閑話・とある冒険者
ここは王都の南に新しく見つかった遺跡であり、名前はまだない。
その遺跡の入口を中心に広がる冒険者相手の出店の一つには、一日の狩りを無事に終えることが出来た冒険者が集まり、賑わっていた。
幾つもある店の一つ。
天井など無い、ただテーブルに椅子が用意されただけの出店に、三〇前後と思われる冒険者の二人がいた。
◇
一緒に魔物と戦ってきた仲間の一人が、酒の入った器を片手に、思い出した様に口にする。
「迷宮都市ルミナスで見掛けた『蒼き盾』を覚えているか?」
「どこかの貴族の坊っちゃんがリーダーをやっている子供だけのパーティだよな」
俺は一年近く前のことを思い出す。
子供だけのパーティーとは思えないほど実戦経験が豊富で、迷宮都市ルミナスでも大人顔負けの稼ぎを叩き出していた。
その稼ぎっぷりは熟練と言われる俺達にも迫る勢いで、多少やっかみを感じた覚えも有る。
それが貴族によくある魔法具で身を固めたパーティーだというなら、俺も気にしなかっただろう。
例えば魔法鞄一つの有無でさえ狩りの効率は大きく変わるし、魔剣や魔道具による魔法でランクがひとつ上くらいの魔獣なら倒せるからだ。
そんな事で稼いでいるなら気に留める必要もない、俺にでも出来ることだ。
覚えていたのは『蒼き盾』のメンバーは盾役の一人を覗いて、ほとんど駆け出しの冒険者と変わりのない装備をしていたからだ。
魔法鞄は持っていたようだが、装備に頼らず実力だけで魔物を狩る姿を見て、その若さと才能を妬んだのは愚かな行為だと認識している。
むしろ装備に至っては駆け出しとも言えるようなものだった。
ちょっと良い所の出であれば、最初に買い揃える程度の装備にも及ばない。
ぱっと見た感じでは僅かな稼ぎを盾役に集中して回し、残りを各々の武器に回したという感じに見えた。
それでも、安物なりに良い物を選ぶ目はあるのか、見た目の貧相さに対して、見た目以上の切れ味だった。
そんな装備に加え、『蒼き盾』のメンバーは他の経験浅いパーティーを補佐しつつ、時には先頭に立って強敵を相手にしていた。
あの時は得にもならないことを良くやっていると思っていたが、そうした行動があの子供たちを強くしたのかもしれない。
そう考えれば、俺はうまく立ちまわっているつもりで、大切なことは逃げていたのかと今更なことを考える。
そんな風に思っていた矢先に、全く見掛けなくなったのを思い出した。
「そうだ。その『蒼き盾』を昨日ここで見掛けたんだ」
「見掛けなくなったから、てっきり誰かが死んで解散したのかと思っていたが」
「それはリーダーが騎士様になって解散したからだろう。
俺も噂で聞いただけだが、その後はパーティーにもう一人いた男がリーダーになって再結成したみたいだ」
「そう言えばいたな、黒髪の珍しいのが」
どちらかと言えばパーティーの後ろで指示ばかりしていて、ほとんど剣を振っていなかったのを覚えている。
同じパーティーの女の後ろに隠れているだけの男に見えたが。
そう言えば、あのパーティーは女が三人だったな。
女が悪いとは言わないが、力、速さ、耐久力、持久力を平均すればまず男に適わない。
唯一の技も力と速さがなければ生きてこない。
もちろん平均すればであって、特出して能力の高い女もいる。
だが、あの三人がそうとはいえないだろう。
なぜならまだ体が仕上がってすらいない子供だからだ。
それでも一人は魔術師だったか。
あの年齢で練習ではなく実戦レベルの魔法を使えるのは大したものだし、将来は名を上げる事間違いないと思える。
大抵の魔術師は練習レベルで魔法を使えるだけで、実戦では使いものにならないことが多い。
それは、なんの脅威もないところで安心して使う魔法と、実戦の場で使う魔法は全く違うからだ。
実戦では魔術師も常に動き回り立ち位置を修正しつつ、時には敵の攻撃を躱す必要がある。
それには魔術の鍛錬だけではなく、肉体的な鍛錬も必要になるが、初心者の魔術師ほどそれを怠るものだ。
大抵は威力を上げる事に夢中になり、それだけ魔力制御に掛かる時間が伸びていく。
一瞬で状況が切り替わる実戦の中で、それはあまりにも長過ぎる時間だ。
その上、敵が斬り掛かって来るのを見ながら魔法の詠唱を続けるのは、熟練の魔術師であっても難しいものだ。
本能が危険を察知し、詠唱より躱すことを優先するからだ。
魔術師は詠唱の間、無防備になるその身を誰かに預ける事になる。
他人が守ってくれることを本能レベルで信用し、敵の攻撃の中でも詠唱を継続する胆力は簡単に手に入るものではない。
魔術師が少ないのは、そうした仲間を得られなかったという理由が多い。
だから、魔術師が居着くだけでも、そのパーティーは仲間内の信頼感が高いと言えた。
過去に何度も魔術師を仲間に加えようとして、結局達成出来なかった俺からすれば、それは眩しいものだった。
