転換
本日12話投稿予定、内08話です。
「今アキトが目覚めないのはその身に魂が――正確にはアキトの魂が宿っていないからです。
私の最後の記憶では不死竜エヴァ・ルータが、ルイーゼの命を繋ぐ為には代償が必要だと言っていました。
それが不死竜エヴァ・ルータの魂を迎え入れた理由なのでしょう。
残念ながら私にもそれ以上の事は分かりません」
「私が補足しよう。
アキトは最後の時、竜の卵をルイーゼに残した。
竜の卵は不死竜エヴァ・ルータの転生の依代となる物だった」
「その代償が、アキト様が依代になるということなの?!」
マリウスの補足に、マリオンが驚きの声を上げる。
「本来はアキトの魂が失われるはずではなかったようだ。
アキトの持つ魂の器に、不死竜エヴァ・ルータの魂が大きすぎたのだろう」
「なぜマリウスはそんなことを知っているの?」
マリオンの質問はまたルイーゼの質問でもあった。
「マリウス様の身にアキトの魂が宿っている為でしょう」
「なぜそんなことが?!」
「リーゼロット様?!」
ルイーゼとマリオンはそれがリーゼロットのせいだとは思わなくても、思わずリーゼロットに詰め寄ってしまう。
「なぜというならば女神アルテア様のお導きとしか言いようがありません。
もしかしたら失われたアキトの魂を、今一度元の場所へと戻す為なのかもしれません」
「アキト様の魂は戻るのですか?」
ルイーゼの質問に対して、リーゼロットはマリウスに続きを促す。
「私は夢の中で女神アルテアの言葉を聞き、その願いを叶える為にアキトの魂をこの身に受け入れた。
そして今、全てでは無いがアキトの知識が私の中にはある。
リーゼロットを訪ねたのはその知識があったからだ。
マリオンとルイーゼのことも名前を知っていた。
アキトが眠る直前に何があったのかもだ」
ルイーゼが表情に影を落とす。
アキトが眠りについた原因と言えば自身が怪我を負ったからに他ならなかった。
あの時の上位魔人の一撃は、魔力で強化された鉄の盾を貫き、同じく強化された軽装鎧をも貫いて、ルイーゼに必殺の一撃とも言うべき大怪我を与えていた。
自動再生があってなお命を蝕むその一撃は、上位魔人が上位魔人たらんとするものでもあった。
おそらくルイーゼでなければその技を受けた時点で死んでいたであろう。
「あの上位魔人は、私の敵でもあった。
私が命を落とすことになるのも、上位魔人が持つ剣に切られたことによるものだ」
マリウスは悔やむ。
いつの間にか強く握った手が痛みを伴い、今は生きているという実感をもたらす。
「それで、アキト様を目覚めさせることが出来るの?」
「……出来る」
マリオンの質問にマリウスが応えると、三人が三様の喜びを表した。
しかしマリウスは、その言葉が素直に出なかったことに頭を振り、邪念を払う。
「だが、その前に準備が必要だ」
「準備?」
「この魂をアキトに返せば、恐らく私は死ぬだろう。
今回のことで、私が君たちと行動を共にしていることは国王陛下や宰相に伝わると思って間違いない。
その状態でことを進め私が死ぬことになった場合は、女神アルテアの導きなどと信じられぬ者たちが君たちに対して王族殺害の疑いを掛けるだろう」
マリオンは事態の深刻さを思い知らされ口を噤む。
「だから本来は静かに済ませようと一人リーゼロットの元を訪れたのだが……。
こうなっては一度戻って国王陛下と宰相のどちらの判断で行われたことなのかを突き止め、これが私の意思で行われることを納得させる必要がある」
言っていることは正しいとリーゼロットは思った。
だが、不安もあった。
この世界において、平民の命が王族のものに勝るとは言えない。
形はどうあれ、現に生きているマリウスが死に、アキトが目を覚ますということが許されるだろうか。
もしマリウスを城に戻した場合、二度とこの場に戻ることは無いのでは。
マリウス自身の意思にもブレを感じていたリーゼロットは長考する。
リーゼロットの知識に、女神アルテアが人に直接的な干渉をしてきたという記録は無い。
天恵という形で奇跡を行使するだけで、せいぜい一部の教会でご神託を受けたと言われている程度だ。
過去に何人かの聖女がその身に女神を降臨させたと言うが、それでも力を振るったのは聖女本人と言われている。
その女神アルテアがアキトの魂に限って干渉してきた理由は何か。
アキトに特別なところがあるとすれば異世界人であるということ……女神アルテアはアキトがそうであることを知っているのかもしれない。
仮に知っているとして女神アルテアはアキトに何を望んでいるのか。
魂に干渉してまで行うこととは?
