支援者
国王陛下勅命の元、王城にて謁見をすることになった俺は、その場でかつての仲間であるマリオンがいるところを任務地とされた。
◇
ザインバッハ帝国は、ここエルドリア王国の西にある大陸を制する巨大国家だ。
エルドリア王国は地理的には大きな島であるが、その西の一端を陸続きで帝国領と接していたため、海峡を渡る必要がある東の神聖エリンハイム王国より通商も盛んで身近でもあった。
そのザインバッハ帝国の南端とエルドリア王国の西端を結ぶ海上に有るのがヴィルヘルムだった。
領土的にはザインバッハ帝国領となるが、現在は魔物に実効支配され、事実上は中立地帯とも言えた。
竜の住まう島、魔物に支配された島、マリオンの故郷……マリオンの目的、それは竜を倒すことだったのか?
国王陛下はマリオンに新しい道を見付けたのか?――と聞いていた。
マリオンはそれに道は一つだと答えている。
新しい道ではなく一つの道。
それが指し示すのは何か。
マリオンと別れた日、言っていたことがある。
わたしにだけ意味のある戦いで、結果は何も変わらない、自己満足の為の戦いだと。
それが示すのはおそらく絶望的なまでに可能性の低い戦い。
それでも自分の為に戦う……自分の為だけに、そこまで強く思えるのか?
更に国王陛下はマリオンに一度だけ会ったことがあるという。
一〇年ほど前、ヴィルヘルムが帝国に併合される前の話。
今の国王陛下が戴冠する時、隣国の王族として祝福に出向いてきた一行の中にマリオンがいたらしい。
その特徴的な髪の色は一〇年経っても記憶を呼び覚ますほどには印象的だったとか。
隣国の王族として出向いてきた――マリオン。
もしかしたらとは思ったことがある。
でも、俺が過去を話さないように、マリオンにも聞いたことはない。
だから、たまに見せる妙に上品な仕草や、俺とは違い垢抜けた雰囲気を感じたのは自然だったのだろう。
そして国王陛下は言っていた。その名を覚えておこうと。
元とは言え、隣国の動向はそれなりに調べているはずだ。
もしかしたらマリオンが戻ることで何か動きがあったのかもしれない。
それに手を貸す大義名分をくれたのだろうか。
そして、ヴィルヘルムが任務地となるのは、マリオンへの約束を果たすためだろう。
いくら実績があるといっても、それは魔物を倒すことにおいてであり、こういう潜入調査については専門外――一応、オーガ族の時にやっていたのは敵地への潜入捜査になるのか。
とはいえ、あれはほとんどバルカスの指示で動いていただけだ。
それでも俺達で良いのだろうか。
結局、他の場所にも同様の調査隊は出るので、俺達はその可能性の一つだと分かった。
流石に全てを任されたというわけではないので、受けることにした。
元々断れるとは思っていなかったけど。
俺はマリオンが帰ってくるのを待っているつもりだった。
だけど、仕事だし、それも国王陛下の勅令を受けての話だし。
これでは俺から会いに行くことになったとしても仕方の無いことだろう。
ならばマリオンにも諦めてもらおう。
◇
王城から戻った俺は、帰宅の道すがらリデルと打ち合わせをしていた。
「支援者?」
「今回僕達が行くのは曲がりなりにも他国領だからね。
そこには私的な立場で向かうことになる」
私的、つまり国の支援は受けられないということか。
それはあれか、もし万が一にでも正体がバレたら知らぬ存ぜぬで通すということか。
「さすがにそういう意味では無いよ。
侵略を目的とした軍事行動では無いと言うことを公に示す為だ。
だから貴族としての地位を利用したり、大人数で動く事も出来ない」
変な映画の見過ぎだったようだ。
他国の貴族が自国領で何やら事を起こそうとしているのも相手を刺激するだけだろうから、それは納得出来る。
「気を付けないといけないのは、私人として入る以上は国の保護を受けられない事を意味する。
あくまでもザインバッハ帝国領の法の下に裁かれる事に注意して欲しい」
