閑話・二人の休日
時間は1年近くさかのぼります。
ちょっと新作は間に合わなかったので、前に書いて掲載タイミングを失っていた物を手直ししました。
これはパーティー『蒼き盾』が王都についてしばらく立った日の出来事。
週に一日だけ自由な日が与えられた最初の日。
ルイーゼとマリオンは連れだって市場に繰り出していた。
「ねぇルイーゼ、これが良い気がするわ」
「これでしたらアキト様も動きやすいかと思います」
日の光を受けて、燃え上がるような深紅の髪をした少女――マリオンが手にしていたのは剣の鞘だった。
それを受け取り、真剣な目で質感を確かめている栗色の髪をした少女――ルイーゼは、満足な表情を浮かべる。
二人は自由に使っていいと言って渡された銀貨を、アキトへのプレゼントに使う事にした。
とは言っても、贈り物をされた事はあってもした事の無かった二人は、何を贈ったら良いのか見当もつかなかった。
結局、休みの日を半分潰して市場を回り、目にとまったのが剣の鞘だった。
いまアキトが使っている剣の鞘は木製の物で、強度を上げる為に分厚くなっており、使い勝手の悪い物だった。
もともと、剣を買った時についてきたおまけのような物だったが、本人は全く気にした様子を見せていない。
ルイーゼとマリオンが選んだ鞘は革製の物を鉄で補強し、十分な強度と薄さを兼ね備えていた。
見た目も悪くないし、何より二人の持ち合わせで買う事が出来る。
「これにするわ」
「はい」
支払いを済ませた二人は、喜ぶアキトの顔を想像して思わず笑みをこぼす。
◇
帰るには少し早い時間。
二人が少しお茶でもしようと休憩に入った喫茶店で、その騒ぎは起こった。
椅子の倒れる音に、キーの高い悲鳴。
続けて響く重い足音は地鳴りのようであり、一〇人近い乱入者がいると思われた。
デザートが有名なその店にいるのは女性が中心の店員と、同じく女性が中心の客ばかりだった。
そこに入り込んできたのは三人の悪漢と思われる男と、それを追っていたであろう衛兵が五人。
店にいた女性は突然の乱入者から逃げるように奥へ奥へと身を寄せる。
キッチンの方へ逃げれば裏口もあったが、何人かは部屋の隅に追いやられる形で逃げ場を失っていた。
丁度、その隅の席に座っていた二人の少女も逃げ出す機会を失い、他の五人の女性と共に部屋の隅に身を寄せていた。
乱入してきた悪漢の三人は逃げ遅れた七人の女性を目に止めると、武器を片手に囲うようにして立つ。
そして、追って入って来た衛兵に向かって声を上げた。
「わかるな? 此奴らは人質だ!」
人質という言葉に反応して、追いやられた女性達から非難の声が上がる。
「うるせぇ!
黙らねぇなら見せしめに一人や二人ぶっ殺したって構わないんだぞ!」
しかしそれは続けて発せられた悪漢の言葉に、変わって泣き声となる。
とたんに泣き崩れる五人の女性の中、そんな悪漢の態度に怯まない二人の少女がいた。
「君たち、おとなしくしていなさい!」
衛兵が悪漢を刺激しないよう、二人の少女に呼びかける。
武器を手にする悪漢を前に、年端もいかない少女が臆することもなく他の女性達を守るように立つ姿は、勇敢にも思えるが、今は無謀なだけだろう。
二人の少女はその声に答えてか動く様子を見せなかったが、悪漢のリーダーと思える茶髪男は、自分の威圧が効かないことに面白くない表情を見せる。
冒険者を襲い、その利益を奪うことを生業としていた茶髪男にとって、今更一人や二人殺した人間が増えても捕まれば死刑であることに変わりがなかった。
その思いが行動をより残虐で大胆にする。
その気丈な二人の少女の表情を恐怖で歪ませる。
それはまた酒や女と違って甘美なものに思えたのだろう。
茶髪男が嗜虐的な表情を浮かべると、二人の少女の背後に蹲る一人の女性に剣を振り下ろした。
頭を抱え蹲る女性に躱すなど不可能だった。
だが、茶髪男の剣先は女性を逸れて床を打ち付けていた。
床を打つ剣先を目にした女性が、今度は短い悲鳴を上げながら身を反るようにして壁に張り付く。
赤髪の少女が持つ何かが自分の剣を打ち軌道を逸らしたと、茶髪男が状況を理解したのはしばらくしてからだった。
面白くない、ふざけるな、ガキに何を舐められている。
様々な思いが茶髪男の感情を逆撫でする。
