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異世界は思ったよりも俺に優しい?  作者: 大川雅臣
第一部 第一章 冒険者編
26/225

慢心すると直ぐこれだ

 翌日。


 トリテアの町への出発を明日に控え、リデルは準備の為に今日の狩りには参加していない。

 俺とルイーゼはたいして荷物が無い上に、ほとんどをモモに預けていた為、いつでも出発が出来る。だから、朝の鍛錬の後は何時ものように狩りに出た。


 狩りといっても今日は魔物を狩るわけじゃない。

 トリテアの町だけでなくリザナン東部都市までの道中で食べる食料の確保と、弓の練習の為だ。

 魔物は好戦的で練習のつもりが実戦になってしまう。普通の動物は魔物に比べて臆病な為、攻撃を受けると逃げる事が多い。

 中には狼のように、こちらを狩りに来る動物もいるが、今ならば狼に遅れをとる事は無いだろう。


 ◇


 無いはずだった。

 というか、なんか俺はいつもこのパターンじゃないか。


 最近順調だった為、慢心していたのかもしれない。

 いや、慢心とも言えないか。町の近くでこれだけ多くの狼に遭遇すると考えるのは難しい。

 いままでもカシュオンの森に通っている道中で狼を見かけた事もあった。それでも、せいぜい二、三匹だ。それも遠めに様子を伺うだけで、襲ってくる事は無かった。

 ましてや十匹を超えるような事態は想定していなかった。


 そして、いつもは様子を見るだけの狼も、今回はこちらに駆け寄ってくる。明らかに狙われている状態だ。


 牙狼(がろう)じゃないだけマシか。


「ルイーゼ、狼が俺達を囲い出したら背中を合せて背後を防御してくれ。

 モモは俺とルイーゼの間にいるんだ」

「わかりました」


 なんかモモも、やる気に満ちた顔で小枝を構えているが、ここはやる気を出さないで欲しいところだ。


 前もそうだったが、この狼は連携する。先頭が攻撃範囲に入っても単独では動かず、仲間が到着してから同時攻撃を仕掛けてくる。


 だから俺は先制の攻撃を行う。

 弓では連射に問題があったので剣に持ち替え、先頭の狼に魔弾(マジック・アロー)を打つ。

 魔弾(マジック・アロー)を食らった狼は走ってきた勢いのまま転がってくるがそれはかまわず、続けて二匹目、三匹目と同様に魔弾(マジック・アロー)で打ち倒す。

 四匹目は間に合わないので、走り寄って来た所に剣を一閃。口から下を失った狼は激痛の為に地面でのたうち回る。

 四匹目を倒した時点で残りの六匹による俺達の包囲が完成していた。


 この世界に来た直後の俺は三匹の狼に襲われ、何とか撃退したものの自分自身も深手を負っていた。その時の事が脳裏をよぎるが、魔力を制御する時の要領で精神の乱れを鎮める。


 狼は反撃を受けた事で、すぐには襲ってこなかったが時間の問題だろう。

 幸いにして牙狼(がろう)を相手にした訓練を行っていたので、狼の一、二匹ならルイーゼでも背後を取られなければ大丈夫だ。その背後は俺が守れば良い。そうする事で俺の背後も安心だ。

 ならば俺の相手は目の前の二匹に左右の二匹、合わせて四匹だ。


 俺は狼が同時に襲い掛かってくる事を想定して、先に身体強化(ストレングス・ボディ)を発動する。

 先に使えばその分だけ魔力を余計に消費するが、四匹の攻撃を躱しながらでは使っている余裕が無いと判断した。場合によってはこちらから仕掛けてもいい。


 先に動いたのは狼だった。

 やはり上下の同時攻撃、幸いにして四匹が俺の方に来てくれた。最初に俺の脅威を示したおかげか……そこまでの知恵は回らないか。


 俺は足元の一匹に魔弾(マジック・アロー)を当て、空中の二匹に角度を合せ剣の一閃で同時に仕留める。身体強化(ストレングス・ボディ)を使わなければ一匹目で刃が逸れて二匹目には当たらなかっただろう。

