新たな拠点として
トリテアの町へ来た第一の目的はリデルの装備を新調する事だった。
俺もだが、リデルも成長期の為、体に合わせて作った防具が既に体に合わなくなっていた。その為、これからの長旅を前にここトリテアの町で作り直す事にした。
ここトリテアの町は魔物の狩り場としてエルドリア大陸最大規模なだけあり、当然多くの冒険者を相手に多くの装備屋や鍛冶屋、そして流れの商人が集まっている。当然、この町で扱われる物量でも大陸最大規模だろう。
俺もホブゴブリンとの戦いではとにかく攻撃力不足が目立った。愛用しているのは初めて買った鉄の剣だが、この二週間で既に大分痛んでいる。特にホブゴブリンの強力な攻撃を受けたので全体的に歪みも出ていた。
新調出来ないまでも、打ち直しで刃毀れを直すくらいはしておきたい。
幸いにしてホブコブリンから取った魔魂が良い値段で買い取ってもらえたので、路銀の方も随分と豊かになった。安く良い物があれば武器を買い直しても良いだろう。
生活費に酒肴品の値段は高くても、装備品が安いというのがこの街の特徴だ。
どうも冒険者優遇の為に税金が安く抑えられているようだ。
「………」
銀貨一,二〇〇枚、日本円換算で一,二〇〇万円。
目の前にあるミスリル製魔剣の値段だ。
ミスリル鉱で出来た剣は魔人が纏っている魔闘気を中和し防御力を下げる効果があるらしい。
魔闘気とは一種の魔力による全身防具のような物で、普通の剣では魔闘気を破ってダメージを与えるのが難しい。
ホブコブリンにダメージを与え難かったのは、防具のせいだけじゃ無かったようだ。
上位魔人になれば魔闘気の防御力も上がり、ミスリル製の武器でさえ傷を負わせる事も出来ないらしい。
しかし高い。
「ミスリル鉱はエルドリア王国の主要産出物だから、これでも他国に比べると安いはずだけどね」
「その剣士の言うとおり、うちは安いんじゃよ。上から安く卸すように言われている上に、自作だからな」
「おじさんは鍛冶屋なんだ」
「ギルムだ。おじさんとか言う奴にはお金を積まれても売らん」
中肉中背で白髪が交じり始めた初老のおじさんは、おじさんと呼ばれるのがお気に召さないらしい。
無造作に伸ばした髪と立派に蓄えられた髭、身長の割にがっしりとした体躯を持ち二の腕でさえ俺の太ももほどの太さだ。
俺の知っている知識の中で言えばドワーフだ。
「もしかしてドワーフ?」
「いかにも。ドワーフ族は初めて見るか」
「あぁ、初めてだ。なんか想像通り。いかにもドワーフってイメージでなんか感激だ。
俺はアキト、それにリデルにルイーゼとモモだ。よろしく」
ギルムは満更でもなさそうだ。
「ふん。お前さん達は見掛けによらず、昨日は大活躍だったらしいな」
「知っているの?」
「あの馬車の中にワシの甥が乗っておったからの。珍しい黒髪をした人間の子供がホブコブリンを倒したと言っていたが、お前さんじゃったか」
そう言えばまだ自分以外に黒髪の人を見た事が無かったな。
「あれは危なかった。
次、一対一になるようならさっさと逃げるよ」
「長生きするにはそういった賢さが必要じゃ。
特に魔人にはきちんとした装備で挑まないと命がいくつあっても足りん」
それは十分に感じた。
たただ強いだけで無く、きちんとこちらの戦い方を把握して対応してくるし、チームとして連携を取ってくるし。一度勝てたからと言って次も勝てるとは言い切れない。
「この辺で狩りをするとしたら魔人が中心になるのかな」
魔人が多いなら、拠点を変えた方が良いかもしれない。
「いや、そんな事は無いはずだよ。昨日は例外と思って良いんじゃ無いかな」
「あぁ、例外じゃろう。ここ数年で街道沿いまで魔人が出た事は無い。
この辺の森にしても二日ほど奥まで潜らなければ出会う事は無いじゃろう」
「なら、魔人を中心に考えて装備を揃えなくても良いかなぁ」
「僕らが心配するレベルの相手なら、取り敢えずは通常装備で問題ないはずだね」
この辺で魔人が出てくるようじゃ狩りにならないだろうし、昨日はたまたま逃げ出した冒険者を追って出てきたって感じなのか。
それにしては随分としつこくないか。
「それじゃまずはリデルの装備からな」
俺はリデル用に革鎧をベースに鎖帷子で補強を施した防具のフル装備を手渡す。
「えっ」
リデルが呆気に取られているが、こういうのは勢いでたたみ掛けないと値段を見て正気に戻ってしまう。
「リデルが前衛として耐えて、俺が遊撃。これが今のパーティースタイルだろ。
まずはリデルの装備が最重要課題だ」
総額で銅貨一五,〇〇〇枚。
この為にパーティー金庫案を出したと言ってもいい。
ルイーゼはパーティー金庫の意味がわかっていたらしい、後ろで俯いて笑いを堪えている。
「いや、でも」
「それはリデルに丁度合うじゃろう。森に入るならそれくらい着こなしてみせるがいい」
「リデルが健在なら、俺は逃げ回っていれば良いんだからこれでいいさ。
俺は武器を打ち直してもらうよ」
格好は付けたが、思ったよりリデルの防具が高かったので、俺の武器を新調するのは後回しだ。
「ほう、魔力は弱いが魔剣か」
ん、魔剣?
