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異世界は思ったよりも俺に優しい?  作者: 大川雅臣
第二部 第二章 マリオン編
178/225

ルドラ大正門へ向けて

 初めての任務を受けた俺とリデルは、その道中の支援の申し入れを受けてくれたウィンドベル家に来ていた。


 ◇


 一通り仕事の話が終わったところで、俺と生徒会長は部屋を変える。

 リデルとウーベルトは騎士団の方の引き継ぎに関して話があるようだったので、その間は生徒会長に相手をしてもらっていた。


「生徒会長も忙しいだろうに、付き合わせて悪いな」

「構いません。

 お礼も言いたかったので、丁度良かったと思います」

「お礼は既に貰っているよ。

 何より支援して貰えるのだから、こちらがお礼をしたいくらいだ」


「それとは別件になります。

 本当はもっと早くお礼をしたかったのですが、体調を崩されたとの事でその回復を待っておりました」

「気を使わせてしまったみたいだけれど、もう平気だ」

「それは何よりです。

 お礼は、そうですね……気持ちを軽くして貰った事に対してと言えば良いでしょうか」


 最後に生徒会長に会った時のことか。

 あの時の生徒会長は園外実習での事故の後始末に翻弄され、心身ともに酷く滅入っていた。

 俺が助けたなんて言うのはおこがましい事だと思うが、それでも話したことで少しはその肩の荷が下りたというなら、それは良かったと思う。


「あの時はありがとうございました、お陰様で今もこうして生徒会長を続けられています」

「それは生徒会長が頑張ったからだ。

 俺がなんと言おうと、結果として頑張ったのは間違いなく生徒会長自身だ」


 生徒会長はしばし目を(つむ)り、一度だけ頷く様子を見せる。

 そして、目を開けると良い笑顔を見せてくれた。

 それだけで俺は何もいらな――いや、それは駄目だろう。


「そう言えば、国王陛下に謁見した時に、学業が疎かだと窘められたんだ。

 国王陛下ともなれば一生徒の状況まで把握していなくちゃいけないんだな」


 生徒会長の目が泳ぐのを見逃さない。

 ギルティ確定。


 俺は少し大きめの箱を差し出す。


「これは?」

「以前渡したお菓子のアレンジバージョンだ。

 一応忠告しておくが、食べ過ぎには注意してくれ」


 まぁ食べ出したら止まらないかもしれないが、忠告したことで俺の罪は無い。

 これを食べて少しだけ増えた体重におののくがいい。


「まぁ。

 実は同じ様な物を探して街を散策したのですが、見付かりませんでした」

「来月辺りから、東縦二番通りと横五番通りの交差点にある『カフェテリア』で販売するから売り上げに貢献してくれ」

「もしかしてオリジナルですか?」

「オリジナルとは言えないな。

 たまたま手に入れたレシピを渡して、作ったのはルイーゼだ」


 そのレシピも元の世界のチョコレートをベースにリゼットがこの世界の材料に合わせてアレンジした物だ。

 この世界ではオリジナルかもしれないけれど、オリジナルと言えるほどは面の皮も厚くない。


 ◇


 ウィンドベル家を出た後は馬車屋に向かうことになった。

 今までは乗合馬車か徒歩で移動することが当たり前だったのでその発想が無かったけれど、乗馬を買うことにした。

 確かに手持ちの馬があれば乗合馬車の都合に左右されずに移動することが出来る。


 しかし問題もあった。

 俺は馬車に乗ったことはあっても、馬に乗ったことが無い。

 正確には学校のイベントで一度だけ乗馬の機会があったけれど、それだけだ。


