おまけ:二度目の別れ
本日三話投稿分、三話目です。
討伐依頼の出ていた一角猪は冒険者パーティー『地獄の業火』が討伐に当たっていた。
◇
一角猪も無傷ではなかったが、やはりタフなようだ。
体が大きいとそれだけ魔力の保有上限も多くなるのだろうか、見た目以上の脅威となっている。
だから一つ越えてランクDの討伐依頼なのかもしれない。
「手を貸す必要はあるか?」
念のため確認する。
横取りだなんだと後から難癖をつけられるのも面倒だった。
「くそっ! くそっ!」
赤毛の男は、それが腹ただしいとでも言うように言葉を吐く。
だが、それでは俺は動けない。
もしこのまま助けを求めなかったら、俺は彼らが死んでいくのを見ていられるのだろうか。
リデルはどうなんだ?
「彼らは冒険者だ。そして今の僕もね。
冒険者として行動している以上はギルドのルールを守るよ。
彼らの生き方にまで責任は持てない」
リデルが俺の視線に答える。
俺は割り切れるか?
「やばいよ、助けてもらったほうが良い!」
「あぁ、俺もアンのいうことに賛成だ、ガトスももう死んでるかもしれねぇ」
「デギル! 協力してもらおう!」
弓使いの発した協力という言葉に、デギルと呼ばれた赤毛の男が反応を示す。
「お前達もこいつの分前が欲しいなら手伝え!」
「おい、そんな言い方じゃ――」
「うるぇせ、黙れ!」
別に分前が欲しい訳じゃなかった。
俺が受けた依頼はあくまでも『地獄の業火』が討伐に失敗した時、代わって一角猪を討伐することだ。
『地獄の業火』を助けるという依頼は受けていない。
もちろん戦うのであれば分前は明確にする。
リーダーとしてリクスに見合った報酬は得なければならない。
一角猪の体当たりを躱しきれなかった、槍を持つ男が弾かれて吹っ飛ぶ。
「ダリ!!」
もう一人槍を持っていた女が駆け寄るけれど、悪手だった。
本能なのか一角猪は敵視したものが固まっているところを優先的に狙う。
俺とリデルはその性質を利用して倒していたくらいだ。
誰にも止められない。
デギルは間に合わない、間に合っても止める手段がない。
弓を持った男は安全圏で様子を伺うだけだ。
助けないのか俺は、それで良いのか?
まずい、正しいことが分からなくなってきた。
助けてくれと言われた訳じゃない、ルールを破っているわけでもない、でも見殺しはどうなんだ、これが冒険者だと割り切れるか。
リデルを見るが、その表情からは何を考えているか読めなかった。
もう時間がない。
俺は剣に手を掛け、魔刃の態勢に入る――瞬間、聞き慣れた金属の割れるような音が鳴り響く。
砕けた何かが煌めき、ダイアモンドダストの様子を見せる。
その輝きの中、一角猪の突進が止まっているのが分かった。
リデルの多重障壁だ。
俺はリデルの方を見る。
「僕は自分の身を守っただけだから問題はないよね」
確かに一角猪がこのまま進んでくれば、アンとダリの二人を弾き飛ばしてこちらに向かってくるだろう。
でも、それってずるくないか。
俺はめちゃくちゃ悩んで焦ったのに。
リデルは爽やかな笑みを浮かべるだけだ。
一角猪は多重障壁にぶつかった衝撃で目を回しているのか動きが悪かった。
もし倒すなら今だと思うが、『地獄の業火』のメンバーも何が起きたのか理解できず動けないでいた。
「どうする、まだ続けるか?」
俺はあえて言葉を掛けることで意識を戻させる。
最初に覚醒したのはデギルだ。
デギルは俺の言葉には答えず、これが答えだとばかりに一角猪の首にその剣を突き立てた。
その行動をみて、アリも一角猪の胴に槍を突き立てる。
唯一離れていた弓の男が放った矢が一角猪の側頭部に刺さり、一角猪はその場に倒れた。
「これは俺達の獲物だ」
デギルは荒れた息を整えるのも待たず声を掛けてくる。
言い難いだろうけれど、きちんと主張してくるのはリーダーとしては良いのかもしれない。
「分かっている」
実際に倒したのは彼らだ。
あそこまで体を張ったのだからそれに不服を唱える気もない。
それにサラサさんからの依頼も達成している。
倒れているダリも気を失っているだけで怪我らしい怪我はない。
後は任せても大丈夫だろう。
◇
俺は、彼らが危機に陥ったときに自分が取った行動が正しかったのか悩んでいた。
判断基準が明確で無い事は多い。
それが人の命を左右するほどの事となると、とっさには答えが出なかった。
俺の判断基準には、まだ元の世界をベースとした考えが残っているとも感じた。
「アキト。
冒険者のルールは冒険者の間だけで通じるルールだよ。
それは武力を持つ者がお互いの利害を調整する為に作られた物だ。
法の強制力は無いのだから、利害さえ一致すれば良いと僕は考えている。
結果として冒険者の権利を失ったとしてもね」
俺が悩んで唸っているのを見てか、リデルが自分の考えを伝えてきた。
