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異世界は思ったよりも俺に優しい?  作者: 大川雅臣
第一部 第一章 冒険者編
19/225

責任を持つと言う事

 来た時と同じく途中で野営をし、グリモアの町には翌日の昼過ぎに着いた。

 予定では発見現場から離れているだろう巨大熊を追跡するのに日を取られ、大体往復で四,五日の予定だった。しかし、幸いにしてというか現場に到着早々討伐したので往復三日で依頼を達成している。


 冒険者ギルドの討伐依頼では小さな巨大熊(・・・・・・)の分だけだったが、予定外の巨大熊討伐に対しても特別報酬が貰える事になった。冒険者ギルドとしても報酬を支払う事で、情報の瑕疵について謝罪の意味もあるようだ。


 二匹の巨大熊の素材は肉・毛皮・魔石の買い取りも含めて、それぞれ銀貨八〇枚と銀貨一二〇枚だ。巨大熊の毛皮は回収出来なかったが、もし回収出来たら銀貨一五〇枚になっていたらしい。買い取りの単位で銀貨とか初めてだ。

 銅貨に換算すると、それぞれ八,〇〇〇枚と一二,〇〇〇枚だ。高いのは討伐依頼料も入っているかららしい。


 当初の予定では二人で銅貨二,四〇〇枚の予定だったけれど、予定外の状況が発生した為に凄い稼ぎになっていた。

 お互い倒した巨大熊の取り分で山分けする事になり、俺とリデルは銀貨四〇枚ずつ分ける。ランクF冒険者の一ヶ月分を上回る稼ぎだ。


 ちなみにこの討伐依頼をこなした事で俺は冒険者ランクEになり、特殊魔晶石の色は白色になっていた。もちろん殆ど一緒に行動しているリデルも同じだ。

 リデルは冒険者ランクEになった事に首を傾げていた。理由を聞いてみたら一ヶ月にも満たない間にランクEに上がるのは早いらしい。

 もっとも、小さな巨大熊を倒した時、一気に特殊魔晶石の色が変化した。冒険者ギルドのお姉さんに聞いた話では、強い魔物を倒すと変化量も多いと言う事だった。


 その後、防具屋に行きリデルの盾を買う。今までのより軽く丈夫な盾で銅貨二,〇〇〇枚だ。

 リデルも半額出すと言っていたが、リデルの盾は俺を守る盾でもあるからここは受け入れてもらう。これでも所持金は銅貨換算で四,〇〇〇枚ほど近く残っている。


 そして最後は約束通り熊髭パーティーに夕食をご馳走だ。熊髭達は遠慮無く食べ過ぎだと思う。食事代だけで銅貨一五〇枚も掛かってしまった。でも、大きな仕事を終えた後に美味しいものを食べてねぎらい合うというのは良い物だと思う。


 ◇


 熊髭達を満足がいくまで食べさせた後、先送りしていた問題が現実になってきた。

 夜、俺はルイーゼを家まで送るつもりだったが、ルイーゼは既にあの家には住んでいないらしい。

 ルイーゼは三年前に両親と死別し、ずっと一人で生きてきた。

 しかし食べるだけならまだしも、税金を納める事が出来なかった。

 家は税金の滞納を理由に差し押さえられ、それでも足りない分をあの男が出した事で、ルイーゼは一般奴隷としてあの男に勤仕する事になっていた。

 もしあの男の申し出を断れば、一般奴隷では無く犯罪奴隷になる所で、ルイーゼに選択の余地は無かった。


 俺は奴隷に複数の種類がある事すら知らなかった。

 中には上級奴隷という絶対に主人を裏切らないという忠誠心を形にした奴隷までいるらしい。なら裏切り者がいてはまずい貴族の屋敷には上級奴隷だらけかと思いきや、そうでも無いらしい。

