乱戦・後
本日8話投稿分4話目です。
俺は近くに転がっていた黒曜剣を手に取り、リデルとギエーガの様子を窺う。
リデルが相手にしていた獅子王も、同じように興奮状態に入っているようで、素早い動きに手を焼いているようだったが、しっかりと守りを固めるリデルとルイーゼを前に単純な力任せでしか無い獅子王の攻撃は通用していなかった。
ただ、攻撃要員をこちらに集中していたので、倒すことも出来ず今は時間を稼いでいたようだ。
ギエーガの方は角竜――トリケラトプス見たいな魔物――と押しつ押されつの、力のぶつけ合いを繰り広げていた。
相変わらすこの島は人外魔境みたいな様子を見せているな。
「アキト、力を貸してください」
俺はリゼットが何をしようとしているのか気付き、角竜を見据えるリゼットの背中に右手を当てる。
それに合わせてリゼットが呪文を唱え始めると、その体内に精霊魔法とも古代魔法とも言えない魔法陣が構築されていく。
俺は何時ものようにその魔法陣をイメージ記憶していく。
今はまだ魔法を具現化することは出来ないが、こうしてストックを増やしておくのは有効だろう。
魔法陣を直接構築できる魔法制御能力があるのなら呪文の詠唱はいらない。
詠唱がいらないなら魔法陣を覚えた方が楽だ。
不意にリゼットの魔力が魔法陣に吸い込まれるようにして流れていく。
「アキト、やはり私の……魔力量だけでは、足りない……ようです」
複雑な魔法陣を維持する為に集中しているためだろう、リゼットのたどたどしい言葉からその様子が窺える。
魔法は魔力量と魔力の出力のどちらが足りなくても失敗する。
リゼットの場合は魔力量よりも出力が足りない感じだ。
俺は背中に当てた手からリゼットに魔力を付与していく。
魔力付与は経験上心臓に近く、かつ直接触れることで効率が上がる。
とは言え、流石に戦場で防具を脱ぐようなことも出来ない為に背中を利用しているが、大量の魔力を消費する時は他の方法を考えないと行けないかもしれないな。
俺は常に負荷をかけ続けることで、それに抗うように増え続ける魔力がかなりの量になっている。
それでも二割を越えて魔力を送り込みなお吸い続ける魔法陣は今まで使った魔法でも最大級の要求魔力量だった。
不意にリゼットの前方頭上に、魔法陣が水平に描かれる。
かなり巨大で直径三メートルに達するそれからは、初めに炎が零れるように溢れ出し、ついでその炎が巨大になり、だんだんと形を表していく。
まず先に認識できたのは蛇のように長い胴体のような物で、次に胴の先に現れたのは人間のように二本の腕を持つ上半身、最後に炎の蜥蜴のような顔立ちをした精霊だった。
身長だけで言えばギエーガと同程度、三メートル近くはあるだろう。胴体部まで合わせると七メートルくらいだろうか。
両手に湾曲した二本の炎の剣を持ち、炎の鎧を纏う様は勇猛さと獰猛さを併せ持ちながらも、悠然とそこに佇んでいた。
「我が召喚に応えしサラマンダーよ、与えし命令は我が敵なるかの者の殲滅なり」
我が意を得たりと言った感じで、サラマンダーはその巨躯に似合わぬなめらかな動きで角竜の元へ向かっていく。
ギエーガが一瞬だけサラマンダーの姿を認めるが、直ぐに関心を失うと、角竜の角を押さえ、その頭を押さえ込みに入る。
それはまるでやるなら押さえておくから好きにしろと言った感じだ。
「ありがとうございます、アキト」
「凄いな、人外大戦でも始まる感じだ」
巨人族、角竜、精霊族が戦う場所は人が近付こうものならあっという間に圧死させられるような世界だった。
「アキトさん、私も何かお手伝いします!」
いつの間にか俺の背後に隠れてサラマンダーを覗いていたレティが、胸の前で両手の拳を固めて決意を表す。
「気合い十分なところで悪いが、レティの魔力はドラゴン戦まで温存だ。
今しばらくここにいてくれ」
「そんなぁ」
「その代わりドラゴン戦は期待している」
「はいっ!」
「それじゃこっちを片付けてくる」
リデルの方は特に問題なく時間稼ぎをしていてくれた。
目視も困難なほどのスピードで獲物を捕らえようと縦横無尽に飛び回る獅子王。
その跳躍を正面から受けることになったルイーゼが衝撃で二メートルほど後ずさり、勢いを殺しきれずに後ろに転がる。
踏ん張りのきかない足場では体重も無いルイーゼには酷だろう。
しかし今でもずっと前線を支えてきたルイーゼだ。
そのまま後転し、片膝立ちで盾を構え追撃を許さない。
そしてルイーゼのフォローに素早く入るのはリデルだ。
ルイーゼと睨み合う獅子王の横から側頭部を盾で殴りつけ、合わせて剣を突き入れる。
しかしリデルの剣は獅子王の首筋に浅く刺さるだけで、致命傷には至らない。
レオを含み人狼族も、リデルとタイミングを合わせて攻撃に入るが、ダメージは殆ど与えていないようだ。
レオの膝蹴りは俺の意識を刈り取るほどの威力があったはずだ。
それを受けて平然としているのは魔闘気の防御力を上回っていないからだろう。
やはりこのクラスの魔物になってくると魔力を帯びた武器が必要そうだ。
「待たせた!」
「怪我は無いかい?」
「あぁ打ち身程度だ、すでに治した。
ルイーゼ、リゼットとレティの守りに回ってくれ!」
「はい!」
「アキト背後に回ってくれ、攻撃を僕に集中させたい」
「わかった!
