王城アークロードに向けて・4
本日三話投稿予定、二話目です。
夕方。
トリテアの厩舎にセバスチャンを預けたまま、王都トリスティアにある我が家『カフェテリア』に転移する。
久しぶりに帰ってきた家はすごく落ち着き、思わずベッドに体を投げ出し、枕に顔を埋める。
しばらくそうしていると、一階からお客の声とそれに応えるメルとリルの声、同じくテキパキと受け答えする聞き慣れない声もあった。
今回の旅を出る前に、メルとリルのサポートをする人員を店舗アドバイザーのエマに頼んでおいた。
さすがに、貴族としての執務を行っているレティに頼み続けるわけにもいかず、かと言ってルイーゼも店を空けっ放しでは手が回らないからだ。
殆どを任せてしまっているメルとリルには、少しサプライズ的なプレゼントが必要だな。
まぁ、幾つか案はあるので、この山を乗り切った時に贈ろう。
今回はまだ王都にいることを知られたくないので、ウォーレンには悪いが足を運んでもらうことにする。
メルとリルにも口止めは必要だが、わざわざ言いふらすような子達でもない。
ウォーレンには……メルから伝えてもらえばいいか。
どうせウォーレンの屋敷に帰るのだから。
「レティシア様にお声掛けしなくて宜しいのですか?」
「んーっ」
レティの魔法は今度のドラゴン戦において考えていた手の一つだ。
ただ、いざとなるとそれに巻き込んで良いのかわからなくなる。
レティは王都学園に通いつつ、リデルの代わりに屋敷に残って、貴族の付き合いで発生する雑務をこなしていた。
当主であるリデルが騎士として身をおく間は、政務を任されることはない。
一般的には政務に早く付くほど昇進に繋がるけれど、リデルにとっては王国の剣であり盾である騎士という役目に重きを置いていた。
おそらくこのまま文官にはならず、騎士団としての地位を上げていくのだろう。
とはいえ、最低限の政務と社交は必要だった。
それをレティが頑張っているわけだ。
最近のレティは、その黒く長い髪をもつことで受ける蔑みや忌避といった視線を気にせず頑張っていた。
リデルの名声が助ける部分も多いのだろうけれど、それ以上に本人が卑下せず堂々としているのが良いのだと思う。
いつの頃からか行動で示すようになったレティだが、どんな心境の変化があったのかはわからなかった。
リデルからは、判断は俺とレティに任せると言われていた。
勤めて一年弱だが、今の内容であれば執事長が対応できると考えているようだ。
どうしても当主承認が必要なことに関しては遅れることになるが、リデルがいない事は周知されているため、大きな問題になることも無いということだった。
それでも悩んでいるのは、まぁ今更だけど危険があるからだ。
レティはまだ一四歳で成人にもなっていない。
自分で正しい判断が出来るだろうか。
「レティシア様はアキトと共に色々な経験をされて、今ではしっかりとした考えをお持ちの方ですよ。
戦うことも知らずに育った方であれば私も同じく悩みますが。
先の救出作戦で彼女は力不足でしたか?」
いや、レティは戦う覚悟を決め、それを行動で示した。
「俺の方が付き合いは長いはずなんだけどな」
「付き合いが長いからこそ、巻き込むことに躊躇いがあるのでしょう」
そうかもしれない。
妹がいるせいか、必要以上に考えすぎていたかもしれない。
「わかった。
事実をきちんと説明して、レティの考えを聞こう」
「それが良いと思います」
その日の夜は、久しぶりに家族のことを話した。
この世界で俺の家族を知っているのはリゼットだけだ。
他人の身から見た家族の印象は新鮮で、自分でも気づかなかった色々なことを知らされる。