「ホブゴブリンを仕留めるにはちと物足りないの。よくぞこれで倒した物だ。
大分傷んでおるが、駆け出しのお前さんにはこれ以上の剣を買うのも難しかろう。
少し値が張るが銅貨一,二〇〇枚で直してやる」
銅貨三,〇〇〇枚の剣に銅貨一,二〇〇枚の打ち直し料……とはいえ、背に腹は代えられない。
いや、重要なのはそこじゃ無い。
「これは普通の鉄――」
「いや、魔剣だよ。忘れたのかいアキト」
リデルが俺の言葉を遮る。その先を言わせたく無いと分かったが、理由が不明だ。
まぁ、それは後で確認するとしよう。
「それじゃ銅貨一,二〇〇枚で頼む」
俺は合わせて銅貨一六,二〇〇枚分を支払った。
「防具は大体サイズが合っていると思うが、ぴったり合わせるなら直しに二日ほど掛かるな」
ぴったり合わせてしまっても、成長期だから直ぐに調整が必要にならないだろうか。
でも、合わなくなったら、その都度直した方が身を守る物なのだから良いのか。
「今のサイズに合わせ直して欲しい」
リデルはぴったりを選んだようだ。直す手間とお金を惜しむより、今がベストで戦える方を選ぶか。リデルらしいと言えばらしいな。
「それじゃ鎧と剣は明後日の夕刻までに仕上げておこう。
アキトは剣が無くば狩りも出来まい。
魔剣じゃ無い汎用品じゃが魔物を狩るには不足あるまい」
俺はギルムから鉄製の剣を借りる事が出来た。
「ありがとう、助かるよギルム」
「折ったりしたら預かった剣は返さんぞ」
正直本当に助かる。弓と魔弾だけではちょっと心許ない。
リデルが鎧の調整をしている間、俺は先ほどリデルが止めた剣の事を考えていた。
始めにリデルから借りていた剣。あれも俺は気付いていなかったが魔剣だった。
今回、俺が買ったのはただの鉄製の剣だと思ったが、これも魔剣だという。
前に聞いた話では、単純に魔力を帯びた鉱石を使っただけの魔剣であれば、魔巣の浅瀬でもとれる為に珍しくも無いらしい。
当然魔力も弱い為、出来上がった魔剣もその効果の程は殆ど無いらしいが。
グリモアの町で買ったこの剣の素材がどの辺で採掘された物か分からないが、そこには魔鉱石が豊富にあるんじゃ無いだろうか。もしかして商売にならないか。
あれ、でも作った鍛冶屋や売っている装備屋が気付かないとかあるのか。
◇
リデルの防具の採寸が終わった後は冒険者ギルドに向かう。
その途中で俺は魔剣の事についてリデルに聞いていた。
「僕はあの剣、最初は普通の剣だったと思うんだ」
「それは俺もそう思っていたけど」
「アキトが使っている事で魔剣になったんじゃ無いかと推測しているんだよね」
「はぁ?」
俺が使えば魔剣になる。それってどんなチート能力だ。
この世界に来てチートと思っていた魔力制御能力は、魔力を突発的に得た事で認識力が高かっただけで、熟練の魔術師なら誰でも出来ることだ。熟練の魔術師と比べて俺の能力がどの程度なのか比較は出来ないけれど、チートと言うほどでは無いだろう。
使える魔法も魔力を具現化出来なくてただ放出している魔弾と、同じく具現化出来ないから内部燃焼させている身体強化のみ。これもリデルだって使えたし、ルイーゼにも使えそうだ。
その俺に初めてのチートらしき能力じゃないか。
「聞かない話でも無いのだけれど――」
ですよねぇ。
またしても固有の能力では無かったようだ。早とちりしてガッカリするとか悲しいだろ。
いや、固有の能力じゃ無くても生活する上で役に立つなら良いじゃ無いか。
ちなみにルイーゼの天恵は固有の能力にあたる。