マリオン、ラシエル。リデルの背後に回れ!
レオ達は待機だ!」
それぞれの返事を聞きながら、武器を強弓に改装しリデルの背後に回る。
あわせてリデルの敵愾向上が発動し、獅子王の敵愾心を煽り、攻撃を誘発する。
獅子王は中々掴まらない獲物に苛立ちをぶつけるように、今日一番とも思えるスピードで獅子王が迫ってきた。
リデルを邪魔せず、尚且つ獅子王の勢いを殺す為に魔盾を展開し、魔力の盾とリデルの持つ物理の盾で獅子王の突進を受け止める。
リデルは魔盾を突き破ってきた獅子王の頭を盾で受け止め、そのまま上にいなすようにして突進の力を削いでいく。
下から突き上げられた獅子王の、一瞬だけ見えた喉元にマリオンとラシエルの攻撃が同時に叩き込まれる。
ラシエルのハルバードはその先端が左前脚の付け根辺りに突き刺さり、マリオンの持つ星月剣が喉元を深く切り刻む。
獅子王は喉元から激しく血を流しながらも、その牙と爪でマリオンとラシエルを捉えようとするが、再び振るわれたリデルの盾で頭を打ち付けられ、たまらず後退する。
獅子王がおそらく自己治癒の為に雄叫びを上げようとする瞬間を狙い、俺は強弓で狙い撃つ。
自己治癒の為に魔力を制御する一瞬、獅子王の動きが止まるのは一匹目で分かっていた。
空気を切り裂いて飛んでいく矢は、ラシエルが与えた左前脚付け根の傷辺りに突き刺さり、小さな爆発と共に左前脚を吹き飛ばす。
頭を狙ったはずだが、躱された。
ドラゴンもそうだったが、強い魔力が見えるのかもしれない。
それでもラシエルが与えた左前脚へのダメージが動きを鈍らせ、躱しきれなかったようだ。
「回復される前に畳みかけるぞ。
表面への攻撃じゃすぐ回復される、深く内部へのダメージを与えろ!」
全身強化状態でダッシュした俺をさらに上回るスピードでマリオンが駆け抜け、星月剣の実剣の部分で上段から振り切りの一撃を繰り出す。
マリオン得意の最速の一撃だが、左前脚を失い体勢を崩してなお振るわれた右前脚がカウンター気味にマリオンを襲う。
マリオンはとっさに狙いを変更し、その振われた右前脚を切断する。
しかし、慣性に乗って振られた勢いそのまま、切断された右前脚とともにマリオンが吹っ飛んでいく。
レオ達がマリオンに駆け寄り、ルイーゼもリゼットとレティを連れていくのが視界の片隅に見えた。
頭を振うようにして身を起こすマリオンの様子から、大きな怪我は無さそうで安堵する。
獅子王の方は両前脚を失い痛みに吠えるその口にラシエルのハルバードが突き刺さり、それを媒体として雷槍が獅子王の体内を貫いていた。
肉を焼くような焦げた匂いとともに、硬直した獅子王から力が失われ崩れていく。
ラシエルもまた、失った魔力の多さゆえか膝をつき肩を揺らしていた。
ラシエルの手を取り、引き起こす。
そのまま魔力を付与しラシエルの枯渇状態を補うと、顔を赤らめて不思議そうな目をする。
魔力を付与されるのは初めてだったか。気持ちいいらしいからな。
とりあえず、足元がしっかりしていることを確認してマリオンの元に向かう。
「ちょっと失敗したわ」
マリオンは衝撃で目を回しただけで済んだようだ。
それもとっさに腕を切断したからだろう。
そのまま殴りつけられれば、肉体強化をしていてもその程度では済まなかったはずだ。
「さて、後はあっちだが、あれは近づけないな」
二匹の獅子王を倒し終えた俺たちの反対側では、ギエーガとサラマンダーが先を争うように角竜に攻撃を仕掛けていた。
ギエーガが角竜の首を締め上げ、動きの止まったところにサラマンダーが炎の剣で斬り付けていく。
お互いが示し合わせている訳ではなく、出来ることをやっているという感じでただの力押しだが、その力が物凄く、当たり前のように自己治癒を使ってくる角竜の回復量を上回るダメージを与えていた。
サラマンダーの持つ炎の剣は角竜の体を斬ると同時に肉を焼き簡単には回復されない傷を付ける。
剣に属性を纏わせる事が出来れば攻撃力が上がりそうだな。
ラシエルもさっき似たようなことをやっていたし、後で試すとしよう。
それにしても熱風が凄い。
サラマンダーが剣を振るうだけで周りに熱気を撒き散らし、それに当てられてギエーガの汗が蒸発している。
「精霊の選択を誤ったでしょうか……」
「確か攻撃力だけで言えば火の精霊であるサラマンダーが一番強かったよな。
間違いとは言い切れないが、協力して戦うって感じじゃ無いな」
少なくても俺たちが一緒に戦う時はサラマンダーに頼ることは出来なそうだ。
肩を落とすリゼットを慰め、戦いの行く末を見守る。
そんな事を考えていた時、一際大きな断末魔の叫びと共に岩の砕けるような鈍い音が響き渡る。
サラマンダーからギエーガに視線を移した時には、ギエーガが角竜の首をへし折った後だった。
サラマンダーはその役目を終えた事を感じ取ると、再び現れた魔法陣に吸い込まれるようにして消えていく。
モモが精霊界に帰る時とサイズが違うだけで同じ感じだ。
あれに飛び込めば俺も精霊界に行けるのだろうか。
流石に好奇心だけで出来ることではないが。