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解呪

本日12話投稿予定、内11話です。

 店の前まで来て困った。

 お金がほとんどなかった。

 ルイーゼが個人的に溜め込んでいた分が手持ちにあるだけで、俺もマリオンもなかった。

 俺は竜の爪を買うのに全部どころか借金までしている。

 マリオンは装備以外の全てを王国に置いてきた。


 ドラゴンの素材を手に入れた任務の報酬も、ドラゴン討伐でヴィルヘルム王国から特別に贈られた報酬も、今は国の預かりとなったままだ。

 俺への襲撃は一連の事件として考えられ、それがきちんとした結末を迎えるまでは自由に出来そうにない。

 パーティー金庫のお金は竜の鱗を買うのに使ってしまった。

 竜の爪も鱗も加工出来ないので宝の持ち腐れだが、目立つ物だけあって今売るという訳にもいかない。

 それに二度と入手出来ない可能性も考えると取っておきたいとも思う。


 王都に戻ればお金の都合も付けやすいが、今なお狙われる可能性がある中で、俺が王都に戻ることはみんなに反対されている。

 それを押し切ってまで戻ろうと思うほどお金にも固執していない。


 俺が願うのは身内が楽しく幸せそうに生きていくことなのだから、それが可能であれば生きていく国などエルドリア王国である必要もない。

 気掛かりはリデルとレティ、それにメルやリルといったところだが、前者は俺が心配するより、俺が心配される方だ。

 後者は後見人がウォーレンだし、うまくやってくれるだろう。

 リーゼロットの話では、俺たちにもしもの時があった時に渡す予定だった手紙をすでに渡しているとのことだ。

 内容的には『カフェテリア』に関する権利を、ウォーレンを後見人としてメルとリルの二人に託すというものだ。

 モモがいないと素材を安定供給出来ないので、今までより利益率は下がると思うが、二人が生活に困らないだけの売り上げはあるだろう。

 俺も放置されて売りに出されるより、二人に使ってもらえた方がうれしい。


「なんか、ここまでお金がないのは、旅を始めた頃以来だな」

「あの頃のアキトさまは初心者冒険者みたいな恰好でランクDの魔物と戦っていたわ」

「毒大蛇に追い回された頃が気が気ではありませんでした」

「ルイーゼもマリオンも随分と頼もしくなってくれたし、俺たちだけの力だけではないとはいえランクSのドラゴンも倒せたんだ、普通に生きていく分にはもうあれ以上の脅威は無いだろう」