「基本的な動作だけならそれほど難しいことは無いよ。

 まずは歩く、止まる、曲がるを覚えて、後は道中で僕が教えよう」

「頼む」


 多少顔が引きつっていたと思うが、何とか面倒をお願いする。

 馬はそれほど難しい移動手段では無いはずだ、直ぐには無理でもいつかは乗れるようになるだろう。


 馬車屋は東地区にもあった。

 と言うか東地区が商業のメインなので、ここに無い訳が無い。

 それでも匂いのせいもあるのか、東門寄りで『カフェテリア』からは地味に遠かった。


 厩舎小屋は想像以上に大きい。

 なんとなく大きい車庫くらいのイメージでいたが、実物は体育館ほどもある。

 外には荷車から豪奢な車体まで様々な物があり、外から来た人はここで預かって貰う仕組みのようだ。


「馬車でもいいのか?」


 馬に乗れないからと言う訳でも無いが、なんとなくそんな疑問が出た。


「馬車でも構わないけれど、やはり二人なら小回りのきく馬の方が良いね。

 みんなと一緒なら馬車でも良かったけれど、そういう機会が出来た時はその時に用意すればいい」


 確かに三人じゃ無駄かもしれないな。

 特にモモのおかげで荷物は最小限で済むし。


 俺は出来るだけ人に慣れた乗りやすい馬を頼み、基本的な乗り方を習うことにした。

 連れてこられた馬はちょっと老紳士的な雰囲気の顔をした栗色の毛が綺麗な馬だった。

 そのイメージから名前はセバスチャンにした。

 セバスチャンには鞍とロープが付いていて、如何にも乗馬という感じだ。


 リデルが横から飛び乗る様子を見て、俺もそれを真似て鞍に飛び乗る。

 半分は振り落とされるのを覚悟していたが、思ったよりもすんなりと跨がることが出来て、自分でも驚く。

 馬がムズ痒そうに体を揺すると、自然と俺の座り心地も良くなり、馬に乗っていることに感動する。


「身体能力が高いから、乗るのは楽みたいだね」

「思ったよりも俺は出来る男だった」


 落馬した。


 歩き出した馬を止めようとしたら駆け出されて、後に転がり落ちた。

 だが俺はレオに何度も投げ出された経験から、軽業師のように華麗に着地する技を身につけている。


 体を捻り足で衝撃を吸収するように着地を決める。一〇点!!

 例え馬の蹴り足で砂を被ろうと、体を揺らさずピシッと着地の姿勢を取る。


 そして俺は気になる。

 何か足りない……何か……何か……。


(あぶみ)は無いのか?」

「あぶみ?」


 そう言えば鐙を付けて馬に乗っている人を見たことが無い。

 鐙ってそんな珍しい物だったっけ?

 鞍とセットで付いてくるくらい当たり前の物だと思っていたが。

 歴史的には欧州で広まってきたのは七世紀頃だったか。


 この世界の技術は前にも感じたけれど歪だ。

 一見高度な技術が見られたかと思えば、変なところで未発達だったりする。

 それは前時代の遺物による影響だと思うが、この世界で暮らしている人はそれが当たり前なので違和感が無いようだ。


「いや、思い付いたことがあってな」


 取り敢えず足が安定すれば基本動作だけはなんとかなりそうだし、たいした物でも無いからウォーレンの所で買い出しついでに作って貰おう。


 ◇


「これはアキトさん、ご活躍は伺っておりますよ。

 ヴァルディス男爵におかれましても、無事のご帰還、何よりでございます」

「ウォーレンさんが耳にするような事になっているのか?」


「アキトさんは相変わらず無頓着ですね。

 お若くして王国栄誉騎士勲章を得た冒険者の動向を、気にしない者はおりません」


 えっ、そこまで?


