約束
投稿予定数が1話多くなってしまった。
おまけ編に付いては不定期更新となります。
いままでも不定期でしたが……ここでは投稿が無くなる可能性も含めてということで。
懐かしい天井だった。
一四年間見続けた天井は、そこにあるだけで言いしれない安心感があった。
見慣れた時計は十三時を指し、快晴と思える太陽の日差しがレースのカーテンを越えて部屋を明るく照らしていた。
季節はもうすぐ三月とはいえ、外はまだ冷え込んでいるだろう。
部屋は俺が戻るのに合わせて温めてあったようで、いつものように裸で転移してきたが寒さに震えると言うことは無かった。
この世界に戻ってくるのは二度目だが、何一つ変わらない自分の部屋に安堵する。
感慨にふけるのは後回しに、俺はいそいそと服を身に着けると、部屋のドアを開けた。
すぐに目に飛び込んできたのは部屋の前の壁に背を預け、体育座りで膝に顔を埋めて眠っている悠香の姿だった。
戻ってくるのに半年掛けてしまった。
約束は守ったけれど、少しばつが悪い。
とはいえ、俺が戻ってくるのを待っていてくれたのだから、ここで起こさないようではそれこそ後が怖いだろう。
「悠香……、悠香……」
二度目の呼び掛けで悠香が目を擦りながら顔を上げる――と同時に俺の胸に飛び込んできた。
「遅いよ!」
「待たせてすまなかったな」
どうも俺は人を待たせてばかりのようだ。
同じようなセリフを何度言ったことか。
それから悠香に連れられて一階に降りる。
意図したわけではないが今日は日曜日だったらしく、リビングには両親が揃って待っていた。
悠人は部活があるらしく、夕方に戻ってくるそうだ。
俺はここでも遅れたことを謝罪する。
「今度は怪我一つなく戻ってこられたようで何よりだ。
真琴、先生方に問題が解決したことを伝えなさい」
「はい、あなた。
彰人も無事で何よりです」
前回の俺は血塗れで戻ってきた。
あれは魔封印の解呪の影響なので転移前に問題がなかった俺は、悠人に今度は心配ないと伝えておいたが、それでも両親はもしもの為の備えをしていてくれたらしい。
「ごめん。色々と心配を掛けたけれど、もうあんなことは無いと約束する」
そんな両親の気持ちに感謝する。
両親は俺が言いきったことに言葉では何も言わなかったが、その表情からはようやく緊張の解けた様子が窺えた。
「しばらくゆっくりしていくのだろう。
半年とは言え、更に逞しくなったように見える。
服も合わないだろう買い揃えてくると良い」
そういって差し出されたカードを、ずっと俺にくっついていた悠香が取り上げる。
「お兄ちゃん、一緒に買い物に行くよ!
私が選んであげるから、早く準備して!」
両親ともども苦笑しながら、カードのお礼を伝え、夕方には戻ると部屋を後にした。
◇
早く準備しろと言いつつも、家を出たのはそれから三〇分が過ぎてからだった。
中学校三年にもなると出掛ける為の準備にも気合が入るようで、薄らと化粧をした悠香は間違いなく母親に似て美人予備校生といったところだ。
腕を引かれるように電車を乗り継ぎ、久しぶりに圧倒的な人の波に揉まれ、俺はあっという間に人に酔った。
「情けないなぁもぉ」
「人が多いのがこれほど辛いとは……」
異世界では、外を歩く時は常に周りの気配を感じ取りながらの行動だったので、視界が埋まるほどの人の中にいると色々気配が押し寄せて処理しきれなくなる。
もちろんここでは魔力感知が機能しない。
魔力そのものが無いからだ。
それを補おうと自然に気配を感じ取る気持ちが強くなっているようだ。
せめて身体強化が使えればこの街で脅威になることはほとんどないと思うのだが――使えるだと?!
俺はいま、心底びっくりした……。
間違っても無くしてはいけないと、念波転送石は家に置いてきている。
だから魔力の供給は得られないはずだ。
だが、実際に身体強化が使えている。
これは良い誤算だが、理由は何だ。
やはりこれも不死竜の魂が関係するのか。
確か魔力は竜脈を通して流れている。
竜の魂を宿したことで、竜脈が繋がったとか竜脈にアクセス出来るようになったとかだろうか。
いずれにしてもメリットしかないこの状況は歓迎すべきだろう。
「お兄ちゃん? どうしたの? 顔が気持ち悪いよ?」
「ひどいこと言うな……」
実の兄に対してなんという言い草。
しかし、確かにニヤけていた気がするので、ここは自重しよう。
「取り敢えず行くか」
「うん!」
そうして連れてこられたのは、いまいち俺には似合わなそうな店だった。
ちょっと好みが違うと言うかセンスが合わないというか。
そんな中でもなんとか自分好みの物を選び出してみたが、それらは全部スタイリストのおねぇさんと悠香に却下されてしまった。
まぁこの世界にいる時だけなので悠香の好きにさせることにする。
全部で三着ほど揃え、その中でも悠香が最も気に入ったものを着たまま店を出る。
帰るにはまだ少し時間が早いため、今度は悠香の服を選ぶことになった。
親のカードを手にしたいま、きっと無敵に感じているのだろう。
女性の買い物に付き合うときは積極的に絡むか、一切絡まないかのどっちかにすべきだと俺は学んでいる。
今日はそうゆっくりとはしていられないので、積極的に絡むことにし、適当に服を選んで試着させる。
将来美人さんが確定している妹は素直に試着を繰り返すと、そのまま買っていた。
自分で似合うと思って選んだ服だから「似合う?」と聞かれれば当然「良く似合っている」と答える。
それに満面の笑みで答える悠香を見て、兄としても満足だ。
しかし、俺が自分の服を選ぶとダメ出しばかりなのに何故か?
