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理由

本日12話投稿予定、内07話です。

 マリウスが空間転移による軽い目眩から立ち直ると、そこが生活感の無い部屋だと気付く。

 部屋の造り自体も荒く、備え付けらしい家具は古く傷んでいた。

 冒険者時代に好奇心から泊まった安宿がこんな感じだったかと思い出す。


「ここは……?」

「申し訳ございませんが、今の段階でマリウス様にお教えすることは出来ません。

 アキトの命を守ることは私たちにとって最重要課題になりますので」


 マリウスはリーゼロットの言葉を聞き多少気に障りもしたが、先程の凄惨な状況を思い出し、それも仕方の無いことかと自分を納得させる。

 その間、ルイーゼとマリオンはアキトをベッドに寝かせると、シーツを掛けたり濡れたタオルで顔の埃を落としたりと、甲斐甲斐しく世話をしていた。


 不思議なことにアキトは意識を失ってから今日までの三ヶ月近く、飲まず食わずの状態でありながらも衰弱すること無く、以前のままの姿で眠り続けていた。

 それが竜の魂をその身に受け入れたことに関係しているのか、それとも女神アルテアのお導きなのかはわからなかったが、その状態が普通である訳が無かった。


 リーゼロットはこの三ヶ月の間、王都学園の図書館やリザナン東部都市のウェンハイム別邸の書庫を周り、あらゆる文献に目を通し打開策を練っていた。

 だが結果は振わず、今日までアキトを目覚めさせる手掛かりは得られていない。

 そこに訪れたマリウスの言葉は、リーゼロットにとって人外なる者の力を感じるほど奇妙にも思えた。

 だから逆に話を信じる気にもなっていた。


「それではマリウス様。詳しくお話を聞かせて頂けますでしょうか?」


 ルイーゼがアキトの隣に、マリオンが扉を塞ぐように立つのを見て、リーゼロットが口を開く。

 マリウスはその物々しい雰囲気に内心たじろいでいた。

 自分とそれほど変わらない歳の彼女たちが打ち倒した騎士団の凄惨さは、今もマリウスの目に焼き付いている。

 その原因の一端と言うより原因そのものであるマリウスが、彼女たちに敵意の目で見られるのは恐ろしいものがあった。

 生まれてから今に至るまで、女性と言えば甘い視線しか向けられることの無かったマリウスにとって、この状況は直ぐにでも回避したい所だった。

 だが簡単に話せることではないと、マリウスは考える。


「これから話すことは、無関係の者に話せることでは無い。

 マリオン、君は本当にロゼマリアなのか?」


 マリウスの中では、マリオンと名乗る少女がロゼマリア女王であり、そのロゼマリア女王はすでに死んでいるはずだった。

 情報が間違っていなければ、今この場にいるマリオンと名乗る少女は別人のはずだ。

 マリウスの中にあるアキトの知識はすべてを教えてはくれない。

 それに、アキトが眠りについてからのことはさすがにアキトの知識の中にもなかった。


 マリオンの視線がマリウスでは無くリーゼロットを捉える。

 リーゼロットはそれに応えるように小さく頷いた。


「ヴィルヘルム王国ロゼマリア女王は少し前の私の名前よ。

 でも彼女はドラゴン戦の傷が元で王位を夫のレオに譲って死んだわ。

 だから今ここにいるのはただのマリオンで間違いないわ」

「初めからそのつもりだったのか?」

「それは関係ある?