 貴族は貴族であるだけで信用される……という建前があり、上級奴隷を使う事は無いようだ。主に上級奴隷を使うのは商いで大成した商人に多いようだ。


 今のルイーゼにあるのは身の回りの些細な物だけで、お金も住む家も頼る者もいないらしい。

つまり今日体を休める場所も、明日食べる物もない。

 熊髭はあの時に言っていた、助けるというのはあの男から解放するだけじゃ無いぞと。

 俺はてっきりグリモアの町まで無事に護衛する事だと思っていたが、それはあまりにも無責任な考えだった事を知る。


 熊髭はルイーゼの状況からこういう事態を予測していたからこそ、あの場で俺に釘を刺していた。俺はそれに全く気が付かなかった訳だ。

 しかし、分かってしまえばやる事は一つだ。ルイーゼが自立出来るようにサポートする。何も出来なかった俺もリデルにサポートされて衣食住に困らない程度の生活は出来る様になった。今度は俺がルイーゼの為に動けば良いだけだ。

 ただ、その方法についてはきちんとルイーゼの考えを聞きながら進めよう。


 取り敢えずの問題は今夜の事だ。

 俺は自分が借りている宿にもう一部屋借りるつもりでいた。

 しかし余計に宿代が掛かる事に対して、ルイーゼが畏まりすぎてしまい、結局は俺の部屋にベッドを追加する事で納得させた。

 俺は思春期が始まった一五歳な訳で、可愛い女の子と同室に泊まるとかドキドキが止まらないのだが。


 それはともかく大きな問題もある。

 モモの存在を隠し通せるか……というかモモを隠しているようだと不便が多い。

 まぁ、部屋でそんな事を考えていたが、モモの事は直ぐに解決してしまった。


「もしかして、ブラウニーですか?」

「え、見える?」


 俺はモモに、俺以外には見えないよう隠れているようにとお願いしていたが……いや違うな、外にいる(・・・・・)は俺以外に見えないように隠れていてくれとお願いしたのだった。

 今は宿の自分の部屋にいる。だから隠れている必要は無い訳だ。それに、隠れていなくてもブラウニーが見える人は限られている。ルイーゼはその限られた一人みたいだ。


「はい。聞いていた感じとはちょっと違いますが、頭に生えている葉っぱからそうなのかと」

「この子はモモって呼んで上げて。俺以外に見える人には初めて出会ったよ。リデルにも見えないからね」

「私は全ての精霊ではありませんが精霊が見えるようです。過去にも何度か見た事があります」


 逆に俺はモモ以外まだ見た事無いな。

 元の世界的に言うなら炎のイフリートや風のシルフとかいるのかもしれない。

 

 モモにリンゴみたいな果物をあげる。

 蜜の詰まった美味しい果物だ。巨大熊を運んでくれたモモのおかげで凄く稼げたから、これはご褒美だ。モモはリスの様に笑顔でカリカリと食べる姿が可愛い。


「モモのおかげで色々助かっているんだ」

「すごくご主人様に懐かれているのですね」


 リアルご主人様だと!

