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旅立ちの知らせ

祝PV1000万突破記念投稿


アキトが目覚めた後、元の世界に戻る前の話。

リデル視点です。

 僕がアキトの覚醒を知ったのは、モモが届けてくれた手紙を読んでのことだった。


 日差しの差し込むテラスに出て、庭園を見渡せるテーブルに付き、メイドの入れてくれたコーヒーを飲む。

 アキトの店で売り出された珍しいこの飲み物を僕は好んでいた。

 軽く香りと味を楽しんだ後、満足の気持ちを伝えメイドを下がらせる。

 それから届けられた手紙を読み始めた。


 上位魔人との戦いの中、突然現れた不死竜エヴァ・ルータにより竜眼と呼ばれる技を受けた僕は、気を失った間に何があったのかを知った。

 それはあまりにも信じがたい事の連続で、原始の種族と呼ばれる竜の神秘性を今更ながら感じさせられるものだった。


 でも僕は不死竜のことより、その後に起こったことの方が衝撃的だった。

 王国騎士団により国賊として襲撃を受けたアキトは、ルイーゼとマリオンの奮闘によりその命を救われていたが、その際に多くの貴族が死んだことで平民である三人が国内に留まれる雰囲気では無くなっていた。

 この件については箝口令(かんこうれい)が出ているのか、同じ騎士団に属していても知る者はいなかった。

 それは僕も例外ではなく、迂闊に相談も出来ない。


 国の為に戦い王国栄誉騎士勲章を受勲し、仲間の為に戦い救国の英雄の一人に数えられたアキト。

 共に戦った僕が王国騎士団中隊長を任命され、アキトは国外への逃亡を余儀なくされた。

 その待遇の差に僕の中で何かが色褪せていく。


 マリウス王子に対する派閥の考えることは、貴族としては普通だったのかもしれない。

 だが僕が同じ立場に立った時、アキトに剣を向けられるだろうか。

 その答えが出せない僕には王国の剣となり盾となる資格は無いと思えた。

 王国騎士になる僕の夢は、国民の上に成り立つものだ。

 だけれどその国民を率いる王族がいなければ国として成り立たないのもまた事実。


「マリウス王子かアキトか、そのどちらの命を選ぶとか、僕には出来ない……」

「いや、そこはマリウス王子を選べよ」

「アキト?!」


 自然と零れ落ちた言葉に答えたのは、この場にいるはずのないアキトだった。


「悪いな、まだ読み終わってなかったか。

 手紙の最後に、読み終わったころに行くと書いておいたんだが。

 一応、訪問の理由のつもりだったが、却って悩ませたか?」


 ここはエルドリア王都にある僕の屋敷だ。

 だが、振り返った僕の視線の先にはフードを被ったアキトがいた。

 ここは二階のテラスであり、外から登ってくるようなところではない。

 それ以前に本来であれば国外にいるアキトが容易に来られる場所ではなかった。

 だけれど今のアキトには空間転移(テレポート)が使えるようだ。

 おそらく魔封印を解呪したのだろう。

 リーゼロットという優秀な魔術師が側にいるのだから、同じく魔術師としても優秀なアキトであれば、覚えるに難しくはなかったと思える。


「いや、驚きはしたけれど嬉しい驚きだよ。

 アキト無事で良かった。本当に嬉しいよ」

「いろいろと心配掛けたな。

 それと不作法で悪かったな。一応、中に直接は止めて置いたんだが」

「そうだね。中に直接はさすがにもっと余裕をもって教えてくれるとありがたい」

「次は気を付ける」


 アキトと軽く抱擁を交わし、互いの存在を確認しあう。


「その分じゃ随分と悩んでいるようだな」

「貴族というのは困ったものだと思ってね。

 アキトが貴族になることを嫌い、手の届く範囲で人を助けているのが羨ましく思える時があるよ」


 アキトがテーブルの対面に座り、その膝の上にモモが座る。

 僕がメイドを呼ぼうとするのをアキトが手で制し、代わりにモモがコーヒーの入ったと思われるポットとカップを取り出した。

