かし様子を見る。
今までの鎧よりはだいぶ重みがあったはずだ。でも、きちんと調整した事で、重みもいい感じに分散しているのか問題無さそうだ。
「今までと変わりなく動きやすいよ」
「細かい注文で調整したからじゃろ」
ギルムは面倒くさかったぞとボヤキながらも、出来栄えには満足しているようだ。
リデルもよさそうだし、腕はいいのだろう。
「こっちがアキトの剣だ。火を入れて打ち直してある」
「すごいな、新品以上に見えるけど」
「もともとは鋳造品の刃を磨いただけの物じゃ。
素材が魔鉱石じゃなければ、いまどき初心者でも買わないような代物じゃよ。
せっかくの素材がもったいなかったからな、打ち直しておいたわい」
鍛造品になったのか。買う時に鍛造品の剣は三倍近かった。
銅貨一,二〇〇枚で価値が三倍に上がるなら良い買い物だった。
「ここまでしてもらったら儲けがないんじゃないか」
「良くなる物なら良くしなくてどうするんじゃ」
男前だな。
「それじゃお礼の代わりじゃないけど、俺も防具を買うよ」
魔弾を打ちにくいので盾は持てないが、敵の攻撃を防げる強度の小手があれば取れる手段が増える。
「ホブゴブリンの振る剣を受け止められるくらいの小手があると良いんだけれど」
「アキトじゃあんなもん受け止めようとしたところで、体ごと吹っ飛ばされるのが落ちじゃの。
それに生半可な防具じゃ意味をなさん」
「躱せる時は躱すけれど、ホブゴブリンは強いよ。
吹っ飛ばされてもまともに食らうよりはマシさ」
「一度は勝てたと言っても油断しないのは良い事じゃ。
金があるならいくらでも良い物はあるが……そうじゃな、これを使え」
ギムルは革製のグローブを鉄の板で補強したグローブを投げてよこす。
「盾じゃあるまいし受ける事はできんが、上手く刃を滑らせれば凌げる事もあるじゃろう」
一キロくらいあるだろうか。今までのグローブに比べるとかなり重い。それでも盾よりはだいぶ軽いし、贅沢は言えないか。
「しかし、装備はどんどん重くなっていくなぁ」
片手剣が二キロ弱、小手が一キロ、その他の防具をあわせて八キロ弱といったところか。
手の先に重さが加わるだけで随分と動きが緩慢になった様に思える。これはきちんと慣さないといけないな。
遠征組みの冒険者はここに野営道具や食料、そして衣料品に狩の獲物まで運ぶ事になる。俺みたいに町を拠点とした冒険者はまだ楽な方だ。
「魔鉱石を原材料にしていれば同じ強度でももっと軽く作れるがの。それかミスリル鉱を使うかじゃな。
どっちも軽く銀貨五〇〇枚は超えてくるが、金さえ持って来ればいくらでも用意するぞ」
「駆け出しの冒険者になんて無茶言うんだ。
俺はこの選んでくれた小手でしっかり身を守る努力をするよ」
「それがええ」
小手の代金は銀貨八枚、銅貨で八〇〇枚だった。
◇
鍛冶屋を出るとすでに日が暮れ始めていた。
グリモアの町は日が暮れるとすぐに人々の活動が止まったけれど、トリテアの町の夜はなぜか更けるほど昼間とは違った活気が沸いてくる。
宵越しの銭は持たないではないが、冒険者は常に死と隣りあわせで活動しているだけ、無事に一日を過ごせた事を楽しむのかもしれない。
昨日見掛けた人が今日はもうこの世にいないというのも良くある話だ。
◇
「リデルさん、今日も無事に活動を終えたようですね。お疲れ様です」
リデルに声を掛けてきたのはライトブラウンの髪をした細身の女性だ。冒険者ギルドの受付で、名前は確かアデレさんだったと思う。仕事中とは違って髪を肩の辺りでまとめていないのと眼鏡を掛けていなかった為、すぐには気付く事が出来なかった。
「こんばんはアデレさん。
すこし雰囲気が変わりましたね。素敵な服です、良くお似合いですよ」
アデレさんは顔が真っ赤じゃないか。
なるほど、そう言えば良いのか。覚えておこう。
俺も見た目はともかくスキルだけは学ぶ事が出来るからな。後でモモを相手に練習だ。
しかし、モモは俺が何をしても喜ぶから参考にならないな。ルイーゼはまじめだから俺にそんな事を言われても困るだろう。リゼットがちょうど良いか。あった時には褒める事を忘れないようにしよう。
「こんばんは。
あ、あのもしまだでしたら、これからご一緒にお食事でもいかがですか。
そ、その。もちろん皆さんご一緒で」
ヘタレたな。
そこだけは頑張らないと。ただでさえライバルが多いのだから。
アデレさんは俺が黒髪でも気にならないみたいだし、すこしだけ力を貸そう。
