王国薔薇騎士団
2015.11.21
全体的な修正を加えました。
メインストーリーに関わる変更ではありませんが、全体の流れが大幅に変わっています。
変更点が多岐にわたる為、差分を用意しました。
https://dl.dropboxusercontent.com/u/800298/041_%E7%8E%8B%E5%9B%BD%E8%96%94%E8%96%87%E9%A8%8E%E5%A3%AB%E5%9B%A3.html
王都を出て一週間。
俺達は西のルドラ大正門を目指して旅を続けていた。
昨夜から降り始めた雨は朝方には止んでいたが、長雨の様子を見せる空模様は季節が雨季に近づいていることを感じさせる。
自然と会話も減り、淡々と進む俺達の元に甲高い動物の鳴き声が聞こえてきたのはお昼も近くなってからだ。
曇り空に響き渡るそれは単体ではなく複数の存在を示し、同時に普通の状態では無い感じを受けた。
俺はリデルと見合わせると、頷き、セバスチャンに鞭打つ。
それに答えたセバスチャンが小走りの状態から加速し、悪い足場なりに疾走する。
しばらくして空に幾つかの影が見えてきた。
全部で……五。
それは旋回するように空を飛び、時折急降下しては再び旋回の輪の中に戻っていた。
更に進むと、急降下した際に火が噴かれ、その都度馬車や馬が焼かれているのが分かる。
空を飛び、火を噴く――
「まさか、ドラゴンか?!」
心の準備はしていたはずだが、流石にエルドリア王国にいるうちに出会うことになるとは思っていなかった。
「いや……あれは飛竜だ。
竜という名前は付いているが、竜の眷属には当たらない」
飛竜というと、ワイバーンか。
蜥蜴の胴体に翼がついて、火を噴くという。
「魔物か? それとも動物になるのか?」
「魔物に分類される。
必ず群れで狩りをすることから脅威度は高い。
冒険者ギルドでは単体でランクDクラス、複数でランクCとされている」
強敵だな。
魔物はめったに魔巣と呼ばれる森なり迷宮から出てくることはないが、例外がある。
個体がある程度強くなり出てくるか、活動範囲の広い空を飛ぶ魔物だ。
今回は後者のパターンらしい。
「ランクCとなるとキツイか」
「単体ではランクDだから戦い方次第だね。
もし地上に降ろすことが出来れば、ランクDとしても弱い方に入るはずだ」
一対一の状況を作っていけばなんとかなるか。
街道の先からは何頭かの馬がこちらに向かって逃げ出してくる。
革の装備で武装された立派な騎馬だったが、今はそちらに構っている場合でもない。
次に見えてきたのは円陣を組んで警戒している騎士達だった。
あれでは飛竜のブレスの的になるようなものと思えたが、今まさに炎が襲いかからんとしたところで、何かに弾かれるように炎が散っていく。
「魔法障壁か?」
「そのようだね。
あれはおそらく『王国薔薇騎士団』だ。何人か見覚えがある」
王国薔薇騎士団。
だいぶ前に聞いた女性だけの騎士団か。
道理で姿格好が見慣れた王国騎士団のものとは違ったわけだ。
俺とリデルはある程度近付いたところで馬を木に繋いで走る。
騎士だけあって、全員が軽板金鎧を着こなし盾と剣を持っていた。
薔薇の騎士と言うオペラがあったけれど、そのイメージに引っ張られそうだ。
ここは女騎士としておく。
その女騎士は全員で一二名、その内、魔法障壁を使えるのは二人のようだ。
それぞれが六名に分かれて飛竜のブレスに備えているが、障壁の大きさが足りないのか非常に狭く、迎撃のための身動きは取れないでいた。
守るだけでは何れ魔力が尽き――たようだ。
ブレスの途中で魔法障壁が切れ、何人かが炎に巻かれる。
火はすぐに消し止められたが、二人ほど倒れたままだ。
それを待っていたかのように、複数の飛竜が女騎士めがけて降下してくる。
止めとばかりに同時攻撃か?!