 残るは足元に来た二匹目。魔弾(マジック・アロー)は打つ暇が無い、剣は振り切った勢いで戻しきれない、打つ手はひとつ。


 歯を食いしばって激痛に備える。

 直後、俺の右足に激痛が走った。俺の太ももに噛み付いた狼は勢いそのままに肉を食いちぎろうと暴れだす。


 覚悟していたより痛いが、転移する時ほどの痛みじゃない。

 前にも思ったが転移する時の痛み以上の激痛を感じる事は無いんじゃないか、あれ以上は気を失うかショックで死ぬだろ。


 モモが俺の右足に噛み付いた狼を木の枝で打ち付けるが、さすがにそれでどうにかなるわけでもなかった。


 俺は最短距離で攻撃すべく剣の柄を狼の頭に叩きつける。鈍い骨の砕ける音と更なる激痛に足の力が抜けるが、まだ戦闘中だ。何とか踏ん張り、ルイーゼの様子を伺う。


 ルイーゼはきちんと守りに専念し、二匹の攻撃を凌いでいた。

 そこに俺が加わり、余裕が出来たところでルイーゼがメイスを振るう。何度かの攻防でルイーゼのメイスが狼の頭を砕き、残り一匹を俺が魔弾(マジック・アロー)で仕留めた。


 もう一度回りを見渡し、他に襲ってくる狼などがいない事を確認したところで地面にへたり込んだ。さすがに立っているのは辛かった。


「なかなか格好良くは立ち回れないな」


 思わず口にしてしまった。俺はいつも狩りをする時に安全マージンを取りすぎるのか、突発的な事象に弱い気がする。

 防御も基本はリデル便りもしくは躱す事がメインなので、今みたいに躱せない状況が発生すると、すぐに状況が悪くなる。


 元の世界に戻れるとも限らない以上は、もう少しリスクを背負う覚悟も必要かもしれない。


「そんな事はありません!」


 ルイーゼが座り込んだ俺に駆け寄り、回復魔法を唱える。

 モモが心配そうに顔を覗き込んでくる。俺はその頭を撫でながら言う。


「ルイーゼにもモモにも怪我が無くて良かった」


 一瞬、祈りの言葉に乱れを感じたけれど、すぐに流暢(りゅうちょう)に祈りの言葉を唱え始める。

 女神アルテア様に俺も感謝しよう。俺の傷は放って置いても直るけれど、わざわざ祈りに答えて直してくれるのだから。


 俺はルイーゼの祈りに答えて奇跡が起こるのを感じていた。

 主に右足を中心に、意図しないにもかかわらず魔力が流れを生み出し、細胞が活性化されていく。

 俺はその魔力の流れを受け入れ、同時に加速するように魔力を制御した。回復魔法を参考に自己治癒(セルフ・キュア)を覚える為の鍛錬だ。俺は転んでもただでは起きない。この感覚を覚えて、まずは自己治癒(セルフ・キュア)が使えるようになろう。


 激痛で焼けるような激しい痛みを生じていた右足から徐々に痛みが引いていく。

 あぁ、女神アルテア様ありがとう。


 数分で右足の痛みが消える。違和感も特に無かった。魔力が結構減った気がするくらいだ。

 奇跡は受け手の魔力が減るんだな。ん、と言う事は、魔力が少ない人には奇跡が起こらないのか。奇跡は必ずしも起きるとは限らないというのは、その辺が関係していたりしないのだろうか。

 いやいや、今は自分で自己治癒(セルフ・キュア)を練習していたじゃ無いか。それで減った可能性もある。


 ルイーゼは回復魔法が想像以上の効果を発揮した事に驚いていた。

 そして俺も驚いた。右足を確認したらすでに傷跡は塞がっていた、というか血で汚れているだけで、そこに酷い傷があった事さえ見間違えだったかのように綺麗な肌が見えていた。


「さすが女神アルテア様の奇跡」

「えっ」

「えっ?」


 ルイーゼの反応に俺も変な反応を返す。何か違うのだろうか。


「回復の魔法はそれほど効果が高いものではなく、じっくりと時間を掛けて行うものなのですが」


 ルイーゼの話では、普通なら数回分の効果が一度で発生していた。五日くらい掛けてじっくりと直すつもりだったのに、俺の傷は一回目の魔法でほぼ完治していた。失った血まで回復した感じがする。