当たり前のように接していた行動の中に、人それぞれの考えがあり、大切にされていた事に気づく。
(絶対死なないでね、絶対帰ってきてね、絶対だからね)
妹が最後に言った言葉を思い出す。
約束を果たさないとな。
◇
翌日、朝食を終えた頃を見計らってウォーレンが訪ねてくる。
「アキト様、ご無沙汰しております」
「出向いてもらって悪かったな」
「かまいません、訳があるのでしょう。
今日はお会いしなかったということで宜しいのですね」
「そうして欲しい」
話が早くて助かる。
ウォーレンを一階の奥のテーブルへ案内する。
『カフェテリア』は夕方からのオープンのため、店内には俺達以外に誰もいなかった。
リゼットはレティの元に向かっているので、ここにいるのは俺とウォーレンの二人だけだ。
軽く世間話程度を挟んで、本題に入る。
「実はまとまったお金が必要になったんだ。
大雑把な金額で言うと金貨一〇〇枚を借りたい。
それと、金貨三六〇枚程度の品をオークションで流したい」
「大商いですな。
宜しいでしょう、お受けいたします」
「自分で言っておいてなんだけれど、そんなに安請け合いして大丈夫か?」
「アキト様にはそれだけの担保があると判断してのことです。
ですが商売ですので、一筆頂きたいと思います」
それは当然だろう。
実際には内容次第だが。
「もしお返し頂けないとなりましたら、絹布の販売で行っています利益還元を金貨一〇〇枚にあたるまで控えさせて頂きたいと思います」
「それで損はしないと思うが、多少乗せないとウォーレンにメリットもないだろう」
「そうでもございません。
アキト様への貸しでしたら、これ以上のメリットはありませんので」
随分と高く評価されているが、商売人のウォーレンがそう判断するなら俺も気が楽でいい。
「わかった。
俺の方は問題ない、それで行こう」
それからメルとリルに対するサプライズプレゼントをウォーレンに相談する。
ふたつ返事で了承をもらい、楽しみが一つ出来た。
プレゼントするのを楽しみに待つとか、元の世界にいた頃は無かったな。
ウォーレンを見送った後、今度はレティに会う番だ。
そのリゼットがレティと共に空間転移で現れたのはお昼の少し前だった。
空間転移をすると、若干目眩のような感覚が起こる。
それに慣れないレティがちょっとふらついたところを、その腕をとって支える。
「アキトさん、ありがとうございま、す」
そのまま軽く抱擁を交わし、再会を喜ぶ。
頬を赤らめ、上目遣いで覗きこんでくるレティの頭をなでる。
「レティ、元気そうで何よりだ。
急に呼び出して悪かったな」
「そんなことありません、いつでも大丈夫です!」
「そっか、それは良かった。
お昼は食べていくだろう?」
「はいっ!」
久しぶりに俺が料理を作ることにした。
まぁ、俺に作れるものはたかが知れているので、難しいことはせず野菜炒めとコーンスープにしておく。
日差しの入り始めた店内では、リゼットとレティが長年の友達のように笑顔で語り合っていた。
性格は違うが、同じ境遇に身をおく者として親近感もあるのだろう。
二人にはルイーゼやマリオンとは違った魅力がある。
二人はその髪の色が黒いことで貴族として生まれながらも社交界に出ることはなかった。
俺は黒い髪も魅力の一つだと思っているが、プライドの高い貴族の殆どは教え伝えられたことを信じる傾向が強かった。
リデルはレティもいずれは結婚すると言っていたが、本人達はそれが難しいと思っているようだ。
貴族社会において、未だ黒い髪に対して忌避感を持つ者は多い。
少なくても政略結婚においてはデメリットでしか無かったが、俺にとっては見慣れた黒い髪を持つ二人で、リゼットのショートカットもレティのロングも魅力的だ。
ん?!
