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思惑

本日12話投稿予定、内06話です。

「ルイーゼ!」

「マリオン……よかった、思ったより早く来てくれて」


 緊張を解いたルイーゼが崩れ落ちるところをマリオンが支え、そのままゆっくりと横にする。


「遅くなってごめんね。ギリギリ間に合ってよかったわ。

 少し痛むけれど、我慢してね」


 マリオンはルイーゼに刺さった矢が傷口を広げないように引き抜く。

 それでも(やじり)が肉を抉る強烈な痛みに、ルイーゼは顔を(しか)めつつも、声を上げることは無かった。


「モモ、いる? お願い、回復薬を頂戴」


 マリオンは窓枠から顔を覗かせたモモが、必死に腕を伸ばして差し出してくる回復薬を受け取り、一つをルイーゼに飲ませ、もう一つを傷口に染み渡らせていく。


「あ、アルテア様にお願いした方が良かったかな」

「いえ、これで問題ありません。

 痛みが強くて、奇跡を願えそうにありませんから。

 それに、なんとなくですが女神アルテア様を身近に感じるようになればなるほど、自分の為に奇跡を願うのは不敬な気がしまして」

「そう……ルイーゼがこんなに頑張っているのに、アキト様は気持ち良さそうに寝ているわ。そろそろ叩き起こそうかしら?」

「お守り出来て良かったです」


 ルイーゼはアキトを守りきれたことに心から安堵した。


「ルイーゼは少し休んでいて。

 意識を奪っただけの人もいるからちょっと縛り上げて来るわ。

 モモ、ロープをお願い」


 マリオンは受け取ったロープを手に、腕を失い呻いている騎士を止血しつつ縛り上げる。

 次いで意識を失っている騎士団長、その他を縛り上げ、最後に瓦礫に埋もれた死体を集めていく。


「これで生きているのは全員ね。

 見た感じ王国騎士団みたいだけれど、狙われたのはアキト?

 それともルイーゼなの?」

「アキト様だと思われます」

「そう……逃げた方が良いかな?」

「ここまでしてしまった以上、長居は出来ないと思います」

「理由はともかく騎士団が動いているのなら、国境を超えるのも難しいわよね」

「リーゼロット様のお力を借りられると良いのですが、それは同時に巻き込むことになりますので」


 リーゼロットが持つ魔法に転移魔法があった。

 転移魔法は国境の影響を受けない為、身を隠すに最適とも言えた。

 だがルイーゼはそれによってリーゼロットを巻き込むことに躊躇(ちゅうちょ)した。


「そうすると船の方が――?!」


 ルイーゼとマリオンに緊張が走る。

 二人はこれまでの経験から魔力の微妙な変化を、それとなく感じるようになっていた。

 その二人の感覚にざわつきのような何かが感じられた瞬間、庭先に二人の人影が現れる。

 転移してきたリーゼロットともう一人、ルイーゼとマリオンの知らない青年――マリウスだった。


 リーゼロットは周りを一望して軽く顔を顰める。

 一方のマリウスは、まるで戦場にでも来たのかと思うような血の匂いが鼻腔を突くと、腰を落として剣を抜くまでの動作が素早かった。

 それなりに経験を積んでいると思われる動きに、マリオンとルイーゼも再び緊張する。


「いったい何が起こっている?!

 なぜ騎士団がアキトの元にいる?!」


 倒れた者、縛り上げられた者、それぞれを見ながらマリウスが声を上げる。

 理解出来ない状況にも立ち竦まず、とっさに体が動くマリウスを見たリーゼロットは少しだけ感心の様子を見せた。


「懸念していたことが起きたということでしょう」


 リーゼロットの言葉を聞いたマリウスが、すぐに事態を理解する。


「まさか……だが、なぜだ?