そして、自分でも驚くほど自然に剣を横に払っていた。
間違いなく赤髪の少女の胴を薙ぐだろう間合いだった。
しかし赤髪の少女は茶髪男の振るう剣より早く間合いを詰め、再び手に持つ何かで茶髪男の横っ面を殴りつける。
斬られたわけではない。だが、脳震盪を起こすような衝撃に、少女から離れるのが精一杯だった。
ここに来て茶髪男はまだ人質を取れていない事に気付いた。
その事実に衛兵が気付く前になんとかしなければ後がない。
「お前ら見ていないで人質を確保しろ!」
ムカつく事だが、今はなりふりを構っていられない。
茶髪男も、その程度の判断力は失っていなかったようだ。
その指示を聞き、先に動いたのは背の高い男だった。
身近にいる栗色の髪の少女に剣を突きつけつつ、その手を捻り上げようとする――が、掴んだその手を逆に取られる。
手早い動きに驚きはするものの、所詮は少女の抵抗と思った背の高い男の顔が歪むのはすぐだった。
「ぐあああぁっ?!」
左手首に、まるでオーガにでも握りつぶされるかのごとき痛みが走り、続けて剣を突き付けていた右手にも激痛が走った。
背の高い男は、栗色の髪の少女に両腕を掴まれその激痛に耐えかねて膝を落とす。
「ぐぼっ?!」
背の高い男の声に気の逸れた悪漢の一人、太めの男の鳩尾に赤髪の少女が手にする何かがめり込む。
息を詰まらせ胃液を吐き蹲る太めの男を見て、赤髪の少女が眉をひそめる。
それを見てリーダーと思われる茶髪男が厨房の方へ逃げだす。
状況の不利を悟ってからの動きは早かった。
しかし逃げる茶髪男の目の前を塞ぐように飛んでくる物があった。
それが仲間の一人、背の高い男だと気付いた時にはその体当たりを受けていた。
一緒に吹っ飛ぶ視界の中で、栗色の髪の少女が仲間を投げ捨てる構えをしているのが目に入る。
「てめぇ! どきやがれ!」
茶髪男は自分の上に乗っかり痛みをこらえている背の高い男に向かい怒鳴るが、茶髪男の抵抗もそこまでだった。
衛兵が駆けつけその槍を構えると、ついには観念する姿を見せ、大人しくなる。
三人の悪漢が縛り上げられ、店を出て行くと、最後に残った衛兵が二人の少女に向き合う。
「協力に感謝する。
しかし余り無理をなさらないよう願いたい」
素直に頷く二人の様子を見て、衛兵は最後に一言残す。
「それでもありがとう、助かった」
後には、テーブルや椅子が倒れ、床には食べかけのデザートやドリンクが散乱する店内の様子だけが残っていた。
◇
大通りをアキトの待つ宿へと向かうルイーゼとマリオンの表情は暗かった。
二人は半分に折れてしまった剣の鞘をそれぞれ持ち、段々と足取りが遅くなっていく。
買える中で一番良い物を買ってしまったので、残念ながら他の物を買い直すお金がなかった。
今となれば、ちょっと高めのデザートを食べてしまったのも失敗だ。
店の人は遠慮していたが、丁度食べ終わっていたので、代金は支払っていた。
だから買うも直すも出来ず、ついには宿の手前で立ち止まってしまう。
その二人をたまたま宿から見止めたアキトが迎えに出てくる。
どこか様子がおかしいと思ったアキトは、待ってもいられなかったようだ。
「二人共、おかえり。
どうした? 元気が無いな、休みは楽しめなかったか?」
「「あの……」」
二人共アキトに心配を掛けたくはなかったが、言葉が続かなかった。
こんな壊れたものをプレゼントとして渡す訳にはいかない。
でも、アキトの為に買った物を捨てるのも憚れた。
「それは?」
アキトの視線の先には二人が半分ずつ持った、元は鞘だった物があった。
「プレゼントだったのだけれど……」
「壊れてしまいまして……」
アキトは二人が気落ちしていた理由に納得した。
「こことここを余った皮で補強して繋げば、少し変わった形だけれどきちんと使えるよ」
「でも、これじゃぁ」
「アキト様、もう一度お金をためて買い直します」
「いや、これで良い、むしろこれが良い。
この補修も二人に繋がる良い思い出になる。
二人ともありがとう、大切に使わせてもらうよ」
落ち込んでいた二人の顔に笑顔が戻る。
それはまるで花咲くような一瞬の出来事だった。
アキトにとってはその笑顔を見ているだけで、素敵なプレゼントに思えた。




