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開始

本日12話投稿予定、内03話です。

 エルドリア王国第一王子にして最上位の王位継承権を持つ者、それがマリウスの公的な立場だった。

 マリウスは周囲の驚きの中、想像以上の回復力を見せる。

 それは自分でも戸惑うほどのもので、まるで自分の体を癒す力が溢れているような、不思議な感覚だった。

 これは恐らく魔法の効果であろうと思えたが、アキトの知識は全てを教えてくれるわけでは無かった。


 マリウスは体調を戻す為にリハビリを行い、同時に信頼する部下にいくつかの調査を依頼する。

 それはアキトの最後、側にいた人物の現状だった。


 一人はマリウスも知る王国騎士団の青年で、名をリデル・ヴァルディスと言う。

 去年、類い希なる功績を認められ授爵し男爵となり、若手の筆頭となりつつある青年だ。

 ヴァルディス卿を辿れば、リゼット、ルイーゼ、マリオンと呼ばれる少女に繋がるだろう。

 そこからアキトに辿り着けばいい。


 ふとマリウスは思い出す。

 アキト、ヴァルディス卿、ルイーゼそしてマリオンの名前は、かつて妹のメルティーナを港町ウェントスで救った人物だと。

 思ったより近くに接点があることに驚きを感じる。


 しかも、それから一年と半年ほどで、ドラゴンを筆頭とするランクAの魔物を相手に互角以上の戦いを繰り広げる彼らには、感嘆と嫉妬の混ざる思いだ。

 望めば何でも手に入ると思っていたマリウスが、嫉妬を感じるのは新鮮なものだった。

 だが、悪くない。時が許すならその思いを胸に精進しただろう。


 探し人はそう遠くない所にいた。

 それはマリウスに残された時間が少ないことを意味している。

 だが、マリウスの懸念だった上位魔人は既に討たれ、泣かせた妹にもきちんと最後の別れを告げることが出来る。

 弟は俺に似ずしっかりしているから、きっとこの国を背負って立派な王になるだろう。

 未来に不安は無い。そこに自分がいないことは寂しくあるが。


 マリウスの元に最初に届いたのは、当たり前だがヴァルディス卿の報告だった。

 現在は特使として隣国ヴィルヘルムに赴いているという。

 ヴァルディス卿を呼び戻すかどうかを考えている時、リゼットの情報が入ってきた。


 正式な名はリーゼロット・エルヴィス。

 継承権をすでに放棄しているが、元はこの国の南部を収めるウェンハイム辺境伯の長女で、二年ほど前に行方不明となり、昨年、義弟の成人と第一子の誕生後に戻っている。

 その生い立ちと流れを読めば何があったのかは直ぐにわかることだった。

 リーゼロットは政治に負けた、あるいは勝つつもりがなかった。

 ただそれだけだ。珍しいことではない。


 二年前に何処にいたのか、アキトの知識は知っている様だったが、何故かそれには応えてくれなかった。

 恐らく知る必要が無いと言うことなのだろう。

 記憶はあるのに認識できない。不思議な感じだ。

 いずれにせよアキトが閉ざしたなら詮索するものではない。

 必要なら本人が話すだろう。


 直ぐに会おうと思った所で、マリウスは(つまず)く。

 王子の名でリーゼロットを呼び出すのは問題があったからだ。

 誰かを間に立てるか……それも城の中では隠し通すことの難しさを感じた。

 特に年頃の女性が絡むとなれば尚のことだろう。


 自業自得とは言え今回の件で、マリウスには早い跡継ぎが望まれていた。

 長くは生きられないと知ればその声も収まると思うが、全てを信じぬ者も多いだろう。

 ただ、今二人で会うというのは難しいことだった。

 事は自分だけの問題に収まらない可能性がある。


 マリウスは単独で動く必要性を感じ、体力の回復に(いそ)しむことにした。

 今までにも、単独行動とまでは言わないが気のあう仲間と共に国の動向を探るという大義名分の元、旅をしていたくらいには身軽だった。

 そんなマリウスが下町に降りる程度のことはなんの抵抗も感じない。


 マリウスが決意してから一週間。

 寝たきりで落ちた筋肉も、これまでのリハビリで日常生活に問題が無いくらいに回復していた。

 その間、リーゼロットの次に入ってきたのはマリオンについての情報だ。

 マリオンは偽名で、本名はロゼマリア・オンスロット・ラ・ヴィルヘルム。

 ヴィルヘルム王国第一王女にして先の(・・)女王だ。

 祖国復興を成し遂げたロゼマリアはドラゴン戦で受けた怪我の影響で、女王に即位一週間後に逝去。

 復興に沸いていたヴィルヘルム王国だが一ヶ月の喪に服している。

 ヴァルディス卿が出向いているのもその件であった。


 最後にルイーゼの情報も入り、同時にアキトの情報も入ってくる。

 リーゼロットに会えばわかると思っていたが、調査は継続していた。

 二人はいま、共にエルドリア王国のグリモアという町にいることがわかった。

 王都からは馬車で四週間ほどだろう。

 やはり先にリーゼロットに会うのが早そうだ。

 マリウスはいよいよ行動に出る決意をする。


 ◇


 マリウスが訪れたのは、エルドリア王都トリスティア。

 その東地区にある『カフェテリア』と呼ばれる店だった。