 良く考えたら、回復魔法の特性上、魔力制御能力高い俺は普通の人よりその恩恵を受けやすいんじゃないだろうか。

 前に回復魔法を受けた時も、昨日の夕方に回復魔法を受けた時も、回復する力そのものは自然治癒能力だと感じている。それを魔力でサポートするのが回復魔法だ。

 さっきも俺は奇跡を受け入れて魔力をより効率よく働くようにサポートをした。その直後から回復速度が異常に上がったと感じている。


 そうであれば、回復魔法は受け手の能力で効果に歴然とした差が発生しても不思議は無い。受け手に魔力を効率よく制御する力があれば、そのだけ魔法の効果が高まり治癒効果の差として現れてくるだろう。

 逆に言うと魔法の素人に回復魔法を掛けても効果が低いという事になる。何回にも分けて治療するのはその為だろう。


 回復魔法は受け手の魔力を制御するともいえる。さまざまな魔法の中で回復魔法が最上位に位置する難易度とされているのはこれが理由じゃないか。自分の魔力を制御しつつ他人の魔力も制御するのだ、どれだけの鍛錬を積めば可能なのか。多くの人は自分の魔力の制御すら儘ならないうちに一生を終えると聞く。


 神聖魔法系治癒属性回復魔法は神の奇跡である為、使い手の魔力制御能力は関係が無いのだろう。さすが天恵とされるだけある。


「何はともあれルイーゼの回復魔法のおかげで完全に治ったよ、ありがとう」

「いいえ、私が自分の身を守ることさえ出来れば、本来アキト様が怪我をされるような事にはならなかったと思います」

「そうでも無いよ。ルイーゼのおかげで俺は背後とモモの心配なく戦えたんだ。

 怪我をしたのは結局の所、俺の実力も狼を四匹相手には勝てない位だって事だ」


 確かに背後に守るべき相手がいなければ狼の攻撃を躱す事も出来たと思う。でも、それはモモやルイーゼがいなかったらの話だ。

 モモがいる事で俺は狩りで荷物の心配なく戦え、その結果多くを稼ぐ事が出来た。ルイーゼには命も救われている。本人は自覚していないかもしれないが、教わる事も多い。


 何より俺にはモモとルイーゼがいる。もちろんリデルもだ。一人では出来なくても、仲間がいる事で今後出来る事が増える。


「モモやルイーゼを守って戦う事は足手纏いなんかじゃ無いよ」

「でも、こうして役割を変えてみると、リデルにずっと守ってもらって戦っている状態に凄く甘えていたとも思うな」


 リデルは常に俺やルイーゼを守って戦っている。敵の攻撃を受けつつ背後に魔物が逸れないように気を配り、隙を見ては攻撃をする。なんか超人の気がしてきたな。そう言えばリデルが怪我をしている所を見た事が無い。