「リゼット、その髪はどうした?」
「えっ?!」
天使の輪が出来るほどの艶があり、しっとりと黒くみずみずしい髪だった。
レティの髪も手入れの行き届いた綺麗な髪質だが、根本から違う。
普段はフードをかぶっていたし、ある意味見慣れたことでもあり気にならなかったけれど、この世界では異質だ。
それほどリゼットの髪質は良かった。
「これは、その、だめです」
リゼットが狼狽えるのとか初めて見たな。
「実は気になっていたのですが、すごく綺麗な髪ですよねぇ。
どのように手入れをしたら良いのか、私も教えてもらいたいです」
「あの……」
向こうの世界の知識を使って、シャンプーやリンスでも創りだしたのだろう。
元が研究者肌であるリゼットにとって、調べることも実験も慣れたものだ。
リゼットは諦めたように鞄から小瓶を取り出した。
「これが秘策ですか?」
レティの食いつきっぷりが凄い。
食い入る様に見つめる目に、何か切羽詰まるような感じを受ける。
「はい、こっちの瓶の液体で汚れを洗い流して、その後にこちらの瓶の中身で髪を潤わせてから軽く水で流します」
そこからのレティの行動は早かった。
勝手知ったる我が家。
早速リゼットの了承を得て、小瓶を抱えてシャワールームに向かっていった。
「ご、ごめんなさい」
「別に謝ることじゃないさ。
それをいったら俺だって、意識の有無は別として向こうの世界の文明を取り入れているからな。
この世界が悪い方向に変わることじゃなければ良いんじゃないか?」
極端に違う文明レベルの物を取り入れるのは、急激な変化をもたらすかもしれないが、今ある物のを発展させた物ならそうは大変なことにならないだろう。
主観かもしれないが、俺はそう思って意識的に食文化は取り入れている。
それに、無意識的に取り入れている事も多いだろうし、リゼットを責める理由も資格もなかった。
「そうでしょうか」
「むしろ貴族に取りいってお金を出させようとか難しいことをするより、商売人にでもなってそれを売っていたほうが良いんじゃないのか。
売るほど大量に必要ならそれを作る人手も必要になるし、仕事が増えれば生活が楽になる人もいるだろう」
なにせ女の子のお洒落に対する姿勢はこの世界でも変わらない。
「分かってはいたのですが、どうしても踏ん切りがつかなくて。
駄目ですね。
目的のためには手段を選ぶ余裕など無いはずなのですが」
「そこにジレンマを感じるリゼットもきらいじゃないけどな。
いつも背伸びしすぎだと感じていたし、特にこの世界に戻ってから酷かった」
「それほどでしたか?」
「あぁ。今はじめて歳相応の女の子に見えたよ」
リゼットは少しだけ拗ねた表情を見せる。
それもまた初めて見る新鮮なものだった。
◇
「私も行きます!」
シャンプーのほのかな香りを漂わせながら、タオルで髪の水分をとっているレティに、今の状況を説明していたところだ。
力を貸して欲しいと頼む前に、力になると言われた。
リンスなのかコンディショナーなのか、リゼットの用意した物はレティの髪にも天使の輪を作り出していた。
リデルやお姫様のように金髪碧眼も凄く綺麗だと思うが、やはり俺には黒い髪がよく見える。
「私、あれからも魔法の鍛錬は怠っていません。
自慢出来ることではないのですが、魔法の鍛錬場も一部壊してしまいました」
魔法の鍛錬場は魔石を魔力源とした魔法障壁が張られていたはずだ。
物理攻撃にはそれほど強くないが、魔法に対してはかなりの強度がある。
例外的なのは魔力を力としてぶつける無属性魔法に弱いことくらいだ。
おそらく魔法障壁の仕組みが、属性に対する抵抗力となるものなのだろう。
その魔法障壁を打ち破るほどの威力とは――
「凄いじゃないかレティ」
「えへっ、褒めてください」
「よく頑張ったな。
でも、無茶は駄目だからな」
「はいっ」
俺は少し湿り気のあるレティの頭を軽くなで、努力を続けるレティを褒める。
「九日後に迎えに来る。
それまでに準備はできそうか?」
「はい、任せてください」
満足そうに笑顔を見せるレティを見て、改めて女の子は可愛いなと思った。
九日後の再会を約束して、レティを送り出す。
いくら王都は安全だと言っても、元の世界に比べれば必ずしもそうとは言い切れない。
以前、人通りの少ない公園とはいえ、誘拐犯の襲撃を受けたこともあるくらいには危険も多かった。
リゼットの転移魔法によって道中のトラブルを懸念する必要が無いのも助かるな。
俺はレティを送り出し、一時ヴィルヘルム島にもどる準備を始めた。