ドラゴン討伐戦、再び・後
本日8話投稿分6話目です。
「マリオン! ギエーガを待機ポイントまで下げさせろ!
レオ! 門にいる奴等と下がれ!」
しかしギエーガはマリオンの説得に応じ無い。
宿敵を目の前にして引く気は無いようだ。
ギエーガが動かなければマリオンが動かない。
マリオンが動かなければレオも動かない。
他に手は無いかと周りを見渡すと、リゼットが呪文を詠唱しているのが目にとまった。
あれは空間転移――じゃない、召喚魔法か?
リデルもそれに気付き、俺にリゼットのサポートを促す。
俺がリゼットの元に着くと、入れ替わるようにルイーゼがリデルのサポートに廻る。
「レオ! レティ! 時間を稼ぐ!
さっさと倒してマリオンを連れて逃げろ!」
「わかった!」
「はいっ!」
俺は二人の人狼族に一本ずつ黒曜剣を渡す。
剣が扱えなくても突き刺すくらいは出来るだろう。
背後で鉄が鉄を打ち付けるような音が鳴り響き、振り向く。
そこではリデルが盾を構えたまま吹っ飛び、それをルイーゼが受け止めているところだった。
上位魔人が手に持つ大剣が拉げ、リデルの盾もまた歪んでいた。
ただの無骨な大剣で、魔剣でも無いのに魔力付与したリデルの盾を歪ませるのか。
大剣を駄目にした上位魔人は、それを全く気にせず、むしろ攻撃が受け止められたことを面白がっている様にも見える。
「貴様、見覚えがあるな……隷属魔法に抗ったのか」
その言葉を聞いた瞬間、リデルの感情が爆発した。
普段なら、波一つ無い水面のように落ち着いた魔力を保っていたリデルが、感情の赴くままに魔力を活性化させ、それに呼応するように身体強化魔法が発動する。
上位魔人の言葉とリデルの反応を見れば、その上位魔人の正体が俺にも分かった。
オーガ討伐作戦の際、捕虜となったリデルは何かしらの方法で隷属魔法を受けていた。
残念ながら、隷属魔法を受けた前後の記憶が無く、上位魔人の暗黒魔法か同等の古代文明の遺物によるものだと推測されていた。
魔法で操られていたとは言え、共に戦った仲間を殺すことになったリデルの怒りは、やり場が無いままに燻り続けていたのだろう。
それをぶつける相手に出会ったリデルは、自身の感情すら制御出来る状態に無かった。
リデルの体内の魔力が活性化するとともに飽和し、濃密な魔力が体を淡く赤い光で包み込んでいく。
それは上位魔人ほど赤みが無いが、魔闘気と同じ物に見えた。
魔力その物は無色だ。ただ、何かが魔力で変異すると飽和した魔力が発光する。
リデルの場合は濃密な魔力で肉体が変異し、溢れた魔力が魔闘気となって全身を覆ったのだろう。
俺はリデルが魔闘気を纏うほど魔力を活性化させられることに驚く。
魔力は感情と密接に関わっている。身体強化に上乗せして怒りの感情が乗った結果だろうか。
エルドリア王国で裏工作をしていた上位魔人がここにいる理由は不明だが、予想よりも早すぎる出会いに何も準備が出来ていない。
本来ならリデルが感情のままに戦闘に入るのは避けたいが、だからといって逃がしてくれるのか。
「下等生物の割に魔力が高いな」
初めて見るリデルの猛々しさをともなった様子に目を奪われた時、リゼットの準備が整っていた。
「アキト……お願いします……」
俺は呼び掛けに気付き、すぐにリゼットの背中に手を当て魔力を付与する。
再びごっそりと魔力の減る感覚とともに、サラマンダーとは違う魔法陣が現れる。
今度の魔法陣は茶色……精霊に合わせてあるのか。
その魔法陣から現れたのは岩巨人だった。
ギエーガと同じように三メートルほどあり、ギエーガを上回る巨躯は全て岩で構成されていた。