固有の能力とは、どんなに詳しく教わった所で本人にしか使えない能力だ。
あれ、それじゃ固有の能力って天恵と同じで神の奇跡なのか。いまいち区別が分からなくなってきたな。
「魔剣は魔力を受けて変異した魔鉱石を原材料とした先天的な魔剣と、剣として作られた後に魔力を帯びて魔剣となった後天的な魔剣の二種類があるんだ」
「今回、俺が使っていたのが後天的な魔剣だった可能性が高いって事か」
「重要なのはどうして魔剣になったのかって事だね」
魔力を受ければ変異して魔剣になる。カシュオンの森は魔力の源である魔巣が存在し、森の外に比べれば魔力が濃密だ。その影響を受けたのだろうか。人体には影響がないのかな。いや、無いとも限らないのか、魔力を受けて変異したのが魔物なのだから。
でも、魔力を受けて魔剣になるなら俺の剣だけが魔剣になる訳じゃないな。
「リデルの剣が魔剣になっているならともかく、そうで無いなら原因が分からないな」
カシュオンの森の影響だというなら、殆ど行動を共にしていたリデルの剣も魔剣になっていて良いはずだ。
魔剣になっていないとしたら、剣の素材とかに原因があるのだろうか。
「だから僕はその原因がアキトだと思っているんだ」
そう、剣の素材に原因が無いとしたら残るは俺だ。
えっ、俺?
自分でも多少はその可能性を考えてはいたけれど、さっきチート能力を早とちりしてガッカリしたばかりだからな。
「アキトの魔力の影響を受け続けた事で、ただの鉄が魔力を受けて変異したんじゃ無いかと考えている」
「そんな事をした覚えが無いけど」
「アキトが鍛錬で身体強化を教えてくれる時、僕達に魔力の流れを教える為に魔力を流してくれるよね。
それを気付かないうちに剣に対して行っていたと考えられないかな」
実は魔弾を打つ時、先の細い注射器から水を打ち出すような強い抵抗が有り、それを無理矢理押し広げるようにして魔力を出力している。もしかしたらこの抵抗がなければ魔力が霧散して力としても発揮されない可能性があるけれど。穴の太い注射器では威力が出ないのと同じように。
魔力を制御するには常に足かせのような感覚があり、十分に魔力の力を引き出しているとは感じていない。だから俺の鍛錬はこの足かせが感じられなくなるくらいスムーズに魔力制御が出来る様にする事を中心にしている。
そして、魔弾は何も左手の先からしか出せない訳じゃ無い。
前にも考えたが、目からビームのように出力する事も出来る。そして、その形を変える事も出来る。
飛ばすのでは無く、細く鋭く貫通力を高めるように。
広く濃密に、まるで魔法の盾のように。
練習はしているが、実戦で使えるほどでも無かったので、間合いも稼げる魔弾ばかり中心で使用していたけれど、実際には応用の利く魔法だ。
その魔弾を打つ時、左手以外からも魔力が漏れ出すのは感じていた。それを押さえて左手に集めるのに苦労しているのだから。
「魔弾を打つ時に、漏れた魔力がただの剣を魔剣にしたのかもしれない」
「僕もそう考えているよ」
これは固有の能力なのだろうか。
魔力を具現化出来ない俺が、それでも霧散する魔力を集めて何とか力に変えようとした苦心の作。普通の人はそのまま精霊魔法として具現化するから気付かないだけで、実際には使える人が多いんじゃ無いのか。
でも、それに気付いただけでも――
「もしかして、凄い事なんじゃ無いか」
「僕はアキトと一緒になって、人生で一番驚いた事だよ」
そこまでか?!
とりあえず冒険者ギルドにたどり着いたので、この話はここまでとした。