おまけ:出会い? それとも発見?
すみません、いろいろと事情が重なりまして本編の方が間に合いませんでした。
今週もカットした分でお茶を濁させてください。
本日二話投稿の一話目です。
グリモアの町を発ち、二日。
今日の夜には元の幹線道路に合流し、そこから一路ルドラの町に向かう。
ここは長閑な草原地帯で、陵丘を抜ける道は緩やかな勾配を描いて先の丘の向こうへと消えていた。
草原を抜ける風は少し涼しく、いつの間にか草木の色も黄色く変わり始め麦などは黄金色の穂をつけていた。
季節は九月に入り、もう一月も経てば収穫祭が始まる。
これから向かうヴェルヘイムはエルドリア王国と比べて気温が下がるらしいので、出来ることなら冬の到来を前に調査を終えたいところだが、どこかで冬支度もしておいた方が良いかもしれないな。
俺は馬の早駆けにも慣れ、突発的な事でも起きない限りは問題なく馬に乗れるようになっていた。
特に鐙を使い腰を浮かしてショックを逃がす乗り方は馬にも負担が少ないのか、慣れたリデルの早駆けに比べても劣らなかった。
同じことを感じたのかリデルも次の街で鐙を作ることになった。
これで俺の優位性はなくなる。またセバスチャンには頑張ってもらうことになるだろう。
俺は単に馬に乗れなかったから鐙が必要としたけれど、思ったよりも良い物だったのかもしれない。
ウォーレンが売っても構わないかと聞いてきた時は売れるのか不思議だったが、俺みたいに乗りなれていない人には売れそうだ。
「アキト」
気分よく半ば陽気にあてられて居眠りをしつつあった俺に、リデルが声をかる。
リデルの指し示す方向には一つの影があった。
「魔物……ではなさそうだな……人? いや、猫か、犬か、狼か……。
ん? 立った?」
通りの先、丘の向こうへと消える街道のあたりでその影は立ち上がり、左右を確認すると再び四足歩行で進み始めた。
少し近づくと、その影は衣類を着ていることが分かる。
たどたどしい歩き方で、時折力が抜けたように体勢を崩しながら歩いていた。
「獣人族のようだね。
様子がおかしい、急ごう」
「わかった」
獣人族……獣耳と尻尾を持ったレオは獣人族の中でも人狼族に分類されていたけれど、今度はどんな種族だろうか。
その影は一度振り向くと、俺達を確認して逃げるように道を逸れて行く。
しかし、その意思に反して体は自由に動かないようで、今は這いずるようにして道端の岩陰に向かっていた。
怪我をしているのか、あるいはすごく衰弱しているのか、何れにしても無視するには心が痛む。
余り驚かさないように、少し手前で馬を降り、出来るだけ静かに影の逃げ込んだと思われる岩陰に向かう。
俺が岩陰を覗き込むと、こちらを威嚇するように毛を逆立てた猫……娘? がいた。
人の姿に猫耳と尻尾をつけたような良くあるファンタジー猫娘じゃなく、もっと猫っぽい子だった。
むしろ人っぽい猫といったほうが早いな。
初めてのケモミミにシッポと思えば男だったし、次のケモミミにシッポはむしろ無い方がおかしいくらいネコネコしている。
ファンタジー定番の猫耳少女はいないのだろうか。
猫娘はかなりこちらを警戒しているようで、岩の隙間から出てこようとしない。
ボロボロの貫頭衣にはところどころ血のくすんだような跡が残っていて、怪我をしている様子も伺えた。
「アキト、何か温かい食べ物でも出してみようか」
「そうだな……コーンスープでいいか。モモ、頼む」
俺と同じように興味津々で獣人族の子を見ていたモモが、器に入ったコーンスープを出してくれる。
猫舌とか考えもしたが、とりあえずそれを岩の隙間に差し込み様子を窺う。
相変わらず警戒を解く様子はないが、それでもコーンスープは気になるのか、鼻をヒクヒクさせてはチラ見をしていた。
