初めてのパーティー・後
「この役立たずが!」
「きゃっ!」
荷車の方から悲鳴が上がる。どうやら少女が男に蹴られたようだ。
俺は再び少女を蹴りつけようとした男の前に割って入る。
「止めろ!」
「助けてくれたお礼は言うが、こいつは俺の奴隷だ。
囮になれと言ったのに逃げだそうとしやがった、躾の邪魔はしないでくれ」
リデルと熊髭達が渋い顔をする。
元の世界でも奴隷はいた。特に時代をさかのぼれば上るほど、それが普通のように。この世界でも奴隷がいて不思議は無い。
でも、俺は現代の人間だ、理解は出来ても納得は出来なかった。
だが、リデルや熊髭達の反応を見るとこの男の言う事にも理があるのだろう。
確かにいちいち助けていたらきりが無いというのは分かる。社会構造に組み込まれている以上は気の遠くなるほどの時間を掛けないと無くならないだろう。
だから、全員を助けるつもりは無い。ただ、この子を助けるだけだ。この子には命の恩がある、ここで返さない理由が無い。
もっとも、この男も素直に止めるとは思えないから、こっちも理のある方法をとるまでだ。
「俺はお前達の巻き添いにあった」
俺は敢えて憮然とした態度をとる。熊髭達の威を借りている状態だ。
流石に相手からしたら自分の半分の歳にも満たない俺だけでは脅威を感じないだろう。
「あ、あぁ。助かったよ、ありがとよ。だが――」
「礼はすると言ったな。命のお礼が欲しい」
俺は男の言葉を遮ってこちらの要求を伝える。
「礼といったって見ての通り積み荷はボロボロだし、荷車は壊れるし馬は殺されちまった。こっちも大損なんだよ」
「それはお前の都合だ。俺には関係ない。
あんな魔物、それも二匹に追われていて命あっただけ大儲けだろ。
お礼と迷惑料併せて金貨一枚を要求する」
正直お礼としての相場が分からないので、思い付きで言ってみる。金貨一枚は日本円で一〇〇万円くらいだ。
「ば、バカ言うなよ、それこそ破産しちまうわ」
「お前の命は金貨一枚にもならないのか? それじゃ、別に何でも良い」
「何でもったってなぁ」
男は流石に自分がそこまで安くないと思ったのか思案している。
俺が只の子供だったら何のかんの言って誤魔化しもしたかもしれないが、俺の後には同じく憮然とした態度の熊髭達がいた。
熊髭達があの巨大熊を倒していたのを男も見ている。下手に刺激したくは無いだろう。
「物が無いなら、その子を奴隷から解放しろ」
「あぁ、そんな役立たずで良いならお礼にやるよ、ちょっと待っていな」
男はしばらく思案した後、俺の申し出を受けた。
そして荷車の荷物をあさり、一枚の羊皮紙を持ってきた。
「これを奴隷商人に持って行って新しく契約をし直してくれ。
おい、お前はこの男について行け」
俺はその羊皮紙を受け取る。相変わらず文字が読めない。
男は少女の首輪に手を当てると何かを呟いた後、少女をこちらに押し出す。
フードで顔はよく見えないがちらりと見えた顔はやはり知っている顔だった。
「もう大丈夫、巨大熊は倒したから。俺達に付いてきて」
少女はまだ恐怖で震えていたが、俺はその手を引いて熊髭達の元に戻った。
荷馬車の後始末をしてやる義理も無い。
男は手伝って欲しそうだったが、それを言えば対価を要求されると思ったのか何も言ってこなかった。
別に俺だって困っているなら手を貸すくらいやぶさかじゃ無い。でも最初の印象が悪すぎた。何も言ってこないならこちらから手を貸すつもりも無かった。
「ごめん、勝手をして」
流石に相談もせずに交渉してしまったのは悪いと思った。男を助けたのは俺だけじゃ無くリデルや熊髭達も一緒なのだから。
「まぁ、いいさ。もめた訳じゃ無い。
それにお前がその子を助ける気持ちは分かる。
だが忘れるなよ、助けるっていうはあの男から解放するだけじゃ無いぞ」
もちろんグリモアの町まできちんと護衛するつもりだ。
「それじゃ町に戻ったら坊主のご馳走で上手い物でも喰いまくるか」
「もちろんさ」
熊髭は特に気にしていない感じだ。むしろ良くやったという感じがする。俺が都合良く受け取っているだけかもしれないが。
リデルも気にしていないようだ。リデルには壊れた盾の代わりを買って上げよう。
「ルイーゼ、怪我が無くて良かった」
俺は震えるルイーゼに怪我が無かった事を心から喜んだ。今はまだ巨大熊の脅威が心に残っているだろうけれど、直に落ち着くだろう。
◇
少女の名前はルイーゼ。
栗色のショートボブが似合う可愛い子だ。目がくるりと大きく、その色は深い緑色。少し幼さを残す顔は清楚美少女系。初めてルイーゼを見た時は息をするのを忘れて見蕩れてしまった。
前に見た時も白い肌だと思ったが、今は少し青白いというか栄養が足りていない感じだ。
貫頭衣の上からでも貧相に見えた。この二週間の間に何かが起きていたのは確かだ。
ルイーゼはしばらくして落ち着きを取り戻したか、手を握っている俺に気付いた。
俺がルイーゼに初めて会ってから別れるまでは半日にも満たない時間だったが、ルイーゼにとっては二日近く目を覚まさない俺を看ていてくれた分、この中の誰よりも見慣れた人間だった。
ルイーゼがフードを外す。
綺麗な顔も全体的に薄汚れた感じで、せっかくの可愛さが台無しだ。
俺はタオルを水で濡らしてルイーゼの顔に付いた埃を拭う。ルイーゼの頬を涙が伝って落ちるが、一緒に拭き取ってしまう。
「ルイーゼ。もう大丈夫だから、安心して」
俺はルイーゼを草原に座らせ、モモに温かいお茶を出してもらう。宿の女将さん自家製のカモミールティー、求める効能は沈静だ。
ルイーゼはコップを受け取るとその暖かさを噛みしめるようにゆっくりと喉に通す。
「ありがとうございます」
「お互い様だよ、ルイーゼ。無事で良かった」
ルイーゼが落ち着いた所で俺達は二匹の巨大熊をモモに回収してもらい、グリモアの町へ引き返した。
グリモアの町へ戻る道中で、俺はルイーゼの事情にどこまで踏み込んで良いのか考え倦んでいた。
今わかっているのは、ルイーゼがグリモアの町を離れていた事。そして、あの男の奴隷として使われていた事の二つだ。
街に着くまで、結局俺は何も聞けずにいた。