ルイーゼの戦い
冒険者ギルドでルイーゼの冒険者登録を行った後、俺はルイーゼを連れてカシュオンの森に来ていた。リデルとは一度分かれて、後で合流する予定だ。
まずはルイーゼの気持ちが実戦に立ち向かえるほど強固な物かどうかを確認する必要がある。
ルイーゼには木の先に鉄で補強したメイスと木の盾を持たせている。防具の方は皮で補強したローブを用意した。
まずは身を守る方から慣れてもらい、徐々に戦闘に参加してもらう予定だ。
いくら俺と一緒でも、ルイーゼの表情は心なしか緊張で青ざめている。
狼の毛皮を剥ぐことが出来ると言っても、実際に生きている牙狼を相手にするのは初めてだろう。
ちょっと酷かと思ったが、手を貸してしまった以上は彼女が自立出来る方法を考える必要がある。
はじめは町で小間使いとして働ければと思ったが、ルイーゼは俺と一緒に狩に出る事を望んだ。自分で言うのもなんだけれど、女の子にさせるような事でもないと思うが、この世界では結局自分の身を守れる強さが必要だった。
「狙うのは魔物の牙狼だ。
はじめは俺が相手をするから何もしなくて良い。出来るだけ俺が引きつけるけれど、ルイーゼに向かっていく可能性もあるから、まずは自分の身を守る事に専念して欲しい」
ルイーゼは青い顔をしながらも頷く。
牙狼はそれほど知能が高くない。俺が相手をしていれば後ろに回りこんでルイーゼを直接攻撃するような事はない。
もちろん油断は出来ないけれど、回り込もうとしても牽制出来るくらいは俺も強くなっている。
◇
モモが遠くに牙狼を見つけた。モモには近くにいる魔物を感知する能力があるようだ。いつも俺より先に魔物を見つけている。
ただ、姿を隠していると魔物を感知出来ないと分かっていたので、今は隠すのを止めてもらっている。
姿を隠さないと言っても、もともと精霊であるモモを目視出来る人が珍しいので大丈夫だと思うが、俺は念の為フード付きのローブを用意した。
チャームポイントである頭の葉っぱが、そのままデザインになって見えるように改良してある。
裁縫には自信が無かったけれど、中学校の家庭科用に裁縫道具は買っていた。使い方は母親に習ったが、正直良く覚えていない。なぜならば母親も裁縫は苦手だったからだ。
ともあれ、俺様苦心の改良型ローブは可愛らしい物となっていた。
俺は逆の発想でモモに、誰にでも見えるように出来るか聞いてみたところ出来る事が分かった。
魔力を欲しがる時と同じように甘えてきたので、いつものように頭を撫でて魔力を分け与える。人に見える様にする為には魔力が必要なのだろう。
これでモモが見える人がいる可能性について心配する必要がなくなった。なぜならいつでも見える為、精霊だと気が付かないからだ。
変に隠れているから見つかった時の心配をする必要があったけど、初めから見えていればそもそも問題にならなかった。
モモも何時もは俺のあげた服を部屋でしか着られないけれど、今は新しい服を堂々と着ていられるのでいつにもまして嬉しそうだ。
◇
モモが先に見付けてくれたので牙狼はまだこちらには気づいていない。
俺は弓を構え、風を読んで矢を放つ……外れた。距離は五〇メートルくらいだ、もともと俺に当てられる距離じゃないがこれも練習の内だ。
近くの地面に矢が刺さったことで、こちらに気づいた牙狼が駆け寄ってくる。
後ろからルイーゼの緊張が伝わってくるが、剣に持ち替えた俺が牙狼の前に立ちふさがり、ルイーゼをカバーする。
牙狼はかまわず飛び掛ってくるが、横に回り首めがけて剣を一閃、地面に付く頃には胴体から頭が切り放たれていた。
最近は牙狼くらいの首の太さなら身体強化を使わなくても切り落とすことが出来る様になった。