却ってそういうのは、大人になってからの方が難しいのかもしれない。
仲間の話は続く。
「俺達がルミナスを離れた後も大きな活躍をして、今のリーダーが王国栄誉騎士勲章を授与されたらしい」
「嘘だろ」
王国栄誉騎士勲章。
俺達平民が得られる勲章では最高位に位置すると言われている勲章の一つだ。
当然、一つや二つ要人救助に係るくらいの活躍をしたところで手に出来るものではない。
そもそも、要人救助クラスになると狙って出来るものでもない。
俺だってまだ一度もそんな経験もチャンスもなかった。
それをあの歳で授与されるとは、どれだけの修羅場を抜けてきたのか。
逆に言えば、それだけの修羅場を抜けてきたからこその活躍なのか。
「それが本当どころか、先のオーガ族掃討作戦で捕虜になった騎士団の救出作戦でも活躍したらしいぞ。
一部じゃ黒髪の貴族様が誕生かと噂されているな」
「まだ貴族じゃなかったのか。
それに救出作戦では大規模な戦闘があったんだろ。
あのオーガ族と戦ったのか」
オーガ族。
魔人族の一種で、人と同じように四肢を持ち、人を上回る体躯と身体能力、そして知恵もあり魔物以上の脅威と言われていた。
その上、多彩な武器の扱いと集団戦を得意とし、森や岩場を中心としたゲリラ戦がメインの戦いは、騎士団にも多くの被害が出たと聞いている。
俺も何度か戦ったことがある魔人族だが、数人がかりで囲ってようやく互角といった程に強い。
その戦いに参加するなど、頼まれても御免被りたい。
「貴族の坊っちゃんが盾役で成り立っていたパーティーだろう。
今は黒いのが盾役をやっているのか?」
「いや、盾役は前にもいた小さい方の女の子だ」
確かにもう一人盾を持っている子はいたが、おおよそ魔物との戦いすら向かないような子供に見えたが。
「間違いじゃないか?」
「そう思ったんだが、あの子はあれでも冒険者ランクCの実力者だぞ」
「そんな馬鹿な」
「誰が聞いたってそう思うよな。俺もギルドの知人から直接聞かされてようやく納得したくらいだ」
ランクCといえば熟練の冒険者であり、俺もランクCだった。
一度ランクBへの昇級に失敗して今は再試験待ちだが、次は必ず受かってみせるつもりだ。
冒険者ギルドの昇級試験は甘くない。
俺はランクCへの試験でも仲間も合わせて二度受け直している。
それでも俺は早い方だったし、今の実力にもそれなりの自負が有る。
最近は景気が良くなってきた為に冒険者への成り手も減っていると聞く。
そこでマスコット的に扱われているだけじゃないのか。
「ちらっと聞いた感じでは、今日は東ブロックに進んでいったらしい」
「はぁ、何考えてんだ」
東ブロックはベテランの冒険者も、手間に見合わない難しさで放置している場所だ。
そこに子供だけのパーティーで向かって行って何をするのか――見てみたいと思った。
「本題はここからでな。
その『蒼き盾』が東ブロックで巨大蟻を狩っていたら女王蟻が出たようだ」
「なんだと、それで被害は?」
「ゼロだ。誰一人死んじゃいない」
「そりゃ運が良かったな」
「それが運じゃ無いんだ。『蒼き盾』のメンバーが討伐したらしい」
「馬鹿な?!」
女王蟻の魔物ランクはBだが、実情はランクAに近い。
それは女王蟻がいるところには必ず巨大蟻がいるからだ。
女王蟻自体は巨大であること以外に脅威度は低く、特殊な攻撃や毒などを持っていないためにランクBとされていた。
冒険者ランクC辺りになった奴等が、単体の情報だけを見て手を出してしまい易いが、気が付けば巨大蟻に囲まれていて全滅したというのは良く聞く話だ。
大の大人が二〇人ほど集まって倒す魔物と言われているそれを、あの子供らが討伐したという。
俄には信じられない話だった。
「あれは所謂、特別だ」
特別。
冒険者稼業を続けていると分かってくる。自分達とは何が違う、一線を越えた先にいる者達だ。
俺も過去に、実際にその戦いを目にして違うと思った奴等は多い。
特にパーティー『王狼』、その中でも双剣の魔剣士と呼ばれた男は人であることを疑う強さだった。
魔巣から迷い出てミモラの町の北側を灰にしたという地獄の番犬をわずか六人のパーティーで討伐したパーティーのリーダーであり、英雄だ。
他にも何人かそういう特別に出会ったことがある。
誰もが特出した能力を持ち、敵うとすら思えなかった。
それと比べて、あの子供だけのパーティーに特別を感じるかと言われれば、それは無かった。
だか、こいつの勘はよく当たる。
その御蔭で俺達は今日まで生きてこられたと言っても良い。
その男が言うのだ、今はそうでなくても近いうちに特別な存在になっていくのだろう。
自分の子供のような世代からそうした冒険者が生まれていく。
俺もそろそろ腰を据えて、先のことを考える時期に来たと思い知らされるな。