 これはなんか退廃的な快楽を感じるが、これに染まってしまうのはまずいと俺の理性が警笛を鳴らす。


「さすがにご主人様はやめてね、呼ばれている自分が許せなくなるから」

「えっ、でも……アキト様でよろしいですか」

「様も敬語も必要ないんだけれど」

「そうはいきません、私は奴隷ですからアキト様が侮られます」


 奴隷の矜持とかあるのだろうか。俺にとってルイーゼは命の恩人であって絶対に奴隷では無い。

 まぁ明日奴隷商人に会って開放するまでだから俺が我慢しよう。


「まぁ、明日には解放するから好きに呼んでもらって良いけれど」


 それを聞いたルイーゼが急に俯いて何かを考える様子を見せた後、そのまま土下座して震え出す。


「えっ、なに、ちょっと、突然どうしたの?」

「お願いします、見捨てないでください。お願いします、何でもしますのでお願いします」

「見捨てる訳じゃ無い。きちんと働き口を探して生活が出来るようにサポートするつもりだ。

 勝手に助けたんだからそれくらいは責任持つから安心してくれ」


 そう、勝手に助けたんだ。ルイーゼは助けてくれとは言わなかった。俺が勝手に助けただけだ。

 それなのに明日には解放するから好きにしろと言われたら、寝る場所も食べる物も無く不安になるのは当たり前だ。

 嫌な男だったけれどあの男の所にいればせっかくの奴隷を死なせる事は無いだろうから、寝る場所と食べる物くらいは保証されていたんだ。

 それを俺の自己満足だけで助けて、ポロッと言った言葉でこれほど傷つけた。


「ごめん、ルイーゼ」


 俺は伏したままのルイーゼを起こし、その頭を胸に抱え込む。震えるルイーゼに申し訳なく思う。


「お願いします、解放しないでください、奴隷でいさせてください」

「俺は冒険者だから一緒にいると、この間みたいな怖い目に遭うよ」

「それでも、どうか……どうか一緒にいさせてください」


 うーん、なんでこんなに好かれているのだろう。いや、好かれている訳じゃないのか、他の可能性が不安で堪らないのか。


「それじゃ、大切な事だからきちんと相談してくるから少し待っていて欲しい」

「はい、アキト様」


 ◇


 俺はリデルに相談すべく部屋を後にした。

 もう日が暮れたけれどまだそんなに遅い時間じゃ無い。何より、今の不安な状況のままルイーゼを一晩も待たせるのが忍びがたい。


 俺はリデルの住む屋敷まで全力で走る。宿からは五分ほどの距離だけれど、丁度人の流れがピークに達している時間帯で、人を躱す分だけいつもより余計に時間が掛かった。


 アルディス――リデルの家名――男爵家はグリモアの町に別邸を持っていた。別邸と言っても元の世界の俺の家を一〇倍したくらいの規模があるのだが。ちなみに本邸は王都にあるそうだ。


 リデルはこのグリモアの町の別邸が、魔物狩りの実戦を積むのに最適だと判断し、ここに住んでいる。カシュオンの森が近い為だろう。


 魔物を狩り始めた頃、その獲物をリデルの屋敷経由でギルドに卸していた事から、屋敷の門番とは顔なじみになっていた。緊急で面会の取り次ぎをお願いすると、嫌な顔一つせずにリデルの元に使いを送ってくれた。


 しばらくして、リデル本人が屋敷から出て来た。いつもの戦闘用の服では無く、白いブラウスに藍色のパンツと言った軽装だ。こうしてみるとリデルは確かに貴族というか紳士だった。

 歳以上の落ち着いた雰囲気があり、魔物狩りと言った荒事をするようには見えなかった。そのまま夜の街に出ればナンパされる方の人種だ。


 俺はリデルに案内されて、屋敷内の離れにある庭園に来ていた。


「やっぱりアキトは気が付いていなかったね」


 やっぱりリデルは気が付いていたらしい、ルイーゼの事情に。


「それでアキトはどうしたいの?」

「まず、奴隷から解放する。それから、俺はいずれこの町を出て行くけれど、その時にルイーゼが自立出来ているようにサポートをしようと思っている」

「具体的には何か案があるの」

「ルイーゼは回復の魔法が使えるんだ。病院みたいな所で、住み込みで雇って貰えたりしないかな」

「なるほど」


 リデルは思案している。いつものポーズだ。両手を組んだ状態から左手だけを口元に持って行く。


「僕の考えだけれど……」

「相談しに来たんだ、何でも言ってくれ」

「まず、奴隷を解放するのは止めた方が良い」


 えっ、そこから既に駄目?


「理由は、身寄りの無い子供が奴隷から解放されても、直ぐに別の者に奴隷にされる可能性が高い。それだけ子供が一人で生きていくのは難しい事だよ。

 アキトはいつも僕のおかげだと言っているけれど、そんな事は無いんだ。アキトは十分に魔物と戦っていける。アキトと同じように戦える同年代の子供は殆どいないだろうね。少なくとも僕は知らない。

 自分の力で生計を立てられない子供は、結局誰か大人に縋るしか無い。その信頼出来る誰かを探す時間がアキトにはある?」


 俺は、俺が魔物と戦えるのはリデルがいたからだと思っている。そのリデルに特別だと言われるのはなかなかに良い物だ。

 それは別として、奴隷から解放しても他の人の奴隷になるようでは本末転倒だ。そして、俺は元からこの世界の人間では無い。信頼出来る人間はいなかった……いや、一人はいるな。