三方からの同時攻撃に何人かは頭を抱え蹲り、何人かがそれを叱咤激励し、何人かが盾をかざしブレスに備える。
「リデル!!」
今まさにブレスが吐かれようとした寸前、リデルが女騎士達の中に走りこみ魔法障壁を展開――ほぼ同時に飛竜のブレスが吐かれた。
三方からのブレスは辺りを覆い尽くすほどの広範囲に及び、流石の俺も焦る。
更に焦ったのは女騎士達で、あげる悲鳴が空気を焼くブレスの音を上回るほどだった。
しかし、その炎は俺達には届かない。
リデルの魔法障壁は半径五メートルに達し、全員を覆ってなお余裕がある巨大なものだった。
三方からのブレスを同時に防ぐ強度……それを俺の魔弾は一撃で打ち砕くんだよな。
今の俺が使う魔弾は、思ったよりも威力があるらしい。
いや、あるとは思っていたが中々決定打になることが少ないから気付かなかったけれど、今までは相手が悪かったか?
それはともかく、女騎士達からすれば突然の乱入者だ。
飛竜のブレスで焼かれなかったことに安堵した女騎士達の警戒が、次には俺達にも及ぶ。
しかしその警戒もリデルを知っている人がいたため、直ぐに解かれた。
「ヴァルディス卿?!」
俺はその場をリデルに任せ、倒れた二人に向かう。
全身鎧が焼けていて火傷の状況が分からない。
ただ、その様子から重傷なのが見て取れる。
あまり時間的な余裕はなさそうだ。
俺はナイフを取り出し、着ている鎧の留め金を支えている革紐を切っていく。
「な、何をする!」
「見ていないで、そっちの子の鎧も脱がせろ!
鎧が肌を焼いている!」
「?!」
若干パニックに陥っているようだったので、偉そうだが明確に命令を与える。
俺が上半身の鎧を外し終わる頃には、すでに女騎士の意識も朦朧としていた。
左側上半身の火傷が酷いようだった。
俺は鎧に次いで鎧下にもナイフを入れ、火傷の位置を確認する。
上半身が露わになったことで色白の肌が目につくが、それと対を成すような酷い火傷に誰もが目を背ける。
痕が残るとか言っていられる状況でもない。
俺は女騎士の胸に手を当て、心の臓を通して魔力の制御を行う。
俺が胸に手を当てたことで周りから非難の声が掛かるが、直ぐにリデルのフォローがあり、今は見守るように様子を窺っていた。
「あ、あの、オリビアは助かりますか?
私が力ないばかりにオリビアが……」
その内の一人、おそらく魔法障壁を破られた女騎士なのだろう。
真っ青な顔をしてオリビアと呼んだ女騎士の様子を窺っている。
「出来るだけのことはする」
「お願いします、どうか助けてください。
私に出来ることなら何でもしますから」
そう言うことは余裕がある時に言って欲しい。
俺は火傷の範囲に集中し、後が残らないように女神アルテア様に願い、祈り、自己治癒を掛けていく。
もちろん俺の魔法……この場合は技かもしれないが、自己治癒は奇跡じゃ無いから女神アルテア様の力は得られない。
それでも、そう願わずにはいられなかった。
≪アキト……≫
日頃から魔法の練習をしているのか、女騎士の魔力は多い方だったが、所詮は自己治癒能力を高める俺の魔法では限度があった。
命を繋ぎ止めるのが精一杯か……俺はルイーゼに頼っていたんだな。
そうだ?!
リデルの回復魔法は精霊魔法系水属性だ、自己治癒魔法よりは効果が高い。
それに回復魔法なら痕も残らないかもしれない。
ただ、その場合は飛竜のブレスを俺が何とかするしか無い。
魔壁が耐えられればいいが……。
俺の感覚では魔弾で魔壁を砕くのは難しい。
ならば使い勝手は悪いが、魔法障壁よりは防御力が高いと思える。
後の問題は、どうやって入れ替わるかだ。
自己治癒魔法を止めた途端に、この女騎士は死んでしまいそうだ。
?!