日々の筋トレに蛋白質を取りまくった効果、それに剣の刃を上手く立てられる様になってきたおかげだ。俺の買った鉄製の剣も仕立ての良い物だったらしく良く切れた。
俺はルイーゼの恐怖心を減らすために圧倒的な強さを見せて信頼を得る事にした。
同じように瞬殺で五匹ほど倒したところで、ルイーゼも大分緊張がとれてきたようだ。
次の段階に移る。
俺はルイーゼに隙があれば攻撃するように言う。再びルイーゼに緊張が走るが、顔色は初めほど悪くなかった。
「!!」
俺を攻撃していた牙狼の横合いからルイーゼがメイスを叩き込む。鈍い肉を叩く音にルイーゼは顔を顰めるが俺は続けさせる。
「はっ!」
メイスによる四度目の攻撃を頭に受けた牙狼が逃げの体勢に入る。
過去の経験では、死ぬまで攻撃を続けてきた牙狼だが、徐々にダメージを蓄積すると逃げるという判断もあるようだ。
「ルイーゼ、止めを!」
ルイーゼはハッとした後、背中を見せた牙狼に再度メイスを振るうがそれは届かず、牙狼は逃げていった。
「も、申し訳ありません……」
ルイーゼはその場に跪いて許しを請う……って呆気に取られて見ている場合じゃなかった。
「ちょ、ちょっと。そんな謝る事じゃないよ」
俺はルイーゼの両肩を掴んで無理に立たせる。
「でも、獲物を逃がしてしまいました、ごめんなさい、申し訳ありません」
きっと今までは獲物を逃がした事でかなり酷い事をされたのだろうと予想が付いたが、今は安心させるのが先だ。
初めて会った時のルイーゼは子供ながら何処か聡明な感じを受けた。今のルイーゼは全く違う、年相応の怯える子供のようだ。俺は色々と間違えたかもしれない。
「大丈夫だから。今日は練習に来ているんだから、逃げられたとしても問題ないから。
今日は止めを刺せるところまで頑張ってみよう」
「……はい」
まだビクビクしていたが、こういう時は考える暇も無いくらい体を動かそう。そっちに必死になってもらった方が良い。
◇
「牙狼は動きが単調だから、狙いは胴体よりも頭を。ルイーゼの力でも動きを止められるはずだ」
「はいっ!」
俺は魔弾を打って牙狼の足を止める。
ルイーゼはそれを見てメイスを牙狼の頭に振り下ろす。ゴツッと鈍い音を立て血が飛び散り、ルイーゼが怯む。
「まだだ、止めを!」
地面でのたうち回る牙狼に止めを刺させる。もし、出来ないなら狩りには連れて行けない。高尚な理由なんかじゃ無い。単純に殺せなければお金にならないから、それだけだ。
俺はルイーゼが魔物を殺す事が出来なくても良いと思っている。出来ないなら別の出来る事を探せば良い。何も危険な冒険者になる必要は無いのだから。
「?!」
ルイーゼはしっかりと牙狼に止めを刺した。だったら俺もルイーゼを冒険者として見なければ、今までルイーゼのしてきた事が無駄になる。
「良くやった、ルイーゼ」
「……はい」
魔物だろうがなんだろうが生きている物を殺せば嫌な気持ちになる。俺もなった。いずれ慣れるけれど、殺す事に慣れるのが良い事なのか分からない。それでも必要な事だと割り切るしか無かった。
◇
午後になってからリデルと合流した。少ないけれどフルメンバーで初めての狩りだ。
俺はリデルにモモが見える状態にあることを説明していなかったので、流石に子供を連れてくるのは良くないと叱られた。まぁ、当然だな。俺だってそう言う。
ともあれ、モモのことを説明した所で本日二回目の驚きをリデルに与えることが出来た。
どうも、リデルが聞いていたブラウニーとモモでは随分と容姿が違うらしい。
一応俺から幼女だと言うことは伝えていたが、それでも実際に目にした時のインパクトが大きかったのだろう。
ともあれ俺達はリデルも合流したことで、牙狼では少々物足りなくなっていた。
ルイーゼはそんなこと無いだろうけれど、今日は普段狩りの対象にしている魔物を一通り看てもらおうと、一角猪や凶牛も混ぜる事にした。