 俺といえば狼にはやられっぱなしだ。魔物はリデルが受け持ってくれるから殆ど躱す必要が無いし、一人で練習をしていた頃は何も考えずに躱していた。

 リデルに甘え過ぎず、守りながらも戦う事も覚えていった方が良いか。なんか最近急に出来ない事が増えてきたな。課題ばかりで自分でも忘れそうだ。


 一つ、不要に安全マージンを取り過ぎるな。勘が鈍るし、余裕の無い敵に襲撃された時に対処が出来なくなる。逃げる事も含めて突発的な出来事にも対処出来るようにしよう。


 二つ、今の仲間で有効な戦い方を見極める。魔物を倒す事だけじゃ無く突然の襲撃を警戒し、戦況をみて状況判断していく事にパーティーとして慣れる必要がある。


 三つ、攻撃だけじゃ無く守りの面でも的確に動けるように普段から練習する。


 なにかもう一手、技が欲しい所だ。

 それと、俺が攻撃面に特化している分、リデルが攻撃面で経験が不足しているかもしれない。仲間の能力も逐次確認し、苦手面を克服していこう。


 取り敢えず、忘れないように一日一度は思い出すように鍛錬の中に組み込むか。


「今日は予定を変更して、狩りに出るのは止めておこう。

 なんとなくだけれど、良くない感じがするんだ」


 只の勘だけれど、なんかこの世界に来てから勘という物が大切な気がしてきた。

 今日やろうとしていた事は、この勘を無視して進めるほどの事でも無い。弓の練習だけなら町の側でも出来るのだから。


「私もそれでよろしいと思います」

「それじゃ、町に戻ったら冒険者ギルドによって、狼の襲撃の件を伝えておこう。他の冒険者が襲われないとも限らないから」

「はい」


 俺は立ち上がると軽く跳ねて、足の調子を見る。全く問題が無かった。ちょっとクラッときたのは出血したのと座っていたせいだろう。


 ◇


 町に戻った俺達は冒険者ギルドでサラサさんと会っていた。


「こんにちは、サラサさん」

「あら、こんにちはアキト君。今日の狩りはお休み?」

「実は狩りに出ていたんですが、道中で狼の群れに襲われたんだ」

「えっ、アキト君達も?」


 ん、達も?


「実は他にも狼の群れに襲われて大怪我をしたパーティーがいるのよ。

 狼の群れが街道の方に移動してきているみたいだから、討伐依頼が出る所よ」

「一〇匹くらいの群れだったら、さっき討伐してきた所だけれど」

「えっ、怪我はしなかった?

 一〇匹って言ったら腕が良い冒険者でも数に押されて苦戦するのよ」

「なんとかなりました」


 怪我はしたけれど、回復魔法で直したとも言えないので(うそぶ)く。


「そう、良かったわ。

 只ごめんなさい、まだ討伐依頼は出ていないから報酬を出す事は出来ないの」


 まぁ、そのつもりで戦った訳でも無いのでそれは構わない、ただ……。


「俺達が倒したのが、他のパーティーを襲った狼とも限らないので、依頼はそのまま出した方が良いかもしれませんね」

「そんなに出てくる訳でも無いから他にいるもと思えないけれど、アキト君の言う事も確かよね。そうね、そうしておくわ。

 ありがとう、アキト君。少なくても街道の脅威が減る事は確かよ。

 お礼に何か私に出来る事があったら言ってね。出来る範囲で努力するわ」


 それじゃその胸で抱きしめてください。


「それは駄目ね」

「あれ、俺声に出ました?」

「顔に出たわ」

「顔ですか。嘘がつけないと困りますね」

「そうね、ポーカーフェイスも練習しないと駄目ね」


 やる事リストに追加だな。


「あそうだ。サラサさん。

 俺達は明日から旅に出る事になります。戻るとしても大分先になるかと思うので、今日はお別れの挨拶に来ました」

「えっ、そうなの。なんかお姉さん凄く残念だわ……。可愛い弟が出来たと思っていたのに」

「ありがとうございます。これ、今までお世話になったお礼です」


 俺は昨日買っておいた髪留めを手渡す。銀をベースにラピス・ラズリの青い色合いが、サラサさんのライトブラウンの髪によく似合っていると思った。派手さは無く、普段から使える物を選んでいる。

 サラサさんはしばらく髪留めを眺めた後、付けていた髪留めを外し、俺がプレゼントした髪留めを付ける。


「どう、似合っているかしら」

「とてもお似合いです」


 サラサさんは喜んでくれていたけれど、少し寂しそうだった。

 俺は後ろ髪を引かれつつも、冒険者ギルドを後にした。いつ元の世界に戻れるか分からないのだから、またこの町に来る事もあるだろう。その時は必ず会いに来よう。


 この世界に来て今の仲間を覗けば、サラサさんと宿の女将さんだけが俺の知り合いと言えた。

 良かった。リデルとルイーゼ、それにモモが一緒に旅に出てくれて。一人でリザナン東部都市に行く事になっていたらホームシックになっていたかもしれない。


 気になるのは冒険者ギルドを出てからルイーゼの様子が少しおかしいことだ。ルイーゼにもプレゼントをした方が良かっただろうか。お別れでも無いから送る理由が……いや、理由なんか適当に作れば良いのか。何か考えておこう。


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