「モモ! 回復薬を頼む!」
突然現れたモモに、様子を見守っていた女騎士が驚く。
でも魔物や得体のしれないものではなく幼女だった為か混乱には至っていない。
俺はモモから受け取った回復薬を女騎士の火傷の部分に掛け、もう一本を飲ませる――が、意識がない為か上手く飲んでくれなかった。
まさか自分がすることになるとは思わなかったが、俺は回復薬を口に含み、女騎士に口移しで飲ませる。
周りからは俺の行為に対して、怒りの表情を見せる者から見蕩れる者まで様々な様子を見ていたが、苦痛に歪んでいた薔薇の騎士の表情が和らいだことで、それが治療行為だと理解してくれたようだ。
人命救助中に、いちいち説明もしていられないとは言え、よく考えれば相手は貴族の可能性が高い。
医療行為だが、もしかして何かしらの問題を呼ぶか?
そんな考えも、空気を焼く音にかき消される。
相変わらず頭上では飛竜のブレスが魔法障壁を焼いていた。
俺はもう一人、火傷の軽い方の女騎士を介抱している女騎士に回復薬を渡し、使うよう指示する。
俺の様子を見ていたことから、何をすべきか直ぐに分かったらしい。
忙しい状況下で察しが良いのは助かる。
さっきまで真っ青な顔をしていたが、今は多少落ち着いたようだ。
むしろ頬が赤く見えるのは、さっきの行為を見ていたからだろうか。
近くに何かの落ちる音がして、再び悲鳴が上がる。
飛竜だ。
口から血を流し、おぼつかない様子で地面を這いずり回っている。
魔法障壁に体当たりした衝撃で落ちてきたのだろう。
俺は殆ど反射的に剣を抜き、振るう。
黒曜剣と名付けた新しい剣は十分な威力を持って、その頭を切り飛ばす。
星月剣ほどの軽さは無いが、むしろ心地よい重さで使い勝手は悪くない。
「凄い……」
その様子を見ていた女騎士達の間から声が上がる。
褒められているようでちょっと嬉しいが、続きは後にしてもらおう。
「リデル! 回復魔法を頼む、飛竜は俺がなんとかする!」
「わかった!」
リデルが飛竜のブレスを防いだ直後を見計らって入れ替わる。
消えた魔法障壁に女騎士達から不安の声が出る。
どうも戦いに慣れていない騎士が多いようだ。
怯えるだけでそれ以外の手段を取ろうとしない女騎士も多かった。
逆に状況を把握して直ぐに動き出す女騎士もいた。
一度はリデルの登場で魔法障壁を使うのをやめていた女騎士が、小さいながらも再び魔法障壁を使用する。
別の女騎士が動揺している仲間に指示を出し、火傷を負い倒れている二人の騎士の前で盾を合わせブレスに備える。
槍や矢であればそれでも効果があるかもしれないが、回り込む炎では些か厳しいだろう。
俺は盾を構える女騎士達の前に立ち、飛竜の攻撃に備える。
「何をしている! 死ぬ気か?!」
「死ぬ気は無いし、手も考えてある」
魔壁で防ぎ、破られたら魔波で迎撃の二段構えならなんとかなるだろう。
魔壁は発生直後が一番硬く、徐々に魔力が霧散し一〇秒ほどで消えていく。
だからギリギリ引きつけて使う必要があった。
一匹の飛竜が甲高い鳴き声とともに、こちらにめがけて下降を始めて来た。
周りの女騎士達から悲鳴のような声が溢れる。
更に迫る飛竜に、その場から離れようとする者が出てくる。
「動くな、じっとしていろ!!」
俺の一括で身動きを止める。
魔法障壁のように広範囲を守れる魔法では無い。
飛竜の狙いがばらけては守り切れなかった。
十数メートルという距離で飛竜が口を開く。
その中心に赤い渦が巻き起こり、螺旋を描くようにして炎が発せられる。
女騎士達から悲鳴が上がる。
でも、それが苦痛の声に変わることはなかった。
俺の魔壁は魔弾や魔盾と同じ様に十分な魔力の元、強度も上がっていた。
その結果、飛竜のブレスであれば完全に防ぐことが出来た。
それに自分で感心している場合でもない。
俺は再び上昇を始めようとした飛竜に向かって黒曜剣を振るう。
空を飛ぶ飛竜に向かって剣を振る様を見て、可哀想な物でも見る視線を感じた。
だがそれも、飛竜が落ちてくるまでだ。
飛竜が再び上昇を始めようかという時、その胴体から片方の翼が切り離された。
そのまま片方の翼を失い、きりもみ状態で落ちてきた飛竜は、地面にぶつかるともう片方の翼をばたつかせて暴れだす。
「飛竜に止めを刺してくれ!」
突然の出来事に女騎士達は驚いていたが、何人かが俺の声を受けて剣を構える。
そっちは任せ、俺は次に下降してきた飛竜の相手だ。
ただ、やることは同じで単純だった。
魔壁でブレスを防ぎ、すれ違いざまに飛竜の翼を切って落とす。
はじめに落ちた飛竜は女騎士がたお――せていなかった。
暴れる飛竜になかなか近付けず、なんとか近付いて剣を振るっても飛竜に傷をつける程度で致命傷に至らない。
恐怖心から踏み込みが足りていないのか。
俺も周りを見ていない!