「女神アルテア様のお導きであれば、マリウス様が考え、成されることが結果的にアキト様の為になると思います」
声を上げたのはルイーゼだった。
この中で最も日常的に女神アルテアの存在を感じているルイーゼの言葉には説得力があった。
そして言葉を続ける。
「マリウス様。私は安心しました。いずれ魂はアキト様の元に還るでしょう。
それまで私が守らせていただきます」
「守る? 誰からだ?」
マリウスは守られる覚えがなか――いや、第二王子派がいる。彼らにとってマリウスはすでに死を約束された者だったはずだ。
手に入れられると思ったものが遠のいていくのはさぞかし面白くないことだろう。
特に日陰者として利権から零れ落ちていた者はなおさらだ。
だがルイーゼはなぜ気付いた……襲撃か。
マリウスの意思ではない襲撃が敵対する者の存在を感じさせているのか。
ということは城に戻ることもまた危険であると言えた。
マリウスが一度戻る必要があると伝えたのは、それが懸念を晴らすために必要なことだと考えたからだが、同時に自分の命を先延ばしする下心もあった。
敵であった上位魔人は討たれ、国民のことは弟に託す。
そう思っていたのに、いまだに自分で成したいと思う気持ちが、アキトに魂を返すことに抵抗していた。
「先ほどマリウス様は、魂をアキトに返したら死ぬだろうと仰っていましたが、それは確定事項なのですか?」
マリウスが思案の迷路に入り込んでいる様子を見て取ったリーゼロットが疑問を呈する。
「女神アルテアは私の壊れかけていた魂の器を治し、そこにアキトの魂を注いだ。
そしてアキトに返せと……」
マリウスは思い出す。
そして勘違いをしていたことに気付く。
仮初の命を授かっただけなのだからその魂を返せば死ぬのだろうと。
「生きていられる可能性があるのか……」
「その言葉だけでは何とも言えませんが、マリウス様が今存在するのであれば、その魂はその身に宿っていると言えます。
そう考えれば死ぬと考える方がむしろ不自然かもしれません。
もちろん以前と同じとまで言えるかどうかはわかりませんが……」
「それでも大きな可能性だ」
マリウスは膝を落とし、自然と涙していた。
そして気付く。自分はこんなにも死を恐れていたのだと。
女神アルテアの言葉を聞き入れ、アキトの願いを受け入れた。
その代りに短いとはいえ、再び自分の足で立つまでに回復し、妹を慰め、弟に後を託す時間を得られた。
それで満足するつもりだった。
だがマリウスの生きたいと思う気持ちを抑えきれていなかった。
「生きたいと思うことは正しい事だと思います」
一瞬マリウスはルイーゼに心を読まれたのかと思った。
だがすぐに違うとわかった。
与えられた可能性に喜び涙しているのだから、我ながら情けない。
王族として喜怒哀楽の表情は作られた物でなければならない。
本心をそのまま表現しては駄目なのだ。
そんな基本的なことさえ忘れていた。
ただ、今は素直に涙する自分を嬉しく思えた。
それはまだ可能性でしかないが、生きられる道が少しは残っているということに希望があった。
同時に、リーゼロットはマリウスの表情に納得していた。
ブレていると思った心は生への執着。
ある意味最も当たり前の気持ちであり、自然だった。
それが分かれば、ことを進めやすかった。
アキトの魂をすぐに返せと言うのは容易いが、その後のことを考えれば慎重に物事を運ぶ必要がある。
それは今ここにはいないアキトが大切にする人々を守る為でもあった。
王族殺害の疑いが掛かれば、これまで関わってきた人たちにどれほどの影響を与えるのか考えるまでもなかった。
そしてアキトはそれを望まないだろう。
マリオンもまた釈然としないものが晴れたのか、先ほどまでの剣呑とした雰囲気は消えていた。
「マリウスは泣き虫なのね。
アキト様も泣き虫だったわ。うつったのかしら?」
「そうか、彼はよく泣いたのか。
私の知っている彼は逆境にも立ち向かう強さを持ち、仲間を愛し守る強さを持っていた」
「アキト様は少し自分を蔑ろにしすぎだわ。
わたしたちの事よりもっと自分を大切にして欲しいのに。
だから私たちは心配してばかりよ」
マリウスはマリオンの言葉にフッと笑みをこぼした。
しっかりと仲間に愛されていることが伝わり、心地よかった。
「アキトに魂を還そう」
また生きられる可能性がある。
そんな希望を頼りに恐怖を振り払い、立ち上がったマリウスが決意を言葉にした。