まぁ、国の保護を受けられるなら間諜でも何でも送り放題だからこれも納得出来る。
「ん? それじゃ貴族として入る分には国の保護が受けられるという事か。
その方が良いんじゃ?」
「その場合は外交官や賓客として扱われるけれど、行動には大きな制限が加えられるし、監視も付けられるからね」
「私人として入って勝手に魔物を倒す分には問題ないと?」
「魔物を倒すだけなら歓迎されるだろうね」
確かに、魔物に支配されていては何も良い事が無いしな。
「ちなみに支援は国がしてくれるんじゃ無いのか」
「貴族が動くのは、それ自体が国の支援だよ」
それもそうか、貴族は国のお金で成り立っているのだから。
きちんとした理由で貴族を頼れる事自体が既に支援を受けているような物だ。
何も無ければ俺ごとき門前払いになるだけだろう。
「そこで重要になってくるのが、道中を支援してくれる人だ」
国の法的な保護は受けられなくなるけれど、資金や情報と言った面での支援は受けられると。
「残念ながら僕は新興でツテがなく、父も帝国方面は弱いんだ。
そこで、支援の名を挙げてくれたのがウィンドベル公爵家になる」
ウィンドベル公爵……生徒会長の家か。
「こんなにスムーズに見付かったのはアキトのおかげだね」
「ウーベルト卿を助けられたのは運が良かったってことか」
「運ではないよ。
アキトが判断し、ルイーゼが助け、最後に隷属魔法を解除したのもアキトだ。
正しい判断の結果を運にしてしまってはいけない」
「わかった、気をつけよう」
確かにそうだ。
ルイーゼだってリスクを犯して魔法を使い、その結果として救った命だ。
運にしてしまってはルイーゼに申し訳ない。
「それで、このままウィンドベル公爵家に向かうけれど、構わないかい?」
確か試作チョコの在庫はまだ十分にあったはずだ。
今回はアルコール入りの方を出して懲らしめてやろう。
◇
でかっ?!
リザナン東部都市にあったリゼットの別邸も大きかったが、本拠に有る公爵家、それも本邸となれば一等地なのに何たる大きさ。
庭に森から公園まで有るとかどこの貴族様……って、貴族には違いなかった。
しかも王族と深いつながりの有る公爵様だな。
門で取次をお願いして、そこから馬車で入って、更に内門を徒歩でくぐると、ようやく玄関だ。
玄関にも専用の使用人がいて、おそらく魔道具と思われる鍵を開ける。
大きな扉が自動的に開き、目に入ってくるホールはなんというかもう映画の世界だった。
ホールの両脇には二階のロビーへと繋がる大きな階段が回りこみ、敷き詰められた赤い絨毯が大理石で出来た白い壁とあいまって絶妙なコントラストを描いていた。
所々にはアクセントとして金箔の張られた調度品が置かれ、まさに豪華絢爛。
その調度品の中に見覚えのある――というか俺の作った銀細工のランプがあった。
周りに馴染むように配置されたランプは一見目立たないが、中央のシャンデリアの火を落とせば美しく幻想的な光が場を支配するよう、うまく配置されていた。
ウォーレンも随分といいところに売り込んだようだ。
ここに置かれているならば、訪れた人づてに注文が舞い込むかもしれないな。
◇
「お待たせいたしました。
ウーベルト様とマリアベル様が参られました」
案内された客室で待つ事一〇分ほど、俺とリデルは席を立ち二人を出迎える。
「二人共、良く来てくれた」
「こちらこそ、この度は支援のお話をいただきありがたく思います」
「リデル、今日は堅苦しいのは無しで行こう。
マリアもそれでいいね?」
「はい、問題ありません」
そう言えば生徒会長の私服姿はこれで二度目だけれど、意外とシンプルな物を好むようだ。
物語の公爵様御令嬢は歩けるのかと思うほど豪華に着飾っていたし、街でも見掛けるご婦人方もそんな感じだった。
特にリデルによってくる女性はみんなそんな感じだから、そう言う物だと思っていたが。
生徒会長は俺と眼が合うと軽く目を伏せて会釈してくる。
今更だけれど、この世界の女性は礼儀正しい。