マリオンやルイーゼ、そしてバルカスやレオのような動きは期待しすぎなのか。
そうこうしている内に、暴れる飛竜の口から炎がこぼれ出す。
「ブレスだ! 散開しろ!」
俺は上空からの飛竜のブレスを防いでいた為に、そちらに手が回らない。
吐かれるブレスの先には女騎士の二人が固まっていた。
「立ち止まるな!」
二人は足が竦んでいるのか動けないでいた。
二人寄り添うように腰が砕け、地面を濡らす。
リデル!
飛竜のブレスが二人をめがけて放たれる。
だが紅蓮の炎が二人に届く直前、それは魔法障壁に阻まれ、炎が拡散する。
回復を終えたリデルがギリギリで魔法障壁を展開していた。
「アキト、ここの守りは僕が代わる!」
「わかった!」
俺はその場を再びリデルに任せ、再び迫ってくる飛竜に備える。
リデルはそのままブレスを吐き終わった飛竜の頭を盾で打ち付け、長い首の横を見せたところで、その頭を一撃で切り飛ばす。
流れるように優雅な動きから繰り出される攻撃は、それほどの威力が無いように見えるが、必要なところでは力の入った鞭のような動きだ。
そして氷の様な輝きを放つ刀身が目に残す残像は、リデルの優雅さと相まって見る者を魅了する。
「「「ヴァルディス様……」」」
わかる。わかるけれど、次のが直ぐに行くぞ。
俺は三匹目の飛竜が下降してきたところで、馬鹿の一つ覚えのブレスを防ぐために魔壁を展開する。
飛竜は集団戦を行うが、攻撃そのものは単調だった。
前の二匹が同じように倒されているのに、同じ行動しか取ってこない。
だから俺も同じように、ブレスを防いでは魔刃を使い飛竜の翼を切り落としていく。
落とした飛龍のことはすでに気にしない。
リデルが自由に動けるようになったのであれば、俺が心配することはない。
残りは二匹。
しかし、流石に前の三匹が下降した後戻ってこないとなれば、今までと同じことは危険と気づいたのか、頭上を旋回して降りてこなくなった。
「アキト、あれは仲間を待っている可能性がある」
「逃げるにしても上から追われていては厳しいか……モモ、強弓を頼む」
俺の手に二つの魔法陣が現れ黒曜剣が消えると同時に強弓が現れる。
その様子を見ていた女騎士は、狐に化かされたような顔をしていたが、それを茶化している時でもない。
飛竜までの距離は約五〇メートル。
距離は問題ないが下から上を狙うのは難しい。
自分で弓を用意しておいて自信が無いというのも情けないが、それでもやるだけはやってみる。
当たればまともに飛んでいることは難しいだろう。
ただの鉄の鏃でさえ王鷲の頭を貫通している。
飛竜が魔物で魔闘気を持っていたとしても、当たればただではすまないはずだ。
「そんな弓、引けるものか……」
女騎士の一人が驚くのも無理がない。
もともとオーガサイズで用意されている弓で、それもお蔵入りされるくらい無茶な仕様の弓だ。
普通に見たらこれを俺が引けるとは思えないだろう。
「引くだけならなんとかなる」
矢をあてがい、身体強化魔法を使い、引き絞り、未来位置を予想して、狙いを定め――放つ!