 モモはコーヒーを口にすると顔を顰めながらも、アキトと同じ物を飲むことを楽しんでいた。

 不思議な精霊だった。

 精霊がこれほど感情を豊かに表すとは聞いたことが無い。


「だからと言っていないと困るさ。

 少しでも心配が軽くなると良いと思って、俺はそんなに気にしていないと伝えに来た。

 むろん怒りや理不尽さが無いわけじゃない」


 アキトの今の表情からは、言葉通りそれほど気にしている様子が見て取れなかった。

 だからと言ってその言葉に甘えるべきではないだろう。


「でも取り敢えず最低限のところは抑えられた。

 リゼット、ルイーゼ、マリオンは当然、リデルやレティそして『カフェテリア』のメルもリル、ウォーレンもだな。

 みんなに悪い影響がないなら国外逃亡くらいは些細な事さ。

 いざとなればこうして会えるしな」

「すまない、アキト」

「リデルに悪いところは無いだろ。

 それに貴族になったんだ、そう簡単に頭を下げちゃ駄目じゃないか。

 俺だからいいが、悪い奴に付け込まれるぞ」

「そしたら助けてくれるかい」

「助けるさ」


 あまりにも簡単に言うものだから思わず言葉を失った。


「一応国王陛下に貸しが二つあるからな、相当な無茶じゃなければ通るんじゃないか」

「ならその一つを使って、要人監視の名目でアキトと共に旅をするのもいいかもしれないね」

「それは良いアイディアだな。

 早速、国王陛下に頼んでくるか……って、さすがにアポ無しで行ったら首が飛ぶな」

「あはは。空間転移で王城に飛んだら確かに首が飛ぶね。

 まぁ、王城は魔道具で外部からの魔力干渉を弾く仕組みがあるから実際のところは転移出来ないけれど」

「それは残念だな。お姫様にこっそりとプレゼントを置いて来ることも出来ないか」

「プレゼントのお返しが賞金首になるわけだ」


 他愛もない話し合いの中で、僕の悩みのいくつかは霧散していた。

 だが、肝心なことは僕が決めなければならない。


 一通り話し、言葉が途切れた時にアキトは言う。


「みんな生きている。今はそれだけで十分だ」


 それは前に僕がアキトに言った言葉だった。

 マリウス王子かアキトか、貴族の為か国民の為か、今出す答えではない。

 そう言われた気がした。

 確かに、今決断を求められている訳ではない。

 これから多くのことを学び、正しい判断が出来るようになろう。

 その時間が僕には与えられている。


「リデル、レティとも話しておきたいんだが構わないか」

「もちろんだ。

 レティも気が沈んでいたからね、声を掛けてくれると喜ぶだろう」

「悪いけれど呼んでもらえるか」


 アキトはあくまでもお忍びだ。

 メイドは使わず、僕が直接レティを訪ね自室に招く。


 部屋に入ったレティはテラスで背を向けて寛ぐ人影を見ると、数歩駆けだし、そこで一度止まってから淑女らくし歩き始めた。

 まだまだ淑女教育は必要なようだ。

 感情が先に体を動かす――それは僕も人の事は言えないか。


「アキト……さん?」

「よう、レティ。

 久しぶりだな。会いに来られなくてすまなかった」

「アキトさん!」


 再び駆け出すレティに心の中で溜息をつき、そのままアキトの胸に飛び込まなかったことだけで良かったと思うことにする。


「元気だったか?」

「はい!

 アキトさんこそ、ご無事で何よりです」


 レティが子犬なら今頃は尾が振られっぱなしなのだろう。

 僕の妹ながら随分と懐いたものだと思う。

 アキトは僕がモテると言うが、僕がモテるのは多くの場合貴族としての僕だ。

 アキトのように人を見て好かれることは多くない。

 ルイーゼやマリオンもそうだが、アキトの人としての魅力に引かれて集まる人は多い。

 だからこそ僕は自分を客観的に見られるとも思っている。

 アキトが僕の側にいてくれたことで自分のことをよく知ることが出来た。

 これはとても幸運なことだろう。


「それでアキトさんはいつまでいられますか?