 地理的に王都学園の学生が帰りに寄るような立地の場所にあり、提供される料理は庶民的な物よりは少し上品な物のようだ。

 店内も決して高価な物は無いが品が良く、綺麗に掃除された清潔な空間にはマリウスが入るにも抵抗がなかった。

 いくら下町に慣れているとはいえ、さすがに身を置く場となれば選びもする。

 その観点から見て、この店は合格だった。


 今は王都学園が新学期を前にした休校の為だろう、他に客はなく、店員と思われる二人の少女は少しだけ暇を持て余しているようだった。

 マリウスが扉を開けたことで、鈴の音が鳴り、少女の一人が身を正して向かってくる。


 その少女はごく普通の街着にフードを被っただけのマリウスを見て、直ぐに平民では無いと気付いたようだ。

 どんな格好をしていようと、その佇まいや仕草の端から貴族特有の匂いがなかなか隠し切れない。

 そして、それに気付くくらいには少女も貴族を身近で見ているようだ。


 マリウスはフードを取り、出迎えた少女に対して名乗り、リーゼロットと話がしたいと伝えた。

 少女は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに取り繕うと、マリウスを店に招き入れた。

 民衆に対する顔見せは何度も行っている。

 とはいえ、それなりに身近で見ない限り他人の空似とでも思うだろう。

 現に服装さえ平民に合わせれば、意外と気付かれないことは今までの旅の中でわかっていた。

 でもこの少女は気付いたかも知れない。

 そうは思いつつも、特に騒ぎだてるわけでもなく仕事をこなす様子は好ましく思えた。


 少女は丁寧な物腰でマリウスに席を勧めると、もう一人の少女に使いを頼む。

 その間、席を案内した少女は厨房へと入っていくと、しばらくして持ってきたのは白いカップと香ばしい匂いのするポットだった。

 少女は白いカップにポットから黒い液体を注ぎ、次いでマリウスの前に皿を置くと、その上に白いカップを置いた。

 その行為に何の意味があるのかわからないが、この店の流儀なのだろう。


「これはまた……黒い飲み物とは……」

「この店で人気の出始めた飲み物で、香りが楽しめるのと後味がさっぱりしているとご好評をいただいています。

 少し苦みがありますけれど、苦手なようでしたらお申し付けください。

 代わりの物をご用意いたします」


 少女は笑顔でそう伝えると席を外し、厨房へと入っていった。


 そんな少女の接客に、マリウスは少しだけ好感を覚えた。

 自惚れではないが自分が若い女性の視線を引く程度には美貌だと気付いている。

 だからこうして素顔を明らかにしたとき、たいていの女性は直視しないまでも常に陰からこちらを窺うことが多い。

 中には堂々と不躾な視線を送ってくる者もいるが、それはマリウスが視界に収めなければ良いだけだ。


 少女も一瞬見惚れる様子は見せていた。

 それでも接客態度を崩さなかったのは好ましく思える。

 平民向けの店で、貴族慣れはしていないだろうと思ったが、きちんと教育されているようだ。

 もちろんその動作の一つ一つが洗練されているとは言えないが、努力は感じ取れた。


 それとは別にマリウスは用意された飲み物に戸惑っていた。

 今まで見たこともない黒い色をした飲み物は香りこそ良いものの、それを素直に口にすることは思ったよりも勇気が必要だった。


 少女が客人であるマリウスを一時にしても一人にしたのは、貴族に接する時のために教えられたマナーだろう。

 マリウスはきちんと教育されていると思った。

 もしかしたら平民と思って席を外したのかもしれないが、態度を見ている限りではきちんと考えて行動しているように見える。

 席を外したのは、無詠唱でさりげなく毒を調べる魔法を使うことが出来ない貴族に時間を与える為だ。

 本来であれば給仕の前に従者が行う作業だったが、マリウスが平民として赴いたために少女が気を利かせたのだろう。


 マリウスはそんな気遣いに感心しつつ、毒検知の魔法を使う。

 王族で最も最初に教えられる魔法だ。

 皮肉なことにマリウスが無詠唱で使える唯一の魔法でもある。

 本来身分を隠して下町の店にいる時に使う必要のある魔法ではなかったが、初めて見る飲み物を前に思わずといったところだ。

 毒検知の結果は思った通り無反応。

 その結果に背を押されるようにしてマリウスは用意された飲み物を口にする。


 それは苦みがあり、少しだけ酸味も混ざったような不思議な味がした。

 しかし不味くはないし、後味も悪くなかった。

 匂いも香ばしくてしつこくない。

 着飾った貴婦人の付ける咽るような強い香水の匂いに、いつも辟易していたマリウスにとっては落ち着く良い匂いだった。


 マリウスが思ったよりも飲みやすいことに小さな驚きを感じていると、階段を下りる小さな足音がし、次いで奥の通路から一人の女性が現れた。


2016.12.07

弟が成人前という記述を削除しました。

何故今更という感じですが、年齢設定がおかしくなってたことに今頃気付いたのです。

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