◇
ルイーゼには俺とリデルの戦いを見てもらう為に少し離れて見学だ。
基本的にはリデルが魔物の注意を引き、俺が隙を見て攻撃する。
俺の立ち位置は大体リデルの斜め後ろが多い。リデルが敵の突進を躱した時は俺も一緒に避けて、再びリデルの後ろに回る。魔物の足が止まった時や隙が出来た時を見定めては、魔物の横や後について攻撃をする。
セコいがやる事が明確に分かれている為に動きやすいから自然とこういうポジションになっている。
今の俺なら牙狼と同じように一角猪からルイーゼを守って前衛も出来ると思う。
だけれど、一人で戦うのと誰かを守って戦うのでは、同じ一人でも気の使いどころが全く違った。
それに元々俺は防御寄りの装備もしていなければ、練習も不足気味だ。ここはリデルに任せるのが正しい判断だと思う。
ルイーゼにとっては牙狼だけでなく一角猪も凶牛も動きの特徴が分からないから、慣れるまでは全ての攻撃をリデルに受けてもらう事にした。
リデルも最初は凶牛の突進を躱していたが、最近は受け流すことが出来る様になっていた。
躱すのでは無く盾で受け流すことで、剣の間合いから離れること無くしっかりと反撃が出来た。
何匹か魔物を倒した所でルイーゼの感想を聞き、俺がどうしてこういう動きをしているか説明をした。もちろん魔物毎に状況が変わる事は伝える。
慣れて来た所でルイーゼに俺の代わりをやってもらう。
俺はルイーゼのさらに後ろでルイーゼをフォローする。リデルがいなした突進をルイーゼが躱せない可能性があるからだ。躱せないと判断したらルイーゼを引っ張って一緒に躱すか魔弾で気絶させるつもりだ。
一角猪や凶牛の後の回るのは正面に経つよりも危険だった。
下手に後ろに回って一角猪などの後ろ蹴りを食らったら大変だ。突進と違ってルイーゼを庇う暇が無い。
横に位置すると、リデルから気をそらして直接ルイーゼに攻撃が行く可能性もある。消去法で俺が何時もいるリデルの斜め後ろが一番無難だと判断した。
自分で言うのもなんだけれど、スパルタ教育のような気がしてきた。
ルイーゼが辛そうなら別の方法を考えようと思ったが、ルイーゼは魔物と真剣に対峙していた為、このまま続ける事にした。
◇
結局ルイーゼは一度も泣き言を言わず、初日の狩りを終えた。
今日の獲物を換金して銅貨一,二五〇枚。
俺は当初の予定通り半分の銅貨六二五枚を受け取り、ここからルイーゼの支度金や生活に掛かるお金を支払う。
リデルは、ルイーゼにかかる費用については均等でも構わないと言ってくれたが、これは俺が相談も無く抱えた問題だし、余裕が無い訳でもなかった。ならば俺が出すべきだろう。
まぁ、路銀がまた予定を割ってしまったのだが、それは仕方が無い。
◇
俺達四人はリッツガルドに隣接する――というか同じ建て屋にある――酒場で夕食を取っていた。
普段のリデルはきちんと家で食事を取る為、一緒に食べることは無かった。
でも今日はルイーゼの初陣とパーティー結成のお祝いもかねてみんなで食事をしようと声を掛けておいた。
ルイーゼは初め酒場に入ってこなかった。なんでも主人と一緒に食事をしてはいけないらしい。
俺には全く理解の出来ない話だったが、この世界ではそれが常識なのだろう。
本来なら俺もその常識に従うべきだと思うけれど、今日は大切な話をするからと席に着かせた。
「初めての魔物狩りはどうだった。ルイーゼはこのまま続けられそうかな?」
リデルからルイーゼに声を掛けることは珍しい。
巨大熊からルイーゼを助けた後、リデルがルイーゼと話したのは今朝方奴隷契約をリデルに変更した時の挨拶くらいだ。
「よろしければ、続けたいと思います」
もう既に答えは決めていたとばかりに即答だ。リデルはその一言が聞ければ十分みたいだ。