「不死竜は倒せなかったわ」

「あれは規格外だ、倒すとかそういう存在じゃないしな」


 不死竜エヴァ・ルータの魂はしっかりと俺の中に生き続けている。

 俺の魂が失われるその時、この身は砕け竜として生まれ変わると言う。

 だが人生は全う出来そうだし、俺が死んだ後の事はルイーゼを助けてくれたお礼に好きにしてもらうくらい構わない。


 モモが手を引っ張ることに気付き、視線を落とすと、その手には見覚えのある食材が乗っていた。


「あ、思い出した。

 ヴィルヘルム島に渡る前に大量に買った食料がまだ余っているな。

 それを卸売りすればいいか」

「まだ残っていたの? 随分と振る舞ってもらった覚えはあるけれど」


 これは私財を投じて買ったものだから俺が使う分には全く問題がない。


「一ヶ月分くらいの支援物資のつもりで用意したからな。

 実際には魔物狩りして現地調達したから、思ったほど使っていなかった。

 金貨三〇枚分ほどは残っているだろうから、向こうへ着いたらそれで馬と荷車でも買おう」


 折角仲良くなったセバスチャンは王国の経費で買っていたため、今は見知らぬ誰かの馬として頑張っているだろう。

 前に王都に戻った時、ウォーレンからリデル用と予備の鐙も受け取っているし、セバスチャンじゃなくても乗れるはずだ。


 結局、手ぶらで隠れ家に戻ることになったが、俺は久しぶりに体を動かせたことで満足した。

 モモに食材を出してもらい、ルイーゼに夕食の準備を頼む。

 ちょうどリゼットが戻ってきたので、みんなで食事だ。


 ルイーゼはリゼットから受け取ったレシピを完全にこなし、それをアレンジして俺好みに仕上げてくれる。

 マリオンもルイーゼの手伝いをしているので難しくなければ一人でも作れる。

 リゼットは……人には得意不得意があるというから問題ない。

 モモも作る方に関しては期待できないから大丈夫だろう。

 何が大丈夫かは不明だが。


 そのリゼットは少し疲れた様子を見せていた。

 周りは偉い人ばかりの中で貴族と王族に挟まれ、俺とルイーゼとマリオンの立場を守るため調整に走り回ってくれている。

 俺はそんなリゼットに提案する。


「もう全部投げ出して、一緒に逃げようぜ」

「?!」


 リゼットは俺の言葉を聞いて表情を凍りつかせる。

 まぁ、お偉い様方との調整を投げ捨てろと言っているようなものだからな。

 下手したら物理的に首が飛んでもおかしくない。

 だが、凍っていたのは一瞬だ。

 直ぐに何がおかしいのか声を堪え切れずにクスクスと口元を隠して笑いだした。


「ごめんなさい。でも、アキトがいけないのです。

 アキトが国王陛下やマリウス殿下と同じことを言うものですから、思わず可笑しくなってしまいました」

「同じことというと、国のお墨付きで逃げてしまって良いということか?」

「まぁ、そうなりますね。

 国王陛下は宰相の嫡男が起こした件について国としての対応はきちんと取りました。

 もちろんアキトやルイーゼそれにマリオンについてもお咎めはありません。

 それでも色々と物申すという感じの人もいまして、特にウーベルト侯爵家の方が強硬派の主導的立場となって他の方々の賛同を求めているようです」


 ん? 今聞き覚えのあるようなないような名前が出たな。


「ウーベルト侯爵は名前を聞いたことがある気がするな」

「アキト様。テリウス・アラガン様のお家ではないでしょうか」


 テリウス・アラガン。かつて俺が王都学園に通っていたころ、ルイーゼやマリオンに執着して誘拐を企んだり、園外講習でランクCの牙大虎を引き連れて戦闘中の生徒の中に飛び込んできた男の名前だ。

 あの事故(・・)として処理された事件(・・)は多くの犠牲を出したことを覚えている。


「アキト、縁のあるかたですか?」

「良縁ではなく因縁だな」


 俺はかいつまんでテリウスの話をした。


「そうしますとウーベルト侯爵家は嫡男に続いて次男まで失うことになりましたね。

 逆恨みではありますが、怨みの気持ちは根深い物です」


 リゼットもまた義母に逆恨みを受けていた。

 それは継承権を失っても変わらないのだろう。

 リゼットは慈善活動の為、時折ウェンハイム領に帰っているが、義母とは会っていないようだ。

 聞いた話では慈善活動を爵位を諦め切れないリゼットが行う売名行為だと取っているらしい。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、ではないがリゼットが何をしようと義母は決して認めることが無いのだろう。


「ほとぼりが冷めるまで姿を消すで決まりだな」

「国王陛下は『これは二つ目の借りだ必ず取りに来い』と申しておりました」


 表面的には問題に裁定を下したとしても、人の心まできれいに割り切れるものではないとわかってるのだろう。

 ウーベルト侯爵の逆恨みによる何かしらのトラブルは発生すると読んでいるからこそ逃げろと言うことだ。


「踏み倒してくれてもいいんだが、困ったら縋るとしよう」

「爵位も得られると思いますが良いのですか?」

「ぶっちゃけ王国栄誉騎士勲章でさえ煩わしいことがわかったよ。

 建前が無いと身内も助けられない物に俺は価値を感じない」

「アキトらしいと言うべきでしょうか」


 強い後ろ盾を持ったうえでの爵位ならましなのだろうが、新興の成り上がりでは不自由の方が多すぎて俺にはメリットが見当たらない。


「アキトさま。

 ヴィルヘルムならアキト様を英雄として受け入れてくれると思うわ」


 マリオンが意を決したように言葉にする。


「そんな心配そうな顔をして言うことじゃないだろ。

 それに俺だって厄介の種のはずだ。

 今立場を固めようとしているヴィルヘルムに俺から近付こうとは思わないさ」


 マリオンは少しだけしょぼくれた様子を見せるが、別にマリオンのせいでもない。

 それが政治というだけだ。


「いいじゃないか見知らぬ土地で。

 今まであまりゆっくり出来なかったけれど、行商でもしながら今度こそゆっくり旅行でもしようぜ」

「私は事業の方がありますのでずっとは一緒にいられませんが、良いところがあったら声を掛けてくださいね」

「あぁ、心配するな必ず声は掛けるから。

 何ならリデルやレティも連れてきてくれ」


 なんかだんだん楽しみになってきた。

 王都にある家『カフェテリア』の居心地が良くて離れがたかったけれど、旅行だと思えば悪くない。

 折角この世界に来たのだから見知らぬ土地を回って歩こう。


「そういやリゼット、俺起きてから調子がいいんだ、見てくれ」


 俺はそういうと魔力を活性化させる。

 同時に赤く淡い光が体を包み込んだ。


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