俺が貴族に連なる人に良く会うだけかもしれないけれど、礼儀正しくお淑やかというだけで気持ちのいいものだった。
元の世界にいた時は男友達のようにがんがんくる子ばっかりだったので、そのギャップもあるかもしれない。
「さて本題だが。
私達が出来る支援は資金面での援助、知り得る情報の提供、入出国の手続き、ザインバッハ帝国内でヴィルヘルムを向かう船の手配。
それからヴィルヘルムに詳しい案内人を紹介する。
実際に会えるのはザインバッハ帝国領に入ってからだがね。
以上が支援の内容になる」
準備万端で出発出来そうだ。
「ウーベルト、僕の方から頼みたい事は全部網羅されているよ、流石だね。
アキトは何かあるかい」
「いや、十分すぎる支援に感謝したい」
むしろ良すぎて何か裏があるのではと思ってしまうくらいだ。
「何か思い付いたら言ってくれるといい、出来るだけ対応しよう。
それから正直に話そう。
僕はもちろん感謝の気持ちで今回の支援に応じたのは確かだが、下心もある」
良かった、下心があって。
無償の愛を望むほどには親しい仲でも無いからな。
「今回の作戦が上手くいけば、ウィンドベル家としては大きな手柄になるし、何より私やリデルにとって一つのケジメが付けられる。
支援と言っても殆どお金で済む話だし、その金額も送り出す人数が人数なのでたかがしれている。
つまりウィンドベル家としては小さな出費で大きな利を得られる訳だ」
今回の調査は俺、リデル、モモの三人で廻ろうと思っている。
リゼットは予定通りリザナン東部都市に向かう。
ルイーゼにはその護衛をお願いした。
ルイーゼは一瞬不安な顔を見せたが、それはリゼットの一言で何とか安心させることが出来た。
リゼットの空間転移は第二段階に入った。
転移先を正しく認識する為に念波転送石を用いていたが、それが不要になり、尚且つ発展させ、俺と意識共有することで俺の元には転移出来るようになる。
完成にはもうしばらく掛かるが、ヴィルヘルムに入る前には使えるようになるだろう。
俺が必要と判断すればいつでも二人を呼べる事で、ルイーゼの安心を得た。
レティはお休みだ。
おそらく今回の旅は長くなる。
その間に王都学園は始まるし、少ないとは言えヴァルディス家を維持する為に幾つかの采配を振るう必要があった。
難しい事は本家や執事長が行うだろうが、最終的なヴァルディス家としての決定はレティに一任されている。
レティはリデルが分家を立ち上げた際にヴァルディス家に入っている。
可哀想な事だとは思うが、いずれはヴァルディス家の名の元に縁故関係を結ぶべき相手の元に嫁ぐことになるだろう。
貴族の婚姻は早い、それは遠くないことかもしれない。
思考が逸れた。
「本来であれば私も参加したいところなのだが、生憎と今回の事で当主から文官への転向を受けていてね。
直ぐにでも政務に就く必要があるんだ」
まぁ、公爵家の嫡男が捕虜となり、その命も定かでは無いとなれば大問題だろう。
それが今度は竜の調査となれば許されるとは思え――リデルは?
俺はリデルに視線を向ける。
「僕は新興だからね。
こういう所で動かないと直ぐに潰されてしまうよ」
貴族も楽じゃ無いな。
間違っても貴族にならないように気を付けよう。
そういう意味では士爵同等の待遇を受けられるという王国栄誉騎士勲章は良かったな。
2015.11.16
空間転移が使用出来るようになる時期を調整しました。
■修正前
リゼットの空間転移は第二段階に入った。
転移先を正しく認識する為に念波転送石を用いていたが、それを発展させ、俺と意識共有することで俺の元には転移出来るようになった。
■修正後
リゼットの空間転移は第二段階に入った。
転移先を正しく認識する為に念波転送石を用いていたが、それを発展させ、俺と意識共有することで俺の元には転移出来るようになる。
完成にはもうしばらく掛かるが、ヴィルヘイムに入る前には使えるようになるだろう。