「リデル、俺はもう少し見て回りたいところがあるから二人で行ってくれ」
アデレさんはちょっとビックリしたような、感謝をしているような、それでいて助け舟を求めているような……いや、俺にはまだ女性の気持ちは分からないな。
とにかく悪い事にはなってなさそうだ。
「そうかい。それじゃ後でまた」
リデルは空気を読む男だ。問題ない。
別にリデルとアデレさんをくっつけたい訳じゃない。最近の俺はちょくちょく絡まれるし、聞こえよがしに悪口を言われることが多い。せっかくお目当ての人と楽しく食事をしているところを台無しにする事もないだろう。
食事は楽しくするのが一番だ。
◇
リデルと別れた後、ルイーゼとモモを連れて宿への道を歩く。
人が多い為、モモの手は離さない。流石にルイーゼの手を引くのもどうかと思うので、ルイーゼがはぐれない事に注意をしておく。
トリテアの町は治安の良い面と悪い面が同居していた。
良い面はそれなりに腕に覚えのある冒険者が多く、その冒険者が引退してはこの街で商売や護衛と言った仕事をする。だからこの町にいる人間は下手な盗人やスリなんかより強く、下手に手を出してしくじろう物なら、逃げるどころか周りがみんな敵だらけって事になる。
同じリスクを負うにしてもトリテアの町でやる必要は無かった。
悪い面はその冒険者自体に横柄で柄の悪い連中も多い事だ。
腕に自信があり、それなりに稼ぎ、町は冒険者を優遇する。増長するなと言ってもなかなか難しいのだろう。
俺は出る杭は打たれるという大変ありがたいお言葉を忘れずに行動しよう。
ただでさえ髪の色が黒いと言う事で因縁を付けられやすいのだから。
それにしても、この賑やかなトリテアの町で孤独を感じるのはなぜだろう。俺はゲーテにでもなったのか。
多分、この夜祭りの露店街のような喧噪が懐かしいんだと思う。
あれだな、祭りの後の一抹の寂しさを思い出したな。
「アキト樣」
「どうかした?」
「あの、私達も外でお食事を取りませんか」
ルイーゼが自己主張するのは珍しいな。良い傾向だと思う。
また周りからガヤガヤ言われる可能性はあるけれど、俺は何も気にしていないという所を見せる必要もあるな。
「もちろん構わないよ。何か食べたい物があれば探そうか」
「はい」
笑顔が滅茶苦茶可愛いな。良いじゃ無いかこんな笑顔が見られるなら、いくらでも陰口を叩くと良い。
◇
俺達はゆっくり出来そうな食事処を探しながら露天を眺め、時折立ち止まってはその品を手に取る。
そう言えば、サラサさんに贈り物をした時、ルイーゼにもプレゼントをすると決めたんだった。同じ髪飾りじゃ芸が無いだろうか。他に思いつくのはリングとかネックレスとかイヤリングとかブレスレットとか……なんかどれも難易度が高いな。
サラサさんの髪飾りは気軽に買えたのになぁ。
ん、リボンの髪飾りか。これはなかなか可愛いな。ルイーゼの髪の色はブラウンだ。反対色の青いアクセントが良く生えると思う。リボンも小さめでルイーゼには良く似合いそうだ。レースがリボンのしっぽのように飾り付けてあるのも気に入った。
「ルイーゼ」
俺はルイーゼに声を掛けると立ち止まらせて、その髪にリボンの髪飾りが合うか確認する。付ける場所は……リボンが小さめだし、サイドかな。うん、良いんじゃ無いだろうか。
「あ、あの……」
ルイーゼが動き出した。そう言えば固まっていたな。合わせるのに丁度良くて無視してしまった。顔が少し上気しているが、まぁ俺も慣れない事をしているので似たような物だろう。
俺はアデレさんと違ってヘタレじゃ無いからな、きちんと似合う物を買うぞ。
その後、いくつかルイーゼに合わせてみたが、結局最初に目にとまったリボンの髪飾りを贈る事にした。
「ありがとうございます。大切にします」
ルイーゼは贈ったプレゼントを胸に抱きしめ、顔を伏せてお礼を言葉にした。
流石に俺も面と向かってお礼を言われるとヘタレそうなので良しとしよう。
ルイーゼへのプレゼントの後はモモだ。
モモはそのまま植物系だから花の髪飾りを選ぶ。モモの笑顔に負けないくらい明るい雰囲気で、見た目のイメージは黄色い朝顔の様な花だ。
モモは俺の贈った帽子をかぶっているので、その帽子に飾り付ける。
モモは喜びを踊りで表現しているな。
流石に二日続けてトラブルが発生する事も無く、食事を終えて宿に戻った俺達を待っていたのは、少し恨めしそうな顔をしているリデルだった。
そう言えばアデレさんを押しつけたんだったな。
愚痴があるならそれくらいは聞こう。