俺とリデルは一旦離れ、ついでに昼を取ることにする。
どうせなら魚の匂いでもさせてみようかと思ったが、あいにく魚は在庫切れだ。
この辺は大きな川がないので、当然漁村もなく新鮮な魚を手に入れるのが難しい。
俺はモモがいるから助かっているが、本来新鮮な生肉などは食べっきりであって買い溜めするような物じゃ無かった。
そのモモのお陰で今日のお昼はお肉だ。
ついでに炭と金網、レンガを出してもらい、即席のバーベキューにする。
味付けは塩、胡椒以外にも、旅立つ前に俺のこだわりで用意してもらったタレまである。
それらが焼きあがる頃、目の端に動く影を見止める。
俺は串の一本を手に取ると、そちらに差し出す。
猫娘はしばらく左右に歩きまわって悩んでいるようだったが、動きが止まると恐ろしい速さで串を奪っていった……速すぎだろ。
「獣人族の身体能力は侮れないね」
リデルも同じ感想だったようだ。
これだけ早く動けるのに、さっきはヨレヨレだったのが不思議なくらいだ。
回復力も高いのだろうか。
その後も何本か差し出し、最後には金網の上のまで手を付け、火傷して悶える事になった。
俺は左手を抑えて転がり回る猫娘……と思ったけれど、性別は女性で良いのだろうか。
貫頭衣がワンピースに見えるから勝手にそう思ったけれど――まぁ、どうでも良いか。
俺が猫娘の左手を取ると、慌てて警戒心を取り戻し、毛を逆立てて暴れようとするが、なんとか抑えこみつつ、火傷した左手を癒していく。
おそらく自分の体に起こった変化に戸惑っているのだろう、一層激しく抵抗をするが、それもしばらくすれば収まる。
すでに観念したというように地面に大の字になり、目を瞑っていた。
俺は左手の治療を終えると、猫娘を解放し、自分の食事に戻る。
猫娘はたまに片目を開けてこちらを見てくるが、俺と目が合うと再び目を瞑った。
俺は串の一つを手に取り、猫娘の顔の前に差し出す。
鼻がピクピク動くのにあわせて、長いヒゲも動き、猫だなと改めて認識する。
匂いにつられて目を開けた猫娘と目が合う。
今度は目を瞑らないようだ。
「好きなだけ食べていいよ」
人の言葉を理解しているのか、猫娘は串を取ると身を起こして食べ始める。
「獣人の子が人に懐くのは珍しいんだけどね」
「今のは懐かれたと言うんだろうか」
どちらかと言えばいかにして串焼きを手にするかという作戦にも見えるが。
猫娘は、ぱっと見れば猫だが顔立ちはどことなく人間を思わせる。
串を掴めるだけあって指も長く、四肢も猫のそれとは違い、直立出来るような感じだ。
「獣人族の扱いって、エルドリアではどうなんだ?」
「ここでは残念ながら市民権はないね。
存在は知られているけれど、エルドリアで見掛けることは殆ど無い。
間違えて冒険者に討伐される可能性もあるくらいだ。
だから進んでこの国に入ってくる獣人族はいないはずだ。
その子は多分、見世物として連れてこられた奴隷だと思う」
確かに下手な魔人族より動物や魔物に近い容姿を考えれば、敵対された時点で討伐対象とみられる可能性は高そうだ。
「それじゃ可能性としては逃げてきたか、雇い主が何かで死んだとかになるのか」
雇い主が死ぬと指示言語を使う者がいなくなるので、当然命令されることは無くなる。
生前、最後に残した命令次第だが、猫娘を奴隷としていた主人は自分の死後にまたがるような命令はしていなかったようだ。
しかしこのまま人に見つかれば逃亡奴隷として処罰される可能性は高い。
なんとなく愛嬌を感じる猫娘がその対象になるのはちょっと気が引ける。
かと言って、そうして出会った人を全て助けていくのは無理だ……無理なのか?