 私はこんなことは望んでいない!」

「国を率いる次期国王の命と平民であるアキトの命を秤に掛ければ、答えは簡単なことです。

 誰もがマリウス様の命を取るでしょう」


 リーゼロットの言葉に、しばし傍観していたルイーゼとマリオンが殺気立つ。


「ルイーゼ、マリオン、二人がいてくれてよかった。

 アキトを守ってくれたことに感謝します」

「ギリギリだったわ。

 もう少し遅れたら間に合わなかったかもしれない」

「思ったより早く決断されたようで何よりです。

 よく戻ってくれました」

「いろいろと納得は出来ないことも多かったけれど、でも良いわ。

 そのおかげでこうしてアキト様を守れたのだから」


「マリオンだと?」


 マリウスはマリオンの名前に驚きを表す。

 アキトの元にいてマリオンを名乗る者は、他ならぬヴィルヘルムの女王しかいなかった。

 だが、その女王はしばらく前にドラゴン戦で負った怪我がもとで死んでいるはずだ。


「ヴィルヘルムの女王は死んだはずだ。

 それがなぜ生きている、なぜここにいる?」

「リゼット、この煩いのは誰? なぜ私の事を?」


 マリオンが身構える。

 マリオンという名がヴィルヘルム王国のロゼマリア女王と結びつくことを知っている者は限られていた。

 ここエルドリア王国で言えばそれはさらに絞られる。

 だからマリオンの中でマリウスが国王陛下に近い者であるとすぐに認識出来た。

 それはこの騎士団に命令を下せる立場にあり、警戒するのも無理のないことだった。


「マリオン、この方はエルドリア王国第一王子マリウス殿下であられます。

 今はお忍びになりますが、それなりの礼をもって接してください」

「もう一つの質問に答えていないわ」

「話が長くなりますので、それを話す前にこの状況の後始末を付けましょう。

 マリウス殿下、お願いできますでしょうか」


 リーゼロットはあえて殿下と付けることで王族としての対応を望む。


「わかった。一人見覚えのある者がいる、起こして誰の指示か問いただそう」


 マリウスは騎士団長と思われる男に近付き、その肩を揺する。

 揺すられた男はしばらくして薄目を開けた。


「ギルバート、聞こえているか。私が誰かわかるか?」

「……?! マリウス殿下!」


 ギルバートと呼ばれた男が、臣下の礼をとるため身を起こそうとするが、後ろ手に縛られている状況を理解し、困惑の表情を浮かべる。


「そのままでいい。

 今の状況を理解できるか? 説明を求める」

「はっ。王命により国家反逆を企てるアキトなる者の捕縛または抹殺の任を受け、この地に潜んでいるという報告の元、部下一九名と共に参った次第です。

 その際、アキトを守る者たちの抵抗を受け、今に至ります」


 ギルバートは最後にルイーゼとマリオンの二人に強い怒りの目を向ける。

 思わぬ反撃に合い、部下を失ったことに対するものだろう。

 死んだ部下の中には結婚をし子供が生まれる者もいた。

 その無念から気持ちを抑えきれないといった感じだ。


「馬鹿な、王命だというのか!

 父上がそのような命令を出したと、本気でそのようなことを言ったと言うのか!」

「私が受けた任務は王命ということでバックラー次期宰相より頂いたものになります」

「バックラーだと?!」


 マリウスは思案する。

 バックラー次期宰相は、エルドリア王国西部を収めるエルメンス公爵領の領主を兄に持つ第一王子派の筆頭だった。

 エルドリア王国は主権争いがそれほど激しくないとはいえ、第一王子派の利権から漏れた者たちが第二王子を擁するのは自然であり、少ないながらも問題は起きている。

 第一王子であるマリウスが死ねば、第二王子派に甘んじていた者たちにはまさに吉報とも言えただろう。

 第二王子派は、マリウスが倒れて日に日に衰弱していく様子とは逆に勢力拡大を狙い動いていたことは明白だった。


「ギルバート、聞け。

 急ぎ戻り彼らの遺体を回収しに来るのだ。家族の元へ届けねばならん」

「しかし私には任務があります!」

「この者たちは私が保護する。王命が本当であるか調べる必要がある」

「私の部下はあの者たちに殺されたのです、それはすなわち王国に対する反逆で間違いないはずです!」

「あの者たちは自衛したに過ぎぬ。

 そもそもおかしいと思わないのか。

 一人は体を動かすことも出来ず、もう二人は手練れといっても年端もいかない少女たちだ。

 国家反逆罪などとは真逆に位置するような者たちではないか」

「それでも私は任務を受けた以上、それを遂行する義務があります!」

「任務というのであれば私の言葉は聞けぬというのか。

 であれば私もお前たちを守ることは出来ない。

 つまりお前たちはここで全員が死ぬということだ」

「?!」


 全員が死ぬ。

 その言葉にいつの間にか意識を戻していた部下たちに動揺が走る。

 それも当然だろう、その言葉には重みがあった。

 すでに半数が死に、生き残った内の半数も生きているというだけで、このまま放置すれば遅かれ早かれ死ぬことになるのは明白だった。

 ギルバートの心情がどうであれ、二〇人で掛かり返り討ちにあった今の状況で、騎士の矜持だけで無駄死にさせるわけにはいかなかった。


「マリウス殿下のお言葉のままに……」


 ギルバートは部下に命じ、離れたところに繋いでおいた馬を連れてこさせると、重傷の者を乗せ急ぎ戻っていった。

 遺体までは運べないため、怪我人を置いたら戻ってくるというが、リーゼロットはこの場に留まるつもりがなかった。


「ルイーゼ、マリオン。アキトを連れてここを離れましょう」

「わかったわ」

「準備します」


 ここを離れる必要があった。

 でもどこに向かうべきかリーゼロットは思案の様子を見せる。

 最も危険なのはどこか。

 ここでの襲撃に失敗したとなれば、次に狙われるのは王都の『カフェテリア』になるだろうとリーゼロットは考えた。

 さすがにメルとリルに対して何かしらをするとは思えなかったが、戻ることで巻き込むことは避けなければいけなかった。

 リーゼロットは次に気を許せる場所としてリザナン東部都市にある別邸を思い浮かべるが、そこもそう遠くないうちに問題になると考える。

 最終的にエルドリア王国とヴィルヘルム王国の移動の際に中間地点として用意していた港町ベルネスの集合住宅を思い浮かべた。


「では参りましょう」


 全員の準備が整ったことを受け、リーゼロットは再び空間転移の魔法を唱えた。


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