目標
本日12話投稿予定、内10話です。
『些か読み違いがあったようだな。
我は我の魂の大きさを過小評価していたようだ』
「おかげで危うく死に掛けた」
『だが戻ってきた。アルテアはお主に何かをさせたいようだ』
「女神アルテアのおかげで生き返れたんだ。
俺に出来る恩返しならするさ」
『まぁ、良い。約束を忘れるでないぞ。
その魂が費える時、その依代は我の物になるだろう』
「それも約束だな。
ただ、今の状態はどうなっているんだ。
俺は本当に元の俺のままなのか。
魂として彷徨っている間に、随分と何かが小さくなった気がするんだが」
『そうして人の魂が消え去る時、本当の死が訪れる』
「もしかして寿命が縮んだか」
『魂とは距離の問題ではない、自分の存在を自覚できるならばそこに全てが在ると言えるだろう』
「簡単に言うと、元通りだと思っていいのか」
『そうなる』
「それで、こうして話すことが出来るのはエヴァ・ルータの魂がまだ俺の中に残っているからか?」
『そうだ。お主が深き眠りについた時、こうして語り合うことも出来るだろう』
「そうか。それじゃそのうち昔ばなしでも聞かせてくれ。
どうせその世界じゃ暇しているだけだろ」
『人の生など、我からすれば一時の幻のようなもの。退屈などありえぬ』
「そっか、じゃ。その時が来たらよろしく頼むよ」
◇
俺が目を覚ましてから三日が過ぎていた。
その間、俺はベッドに張り付きルイーゼとマリオンの世話を甲斐甲斐しく受けている。
最初は心配を掛けたお返しにと好きにさせていたが、それも三日目となるとさすがに暇を持て余した。
俺はお腹の上に寄り掛かるようにして寝ているモモを脇に寄せ、二人にお願いする。
「頼むからそろそろ体を動かさせてください。
このままでは体が固まって死んでしまいます」
それを聞いて呆然としていた二人が、次いで愕然とした表情に変わる。
「アキト様、すぐに鍛錬をしましょう!」
「人目に付かないところを探してくるわ!」
ルイーゼが俺の装備を手早く準備し、マリオンはローブを羽織って外に駆け出して行った。
俺はちょっと言い方が悪かったかと反省しながらも、用意された装備を身に着ける。
みんなにとっては三ヶ月ぶりなのかもしれないが、俺にとってはまだ一週間と経っていない感覚だった。
そんなに長く寝ていた気がしない。
目覚める切っ掛けとなったのは、不死竜エヴァ・ルータの魂を喰らったという、神話級の武器のおかげだ。
魂喰らいと呼ばれるその武器を見た俺は、言葉の通り魂が凍るような錯覚に陥った。
あの世とも思える世界を体験した為か、武器としての本質に畏怖する。
あの圧倒的存在感を持つ不死竜エヴァ・ルータでさえ抗えないその力は、まさしく人知を越えていた。
そして、それを作り出したであろう存在が敵となった時など、考えたくもない。
武器としてみるなら強力だが、その巨大さと重さ故、残念ながら俺に使いこなすことは無理だ。
身体強化を行えば持って振り回すことは出来るが、それが戦いとなれば確実に今より戦闘力は落ちると言えた。
動かない敵に使うくらいなら出来るだろうが、今のところは使い慣れた黒曜剣の方がいいだろう。
時間的には久しぶりの装備を身に着けた俺は、軽く体内の魔力を練ってみる。
すると、驚くほどスムーズに魔力の制御が出来た。
あまりのスムーズさに体内の魔力をどんどん活性化させると、体が淡く輝く膜で包まれ始めた。
まるで体が発光しているような――
「な、なんだこれは?!」
「アキト様?!」
何が起きている?! いや、見覚えがある、これは魔闘気だ!