 まぁ、いいわ。初めからでは無く、アキト様が眠りにつく前に準備してくれていたことよ。

 宰相のクル・ドラとレオを含めて三人で計画していたみたい。

 私はその気持ちに甘えたの。二度と国には戻らない約束と引き換えにね」


 身分を捨て、一人の私人として生きる。

 それはマリウスもかつて願って止まなかったことだ。


 王の権力は絶対だ。

 絶対だからこそ無暗には振るえず、それ故に自由を束縛される。

 マリウスは次期国王として常に行動に制限が伴うことに辟易していた。

 一平民とまではいわなくても、下級貴族辺りに生まれればどれほど良かったかと何度も考えていた。


 だがそれはある出来事を境に変わった。

 昔、道端で飢えていた姉弟を見つけた時、王族の務めと思いその姉弟に金銭を与えた。

 良い事をした、そう思っていた。

 だが後で知らされた内容に、その姉弟が金銭を奪われる際に殺されたということがわかった。

 マリウスは怒りのあまり騎士団を差し向け、姉弟を殺した者を捕らえさせようとした。

 結果は、姉弟がお金を受け取るのを見ていた少年が、病気の母親の為に薬を買おうとして無茶をした結果だとわかった。

 そしてその少年を騎士団が探していることを知った父親が、罪を償わせるために自分の子を殺して騎士団に差し出してきたという。

 その父親もまた、自分の子を殺すという大罪を負うことで贖罪のつもりだった。

 母親は父親がわが子を殺したことを嘆き、死んだという。

 そしてすべてを失った父親も後を追う。


 マリウスに権力が無ければ姉弟が死んだだけで済んだろう。

 マリウスにお金がなければ、少なくてもその日その姉弟が死ぬことは無かっただろう。

 生きていれば別の救いがあったかもしれない。


 何が悪かったのか、どうすれば良かったのかマリウスはその答えを見つけていない。

 だが一つだけわかった事がある。

 一人の私人として出来ることより王族として出来ることの方が圧倒的に多いということだ。


 今となってはマリウスも王族に生まれたことを誇りに思っていた。

 自分が気まぐれで起こした負の連鎖を二度と起こさないために、そんなことが起きない生活を民衆に与えることが出来る立場に感謝している。

 だから、その地位を捨てたというマリオンに対しマリウスは怒りを感じる部分もあった。


 ロゼマリア女王の名と共に復興を果たしたヴィルヘルム王国の話は、吟遊詩人に語り継がれ、何れ伝説の一つとなるだろう。

 マリウスはそう思うと、何も出来なかった自分がこのまま死ぬことに対して絶望する。


 もしあの時、アキトの側にルイーゼがいなければ。

 もしあの時、国を捨てたマリオンがいなければ。

 もしあの時リーゼロットを抑えあの場に飛ばなければ。

 事はマリウスの知らないところで済み、女神アルテアとの約束も破ったことにはならなかっただろう。

 おそらく騎士団はマリオンがこの場にいることを知らなかったはずだ。

 知っていれば確実性を高める為にもっと多くの騎士を送り込んだだろう。


「随分と簡単に国を捨てたものだな」


 マリウスは言葉にしてからハッとする。

 素人でもわかるほどの殺意を向けられ、自分の失言に気付く。

 事を成したマリオンに対する嫉妬が、いつの間にか歪んだ気持ちを沸き起こさせていた。


「マリウス様。マリオンが国を離れたのはエルドリア王国の為でもあるのです」

「それはどういうことだ?」


 マリウスの言葉に答えたのはリーゼロットだった。


「ヴィルヘルム王国の復興はエルドリア王国の支援の下に行われ、ロゼマリア女王はその傀儡である、という目を避ける為です。

 私たちの思惑はどうあれ、ヴィルヘルム王国の復興にはエルドリア王国の騎士であるヴァルディス卿が関わっています。

 それはかつてエルドリア国王陛下がマリオンの存在に気付き、その際の約束を果たすために派遣されたものです。

 表向きの要件はドラゴンの素材を得るための調査となっていますし、本心もそのようにお考えなのでしょうが、それをザインバッハ帝国がどう見るかは火を見るよりも明らかです」


 滅亡前のヴィルヘルム王国はザインバッハ帝国領だった。

 現在のザインバッハ帝国領は後継者争いにより内部分裂状態にある。

 ヴィルヘルム王国がザインバッハ帝国に組み込まれてからは歴史が浅く辺境ということもあり、その混乱の中で見捨てられたと言っていい。


 最後の王族として生き残ったロゼマリアが復興を果たし独立を宣言したことは、政治に関わる者にとっては当然と思えた。

 だが、ことが利権に関わるとなればそんな、当然を強権でねじ伏せるくらいのことはするだろう。


「それに対する対応として、ヴァルディス卿に関しては私人として送り出しているはずだ」

「もちろんエルドリア国王陛下は建前を崩さないでしょうが、ヴァルディス卿とアキトはロゼマリア女王に近すぎました。

 ヴィルヘルム王国との友好を今の段階で進めるのは時期尚早。

 それを印象付ける為にそのつながりを残すことは出来なかったのです」

「独立が早過ぎたのではないのか?」

「本来はもっと早い方が良かったでしょう。

 ザインバッハ帝国の政治的混乱がしばらくは続くだろうという時期が一番良いのです。

 その間に南部で地固めを出来ますから」


 マリウスはまだ納得がいかないようだった。


「だが、それでは王族の血が絶えるではないか。

 王族たるもの、何をおいてもまずはその血を守ることが必要だ。

 王族が絶えれば国が絶える!」

「見ての通り私は母親である人間族の血を強く引いているわ。

 国民としては愛されていたけれど、王族としては望まれていなかったの。

 王族の血というなら祖父母が王族に連なるレオの方が強く引いているくらいよ。

 だからレオが夫となり、次いで王となるのに抵抗はなかったわ」


 マリオンは人狼族の特徴を全く持っていないと言って良かった。

 それは代々王家を継いできた人狼族にとって素直に受け入れられないことは想像に容易い。

 そして王族として血の問題は本人が最も気にすることだ。

 安易に他人が触れるべきではなかった。


「もちろん政治の世界の思惑などどのように動くのか、私に全てを予測することは出来ませんが、接点を残すことを避けた結果であり、マリオンが望んだ結果ではないことだけは覚えておいてください」


「……マリオン、先ほどの失言を許してほしい」


 マリウスは肩を落とす。

 マリオンは王族として政治に配慮して考え、動いていた。

 自分は嫉妬に駆られ政治の事を忘れて、自らの鬱憤を晴らすようにその思いを言葉にしていた。


「……許すわ」


 様々な感情がマリウスの内面を襲い、しばし呆然としていたことに気付いたのは、遅れて出たマリオンの言葉を受けてだった。


「というか、わたしも国民を騙していることに違いは無いの。

 本来ならわたしが許しを請うべき立場なのよ。

 結果的にだけれど、こうして自由に振る舞えるのは国民を騙したおかげとも言えるわ」

「マリオン、政治の話です。

 個人の感情で自分を落とし込まないでください」


 リゼットの言葉にマリオンは少しだけ目で不満を伝えたが、自覚もあったのか視線を外して口を噤む。


「ルイーゼ、マリオン。マリウス様の内にはアキトの魂が宿っています」

「どう言うこと、リゼット?」

「リーゼロット様?!」


 マリウスとマリオンの話が落ち着いたところでリーゼロットが今回の発端となる事実を告げる。

 当然二人は激しい動揺を見せた。


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