小さな火薬が破裂したような音を立てて放たれた矢は、弧を描くことなく飛び、飛竜の後ろ足をもぎ取るように貫通して何処かへ飛び去る。
飛竜は突然自身を襲った激痛でパニックに陥ったのか、飛ぶこともままならずに落ちてきた。
落ちた飛竜はその落下のダメージもあってか動きが悪く、すぐに駆け寄った女騎士によって仕留められる。
「当たったな」
「狙ったのではないのか?」
「狙ったけど、当たるとは思わなかった」
「そうか、わたしは構えを見ていただけで当たるような気がしたぞ」
身に覚えがあるな。
前にマリオンに弓を教わっていた時、マリオンの構えを見ただけで当たると思ったことがあった。
マリオンの弓は達人のレベルに達している。
俺がその域に達したとは思えないが、上達はしているのか。
「取り敢えず、後一匹だ」
次の一射は外した。
「今の構えからは当たる気がしなかった」
飛竜が残り一匹となり余裕も出来てきたのか、軽口を叩けるくらいには落ち着いたらしい。
俺はそれを無視し、続けて五回矢を放つ。
五回目の矢が腕を砕いたのか、飛竜を撃ち落とすことに成功した。
落ちた飛竜はリデルが止めを刺し、取り敢えずの脅威は去ったといえた。
「もう大丈夫だろう」
俺の一言が張り詰めていた緊張を解いたのか、何人もの女騎士が地面に座り込む。
「見ない内に、随分と弓の腕が上がったようだね」
「この弓だと、大分先までまっすぐ飛ぶから当てやすいんだ」
「その弓を引けることがすごいんだろうね」
素の力だけでは引けないが、攻撃手段としてはやはり一手増えるのが大きいな。
機会があればどんどん練習しよう。
「ヴァルディス卿」
弓を撃つのを見ていた女騎士が声を掛けてくる。
「私は王国薔薇騎士団の団長を務めているカトレアと申す。
この度は危ないところをご助力いただき、感謝する」
薔薇なのに名前は蘭系……まぁ、本人がつけた名前じゃないか。
白金色のショートカットが、彼女のキリッとした感じによく似合っていた。
「いえ、これも役目ですから気にしないでください」
「それでも、この命が救われたことは事実。
感謝しきれるものではない」
「わかりました。その気持ちありがたく頂戴します」
「それから、そちらの――」
「アキトです。
俺は貴族ではありませんので、礼は無用です」
「そうはいかない。
君のおかげでオリビアは命をつなぐ事が出来た。
少々目に余る面もあったが、それも全てはオリビアを助けるため。
本来であれば不敬罪とも取れるが、オリビアには私がよく言っておこう」
「そのようにお願いします」
そういう可能性もちょっとは思い浮かんだが、結局は助けただろうな。
凜々しい顔に微笑みが出ていたのを見れば、カトレアも本気で言っている訳ではないだろう。
ただ、状況によってはそう言うこともあると言うだけで。
俺はオリビアと呼ばれた女性を見る。
布が掛けられ火傷の状態はわからなかったが、寝顔は穏やかに見えた。
リデルの回復魔法も俺の自己治癒よりは能力が高いようだ。
「僕の魔法でも痕を完全に消すことは出来ないけれど、騎士団に戻れば上位の治癒魔術師がいるから上手く跡は消してくれると思う」
「そうか」
上位の治癒魔術師に治せるということは、それはリデルの使う回復魔法の延長ではないということか。
どちらかと言えばルイーゼの奇跡に近い魔法ということになる。
「僕達はこの先のトーラスの町へ向かいますが、今日はそちらで休みを取られてはいかがですか?