上位魔人が纏っていたものと似ているというか、ほぼ同じ感じだ。
「ルイーゼ心配しなくても大丈夫そうだ、たぶんこれは魔闘気だ。
魔力を活性化させてみたら自然とこうなった」
触れていいのかどうかオロオロしているルイーゼを安心させるように声を掛ける。
魔闘気は俺の体を覆っている感じで、服は特に変わりがなく、革の鎧も魔物の甲殻で補強された部分だけが反応するように光っていた。
恐らく魔力を通す素材なら影響を受けるのだろう。
これだとミスリルの鎧が赤くなりそうだな。
いや、ミスリルは魔力を内包すると青水晶見たくなったか。
青い装備が赤く光ったら紫か……ミスリルの装備は無いな。
「あ、あの、お体に異常はないのでしょうか?」
「あぁ、問題ないみたいだ。むしろすこぶる調子がいい。
今ならドラゴンとでもまともに戦えそうな感じだ」
もちろん比喩である。
不死竜どころか普通のドラゴンのブレスを食らっても無事でいられるとは思っていない。
「今まで効率よく使えていない気がすると言っていた問題が解決したのでしょうか?」
「そんな感じだな……」
初めて魔法を使った頃は、細い管の中を通すような抵抗を受けながら必死に魔力を制御していた。
でも、一度魔封印を解呪した後すぐにまた封印することになったが、それでも細かった管が太くなった感じで魔力の流動性が格段に上がっていた。
そして今は、その管と言った感じが全くなく、体中の隅々までスムーズに魔力を通すことが出来た。
どんなに頑張っても身体強化を常時展開出来なかった俺が、今はそれが可能と思えるほど自由に魔力を扱える感じだ。
これはやはり魔力の無い世界から来た俺の体では十分に魔力を使い熟せていなかったということなのだろう。
それでも少しずつ使い熟せるようになっていたと思うが、十分ではなかったようだ。
これは不死竜エヴァ・ルータの魂を受け入れたことによるものだと考えるのが妥当だろう、他に変わる要素がないのだから。
「いいな、これならみんなを守れそうだ」
「今度お守りするのは私たちの役目です!」
思ったよりも強いルイーゼの言葉に、少しだけ目を見張る。
それに気付いたルイーゼが口に手を当て「失礼しました」と言う。
良い傾向だと思った。
あまり自己主張することがなかったルイーゼがきちんと意見を言えるようになってきたことは歓迎されることだ。
俺は自然と零れる笑みと共に、しょげた様子のルイーゼの頭を撫でる。
「俺はルイーゼが自分の気持ちを遠慮なく伝えられるようになって欲しい。
だから今の言葉は嬉しい」
「は、はい……」
俺がいったん魔力を落ち着かせると、淡く輝いていた物が消えていく。
良かった、どうやら光りっぱなしということは無いようだ。
この様子だと身体強化を強く掛けると光ってしまいそうなので、状況を選ぶ必要があるな。
それを見られた時、トラブルになることはあるのだろうか。
懸念が晴れるまでは他人には気付かれない方がよさそうだ。
「いい場所が無かったわ……」
マリオンが言うには、この活気あふれる港町ベルネスには人目を避けられるところが少ないらしい。
冒険者ギルドの鍛錬場を使うにも、門を出るにも冒険者ギルドの認証プレートが必要になるので、身を隠している状態ではそれらを使うことが出来なかった。
認証プレートにを使用しても現在の位置が誰かに直接伝わることは無いし、どこで使われたかもわからない。
それでも確認する本人が俺たちを探していたとなれば話は別だ。
ここはエルドリア王国ではないので、そう安易に情報が筒抜けになるとは思えないが、リスクを冒すこともないだろう。
そもそも入門手続きすらしていないのだ、その辺は避ける方が良かった。
「そうなると不便だな……ちょっとリゼットと相談してみるか」
リゼットはまだエルドリアの王城に出向いていた。
一応毎日帰ってくるが、話を聞くになかなか簡単には収まらないようだ。
ことの発端である襲撃自体は宰相ではなく、次期宰相と思われている現宰相の嫡男が仕組んだとわかった。
次期宰相を目指す息子に、かくも困難な決断を迫られる時があることを教える為、宰相はその苦悩を打ち明けていた。
息子はその問題を自分で解決することで次期宰相への大きな弾みとするつもりだった。
だが事は多くの被害を出し、マリウスの知るところとなった。
国王陛下の名を使った行為もまた処罰の対象となる。
次期宰相候補だったバックラーは幽閉。
現宰相は新たな次期宰相が決まり次第退任することがリゼットより知らされる。
その決断に、狙われた俺自体の意思が関与出来ないのは納得のいかない部分もあるが、関与出来たからと言って、すべてを許すとも言えなかった。
ルイーゼやマリオンに死の危険が伴ったことだ、責任は取らせたい。
そう考えれば国王陛下の決断に従うのがいいと思えた。
俺が直接言うより、国王陛下の判断だということが俺に対する防波堤になるはずだ。
しかし、自己防衛とはいえ襲撃を受けた際に何人もの貴族が亡くなったのが良くなかった。
中には家格が侯爵になる者もいて、俺とルイーゼとマリオンを捕らえるべきだと言う声が出ていた。
だから、感情に走り裏でまた何かを仕組まれる可能性はまだ消えていないと言えた。
それ故に身を隠し続けている訳だ。
『リゼット、時間は取れるか?』
『はい、問題ありません。いかがしました、アキト?』
『身を隠すにしても身分証の関係でここは色々と不便があるとわかった』
『……そうですね。商業ギルドであれば系統が違いますのでそちらに入るのも一つの手ですが、それも港町ベルネスではないところで行うのが良いでしょうね』
『しばらく落ち着きたいからエルドリア王国も避けたい。
その条件で飛べるところはあるか?』
『……リザナン東部都市にいたころ、一度だけ神聖エリンハイム王国に赴いたことがあります。
印象的な場所で、いくつか飛べそうなところがあります』
『今まで全く関係のなかった土地だな、飛べるならそこが良さそうだ』
『では下調べと準備もありますので、一週間後に飛びましょう』
『わかった、頼む。リゼット』
『アキト。メルティーナ王女様がアキトに「ごめんなさい、ありがとう」と申しておりました』
『気にするな、俺も気にしていない。ということを丁寧に伝えてくれ』
念波転送石は感情を伝えない。
だからなんとなくリゼットが小さく笑ったように思えたのは気のせいだろう。
『その様に。では後でまた』
リゼットとの会話の後、俺は二人に今後の予定を伝えた。
特に不満の声もなかったので、当面の食料の買い出しに行く。
予定では一週間後に神聖エリンハイム王国に移動するが、行商の予定なのでそれらしい品物を用意する必要があると思えた。
だからこのあたりの特産品を適当に買い付け、それらしく振る舞うつもりだ。徒歩の行商なので大した量は買えないが。
2017.01.22
ソウル・イーターの取り扱い周りを追記しました。