どういう原理なのか関節にあたる部分が無く、代わりに小さな球体の魔法陣のような物があり間接の役目を果たしていて、岩で出来た体でありがながら人と同じように動き回ることが出来るようだ。
「我が召喚に応えしゴーレムよ、与えし命令は我が敵なるかの者の殲滅なり」
ゴーレムが上位魔人に向けて動き出す。
しっかり作ってあるとは言えゴーレムの重量は想定外なのか、歩く都度、岩の表面が細かく砕けるが、崩れ落ちることは無さそうだ。
地面に着いているのは足首から下だけで、その上は接触していないはずだが、重さはしっかりと地面に掛かっているのが不思議だ。
ゴーレムを見た上位魔人は少しだけ面倒そうな表情を浮かべるがそれだけだった。
俺がゴーレムとともにリデルのフォローに向かうと、反対側から低音と高音の混ざり合う雷の音が鳴り響く。
軽く振り返えり様子を見たところ、丁度飛び立とうとしたドラゴンをレティの雷撃が撃ち落としているところだった。
それに合わせてレオが忙しなく大型弩弓の狙いを調整している。
みんな無傷とはとても言えない状態だったが、致命的なダメージも受けていない様子に安堵する。
俺が合流するよりも先にリデルが飛び出す。
上位魔人にゴーレムが左から迫り、それを見て俺が背後に回ると、ルイーゼがそれに合わせて右に回り込む。
簡単だが上位魔人を包囲する状況を作り出し、モモに頼んで強弓を片付けて貰う。
強弓でも効果があるかもしれないが、リデルやゴーレムが接近戦に入っている以上、その隙を突いて当てることが俺には出来ない。
そして星月剣はまだ取り出さない。
星月剣は恐らく上位魔人にダメージを与えることが出来るだろう。
だからといって直ぐに警戒させる必要は無い。
ただ一撃、確実なところで当てられれば良い。
星月剣無しで確実にダメージが与えられそうな攻撃は、残るところ魔槍くらいか。
獅子王にそうしたように、身体強化して殴りつけ、魔闘気を貫いたところで魔槍を使えれば理想だが、背後から迫っているにもかかわらずしっかり見られている気がする。
上位魔人が拉げた大剣を投げ捨てる。
代わりに何かが手に――
「リデル躱せ!!」
上位魔人が何も持たない手を上段から振り下ろし、リデルは半身を逸らすようにして見えない何かを躱す。
その見えない何かは空を切り、止まらずに大理石の床を二メートルほど抉ると、まるでそこが爆発したかのように粉じんが舞い上がる。
不可視の剣?!
当たり前のように魔闘気を纏い、当たり前のように不可視の剣を使うのか。
魔弾や魔盾も使えると思った方が良いだろう。
いつまでも出してはいられないようで、一振りで消えたようだが、その威力は魔力量に匹敵するのかマリオンよりかなり威力が高く見える。
「ほぅ、躱すか。
俺の計画を邪魔してくれたんだ、多少は苦しめることが出来て何よりだ」
粉塵の中、リデルの魔力が収束し右手に乗せて放たれるのは高速の突きだった。
二度は使えないリデル渾身の大技を最初に持ってくる辺りは、それが通用しなければ勝てないと判断したからだろう。
初撃が魔闘気に阻まれて弾かれるが、弾かれる勢いを利用して引き絞り、続けて突きが放たれる。
初めはリデルの攻撃を楽しむように見ていた上位魔人が二撃目を躱すような動きを見せる。
だがリデルの攻撃が早い。
俺には、リデルの正確に同じ場所を狙い撃つ二撃目が、上位魔人の魔闘気を小さい範囲で打ち砕くのが見えた。
同時に上位魔人が僅かに体勢を崩す。
魔闘気は魔盾とは違って外圧その物は受けるようだ。
止まらないリデルの三撃目がこぶし大に砕かれた魔闘気の隙間を狙って放たれる。
だがその攻撃は上位魔人が左手で掴み取るという理不尽さで止められた。
「ぐあっ!」
「リデルっ!」
リデルの右上腕から先が切断され、白い陣胴服が血飛沫で赤く染まる。
手刀で斬ったのか?!