道中は僕達もご一緒しましょう」
「ご厚意に甘えさせて頂こう。
何分、魔物との戦いが初めてという者もいて、ショックが大きかったようだ」
馬車と馬は残念ながら使い物にならなかった。
騎馬も半数が逃げ出しており、俺達は怪我の酷い人を馬に乗せ、トーラスの町に向かう。
◇
トーラスの町は宿場町としては小規模のものだったが、幹線道路にあるため貴族あるいは富裕層向けの品の良い宿も多かった。
その宿の一つ『月の浜辺』は、きっといつもとは違った様子を見せていたに違いない。
「ヴァルディス卿、あの魔法障壁は素晴らしかったです。
どうしてあれほどの規模の魔法障壁を維持できるのですか、コツとかあるのですか?」
「ヴァルディス卿、貴重な回復魔法を使っていただき、ありがとうございます。
あの、これはその御礼といいますか」
「ヴァルディス卿、あの飛竜の首を一撃で切り裂く腕前、お見事でした。
それにあの氷のような輝きの剣もよくお似合いで、素敵です……」
女騎士達の目がハート型に見える俺は少し酔っているのだろうか。
まだお酒は飲んでいないけど。
大怪我をした二人がいても、命の別状がないと分かったからか、今は助かった安心感もあって気分が高揚しているのだろう。
女騎士の皆々が生存本能で良い男に集まるのはしかたのないことだ。
決してリデルがモテることとは別の話だと思う。
リデルはまだ婚約者を決めていなかった。
ついに男爵となったリデルの株は王都でも天井知らずの上昇を見せている。
若くして男爵となり、将来性もあり、縁故関係はまだ薄い。
囲い込むなら今が一番いい時でもある。
だから、俺がモテないのは理由があっての事だ――と思ったが。
「あ、あの、クリミナです。
今日は助けて下さいまして、ありがとうございました」
少しピンクがかった赤い髪を後ろで一つにまとめている女の子だった。
今日助けてということは……あ、オリビアを助けて欲しいと言ってきた子か。
飛竜のブレスを前に立ち竦んでしまった二人の内の一人でもあるな。
「もうさんざんお礼はもらっているから、気にしなくていいさ」
「それでも一言、自分の言葉でお礼を言わせて頂きたかったの。
そ、それと……秘密にしてください……」
クリミナはそう言うと、顔を真赤にして俯く。
「秘密……秘密……あぁ、秘密だな。約束する」
俺だっていつ恐怖から地面を濡らすことがないとも限らない。
恥ずかしいこととは思わないが、わざわざ言いふらされたいことでもない。
安心したのかクリミナはようやく笑顔を見せる。
「お聞きしたいことがあったのですが、飛竜のブレスをどうやって防いだのですか?
魔法障壁のような物は見当たりませんでしたが、あれも魔法ですか?」
「そうそう、それ!
私も気になったの、あれは何だったの?
あ、私はベルベレット、ベレットで良いわ。
今日は助けてくれてありがとうね、ほんとに助かったわ」
クリミナの後ろに座っていた女騎士が会話に入って来た。
矢継ぎ早に用件、自己紹介、お礼を言ってくる。
赤く長い髪が、どことなくマリオンを思い出させる女の子だった。
「アキトだ、お礼は十分頂いたよ。
あれは魔法というより、魔力その物を使った壁みたいなものだな」
「魔力その物?」
俺の説明に、クリミナとベレットが顔を見合わせる。
「精霊魔法じゃない、無属性魔法になるのか。
魔法と言っても、俺の場合は技みたいなものだけど」
「無属性魔法ですか……存在は知っていますが、使っている人を見るのは初めてです」
「私も使う人はしらな――ヴァルディス卿が使うわよね?」
ベレットは気付いていたようだ。
「良く気付いたな?」
「まぁ、武器が良かったのもあると思うけれど、あれを一撃だったしね。
飛竜は王国騎士団との合同練習の時にも戦うことがあるけれど、ヴァルディス卿の体格であそこまで綺麗に首をはねるのは普通とは思えないわ」
「身体強化魔法ですか。
それは随分と古風な――す、すいません」
「クリミナ」
ベレットに窘められるクリミナはちょっと可愛い。
「それでも珍しいことは確かよね」
それはそうだろう、俺も身内以外に使っているのを見たことがない。
「それで、ブレスを防いだ後、どうして飛竜は落ちてきたのですか?