「それから、回復魔法が使える事を公にするのは控えた方が良い。知っての通り回復魔法の使い手は貴重だ。ルイーゼが回復魔法を使えると公になれば、ルイーゼの意思とは関係の無い所で争奪戦が始まると考えられる。せめて、ルイーゼが自分の意思を通せるようになるまでは隠して置いた方が良いだろうね」


 そう言えばリゼットも回復魔法が使えれば別の生き方もあったと言っていたな。熊髭達パーティーにも回復魔法が使える人はいない。冒険者ギルドにいても、回復魔法が使える人を見た事は無いな。俺は元の世界のマンガやラノベの知識を引きずって、回復魔法がメジャーだと思い込んでいたかもしれない。


「リデルの言葉を聞くと、思い当たる方法が一つしか無い」

「出来ればその方法は聞きたくは無いのだけれど」


 聞きたくは無いのか、だけれど俺は言いたい。


「信頼出来る人間で、ルイーゼが回復魔法を使える事を知っている人が一人だけいるんだ」

「僕も一人だけ知っているのだけれど、出来れば違う人であって欲しいな」


 そんな条件が合う人間、そうそういないだろうな。


「リデル、諦めてくれ」

「やっぱりそうなるよね。最初に相談を受けた時、こうなる事は決まっていた気がするよ」


 そうなのか? 俺はどちらかというとリデルの誘導に従って考えをまとめただけなのだけど。

 でも、ルイーゼの事で真っ先にリデルに相談する事を決めたのだった。あの時点で俺はもうリデルに頼る事を心の何処かで決めていたのかもしれない。


「形式上だけでも僕に預けるのが良いと思う。

 いずれルイーゼが自分で生き方を決める事が出来る様になった時、貴族の家の者に仕えたというのはそれだけで有利に働くから」


 なるほど、確かに格式高い所に仕えていたというのはアピールポイントになるな。


「それに、アキトが同じ歳の女の子を奴隷として持つのは、どんな悪目立ちをするか考えたくないね。その点、僕は貴族だからね」


 客観的に状況を考えてみると確かにそれは無いなと自分でも思う。さっきもご主人様と呼ばれて背徳感があったし。


「問題はルイーゼの気持ちだね。僕達がいくら良いと思った事でも、本人が嫌と思うかもしれない。ルイーゼは何か言わなかった?」


 俺はルイーゼとのやり取りの内容をリデルに話す。


「ルイーゼは一緒に行きたいと言っているんだね。それは冒険者になりたいという事じゃない?」


 一四歳の女の子に冒険者とか無理だろ。いや、男だけれど俺も一五歳か……頑張ればなんとかなるのか。


「アキト。自分に出来たからってルイーゼに出来るとは限らないからね。むしろ出来なくても当然だから」


 ですよねぇ。


「一度狩りに連れて行って、現実を知れば素直に別の生き方選ぶかもね」


 俺も最初は生き物を殺す事が精神的に辛かったし、血とか肉とか見るだけで吐き気が収まらなかった。あれ……ルイーゼは狼の毛皮を剥いでくれていたな。意外と平気なのかな。


「まずは何日か様子を見てからでも良いか。

 取り急ぎ生活用品をもう一人分用意しないと駄目だな。手ぶらだったから着替えも何も無いだろうし」

「アキト。明日、必要な買い物をしたら冒険者ギルドに登録をしておこう。冒険者ランクFでも実績さえあれば依頼を受けやすくなるから。意外と適性があるかもしれないしね」


 適正か。狼の毛皮を剥ぐ位だ、血や肉それに死体に忌避感が無いのは良いかもしれない。公に出来ないだけで、回復魔法自体はとても有効なはずだ、自分の身が守れる範囲であれば狩りで自立も出来る気がしてきた。


 ◇


 結局、ルイーゼの事は三つだけ決めた。

 一つ目はリデルの奴隷として契約する。ただし、責任は俺が持つ。

 二つ目は回復魔法の事はしばらく秘匿する。

 三つ目は一度狩りに連れて行って、ルイーゼの考えが変わらないか確認する。

 これをルイーゼに伝えた。

 ルイーゼも思う所はあるようだが、取り敢えずは狩りについて行けるかどうかが自分でも心配なようで、狩りに出る事を同意した。

 今夜は三日ぶりにベッドの心地よさを感じ、眠りに落ちるのも早かった。

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