この傾向は異世界でも変わらない。
もしかして時代が俺のセンスに追いついていないのか。
早く追いついて欲しい物である。
帰り道、出店のクレープ屋を見掛け二人分を購入し、路肩のベンチで一休みだ。
異世界に戻ったら行商をやろうと思っていたが、屋台も面白そうだな。
出張『カフェテリア』というのはどうだろうか。
メニューは多くないが、ハンバーグとオムライスは人気メニューのツートップだ。
食事が満足なら自然と笑みも零れるからな。
そんな空間で仲間と穏やかに過ごすのもすごくいいな。
幸いにしてというか食材は満載だ。
もちろん狩も続けるが、鍛錬の延長であって命の削り合いみたいなのはもう十分だろう。
悠香の幸せそうな姿を見ていると、早く戻って仲間の笑顔も見たくなってくる。
「楽しそうだな」
「当たり前でしょ」
当たり前なのか。
旨そうにクレープを頬張る姿を見ているとモモと被って困る。
見た目ではモモの方がはるかに年下なのだが、行動が同じレベルというのはどうなのだろうか。
そういえばミーティアもオフモードではこんな感じだったな。
再びいくつか電車を乗り継ぎ、家路に就く。
自然と悠香の口数が減ってきた。
「今度はもっと早く戻ってくるよ」
「……」
「怪我もなく戻ってきただろ。
もうあんなことは二度とないから大丈夫だ」
「……」
最初は一年。戻ってきた時は血塗れ。次は半年。
思春期の女の子には刺激が強すぎたか。
「悠香?」
「私も行きたい」
そう来るか。
「痛いのは平気か?」
「お兄ちゃん?」
「怪我はしないけれど、物凄く痛いんだ。
一層のこと殺してくれって思うくらいの痛みがしばらく続く。
それに耐えられるか?
耐えられないとどうなるかわからない」
「……平気……じゃない。でも行きたい」
正直あの痛みに悠香が耐えられるとは思えない。
でも、もし耐えられるとしたら俺は悠香を異世界に連れていくのか?
異世界は確かにこの世界より危険が多いのは確かだが、リゼット、ルイーゼ、マリオン、レティ、悠香と同じ歳でみんな逞しく生きていた。
俺の保護下にいればそうそう危険もないだろう。
この国が平和ボケと言われるほど安全過ぎるだけで、他国なら意外と変わらないどころか、一部地域に限ってはこの世界の方が危険ともいえる。
永住は無理でも観光くらいは可能なんじゃないだろうか。
「それじゃいつか痛くないように魔法を改造するから、それまで待っていてくれないか?」
「痛いのは嫌だから……早くしてね」
「それと肝心なことだけれど、悠香の場合は自分で魔法を唱えることが出来ないからそっちも改造しないと無理だな。
こればっかりは直ぐに出来るとは約束できないんだ。
だからしばらくは俺が戻ってくるので我慢してくれ」
俺が異世界に飛べたのは念波転送石でリゼットと意識が共有されていたからだ。
それが出来なければ転移先をイメージ出来ないため、仮に異世界転移魔法が使えたとしても転移は出来ない。
俺と双子の弟はその問題をクリアしているから、今すぐ飛ぶことも可能だが、それを自分が行きたいという悠香に言うのは酷だろう。
魔法を改造することが出来なければ、悠香と波長が合って異世界転移魔法を使えるだけの魔術師が必要だ。
どの方法をとるにしても約束出来るほど簡単ではなかった。
「……わかった」
その日の夕方は家族全員でのささやかなパーティーとなった。
俺は包み隠さずとは言えなかったが、危ない部分は伏せてこの半年にあったことを語り、そこで何を感じ、何を考えて生きて来たかを伝える。
両親はすでに俺が異世界での生き方に馴染んでいることに気付き「怪我が無く元気ならいい」「何かあれば逃げてもいいのよ、帰ってきなさい」とありがたい言葉を頂く。
実際、転移魔法さえスムーズに使えるようになれば危険の多くは回避出来る。
今後の優先課題としておこう。
なにも異世界転移魔法ではなく空間転移で良いのだから、事はもう少し簡単に運ぶだろう。
三日後、泣きながら笑顔で送り出してくれる悠香の見送りを受け、俺は再び異世界転移魔法を唱えた。