剣は届いていなかったはずですが、それも無属性魔法ですか?」
「そうだ。
魔力を圧縮して刃のようにして放射する……これもどちらかと言えば技かな」
「簡単そうに言っているけれど、それって普通出来ないよね」
俺が知っている限りマリオンだけだな。
「無属性魔法……魔力を圧縮……放射……。
私にはレベルが高すぎて分かりませんが、その魔法がすごく実践的で役に立つ事はわかりました。
私にも使えるでしょうか?」
「使える使えないで言えば、使えるんじゃないかな」
今のところ、教えて使えなかった人はいない。
バルカスは魔力制御に四苦八苦していたが、こういうのは若い方が掴みやすいのかもしれない。
「教えてください!」
あ、そうなるか。そうなるよな。
「悪いが任務中で、すぐに町を発たないといけないんだ」
「そうですか……そうですよね」
流石に一朝一夕という訳にはいかない。
教えるなら最低でも一ヶ月は欲しいところだ。
「あの、コツだけでも良いので教えて頂けませんか?」
「コツかぁ……それじゃ手を貸して」
クリミナは顔にクエスチョンマークを浮かべながらも素直に手を差し出してくる。
俺がその手を取るとビックリして手を引いてしまった。
「コツを教えるには手を取るのが早いんだ。
出来れば両手を出してくれ」
「そ、そうでしたか。
わかりました」
クリミナは少し火照って赤くなった自分の頬を軽く手のひらで叩くと、意を決したように手を差し出してくる。
俺はその手を取り、クリミナの魔力を精査する。
魔力は普通の人より遥かに多く、潤沢だ。
俺はまずリラックスさせる為に、身体強化の逆を行い、体を楽にさせる。
「あ」
相変わらず、女の子の溜息のような吐息は色っぽいな。
続けてクリミナの魔力を制御し、身体強化を行ったり、抜いたりと魔力を制御していく。
「あぁ……すごいです」
クリミナはイヤラシイ女の子だった。
「もしかして、これが魔力ですか?」
「そうだ。魔法上達のコツは、魔力その物の認識力を高めることだ。
そのまま集中して」
「はい」
俺は次いで魔力の吸収と付与を繰り返す。
「はぁ……あぁ……」
すでに本人の意志とは関係なく声が出ているようだ。
「ちょっと、クリミナ。
なんって声を出しているのよ」
ベレットが何を想像してか、赤い顔でクリミナを注意する。
確かに声だけ聞いていたら良くない事を想像しそうだ。
「ご、ごめんなさい」
正気に戻ったクリミナが身を正し、はしたなくも声を出していた自分を恥じる。
「毎日寝る前に、今の感じを思い出しながら魔法を使うんだ。
本当は繰り返し日数を掛けて練習するんだけれど、まぁ、今回はここまでだな。
もし、また会うことがあったら続きはその時だ」
「いえ、ありがとうございます。
凄く参考になりました」
続けてベレットにも同じ事をすると、クリミナと同じように甘い吐息を吐いていた。
その日の食堂は実に誘惑に満ちた空間になっていたが、リデルはその全ての誘いを上手くあしらっていた。
女性を傷つけず、それでいて突き放さない程度の距離をおいて。
若干の希望を残すのは優しさかそれとも悪魔の技か、俺はその技をこの旅の間に見抜き、身に付けなければならない。
◇
後に俺は王国薔薇騎士団の別名が『氷結の薔薇』であることを知る。
男には靡かず、頼らず、自分達の力で事を成す。
また、そういう気構えの元に、決して笑わず、自分に厳しく、男とは距離を置き、実力を示す彼女たちを指す言葉だった――らしいが、俺の知るかぎり、そんな二つ名があるとは思えないくらい積極的だったが……。