たしかに利害が守られれば大体の人間は納得するだろう。
「でも、その人の持つ矜持みたいなものが思い浮かんだんだ」
たとえ死んでも守りたい気持ちがあるなんっていうのは綺麗事か。
「そんなことを言えるのは生きているからこそだよ」
「たしかに死んだらそんな事は言っていられないし、文句を言われようもないな」
文句を言われるくらいで済むなら、助けた方が良いのか。
助かったからと言って、矜持や理念を曲げられた事で逆恨みされたり、まさかとは思うが自殺したりとか無いだろうな。
流石に『地獄の業火』からはそこまでの気持ちは感じられなかったが。
「あそこでアキトが彼らに手を貸さなかったとしても、僕は間違っているとは思わない。
最低限、手を貸すと声は掛けているしね。
だから今のは僕の考えだ。アキトは自分の考えを探せばいい」
「もし法だったら助けなかったか?」
「法であれば僕は従うよ。それが残酷な結果となったとしてもね。
ただ、それは今だからそう言えることであって、実際にその選択を迫られるまでは分からないね」
そんな物だろう。
色々な状況が重なり、最終的に天秤がどちらに傾くかだ。
◇
「ありがとう、アキト君。
そしてリデル君もありがとう。
結局、無駄足にさせてしまったわね」
「いや良いんだ。俺も色々と考えさせられる事があった」
「ほんと、立派になって……」
サラサさんが慈しむような目で見てくる。
そう言えば昼間はしていなかった髪飾りをしているな。
見覚えのあるそれは俺がプレゼントした髪飾りだ。
わざわざ付けて来てくれたのだろう。
「覚えている?」
「もちろん、生まれて初めて女性にプレゼントしたんだ」
「え、そうなの?」
青い宝石の付いた髪飾りはライトブラウンの髪によく似合っていた。
一年前の俺、中々ベストなチョイスじゃ無いか。
でも髪を留めたことで見えるようになった耳が少しだけ寂しい。
俺は幾つか用意してあるプレゼント用の品から、髪飾りによく似た感じのイヤリングを選び、カウンター越しに差し出す。
「これは駆け出しの冒険者だった俺を助けてくれたお礼みたいな物かな。
一年越しだけど、お陰様でこれくらいのプレゼントを出来るくらいになったんだ」
「ほんとに、何処で覚えてきたの」
「近くに良い男の見本がいるから楽だったよ」
サラサさんが俺の後で待つリデルを目に止め、納得する。
そして、俺が差し出した紙の包みを受け取ったサラサさんが、その中身を確認して息を飲んだ。
「こ、こんな高価そうな物を受け取れないわ」
「特別高価という訳じゃ無いんだ。
ただ手間は掛かっている。
この辺のデザインは凄く悩んだんだ」
「もしかしてアキト君が作ったの?」
「あぁ、だからちょっと歪なところも残っているだろ」
「そんなの気にならないくらい素敵よ……これで食べていけるんじゃない」
残念ながら俺に出来るのはシルバーアクセサリーだけなんだ。
それも殆どは男用というか自分用の無骨な物だけだったりする。
流石に食べていけるほどにはならないだろう。
まぁ、付加価値の部分だけで稼げそうではあるが。
「ほんとに素敵、不思議な色合いね、どうして輝いているのかしら」
魔力を付与した銀と、魔石から作った魔粉が輝いているからだな。
魔粉の事は企業秘密なので言えないけれど。
まぁ、一度魔力を失って砕け散った魔石の粉に魔力を再度付与することで、元の魔石と同じ色合いで発光する位は誰かが試していると思うけれど。
「付けましょうか?」
一瞬戸惑う様子が可愛らしい。
「お願いしようかしら」
銀をベースにした三日月のようなアクセサリで、三日月の部分には魔粉で縁取りを入れ、宝石の代わりに魔石の欠片をアクセントとして付けてある。
それがサラサさんの耳に収まると、さっきまで寂しい感じだった耳の周りが、いい感じに彩られた。
こうなってくるとネックレスとかも欲しくなってくるが、それはまた今度の機会にしよう。
「よく似合ってます」
「ありがとう……。
何かくすぐったいわね、弟みたいな男の子から女性として扱われるのは。
これはお姉さんからの忠告ね。
誰にでもこんな事をしては駄目よ」
誰にでもはしません。
内のお姫様達とリリスさんだけです。
「でも、本当に良かったの?
これだけ良く出来ていれば、売っても良いと思うわよ」
「もし、それを見て気に入った人がいたら、王都の東地区にあるウォーレン商会で注文を受け付けていると言ってください」
「そう。それじゃしっかり宣伝しておくわね」
「お願いします」
感謝された上に営業までしてもらえて、良いことじゃないか。
何より、良い物が見られたので俺も嬉しい。
端からは貢いでいるように見えるかもしれないが、きちんとリターンもある。
Win-Winの関係は最強だな。
翌日、サラサさんに別れのあいさつを告げ、懐かしいグリモアの町を発つ。