その場を離脱するように飛び去るが、立っていられずに片膝を突いた。
それでも視線はしっかりと上位魔人を捉えているが、苦痛の表情が見て取れた。
ルイーゼがリデルのフォローに廻るのを見て、俺も時間稼ぎに入る。
上位魔人は面白く無さそうにリデルの右腕を投げ捨てると、リデルを睨み付ける。
その表情には最初ほどの余裕が無い気がする。
ダメージを与えられない事も無さそうだ。
俺は気を逸らす為に背後から魔弾を撃ち込む。
それは魔闘気に阻まれるが、衝撃その物は伝わっていた。
思っていたより魔闘気は万能では無いかもしれない。
とは言え、殆ど意識せずに発動すると考えれば十分だと思うが。
?!
上位魔人の右手に魔力が収束していくのを感じ、とっさに魔盾を展開し、それでも心配になり屈み込む。
振り向きざまに振われた右手から不可視の刃を感じ取るが、それは俺の展開した魔盾によって砕く事が出来た。
圧縮された魔力同士がぶつかり魔力の残滓が煌めく中、一瞬だけ上位魔人の表情に驚きが見えた。
直感だが魔盾は魔力に対する抵抗が高い気がする。
獅子王の質量を乗せた攻撃には耐えられなかったが、不可視の剣には耐えて見せた。
俺は上位魔人の一瞬だけ見せた隙を突き、奥の手を使おうと踏み込もうとした瞬間、目の前を岩の塊が通り抜け、上位魔人を激しく打ち付けた。
その威力に腕を交差して受けた上位魔人が三メートルほど押し込まれる。
上位魔人を殴りつけたゴーレムは止まらずに追撃を繰り出す。
視界の端では何時もより控えめに青い光の柱が立ち上がり、リデルの右手を癒やしていくのが見えた。女神アルテア様に感謝を。
「アルテアよ、つくづく邪魔をしてくれる」
知っているのか?!
いや、知らない理由も無いか。
俺は再び上位魔人の背後に回り込み、ゴーレムと挟み込む。
そして基本的な攻撃はゴーレムに任せ、俺は上位魔人の踵や膝裏を狙い魔弾を次々と繰り出す。
人と同じ構造上、ダメージを与えられなくても物理的な抵抗さえ加えられれば構わない。
それが功を奏してかそれともたまたまか、再びゴーレムの拳が上位魔人を捉えた。
だが上位魔人は、今度はその巨大な質量をともなった拳を完全に受け止めていた。
その様子に違和感がある。何故受け止められる?
ゴーレムの攻撃をまともに受け止められる理が何処かにあるはずだ。
意識していなかったが、運動量保存の法則が無いとか言わないよな。
いや魔力がある世界なんだからその可能性も――?!
魔盾で攻撃を受けても俺に反力が発生しなかった。
単純に魔法だからで済ませていたが、ならば魔闘気の使い方次第と言うことか。
戦いの中で敵に教えられる事ばかりだ。
再び離れた位置で雷撃の音が鳴り響き、続けて爆発音と共にドラゴンの魔力がどんどん小さくなっていく。
そこでは喉元が吹っ飛び大きく抉られたドラゴンが、断末魔の声すら上げられずに沈んでいくのが見えた。
半身が火傷で酷い状態のギエーガは、まるで戦利品だと言わんばかりにドラゴンの首を千切り、抱え上げる。
誰もが立っているのが困難という感じで、人狼族の一人は伏せたまま動く気配を見せなかった。