「それならルイーゼ大切な事だから守って欲しい。
パーティーを組んでいる間の俺達は、主従関係では無く一緒に戦う仲間だ。
だから奴隷とかそういう事は忘れるように」
「それは……」
「もともとルイーゼは俺の恩人だし、今は友達だと思っている。そしてパーティー中は仲間だ。
本当は奴隷である必要なんか無いんだけれど、ルイーゼが自分で望む生き方が出来る様になるまでは俺達の庇護下にいてもらう。
やりたい事が決まったら言ってくれれば良い、ルイーゼは自由だ」
ルイーゼは目を閉じると静かに泣いていた。
「同じ事を言うけれど、俺達は仲間だ。
もし困っていたらお互いが出来る範囲で協力する」
「はい……」
俺にはルイーゼが喜んでいるのか辛いのか分からなかった。
これが妹だったら宥め賺して最後にはプリンを食べさせれば解決するんだが。
「ルイーゼ。僕は貴族だけれど、アキトとはこんな感じで付き合っている。ルイーゼも同じで良い。
パーティー中は仲間であれば十分だよ」
そう言えば貴族のリデルに対して俺の態度や言葉遣いって失礼にも程があるんじゃないか。今更だけれど、ちょっと気になるな。
「リデル、もしかして俺ってかなり失礼だったかな」
「アキトの持ち味だよ。大丈夫、不愉快には思ってない」
否定はしないようだ。やっぱり他人からみたら十分に失礼だったのか。
公の場ではリデルを立てるようにしないとお互いに立場が悪くなりそうだな。気を付けておこう。
「ありがとうございます。仲間としてよろしくお願いいたします」
敬語もいらないけれど、リデルは貴族だしそこまで割り切るのも難しいか。
よし、後はこれからの予定を話しておこう。
「パーティー結成早々でなんなのだけれど、俺は近々リザナン東部都市まで行かないといけない。そこで私用を済ませてから戻ってくるつもりだけれど、往復の日程を含めて二,三ヶ月は留守にする事になる」
ルイーゼに困惑の表情が浮かぶ。
「だからその間の事について相談したい」
本当は今行くべきじゃ無いのかもしれない。でも、リゼットの事を後回しにも出来ない。連絡がとれない状況でリゼットも不安を抱えているはずだ。
もしかしたら俺が予定外の所に召喚されたのは、リゼットに何かトラブルが発生したのかもしれない。先だって手紙を送ったけれど、リザナン東部都市は元々リゼットが住んでいた訳では無い。貴族名だけでで手紙が届くとは聞いているが、確実なのかどうか心配だ。
「アキト、その事なのだけれど。僕もリザナン東部都市に行こうかと考えている」
なんだって?
「それは、リデルが来てくれるのは心強いし、ルイーゼの事も解決するし凄く助かるけれど。
俺に付き合って時間が無駄にならない?」
さんざん狩りに付き合ってもらって酷い言いぐさだと思うけれど、狩りはリデルにとっても十分にメリットがあった。
でも今回の旅はどうだ。俺はリデルに何かしてあげられるか。
「この国に仕えようと考えている。この国の事を知っておいて無駄は何も無いよ。
まぁ、それは建前なのだけれどね。
本音は僕もこの国を見て回りたいから、丁度都合の良い理由が出来たという訳さ」
俺に都合を合わせてくれた訳だ。
「そういう事なら、よろしく頼むよ。
後はルイーゼだけれど、もしルイーゼがこの町を離れたくな――」
「私もご一緒させてください」
これも即答だった。
魔物を狩るよりは危険も少ない。俺も一人ルイーゼを置いていくよりは来てくれる方が助かった。
面倒を見ると良いながら早速一人にさせるのは、流石に言っている事とやっている事に違いがありすぎた。
もちろん一緒に来てくれるというなら俺も寂しくない。みんなWin―Winの関係じゃ無いか。悪くない。
「その言葉を待っていた」
リデルは苦笑し、ルイーゼは困惑。モモはフルーツを頬張っていた。