 来期から王都学園にも通えるんですか?」

「それを話に来たんだ」


 アキトの答えにレティの気持ちが沈んでいくのが目に見えてわかった。


「レティ、まずは座りなさい。

 そのままじゃアキトも話しにくいだろう」

「あっ、はい」


 レティ用にモモが紅茶の入ったポットとカップを用意する。

 ポットからカップに注ぐのもモモが行っていた。

 アキトはそれに感謝を伝え、レティも倣う。


「レティ。すまないがしばらくここを離れることになった」

「……知っていました。先程お兄様から聞いていましたから。

 毎晩女神アルテア様に、アキトさんが無事でありますようにとお願いしていたのですが、居場所を失ってしまいました。

 無駄だったでしょうか」

「無駄じゃないさ。アルテア様に導かれて俺は無事に戻ってこられたのだから」

「そうでしょうか?」

「あぁ、レティも一緒に願ってくれたおかげだ」


 レティは俯くと、胸の前で両手の指を組み合わせ、願うように言葉を口にする。


「あの、私も一緒に行くことは出来ないでしょうか」


 レティがいま僕の元にいる大きな理由は、僕が分家を作ったことで多くの縁故関係を結びたい貴族が多く、政略結婚の為と言えた。

 この国では貴族の間で忌み嫌われる黒髪を持つレティだが、それを受け入れても利となるならと、長男は無理でも次男以降の申し出は多かった。

 これが男性であればまず結婚を望むことは出来なかっただろう。


 だが、僕はレティを政略結婚に使う気はなかった。

 父は少しでも僕の地盤を固める為にと思ってのことだろうけれど、僕個人としてはこのままアキトと共に自由に生きて欲しいと思っている。


 しかし、レティはリーゼロットと出会ってから少しだけ気持ちに変化が見られるようになった。

 貴族の前であれ王族の前であれ、堂々と行動するリーゼロットの姿を見て、黒い髪に対するコンプレックスがだいぶ薄れたように思える。

 思い人であるアキトの髪が黒いこともあるのだろう。

 その二人に恥じないよう振る舞うことを身に着けていた。


「レティにはリデルを支えると言う大切な役割があるだろう。

 俺が近くにはいられないからレティを頼っているんだが駄目か?」

「そんな聞き方ずるいです……それじゃ、我儘言えないじゃないですか……」

「レティが一緒に行きたいって言ってくれたのは我儘だと思っていないさ。

 むしろレティの気持ちを無視してリデルを支えて欲しいと言う俺の我儘だ」


 レティの葛藤が見て取れた。

 何か言葉を口にしようとして、(つぐ)む。二度、三度。


「アキト。レティを頼めないかい」

「お兄様?!」


 思わず立ち上がるレティを窘めると、自分の声の大きさを思い出し口にて当てながら座った。


「いいのか?」

「父は良く思わないだろうけれど、僕は新興らしく細々とやっていくさ。

 もともと王国騎士で身を立てるつもりで、文官になりたいわけじゃない。

 レティがこの一年ほど頑張ってくれたおかげで、家の立ち上げに関する多くの手続きや挨拶は済んだし、王国騎士なら政務は免除されるから僕だけでもなんとかなるさ」


 欲が無いのはアキトの性格がうつったのだろうか。

 だけれど継承権付きの爵位を持ち、王国騎士団中隊長の肩書とそれに付随する給金もある。

 抱える使用人も新興で少ないことから、資産面では領地なしの男爵としては異例と言えるほど余裕があった。

 それが目当てで婚姻の話が多すぎるのは参っているが。

 それも最近はウィンドベル公爵家との繋がりを持てたことで落ち着いている。

 社交の場に出る機会は減ると思うが、もともと武官には期待されていない面だ。


「そうか。レティももう成人していたな。

 だったら今度は俺と一緒に行くことも現実として、気持ちをきちんと整理した後に考えて答えを出してくれ」


 レティにとってアキトとの同行は、今までは夢あるいは希望だった。

 その気持ちのまま判断せず、現実的な選択肢として捉えろと言われたレティは、自分でも思うところがあったようだ。


「はい、わかりました。アキトさんの言葉に従います。

 きちんと考えて答えを出しますので、その時は忘れずに迎えに来てくださいませ」

「あぁ。その時はどちらの答えを出そうとレティを支持するさ」

「はいっ!」


 未来はわからない。

 それでも自分にとって正しいと思う生き方を模索していくだけだ。

 僕とアキトの進む道は分かれてしまうかもしれないが、いつか再び交えることを女神アルテアに願うとしよう。


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