「もしアキトの髪が黒くなければ、是非臣下にと声が掛かっていただろうね」

「それは良かったと言うべきかな」

「アキトにとってはそうかもしれないね。

 でも、いつまでも過去の風聞に惑わされている貴族だけとは限らないから、少しは覚悟をしておいた方が良い」

「その時は旅に出る、探さないでくれ」


 リデルは軽く苦笑するが、俺にとっては面倒事にしか思えない。

 俺はチヤホヤされてみたいとは思うけれど、貴族に絡む面倒事は嫌だ。

 その内、凄い力を付けて嫌な事は撥ね除けられるようになってからにして欲しい。


 貴族社会に入って社交界デビューしたり、お偉いさん方と晩餐をしたりと言ったことには楽しみを見いだせない。

 食べる為に働きたくないとか思わないし、虚栄心も強くない。

 俺が望むのは、前にみんなで旅をした頃のように不足を補いながら色々とな所へ旅をする生活だ。


 それは置いておいて、ウォーレンには二ヶ月ほどの旅に必要となりそうな物を適当に見繕って貰い、香辛料を中心とした食材も確保する。

 道中は宿に泊まることが多いけれど、ヴィルヘルムに入ってからは野営がメインになるだろう。

 その時に、俺には簡単な物しか作れないが、それでもリゼットの用意してくれたレシピノートは役に立つはずだ。


 それから俺はウォーレンに(あぶみ)の概要を説明し、作って貰うことにする。

 鐙があれば軽く腰を浮かせることで膝がクッションとなり、馬に負担を掛けずに早駆けも出来るはずだ。


 ウォーレンは俺の説明を面白そうに聞き、直ぐに革細工師を呼び出して加工してくれた。

 構造は単純なので、作るのは直ぐだった。

 馬は預けっぱなしなので試すのは後になるが、多分さっきよりはマシになると思う。


 ◇


 買い物を終えた俺は、いったんリデルと別れて家に帰る。

 リゼット、ルイーゼ、モモの出迎えを受け、お土産のお茶菓子を楽しむ。


 その後、資金の確認だ。


「アキト様、計算が終わりました。

 全部で金貨が二二枚と銀貨が七〇枚、銅貨一二枚になります」

「結構掛かったな」

「金貨一五枚近くが馬二頭の購入費ですね」

「流石に高いな」

「馬は大切に扱えば引き取って貰えると思います。

 それから馬用の食料が抜けていましたので、注文を出しておきます」

「わかった、頼む」


 ルイーゼはこういう事にも慣れて来て、今では俺よりも気が利く。

 流石『カフェテリア』の社長だけある。


「アキト様。

 パーティー金庫の資金ですが、現在は金貨二〇四枚となっております。

 こちらから先の分を引きまして、金貨約一八二枚が残高となります。

 その他、アキト様預かりの分として、国からの支給金が金貨八〇枚、ウォーレン様より銀細工の売り上げとして金貨一〇〇枚があります」


 昔は単位が銅貨・銀貨だったのに、今は金貨で話すようになっている……。

 まさかとは思うが、その内白金貨にならないだろうな。


「えっと、国からの支給金はリゼットに貸し付ける事になっているから、道中必要なら使ってくれ。判断はリゼットに任せる」


 リゼットが頭を下げてくる。

 俺はそれを止めて、貸すのだから遠慮はいらないと言っておく。


「銀細工の売り上げはこの家を買い上げる際の資金にしよう。

 話は国王陛下が付けてくれると思うからそれを待って購入する」


 それからリデル経由で魔封印の解呪に必要な魔法具を買っておこう。

 これはルイーゼにいらない心配を掛けるから黙っておく。


「ルイーゼ、悪いがパーティー金庫から金貨三〇枚ほどを分けてリデルに回してくれ。内容は伝えておく」

「分かりました」


 後は……装備か。

 防具の方は問題ない。武器は……トラブルメーカーになりそうな星月剣(ガラティーン)の他に、もう一本必要か。

 資金に余裕がある今、武器は良い物を用意しておくべきか。

 となると、最終的には星月剣並になるミスリルの剣あたりがいいだろうか。


 王都は物価が高いが、エルドリア王国はミスリルの産地だけあって他国で買うよりは安いようだし、買うならここだろうな。

 もう少し悪目立ちしない物があれば良いんだが……。


「リゼット、魔力が通りやすくてミスリルほど目立たない素材って無いか?」

「そうですね……そうなると魔物の素材ですかね。

 ルイーゼに聞いた話ですが迷宮蟷螂(メイズ・ハンター)を倒しているとか。

 その手――鎌に当たる部分は武器の素材としてよく使われているそうです。

 そのままでも十分な性能とは思いますが、アキトが魔力を付与すればより良い物になると思います」


 迷宮蟷螂は狩りまくって、モモの鞄に何匹分かは残っているはずだ。

 これをウォーレンに紹介された、武器屋のドリトスの所へ持ち込んで加工して貰おう。


 あ、鎌が武器として使えるなら巨大蟻の牙とかも使えるんじゃ無いか。

 あれを(やじり)に加工して貰って、強弓の矢として使うともしかして竜にもダメージが与えられるんじゃ無いか。

 よし、どちらにしても他に役立つだろうし作っておこう。


 そんなこんなで細々な物を含めて旅の準備を進めていく。


 ◇


 それから一週間後、八月の終わりに俺、リデル、モモの三人はリゼット、ルイーゼ、レティの見送りを受けて王都を出た。

 目指すは東の国境、ルドラの町。順調なら三週間の旅程だった。


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