俺は意外と収入があるから、成人して仕事につくまで面倒見られるんじゃ?
いやいやいや、素直で手間が掛からない、どちらかと言えば俺を助けてくれたルイーゼやマリオンだって、俺が保護者のうちは大分気を使った。
一人や二人ならともかく、出会った人全員とか無理だな。
でも――
「ここに見捨てていくには、もう関わり過ぎたな」
その猫娘はと言うと、何やらモモと対峙していた。
モモが最後の一本を右手に構え、左手には盾代わりに葉っぱを持つ。
対する猫娘は四つん這いとなって隙を窺う獣のようにジリジリと間合いを詰める。
まさに、一触即発だった。
猫娘が飛び出す!
それを迎え撃つモモが盾を下からアッパーカットのように振り上げる!
猫娘は空中で身を捻ってそれを躱し、そのまま串焼きに齧りつく!
――ところを、ギリギリで手を引き串焼きを守るモモ!
猫娘が地面を蹴ってなおも追いすがる!
モモの表情に焦りが浮かぶ!
猫娘がしてやったりと笑う!
あっ――モモが精霊界に逃げた。
突然消えたモモというか串焼きに驚き、鼻をひくつかせて行方を探すが、流石に見つからないだろう。
「さて、一緒に来るか?」
猫娘は俺の言葉に首を傾げる。
もしかして言葉は通じてなかったか。
「獣人族の子供では僕達の言葉を理解していないだろうね。
どうする、無理やり捕らえて連れて行くかい?」
無理やりというのは本末転倒な気もするな。
「無理やりは止めておく。
付いてくるなら面倒を見るし、来ないなら……生き残ってくれることを祈るよ」
その先に心配はあるが、元気に育って欲しいと願うだけだ。
俺とリデルは馬に乗り、再び街道を西へ向かう。
猫娘は少しだけ距離を空けて付いてくるが、一定以上は近づいてこない。
そんなことを小一時間ほど続けて、俺の心は折れた。
俺は馬を降り、猫娘に向かって両手を広げる。
しばらく悩んだように同じ場所をぐるぐると回っていた猫娘だが、何かを決意したのか、さっきまでの躊躇いはなんだったのかという勢いでこちらに向かい走ってきた。
そして俺の前でジャンプすると――俺の顔にひっついた。
それはもう体中で頭を囲い込むように。
俺の両手が寂しく空を彷徨う。
懐いてくれたのはいいが、とにかく獣臭い。
俺は猫娘の首のあたりを掴み、顔から引剥す。
モモから樽と水、それに石鹸とブラシを出してもらう。
それを見た猫娘は青い顔をして手足をブランとさせる。
なにか嫌な思い出でもあるのか暴れていたが、しばらくして覚悟を決めた様に無抵抗になった。
暴れられるよりはマシと、さっさと襤褸となっていた貫頭衣を引剥し、石鹸で体中を磨き上げる。
猫娘の毛は泡立ちが良く、それに合わせて汚れも浮かび上がり、洗い甲斐があった。
猫娘は力なく青い顔のまま俺のなすがままとなっていたが、最初よりは少しだけ余裕が見えてきた。
石鹸を洗い流し、乾いたタオルで拭き上げ、モモの許しを得て借りた服を着せる。
まぁ、猫の顔は見分けがつかないけれど、きっと美人さんになっただろう。
馬は、俺の前がモモの指定席になっているので、背中のあたりに乗ってもらう。
しばらく進んでいると猫娘は俺の背中を駆け上がり、首にしがみついて、そこを定位置としたようだ。
「アキトにはそういうのが似合っているね」
そういうのがどういうのかは聞かないでおくとしよう。
時々すれ違う人に物珍しそうに見られるが、とうの猫娘は普段と違う高い視点に大興奮の様子だった。




